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領地改革、始動

 朝食時、アロイスの予定を確認したエリーゼは、午前中執務室で事務作業を手伝うことにした。

 早速、帳簿を広げて、前の続きから未処理伝票を記帳していく。

 アロイスも他の書類の処理に集中して取り組んでおり、執務室はしばらく静かな時間が流れる。


 先に沈黙を破ったのはアロイスだった。

 椅子に座ったまま背伸びをし、「んんっ」と声を上げた。

 話すタイミングを伺っていたエリーゼは、すかさず声をかけた。


「ねぇ、お兄様」

「んーー?」


 アロイスは、ストレッチを止めてこちらを見た。


「少し、話をしてもいいかしら」

「いいよ、何?」


 エリーゼは、消音付与付きの結界を張る魔道具を発動させた。

 話の内容を察したアロイスが、笑みを消した。


「武器製造産業を改革して存続する件で、鍛冶職人にサンプルを作ってもらいたいのですが……」


「エリーゼは、何を売るつもりなの?」


「それは、――――実現できるか、鍛冶職人さん次第なんですけど……」


 前世の金属加工技術は、この異世界にはない。機械加工技術のない、完全手工業らしいことしか、エリーゼは知らなかった。

 前世で、伝統技術として受け継がれている、人の手で鉄を鍛える古式鍛錬を、見る機会はあった。だから、人の手だけで作れるという確信はあるが、鍛冶職人の腕次第で出来るかどうかは決まってしまう。


「とりあえず、エリーゼが考えることを話してみて」


 アロイスがそう言ってくれたので、エリーゼは詳細を説明していった。

 あくまでも、知識に基づいた机上の空論だと前置きして、話を進めていく。

 一通り話し終えると、じっと聞き役に徹していたアロイスが、口を開く。


「昼から、鍛冶職人のクルトに会いに行こうか」

「! はい!」




 昼過ぎ、エリーゼはアロイスと共に、鍛冶職人であるクルトの工房に向かった。

 アロイスが先触れをしておいてくれたらしく、クルトは農作業の仕事を中抜けして待っていてくれた。


 工房は、廃業寸前の状態らしく、鍛冶場特有の熱気は無く、閑散としていた。


 通常、鉄は火入れしながら鍛えるので、鍛冶場の工房はうだる様な暑さに包まれている。その空気がないということは、工房で長らく作業されていないのだと知れた。よく見れば、道具を並べた棚に薄く埃が積もっていた。


 エリーゼは、慣れた手つきで魔道具を発動し、工房内に結界を張る。

 張れたところで、アロイスに話し始めていいと目配せした。


「クルト、急に呼び出してすまなかったな」

「――――いえ……」


「妹のエリーゼが、商品にする前提で、クルトに作って欲しいものがあるというのだが、聞いてもらえるか?」

「お嬢様が? ……どんなことで?」


 クルトは動揺を露わにした。


「クルトさん、エリーゼ・シュピーゲルと申します。早速ですが、あなたに作って欲しいものは、包丁です」

「包丁……」


 包丁と聞いた瞬間、クルトはさらに疑いの色を乗せて呟いた。


「今更、包丁とは……。どうして……」

「今、普及している包丁とは違う形のものを作って欲しいのです」


「――――全く、考えもつかないが。具体的にどんなものなのか……」


「えぇ……、この王国に出回っている包丁って、刃が厚くて重いし、刃渡りも長くて大きいし、扱いにくいと思っていました。そこで、家庭調理向けにもっと小型で、軽くて、切れ味のいいものを作って欲しいのです」


「包丁は、刃の重さを使って切るから、あの形なんだろう? それに、皆持っているのに新たに買うなんてしないと思うが」


 この異世界では、中華包丁のような四角い刃で重い包丁が定番で、大きな肉を捌くときは、牛刀のような、刃渡りの長いものを使う。

 それは、多分、他にないから使っているという感覚に近いと思う。


「個人的な意見ですが、切れ味が良いなら、重さはあまり必要ないと思います。家庭で野菜やベーコンやハムを切る程度なら、小さく軽いもので充分です。私と同じように、扱いにくい包丁に不満を持っている人は、潜在的にいると確信しています。使い心地が良いなら、充分参入できる分野かと考えています。形はこの図のようなの、できるかしら?」


 エリーゼは、前世で使っていた三徳包丁を書いた図を、クルトに見せた。

 三徳包丁は、肉、魚、野菜など一本で賄えるように考えられた包丁だ。その形を、あえて小さくしたものを作って売り出したいと思っている。


「……」


 クルトは、考え込んでしまう。

 そこで、沈黙をしていたアロイスがクルトに訊いた。


「クルト、剣以外のものを作るのは、嫌か?」

「……」


 クルトの沈黙は、肯定を示している。

 どうやら、鍛冶師のプライドが、改革を妨げになっているようだ。


「武器製造産業が、先細りなのは分かっているよな。これからは、剣を鍛える技術を他の製品に生かすしかないんだ。エリーゼの提案は、今の状況を打開できる気がするんだ。包丁を、作ってくれないか?」


 戦時下特有の好景気を知るクルトは、良い剣さえ作ればなんとかなると思ってしまうようだ。きっと、終戦してからの目まぐるしい経済状況の変化に、意識がついていかないのだろう。


「クルト、お前は、他領地に仕事を求めて去ることなく、最後までこの領地に残ってくれた貴重な鍛冶師だ。技術も高いものを持っていると思う。それを生かして、領地を盛り上げてくれないか?」


 アロイスは、経済変化を見極め、領民が安心して暮らせるよう心を砕いて実行した。新規事業で雇用促進し、対極で見込みのない事業を縮小した。だが、その弊害で、鍛冶師を続ける環境が厳しい状況を作ってしまい、若い鍛冶師は、他領地に住処を移してしまったという。


「……アロイス様、分かったよ。サンプル、作ってみる」

「そうか! ありがとう、クルト! お前なら良いものを作れると信じている」


 アロイスのおかげで、クルトが受け入れてくれた。

 エリーゼは、クルトのプライドを少しでも保てるように、さらに提案してみる。


「クルトさん、引き受けて下さり、ありがとうございます。私は、この包丁を調理目的だけで売るつもりはありません。例えば、野菜の収穫に使うナイフの代わりとしても使用可ですし、漁師が魚を捌くときも、小さい包丁の方が扱いやすかったりすると思うのです。野外で使う時も、既存のナイフより使いやすいものを目指します。だから、別売りで刃の部分をカバーするサックを用意すれば、きっと持ち運び可能な道具として重宝されるでしょう」


「そうだな、多目的使用をアピールすれば、使用対象者を増やせるな」


 アロイスが、エリーゼを後押しする様に相槌を打つ。


「それと、これはできるか教えて欲しいのですが……。ナイフの刃に名前など、文字を刻むサービスをしてみたいです」


「名前? 鉄の表面に文字を彫るのか?」


 クルトは、エリーゼの怒涛の提案を、理解しようと必死の様だった。


「そうです、名を刻めば、自分のものと一目で分かるし、贈り物に相手の名を刻めば、特別感を演出できます。これで、新たに贈答品の選択肢に入ることが出来ます。できれば、無料で入れたいんですけど……」


「サービスで名入れは、俺もウケる予感がするよ」


 アロイスも、商品に目を向ける良いきっかけになると太鼓判を押してくれた。


「あと、名入れは無料でするけど、名を入れてしまった商品は返品できないと、あらかじめ条件提示しておきます。それで、名入れ品は確実な売り上げに繋がります。ていうか、名入れでかかる手数料は、包丁の価格にあらかじめ足して売値を決めます。そして、名入れサービスは購入後、一カ月以内に限り無料で入れると明記します」

「無料で入れると見せかけといて、実際は損をしないとは。抜かりないな、エリーゼ」

「当たり前ですわ、お兄様」


 兄妹で、盛り上がる。

 うっかりクルトの存在を忘れて話を進めていたことに気づいた。

 エリーゼは脱線した話を戻すように、クルトに確認した。


「文字を刻むのは、先の尖った道具を作って、金槌で打ち刻めればと思うのですが、できますか?」

「やれないことは……ないと思う。やってみないと、何とも言えない」

「ですよね。そこで、サンプルを作ってもらい、実際に名入れを試してみたいのです」


 エリーゼもアロイスも、意見を述べるだけで、作るのはクルトに丸投げだ。

 クルトが返事するまで、二人はじっくりと待った。

 考え込んでいたクルトは、ようやく口を開いた。


「俺は、できるなら鍛冶師を続けたいと思っている。だから、やるしかないよな」


 他力本願な無茶な提案を、クルトは受け入れた。

 迷いを断ち切ったクルトは、やる気に満ちていた。


「クルトさん、私はあなたの作る包丁を安売りするつもりはありません。包丁としては高価と言える金額を設定して、勝負したいのです。だから、高値を払っても得たいと思える高品質を求めています。優れていると実感できるものを作って欲しいのです」


 エリーゼは、クルトにダメ押しのプレッシャーをかけた。

 クルトの仕事ぶりは、アロイスも認めていた。

 逆境の中でも、存分に力を発揮することが出来るとも言っていた。


「サンプルの製作代は、前払いする。これで、まず一丁を。それの出来上がりを見て、問題があれば改良して、最終的に5丁、作って欲しい」


 アロイスが、金貨が入った革袋を、クルトに差し出した。

 受け取ったクルトは、「こんなに?」と思わず呟いた。

 今回の前金は、エリーゼが出資した金額が上乗せされていた。

 金額で、本気を見せつける。


「クルトさん、サンプルの製作中は、この魔道具で結界を作ってください。商品情報漏洩を防ぐために、結界内で作業してください」


 クルトは、エリーゼから結界を張る魔道具を受け取った。


「細心の注意を払って下さい。お願いしますね」


 エリーゼが言うと、クルトは神妙な顔をして「分かった」と言った。









前回より間があいてしまい、お待たせしました。

そして、ラブ皆無で申し訳ないです。


ブックマーク登録、評価等いただけると幸いです。

いつも読んでくださる方、ありがとうございます。

次回も、よろしくお願いいたします。


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