意思疎通、難解
エリーゼは、ラルフから届いた手紙鳥のせいで、起き抜けにテンションを乱高下させてしまった。
ラルフの残留思念の破壊力を舐めていた。
おかげで、かなりの疲労感に襲われていたが、何とか気持ちを落ち着けるよう深呼吸を繰り返した。その時、何となく脳内で訊き慣れたピアノ音が再生され、それに合わせて動きを繋げていく。
しばらく、ラ○オ体操第一の動きで体を動かすと、気持ちが自然と落ち着いてきた。前世で会社の就業前に必ずしていた行動で、何故かやると気持ちの切り替えができるなんて! なんてことでしょう!と、人気声優の声がした。
恐るべき生活習慣、気持ちを落ち着けるスイッチになるとは新発見だった。
こうして、平静を取り戻したエリーゼは、いつものようにメイド服に着替えて、顔を洗った。身支度を済ませ、昨日生けた燕子花の様子を見に玄関にいくと、ホフマンが掃除をしていた。
一瞬、エリーゼの体に緊張が走ったが、前と同じ轍を踏むもんかと、気持ちを立て直した。まずは、考えてきた対策を通りに、声をかけてみることにする。
対策その①、ホフマンの警戒を和らげるように、笑顔であいさつする。労う言葉も添えること!
「おはよう、ホフマン。朝早くからご苦労様!」
「……おはよう、ございます」
(おお! 文句も言わず、挨拶だけ返ってきた! 良い感じ)
エリーゼは、コミュニケーション攻略に手ごたえを感じながら、なおも話し続けた。
対策その②、事前に行動申告する。
「生け花の世話をしに来たの。少しの間、邪魔してもいいかしら?」
エリーゼは、手にした水差しを、ホフマンに掲げて見せた。
ホフマンは、「あぁ……」と納得の声を上げた後。
「どうぞ……」と、短く答えた。
そして、さっさと飾り棚から離れた場所へ移動してくれた。
その態度に、エリーゼは嬉しくなった。
(おし! メイド服なのに噛みついてこなかったわ! 攻略方法は、笑顔で事前許可ね! うん、覚えたわ!)
ホフマンのあしらい方が解ってきたようで、エリーゼは静かにテンションを上げた。野良猫にシャーされなかった時と同じくらい、嬉しい。
使用人とはいえ、顔を突き合わす度に、攻撃的に接してこられると辛かったから、打ち解けられた感じは格別だった。
だらしなくにやけそうになる顔を隠しながら、エリーゼは水差しで水を加えた。次に、昨日咲いていた花が、しぼんでクシャっと縮んでしまっていたので、花の根元を逆に折り曲げるようにねじ切った時、後ろで「あっ」とホフマンが声を上げた。
「ホフマン? どうしたの!?」
エリーゼが驚いて振り返ると、ホフマンはこちらを見て同じように驚いた顔をしていた。
「もう、花をちぎってしまうのか?」
どうやら、エリーゼが迷いなく花を手でちぎるのを見て驚いたらしい。
花ばさみを持って来ていなかったので、手で花がらを摘んだが、花の負担をかけないため一気にへし折ったので、知らない人が見ると、力任せに乱暴に扱ったように見えたかもしれないと思い至る。
誤解をされたくないので、ホフマンに説明することにした。
「そうよ、次の蕾が出やすいように、花が終わったらすぐに取り除いてやるのよ」
「これ、また花が咲くのか? 根っこもないのに」
「!?」
(何なの! ……かわ――――)
素朴な疑問をしてくるホフマンは、好奇心で目が輝いており、不覚にもちょっと可愛いと思ってしまう。エリーゼの中身は三十過ぎなので、ついついおばちゃん目線になってしまうのは仕方がない。十代はもちろん、二十代の子はキラッキラして見えるものだ。
花に興味を持ってくれる姿勢に、説明するのにも熱が入る。
「咲くよ。イリスは同じ花茎で二,三回花を咲かすの。根がない分蓄えた養分で咲かせるから、花がら摘みは早い目にするのよ。池に植わっている場合は、花の後に実が付き、実が成熟すると種が出来るのだけれど。残念ながら、切り花は花咲かすまでしか、もたないのよね」
「すごいんだな……、植物の生命力って」
真剣に聞いてくれる子って、好感持てる。
ホフマンって、こんな繊細な感性の子だったんだ……知らなかったな。
「そうね。根がなくても懸命に花を咲かせる姿は、見ているだけで元気を分けてもらえる気がするの」
「へぇ……」
「だから、私は花生けが大好きなの!」
「……」
ホフマンは呆けた顔をして、エリーゼを見ていた。
(ありゃ……、ちょっと熱く語り過ぎたかしら……、――――もしかして、引いてる!?)
エリーゼは我に返り、ホフマンの仕事の中断をさせてしまっていることに気づいた。
「あの! 終わったので、もう行きます! お邪魔しましたっ」
悪口を言われる前に、エリーゼは退散した。
対策その③、用件は簡潔、且つ接触は最低限で! を、忘れていた。
余計なことは言わないと決めていたのに、花のことを訊かれて、嬉しくなって止まらなかったわ。くぅ……、私の口め!
反省をしながら、自室へ戻り、ソファに座り、あがった息を整えた。
「ぁ―――………、やっちゃったなぁ……、絶対変な娘だって思われたなー」
『エリーゼ、あの男か?』
「ひゃぁぁっ……!?」
イリスが突然話しかけてきたので、エリーゼはびっくりして飛び上がった。
そういや居たんだと思い出した。
だけど、至近距離の背後で話しかけないで欲しい。ホラー映画の演出みたいな登場は勘弁してほしい。
「な……に? あの男、とは?」
『さっきの男、このクレマチスの送り主かと訊いている』
「違います」
エリーゼが即答すると、イリスは「違うのか」と、考え込んだ。
質問の意図が分からず、エリーゼはホフマンとの関係を説明を求められているのかと、結論付けた。
「ホフマンは、全然関係ない、ただの使用人ですけど……」
『エリーゼ、それ、本人に言うなよ……』
「? はぁ!? 言いませんけど……」
『……』
イリスが残念そうな目で、エリーゼを見ていた。
「クレマチスは、王都にいる婚約者から贈られたものです。それに、ホフマンは私に花を贈ったりはしません。変な勘違いは、しないでください」
『そうか、良く分かった』
「よろしくおねがいしますよ! 私は、ラルフ様一筋ですから!!」
『あーーー……、うん。エリーゼが鈍い奴だと、よく分かった』
「そういう意味の分かったですかぁ!? もう!!」
話がかみ合ってないのだが、軌道修正できない。
『不憫だな、気づいてもらえないとは……』
ちょいちょイリスの存在を忘れていることに、失望されたかとエリーゼは青くなった。一部とはいえ、妖精王をないがしろにしたと思われたかと、動揺した。
「すみません、イリス様。いらっしゃるのは分かっているのですが、たまに、忘れてしまって……、あの……」
『そういうことではないが……、怒ってはいない、気にするな』
謝罪は不要とばかりに、言葉を遮られた。
『私は、お前ら人間のありのままの様子を見たい。だから、エリーゼは自由に振舞っていろ』
「――――はい、わかりました」
イリスと意思疎通ができていないように思ったが、妖精王と言葉を交わすのは楽しかった。
『エリーゼ、私は、お前だけでない、全てのものに縛られない。私は、自由にするから、エリーゼも自由にすきなことをして見せてくれ』
「はい」
イリスの言葉に、エリーゼは癒されていた。
自由に好きなことをしていいなんて、どんなエリーゼでも良いと言ってくれた様に思えたからだ。転生してきたエリーゼでも良いんだと、強く肯定されたような気がした。
鈍すぎエリーゼに、呆れるイリス。
意外と乙女男子なホフマン。
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