手紙に込める想い
前半は、ラルフside、後半は、エリーゼsideになります。
よろしくお願いいたします。
「シュピーゲル嬢から、手紙鳥が来たって?」
マルコから知らせを受けたレオポルトが、執務室に入るやいなや、ラルフに訊いた。
「はい、団長。これです」
「――――また、これは……」
レオポルトの顔が引きつる。
大抵のことに動じないレオポルト殿下にこんな表情をさせてしまう、シュピーゲル嬢は只者ではないと、マルコは無表情を貫き思った。
「正式な名前はどう言ったか……思い出せないのですが……」
ラルフが手にしていたのは、ブドウのつるで作ったかごに綺麗に盛られているきのこだった。
「これは、シタケマッシュルームだろ。ここらで自生していないやつだな。確か、東方の国の名産品だったはずだ、食用だろうな。シュピーゲル嬢が贈ってきたのだから……、旅行に行った土産か?」
二人のコメントに反応したマルコが、勢いよく言った。
「副長、おれ、ちょっと席を外しまーーーす!」
前回、きゅうりが届いた時の経験から、マルコは自分はここに居てはいけないと素早く察したらしい。
どうやら、エリーゼから届く手紙鳥は、王族の秘匿事項でマルコが聞いてはいけない事だと認識しているらしい。
その判断は正しいが、判断が早すぎてちょっと笑えると、ラルフは思った。
「度々、悪いな。マルコ」
ラルフは、苦笑いして察しが良すぎる部下に謝った。
「いえ、30分程で戻ります」
「あぁ……、頼んだ」
「はい、失礼します」
マルコが退室してすぐに、ラルフはいつもの結界を張った。
レオポルトが、きのこを一つ摘まみ上げ、角度を変えて見ていた。
「ラフィ、今回の伝言は、どうだ?」
レオポルトがきのこをラルフに渡す。
「――――お待ちください……、今……」
ラルフは集中して、きのこに耳を傾けた。
『おれらはぁ~、あろいすがいっしょぉけんめー、そだててくれたの。ぴくにっくにきた、えりーぜとりたに、おれらもがれたーー』
「……」
『おいしいから、たべてみてって。えりーぜたのしんでたーー』
「……」
一通り伝え終えたのか、きのこは沈黙した。
ラルフがきのこをかごに戻すと、レオポルトがしびれを切らせたように訊いてきた。
「どうなんだ?」
「これは、アロイスが育てたらしい。ピクニックに行ったついでに、エリーゼ達が採取したようです。きのこは、エリーゼが楽しんでいたと言っています」
「ほぅ……、シュピーゲル嬢は、実家で休暇を満喫しているようだな……。家族関係が良好で良かったな。それだけか?」
「――――はい、前回同様、美味しいから食べてみてと言っています」
「前回のきゅうりは、美味しかったからな。陛下も美味さに驚いておられた」
エリーゼから手紙鳥で送られたきゅうりは、国王陛下に報告後、速やかに調理し、陛下、レオポルト、ラルフの三人で分け合って食べた。乱切りきゅうりに塩を振り、シンプルに食べた。きゅうりはみずみずしく、ぱっきりした歯ごたえがあり、味も濃く美味だった。
「お前のシュピーゲル嬢への心配は、杞憂だったようだな。彼女の気が済むまで待てばいいだけだな。少し、お前も気が楽になるだろう」
「はい、彼女がしたいように振舞えているようで、よかったです」
「一応、このシタケマッシュルームは後で陛下に報告しておこう。まず、この件はこれで終わりだ」
「はい」
「結界を張ったついでに、ラフィ、今回進めている捜査の話をしようか」
「はい、まず急ぎ対応が必要な事件は、王国内で、大量に武器を発注する詐欺が横行している件です。武器は主に剣や弓などで、製造を請け負ったのは、この地図の×印を付けた領地の業者です。戦後、国内需要が無くなったために、武器製造産業が急激に低迷して、経営が苦しくなっていたところに、つけこんだ犯罪です。手口は、分割支払いの契約を結び、武器を大量に発注する。業者が武器を納品した後、一度目の支払いだけして、発注者と連絡が取れなくなって、騙されたことに気づくというものです。納品済の武器は、港指定で納品されて、それからの行方は掴めていません。恐らく船で、国内の港を経由後海外へ運ばれたのだろうと予想しています」
「船か。だから、海のある領地ばかり狙われているのだな」
「そうですね、今は。この手の詐欺は、同じ相手には通用しないから、そのうち海に近くない領地も、ターゲットになる可能性があると思います。先回りして、対象になりそうな領地に、注意喚起をする必要がありますね」
「そうだ、戦時中、武器製造産業で潤っていた領地を調べてくれ」
「はい」
「戦後の不景気に付け込んだ、許しがたい犯罪だ。産業の規模、大小にかかわらず、条件に合う業者に注意を促す触れを出そう」
「はい、至急調べて、使いを出しましょう」
「うん」
「それで犯人特定の方だが、王国内の港を納品場所にしていることから、この国の海路の権利を持つ人間が関わっていると考えられる。貴族か商人か手引きしている奴が、必ずいるはずだ。被害に遭った港に出入りする権力者を、徹底的に調べ上げろ」
「はい、それと合わせて、経営状況の厳しい貴族や商人にも探りを入れるべきと思います」
「うん、国外の人間が、わが国の領地で、直接詐欺を働くとは考えにくい。必ず、王国内に協力者がいるはずだ。まずは、そこを先に抑えたい」
「そうですね、すごい数の調査対象者になりそうで、眩暈しそうになりますが」
「そーだなーー、でも、あえて危ない橋を渡ろうと擦る奴は、数としては少ないはずだ。ポイント絞ってやれば、当たるよ」
「はい、やってみます」
「シュピーゲル嬢もこれ以上心配せずに済みそうだし。集中して仕事できるようになって、良かったな☆」
「……」
「被害者を増やさぬよう、早急に元を絶たねばいけない。マルコも貸し出そう。逃げられる前に、捕まえるぞ」
「はい、すぐ動きます」
ラルフは間もなく戻ってきたマルコを連れ、詐欺に利用された港へ飛んだ。
ちなみに、エリーゼがきのこを手紙鳥で出したのは、祖父母の墓参りの直前であったので、イリス(妖精王の分身)の存在を知る前のことだった。
===============
そして、時は進み、翌日。
エリーゼが朝、いつもの時間に起きようとしていた時、部屋の窓を手紙鳥が叩く音で、目を覚ました。
寝ぼけ眼で窓を開けると、手紙鳥がテッテッテと飛び跳ねて部屋に入ってきて、しばらくして花に変化した。
「ラルフ様から、こんな時間にめずらしいわね」
ラルフから届いたのは、紫色が鮮やかなクレマチスだった。
「紫の花シリーズかしら……。前は、紫の桔梗だったし」
エリーゼの瞳の色を想わせる紫の花を選んでしまう、ラルフがよぎり、少し照れてしまう。
「クレマチスさん、ラルフ様はどんな話をしていたのかしら?」
気になるのは確かで、つい、花に向かって訊いてしまう。
花が届くと、会いたくなって、会えないことに寂しさを感じてしまうから。
『いそがしくなっちゃったって。すこし、れんらくできなくなるかもって、すまないって、ゆってたよ』
「そっか、仕事忙しいのね。ラルフ様……」
『それとね、さびしくなったら、いつでもよんでって!』
「またまたぁ……、転移魔法は体に良くないのに……、仕方のない人ね」
ラルフに呆れながらも、エリーゼの心強い支えになってくれていると感じ、笑みがこぼれた。
「ラルフ様も、寂しいのね」
『えり、すきだよ』
「!」
クレマチスに言われたが、一瞬ラルフに言われた様に錯覚した。
ラルフしか呼ばない愛称の伝言は、エリーゼの心を打ちぬいた。
録音した声を再生するように、同じ言葉を最初からクレマチスが繰り返す。
バッチリ最後の台詞まで、もう一度聞き、エリーゼは熱くなった頬を触りながら、息を整えた。
空いていた手持ちのコップに水を入れ、クレマチスを挿した。グラスの口の曲線に当たる花茎が揺れ、クレマチスの花も揺れる。
まるで、企みが成功して満足しているような、小悪魔的な姿に見えた。
朝っぱらから何やってんだと、自分の様子に苦笑いした。
『恋人から届いた花か? 中々美しいな』
「はっ!! イリス様!?」
忘れていた。
昨日から、離れず傍に居たというのに、すっかり意識の外へやってしまっていた。そして、イリスはクレマチスの声を「ふん、ふん」と相槌を打ちながら、ひとしきり聞いた後。
「……熱烈だな! 悪くない」
超生温かい目でエリーゼを見ながら、イリスは笑った。
(妖精王様、ラルフ様の伝言にコメントしないでーーーーーーー!!!)
エリーゼは、心の中で大絶叫した。
マルコを待たせて、エリーゼに贈る花を選ぶラルフ。
ブックマーク登録、評価等いただけると幸いです。
いつも読んでくださる方、ありがとうございます。励みにしております!
次回も、よろしくお願いいたします。




