本気の生け花 2
本日更新、二話目です
一話目がまだの方は、ご注意ください。
もうすぐ昼になろうかという時間になって、エリーゼはようやく燕子花の生け花を完成させた。
緊張の連続から解放され、深呼吸をして体を緩めた。
気持ちが少し休まると、達成感が生まれてきて、疲労が心地よいものになっていく。
「すごいな、エリーゼ。ここまでの腕があるとは、知らなかった」
「本当に、何て美しいのかしら……」
エリーゼが声の方へ勢いよく振り返ると、すぐ後ろで椅子に座ってアロイスとリタがこちらを見ていた。
「お兄様、お義姉様……。……いつの間に」
「すごく集中して生けていたから、気が付かなかったようだが気にしてないよ。様子をちょっと見に来たつもりが、時間を忘れて見入ってしまったよ☆」
「あのバッサバサの葉が、こんなに美しい形に整えられるなんて……。魔法をかけたみたいに、綺麗になりましたね」
水盤には、燕子花の縦姿、横姿を生け、その間につなぎの葉、三枚組をごく低く配し、池に自生する様子を連想させる花に生け上げた。
久しぶりに扱ったが、上手くいって良かったと胸を撫で下ろす。
やはり、長年培ってきた華道の経験は、裏切らないものだった。
「この花を見ていると、昨日見た山のイリスを思い出すよ。綺麗に咲いていたなって……」
「素敵ですね……、いつまでも飽きずに見ていられます」
アロイスとリタは、最上級の褒め言葉をくれる。
「ありがとうございます。お兄様、お義姉様……」
「離れて暮らしていたエリーゼが、こんなにも夢中になれるものを見つけていたことが、嬉しいよ」
「え?」
アロイスの一言に、エリーゼは大きな衝撃を受けていた。しかし、それにアロイスは気づかず、尚も続けた。
「父上が、国境に派遣されて、心が病んでしまった母上と二人で、辛い日々を過ごしてきたと思っていたが、そんな状況でも、こんなに楽しそうに打ち込めるものを見つけていたなんて……、お前は、やっぱり、すごいな……」
「……」
私が転生したせいで、エリーゼの苦しみが薄められてしまったような衝撃に、言葉を失う。
本物のエリーゼは、華道を楽しんでいない。ずっと独りで辛い思いを抱え、終わりのない絶望の中で、生きていたかもしれないのに――――。
でも、アロイスには訂正できない。
転生したことは、秘密なのだ。
「どうかしたのか? エリーゼ」
「あ! いいえ。片付けますね。残った株は、お供え用のバケツに加えておきます」
「あぁ……」
(――――泣いて、しまいそう……だ……)
エリーゼは、必死に涙をこらえて、歯を食いしばった。
うつ向いたまま顔を見られないようにして、机の上の花材を片付けた。
他人の人生を奪った事実は、簡単に消えない。そして、忘れようとしても、思っても見ない方向から、無自覚に攻撃され、自分勝手に傷つくハメになるのだ。
「エリーゼ、昼から墓参りに行こう。お祖父様とお祖母様にも、イリスを見てもらおうか」
「――――分かりました」
何とか声が震えず、返事できた。
エリーゼは平静を装い、黙々と片づけをしていく。
「エリーゼ、またあとで」
「はい……」
アロイスとリタが、にこやかな雰囲気を残し二人仲良く去っていく。
それに決して馴染めない自分が、嫌になる。
エリーゼになりきれない、自分が情けない。
結局、私は私でしかないのだと思い知った。
「花生け、終わったのか」
負の感情スパイラルに巻き込まれていたエリーゼの思考は、ホフマンの一言で強制的に切られた。
「えぇ……、終わったわ。今、片付けている最中よ」
「これが……、あんた、いや、あなたが言っていた生け花と言うものか」
「そうよ」
ホフマンは、生け上げられた燕子花を、珍しそうに見ていた。
「すごいな、やっぱりあなたは貴族の娘ですね」
「え?」
「領地の事務処理もできるし、こんなにすごい花も生けれるなんて、きちんとした教育を受けたお嬢様だと――――」
「止めて、大したことじゃないわ……」
「自己評価が低いですね」
「私にしてみれば、ホフマン、あなたの方がすごい人よ。昨日の夕食のサービス、完璧で快適だったわ。まだ、礼を言ってなかったわ。私のために、別メニューを用意してくれてありがとう。とても、美味しかったわ」
「――――やっぱり、あなたはアロイス様の妹だな。そんな風に言うのは、ここの人達だけだ」
「まぁ! それは見る目のない人たちばかりだったのね。残念なこと」
「男は、戦って家族や大切な人を守るものだといって、幼い頃は剣術を教え込まされました。でも、俺は戦って相手を力でねじ伏せることはしたくなかった。嫌々やらされて、やる気のない俺は、常に出来損ないと言われて育ちました。そんな俺を守ってくれたのは、母だけでした。母から教わる掃除や洗濯のほうが、楽しくて、自分から積極的に覚えていきました」
「辛い目に遭ったのは、気の毒だけれど、やりたいと思うことを見つけられて、良かったわね。あなたが、誠実に人に尽くせるようになったのは、お母様のおかげね」
「騎士になれなかった、正確にはなりたくなかった。落ちこぼれた俺を、母は決して見捨てなかった。母のおかげで、俺は心を壊さずに済んだ」
「素晴らしいお母様ね。子供のためになることを、誰よりも理解して実行できる親は、とっても少ないと、私は知っているから……」
「本当にあなた方のような考え方の貴族は、初めてです。家事ができたとしても、国のために戦うことが出来なければ、価値がないと言われ続けてきましたから……」
「ホフマン、長きに渡る戦いは、もう終わったのよ。戦時下に言われた偏った価値にとらわれ過ぎてはだめよ。平和になった今、剣で戦うより、家事ができる方が、これから役に立つことだと、私は思うわ」
「剣よりも、家事が役に立つ?」
「えぇ……、少なくともシュピーゲル家では、あなたがいてくれてとても助かっているわ。お義姉様を気遣って、率先して家事をこなしてくれるあなたは、すごいと思うわ。私は、あなたのレベルの家事はできないから」
戦争とは、簡単に人の心に闇を作る厄介なものだ。幼い頃に受けた傷は、平和になっも癒えることはないのだ。
「ホフマン、何度でもいうわ。あなたの能力はすごいものよ!」
そんな言葉だけで、傷ついた心は癒されないだろうが、伝えずにはいられないと思った。
「エリーゼ様、あなたの能力もすごいと思いますよ。何があったかは知りませんが、落ち込む必要はありませんよ」
ホフマンに言った言葉が、そのまま帰って来て我に返る。エリーゼは過去に囚われて、未来を見失っていたなと気づく。
「そうね、私はシュピーゲル家を豊かにしたくて、帰ってきたの。過去にこだわっている場合じゃなかったわ」
変えられない過去を見ている暇はないのだ。未来に目を向けなければいけなかったと、心を整えた。
「ホフマン、色々話してくれてありがとう。これから、しばらく居るのでよろしくね」
素直に笑えて、エリーゼは嬉しかった。
無事に浮上したエリーゼの顔を見て、ホフマンは眩しそうに、目を細めた。
「よろしくお願いします。エリーゼ様」
ホフマンの声が過去一で柔らかく、エリーゼに優しく染みた。
ホフマンのおかげで、闇落ち免れたエリーゼ。
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