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流され令嬢は、本音をぶちまける

 エリーゼが描いた剣山と七宝の図を、ハンスとラルフは興味深げに見ていた。


「これは、鉄で出来ているということは、相当重いものか?」

「はい、かなり重かったです。花茎や木の枝など何本も挿すので、全てを支えるために重いものが良いです。でも、私が片手で持てるくらいの重さのものでした。重すぎるのも、扱いにくくなるので駄目です」


「これを、花を生けるのに使っていたのか?」

「はい! 私の前世では、普通に使われている定番品です」


 図を何故か難しい顔で見ていたハンスが、エリーゼに訊いてきた。


「これは……、いざという時、身を護る道具にもなるのか?」

「――――はい?」


 ハンスの言っている意味が良く分からず、エリーゼは訊き返してしまった。

 エリーゼの戸惑いに気づかず、ハンスは独自の見解を言う。


「実に興味深い! この針が無数につき立ったもの、重さも程々にあって、片手で持てるサイズ。私には、護身用の武器にしか見えないのだが……、ただの花生けと見せかけて、武器を忍ばせるとは、よく考えられたものだと感心している」

「……」


 ハンスの考察に、ラルフも「父上もそう思われましたか」と同意した。おかしな方向へ話が行きそうな展開に、エリーゼは二人とどう絡んでいいのか分からなくなってきた。


「そして、もう一つの方も見てみろ。これを、拳にかぶせるように握りこんで攻撃すると、破壊力があるに違いないと思う」

「ちょっ……まっ……」


 エリーゼは、真面目に分析するハンスの言葉に絶句した。

 なぜ、武器に見えてしまうのか、異世界カルチャーショックに再び陥った。

 前世の漫画で、不良高校生が扱っていた武器に見えなくもない、花留めの形に今更気づき、ショックを受けた。


(剣山を、投げつけたり、七宝を、メリケンサック的に使う……、とな???)


 何たる華道に対する冒とくと嘆いたが。

 だが、生きている環境が違うから仕方がないと思い直す。

 この世界は、ついこの間まで戦時下にあった国なのを思い出した。エリーゼは、ラルフが戦地に行って戦ったことがあると言っていたのを思い出した。


 今は和平条約が成立し、平和な暮らしをしているが、彼らの心はまだ完全に平和を楽しむ暮らしに切り替わっていない。エリーゼは、そんな風に感じた。

 エリーゼは、この王国の人々はまだ平和を満喫する態勢になっていないのだと実感し愕然とした。


「発想が豊かなことは素晴らしい事ですが、申し訳ありません。これは、文化的かつ平和的用途にしか使いませんよ。用途は、花生けのみです。武器になるかもとか、そういう想像をするのはやめていただけませんか?」


 エリの訴えに、ハンスとラルフは行き過ぎた言動をしたことに気づき、バツの悪そうな顔をした。


「そうだな、エリの言う通りだ。何でも戦うものに繋げる思考は、改めないといけない。平和になった世の中で生きるなら、なおさらだ」


「生意気なことを言いました。ご理解いただけてうれしいです」


 話せば理解してくれる、ありがたいことだとエリーゼは思う。

 将来、この人たちと家族になれるとは、ラルフには感謝しかない。

 それと同時に、エリーゼ自身もしっかりと足元を固めないといけないと思う。娘にして良かったと思われたいという、ささやかな願いが生まれた。




 そして、すっかり日が傾いて、アーレンベルク侯爵家からの帰り道。


 エリーゼは、ほくほくと喜びを露わにしていた。

 布に包まれて、大事に抱えているのは、水盤と七宝と剣山。

 ハンスに錬金術で作り出してもらった、出来立てほやほやの華道具だった。


「本当にびっくりしました。まさか、ラルフ様のお父様が、私の欲しいものを作ってくれるなんて……」


「父上も、久しぶりに楽しそうだった。ありがとう、エリ。君のお陰だ」


「私は、何もしていませんよ?」

「そう思っているのは、君だけだよ」

「……」


「ラルフ様、少し話してもいいですか?」


 エリーゼが、結界を張って話したいとねだる。

 ラルフは、返事をする代わりに、消音付与した結界を張った。


「いいぞ」

「ラルフ様、私、婚約する前に、ちゃんとしておきたい事があって……」

「うん」


「私は、エリーゼの立場を、正確に理解しておきたい。そのために、シュピーゲル家の領地に行って、お兄様と話をしたいのです」

「君の兄上には、私から手紙を出して、婚約の了解はもらっているが……」


 ラルフの中では、話のついたことの扱いで話す。

 そこに考えのズレがあるのを、エリーゼは感じた。


「ラルフ様に、心遣いいただいていることは、感謝しています。でも、兄とのことは、人任せにしてはいけないことだと思うのです。わたしは、異世界から転生してきて、エリーゼの体を受け継いでいます。お兄様にとって今の私は、他人同然の存在になってしまった。私は、それを仕方ないといって済ませたくないのです。エリーゼの代わりに生きているのだから、彼女の家族や周りの人達を、彼女の代わりに出来るだけ大切にしたいのです。だから、お兄様や領地を支えてくれる人たちに会って、私にできることがあればしたいと思っているのです。エリーゼの家族と向き合う時間が欲しい気持ちが、強くなってきているの」


「最近、エリが考え込んでいたのは、そういうことか」


「転生してきて、この世界に馴染めない違和感を無くしたい。そう思うなら、もっとこの世界を知る必要があると思ったのです」


「うん、エリの不安を無くす方法があるなら、すべきだと思う」


 ラルフが肯定してくれると、気持ちが軽くなる。

 エリーゼは勇気を振り絞り、流され続ける自分を変えようともがいてきた、

 その気持ちを、今、ラルフにぶつける。


「ラルフ様と、この先一緒に生きていくために、もう少し時間をください」


 安易にプロポーズを受けてしまった自分を、見つめ直す時間が欲しかった。

 ラルフの青い目が揺れるのを、エリーゼは目を逸らさず真っ直ぐ見た。


「それは……、どういうこと?」

「婚約の手続きは、私の気持ちのけじめがつくまで、待って欲しいのです」

「……」


 ラルフの沈黙が怖い。

 でも、エリーゼは引く気はなかった。


「私の我が儘です。あなたに相応しい人になりたい。今のままでは、相応しくありませんから」

「そんなこと――――」

「守られるだけの存在に、なりたくないの。あなたを愛しているから、あなたを守れるようになりたいの」


 エリーゼをもっと知り、足元を固める。

 この世界で、生きていくために。

 ラルフの隣で、胸を張って並ぶ自信をつけるために時間が欲しい。

 面倒くさい性格だなと、我ながら思う。

 でも、これが私だ。


「私も、君の領地について行きたいと言ったら?」


 ラルフはそういうかもしれないと予想していた。

 でも、甘えてはいけないと、エリーゼは強く思う。


「駄目です、ラルフ様がいれば、私は兄と本音で話せません」


 ラルフと一緒に行けば、兄は上位貴族であるラルフに従うしかない。

 それは、エリーゼの望むところではなかった。

 シュピーゲル家の一員だと、兄に認めてもらう。

 まずは、そこから始めたかった。


「反対しても、無駄なんだろうな」

「はい」


「エリーゼ、危険を回避する対策はさせてくれ」

「勿論です、お願いします」


 エリーゼも危険を避けたいので、ラルフの申し出を受け入れる。


「たまに、領地に会いに行ってはいけないか?」

「領地までの距離は遠いから、負担が大きいので、駄目です」


 近距離の転移魔法でも、回数制限して使っているのに、長距離移動となるとラルフの体に負担がかかりすぎる。

 ラルフは、エリーゼが会いに来て欲しいと言うと、絶対に無理をするに違いない。だから、はっきりと断る。


「少しの間、ですよ。辛抱してください」

「話だけでもできるように、通信機器の魔道具を用意する」

「……」

「私のために、持って行ってくれ」


 ラルフは、懇願する様に言った。

 この世界に来てから初めて聞く魔道具を用意するとは、悪い予感がした。


「話の出来る通信機器って……、そんなものがあるのですか?」


 前世のスマホみたいな便利道具、魔法がある世界は科学的な匂いのする道具が多い。しかし、自分はもちろん、王族でさえ使っているところを一度も見たことがない。一般的に普及する魔道具でないことは、察しが付く。


「騎士団の連絡手段として、開発が進められているものだ。レオポルト殿下に頼んで融通してもらう」


(レオポルト殿下に頼まなければ、手に入れることが出来ない魔道具って……、それを持ち出すって、完全にアウトでしょう!!)


「はぁ!? 騎士団のものを私的に使うとは、職権乱用ですよ。絶対、止めてください」


 エリーゼは、全力で留める勢いで止めた。


(淋しいだけで、レオポルト殿下が開発している魔道具を使おうとするなんて……。殿下に借りを作るのは、怖くてしたくないです!)


「でも……」

「駄目なものは、駄目です。私のために、独りになる時間をください」


 エリーゼが強めに却下すると、ラルフは「仕方ないな、我慢する」と拗ね気味に言った。エリーゼは、その様子に不覚にもきゅんとしてしまう。

 ラルフ様は、意外と淋しがり屋さんだと思う。

 そこが好ましいと思ってしまう自分も、相当恋愛脳になってしまっていると自覚する。


「ラルフ様、離れていてもあなたを想っていますよ」

「!」

「大好きです、ラルフ様」


 これは、心の中で揺るがない想いであると、エリーゼは自覚する。


「必ず、あなたの元に帰ってくると誓います。だから、待っていてください」


(ただ、領地に里帰りするだけなのに、大袈裟に言い過ぎだけどね!)


「エリ、待っているから。早めに帰って来て」


 ラルフの言葉が、エリーゼの萌えスイッチを連打した。

 行く前から帰りを待ち侘びるなんて、可愛くて仕方がなく、脳内で悶えた。

 エリーゼは、ラルフの存在が堪らなく愛しいと思う。


「ふふ、はい! 努力します!」


 こうして、エリーゼは領地に里帰りする準備を始めることに決めた。


 



 


ラルフのデレの破壊力に、脳内メロメロなエリーゼ。


ブックマーク登録、評価等いただけると幸いです。

本当に励みになります!


次話も、よろしくお願いいたします。


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