錬金術で叶う夢
「花嫁衣裳の件は、承知した。その他で、私たちができることは何だ?」
「結婚に関する書類に同意のサインを。それと、結婚式は是非出席いただきたい」
まずは、婚約届の書類を後日用意するのでとラルフが付け添えた。
「まぁ、その件は相分かった。そちらの希望通りにしよう。その他は?」
「そうですね……、くれぐれも挙式を急かすことはしないでください。私もエリも仕事の都合がありますから」
「ふむ、そうだな。了解した」
(ハンス様って、ラルフ様に似てる? あ、逆か。ハンス様は髪は金色で、目は緑色と違うけれど、声や顔立ちや体型に至るまでよく似ている。ハンス様を、薄目で見たら、ラルフ様と見間違える勢いだ)
「ありがとうございます、父上」
(ハンス様が仕切り始めたら、ディアナ様は静かに控えている。肝心なところは、ハンス様がしっかりと手綱を掴んでいるようね)
「シュピーゲル嬢、エリーゼさんと呼んでも良いか?」
「はい」
(ディアナ様は、許可なくすでに呼んでいらっしゃったけれど。ハンス様は、真面目ね。性格まで、ラルフ様に似ている。あ、正確にはラルフ様がハンス様に似たのよね)
「エリーゼさん、私は隠居した身だが、幸いまだまだ元気だ。もし、困ったことがあれば、相談してほしい」
「ありがとうございます。……えと、アーレンベルク様」
「――――、その、義父上でいいが……」
「!」
ハンスがエリーゼを娘扱いをするなど、思っていなかった。
分かりやすく固まったエリーゼに、ラルフは苦笑いした。
それにしても、娘呼びをねだるハンス様、可愛らしすぎでどきどきする。
「父上、それは、気が早いです」
「……そうか?」
「そうです」
「……、分かった……」
ラルフの強い指摘に、ハンス様は、残念そうに最後は折れた。
(あ、デレスイッチが入ったら、急に距離を詰めてくるのも似てる……)
話したくてうずうずしていたディアナが、エリーゼに言った。
「そういえば、カミラに聞いたのだけれど、エリーゼさんは花を生けるのが上手なのよね」
「はい、生け花は、王太子宮でも飾らせていただいてます」
「それは、異世界の文化なのよね?」
「!」
ディアナ様が、NGワードをさらっと言ったので、エリーゼはぎょっとした。
執事長や侍従もいるのにと、返事をするのも躊躇われた。
「母上、人払いを」
「あら、ごめんなさい」
ディアナは、執事長を侍従に退出を命じ、四人だけになると、ラルフがすぐに消音付与した結界を張る。
ラルフが母に文句を言う前に、ハンスが先に口を開いた。
「ディアナ、気を抜くな。使用人の前で、エリーゼさんの出自は話してはいけない」
ハンスの厳しい声に、ディアナが震えあがった。
「すみません、つい」
バツが悪そうに、しゅんとした。
落ち込むディアナに、ラルフは容赦なく責め立てた。
「母上、エリ―ゼが転生者だということは、この王国の機密情報になります。併せて、私たちが『妖精の愛し子』のギフト持ちだというのも、王族主導の秘匿事項だということもお忘れなく」
「それは、言ってないでしょ! 分かっているわよ」
「ディアナ、解っていても、今回君は禁忌を口にした。細心の注意をしてくれ。王太子妃のカミラのためにも、厳重に守らなければならない」
「そうね、カミラに迷惑かけたくないから、秘密を守るわ」
「母上、今は結界を張ったので、話しても良いですよ」
「……話すなと言ったり、話せと言ったり、ややこしいわね」
「そのややこしさに、慣れてください。この守秘義務があるから、必要以上に、実家に立ち入らない様にするのですから」
(そうか、この家は使用人が多い。その中に、口の軽い者がいても、見た目だけでは判断できない。ならば、近づかぬ方が秘密を守れるということなんだ)
「エリーゼや私は、結界を張ってから話すことに慣れていますが、父上や母上は初めてだから、間違って当たり前です。しかし、エリーゼと会いたいとおっしゃるのなら、慣れてください」
「うむ、そうだな。ディアナ、お互い心して対応しような」
「はい」
「母上、エリーゼの花生けの知識は、異世界の文化です。何か、気になることでも?」
「え? あぁ、話が戻ったのね。……そうそう、訊いてみたかったの。花を生けるのに、特別な道具を使うのよね。確か、ハナドメ? とか、カミラが言っていたの」
「カミラ様が?」
エリーゼは、カミラといつだったか、こういう花を生けてみたいと夢見心地で話したことを思い出した。
「あぁ、剣山と七宝のことですね! その花留めがあれば、水盤に生けれて楽しいんですよって……」
「君は、とても楽しそうに話すが、想像ができないなぁ」
ハンスが、思わず呟いた。
ディアナだけでなく、ハンスが意外にも興味を示してくれて、エリーゼは嬉しくなった。
「平たい花器、水盤と呼んでいた器に、自然の景色を切り取って表現するように生けるのです。近くに見えるものは大きく、遠くに見えるものは小さく生けて、遠近法を利用して、奥行きのある景色を作るのです。絵具で景色を描くように、花を生けるって感じです」
前世では、生け花の基本と言える生け方になるのだが、この世界は花瓶に花を生けるのが主流で、なかなか実現できない生け方なのだった。
「平たい花器とは、ちなみにどういうものか?」
そう訊いてきたのは、ハンスだった。
「一尺……、30㎝以上の丸や楕円で、ある程度水が入れられるように周りのふちが立ち上がりがあるもので、無地や素焼きのシンプルな陶器です。花の色を生かせるように、落ち着いた色味のものが好ましいと思います。とにかく、この世界に多く見られる花瓶とは、形が全く違うものです」
口で説明するのは難しい。しかし、エリーゼはハンスが真剣に聞いてくれるので、記憶の中の水盤の形を、一生懸命言葉にした。
「ふぅん……、なるほど。ラルフ、少し席を外す。一旦、結界を解いてくれ」
「はい」
ラルフは、手早く結界を解いた。ハンスはエリーゼに待っているように言い、楽しそうに応接室から出て行った。
「突然、どうされたのでしょう」
「父上は、エリに見せたいものがある様だ。待ってやってくれるか?」
「……はい」
何をと、先に訊くのは野暮な気がした。
「はぁ、あの嬉しそうな顔! 久しぶりに見たわ!」
ハンスの生き生きとした様子に、ディアナは上機嫌な声を上げる。
どうやら、この母子はハンスがこれから見せようとしてくれるものを知っているらしい。
しばらくして、ハンスは土や石や水など、使用人に運ばせて帰って来た。再び人払いして、ラルフが結界を張り直す。
「良いですよ、父上」
「分かった。みんな、その場を動かない様にしてくれ」
エリーゼを含め、ハンス以外の三人が承知した。
その時、ハンスが意識を集中させて、魔力を高めたのが分かった。
すると、石や土や水が宙に浮き、混ざり合い始めた。ハンスは、それらを魔力で練っていく。
だんだん、材料の形が無くなり、一旦、原子単位に戻すかのような、小さな粒子の塊に変化していった。全てが混ざり合い安定してきたころ、ハンスはさらに魔力を込めて塊を練った。
そして、塊はまた違う形に変化し、急激に固まっていく。
ハンスが魔力の放出を止めると、宙に浮いていたものが、ハンスの手の上にゆっくりと下りてきた。
ハンスが手にしていたのは、先程エリーゼが説明した、水盤だった。
「ふぉぉっ! 魔法でものが作れちゃうの!?」
エリーゼが、感嘆の声を上げた。
サプライズが成功して、ハンスとディアナは満足そうだった。
「エリ、父上は錬金術師なんだ」
「! 錬金術師!」
昔、ドハマりした漫画の主人公が、錬金術師だった。
懐かし響きに、自然とテンションが上がる。
「あれ? エリは錬金術師を知っているの?」
「昔、読んだ本にあって、物質を原子レベルに分解して、再構築できる人のことですよね?」
(ああんっ、うろ覚えの知識で、勘弁してほしい!!)
「君はすごいね。錬金術師に関する書物を読んでいるとは、勤勉さに脱帽するよ」
「……」
(読んだのはファンタジー漫画で、フィクションの話だけどね! ラルフ様が言うと、お堅い学術書を読んだかの様にいっているけれど、漫画、だからね! お気楽に寝転んで読んでいたとは、言えない~~~~)
エリーゼは、いたたまれなくなって、嫌な汗が噴き出すのを感じた。
「どうかな、色は土の色を生かして、茶系の自然色にしてみたけど……」
ハンスに手渡された水盤を、食い入るように見る。石の荒々しさがところどころにあり、非常に趣がある。大きさや、深さも申し分ない。
「すごい、これ、水盤です! 野性味あふれる素敵な出来ですね!」
エリーゼは、懐かしい花器の重みに感動して、笑顔になった。
さすが、優れた魔法使いの親は,只者じゃないと思う。
「これで、君のやりたい花生けに近づいたな」
「はい、ありがとうございます!」
「後は、ハナドメ? というやつか。それは、どんなものだ?」
「それはですね~~、鉄製で、水に強いように、さび止め加工をしてあるもので……、形はちょっと複雑で、言葉では言い表しにくいです」
紙に書いて説明すると言うと、ラルフがどこかからか紙とペンを出して来てくれた。
エリーゼは、前世の記憶を手繰り寄せ、必死に思い出して形を描いていった。
エリーゼに錬金術を見せたくて、張り切るハンス、58歳。
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