アーレンベルク侯爵家へ
第二部、開始です!
「エリ、私の両親に会ってほしい」
「ふぇ?」
ラルフのプロポーズを受けて、一カ月経った頃、突然言われた。
おいおい彼の両親に挨拶に行くことになると思っていたが、多忙なラルフの様子を見る限り、結婚はまだまだ先の事と思っていた。
「エリーゼも、結婚できる年になったし」
ラルフが、当然のように言った。
確かに、エリーゼは、一週間前に16歳になった。
この国で16歳は、成人と認められる年齢になる。正式な婚姻手続きができるのも、16歳からになる。
どうやら、エリーゼが成人したタイミングで、ラルフは本格的に結婚へと動き始めることにしたらしい。
「エリの次の休みは、いつだ?」
「――――三日後、です……」
「その日、空けておいて。アーレンベルク家に一緒に行こう」
ラルフの迷いない言葉に、本気なのだとエリーゼは悟る。
あの忙しいラルフが、わざわざ時間を空けて対応しているのが揺るぎない意志を表している。
断る理由も浮かばないので、エリーゼは覚悟を決めた。
「はい、わかりました……」
だけど、返事をしたものの、不安ばかりが湧いてくる。
(ラルフ様のご両親に、私はどう思われているのか、正直怖いわ……)
エリーゼは、侯爵家令息のラルフと比べると、格下である。出自は、男爵家令嬢になる。一応、貴族を名乗っているが、シュピーゲル家は、我が国の同じ男爵家の中でも、中の下ランクの家になる。栄華を極めたのは過去のことで、今は裕福とは言えない懐事情なのは父から聞かされていた。だから、結婚する時の持参金も用意できないだろうと思う。その上、男爵家を継いだばかりの兄と転生後は会ったことがなく、家族との縁もないに等しい。
『妖精の愛し子』のギフト持ちなのが、唯一押せる点だが、正直、それだけなので、ラルフに相応しい相手だと胸を張れない自分がいる。
(妖精の声が聞こえる程度で、能力をどう生かせるのか分からないし……)
「エリ、心配しなくても、両親は君が来るのを楽しみにしている」
「本当、ですか?」
思わず、疑いの目で見てしまう。
自分に自信がないから、どうしても言葉通りに受け取れない自分がいた。
「嘘を言ってどうする。エリのことは、姉上も気に入っている。両親は、姉上経由で、エリーゼの事をそれなりに知っているはずだ」
ラルフの実姉であるカミラの口添えがあるのは、心強い。
だが、まだ不安は拭えないでいた。
「カミラ様以外のお兄様方は、どう思われているのでしょうか」
(ラルフ様は、カミラ様の他に二人お兄様がいらっしゃるはず……)
結婚して義理の兄弟になる兄たちの心境を、勝手に妄想して悩んでしまう。
そう思うと、ラルフに確かめずにはいられなかった。
「一番上の兄は、領地で暮らしていて、結婚もしている。私のすぐ上の二番目の兄は、外交官で、今は隣国に駐在している。私も、二番目の兄とは数年会っていない。二人とも遠方にいるから、三日後は会えない。まぁ、反対はしないと思うから、安心していい」
ラルフは、真面目に説明してくれたが、兄の心境を推し量っただけだった。 それを聞いたエリーゼは、さらに不安に陥る破目になってしまった。
(えぇ? 何の根拠があって、反対しないと思うの? ツッコミどころ満載だけど、聞きづらいわ……)
遠方に住む兄たちに、どう思っているのか確認してきてくれと、仕事が忙しいラルフに言えるわけがなかった。
「兄上たちが王都に来る機会があるなら、会ってもらうけど、当分は無理かな……」
「そうなんですね」
(何か、深い事情がある? のよね……)
ラルフの微妙な物言いに、エリーゼは確信を持った。
ラルフは、意図的に兄たちと会わない様にしているのかもしれないと。
ラルフは、冷酷非道で傍若無人だと誤解されているが、実はきめ細やかな心遣いができる人だ。きっと良くない事情があって、エリーゼを巻き込みたくないから、はっきりしない態度を取るのだ。
ここは、ラルフの言うことを信じるしかないなとエリーゼは結論づけた。
「三日後、姉上に君の支度の手伝いを頼んでおくから」
「はい、ありがとうございます」
「うん、じゃもう行くよ。また明日」
「はい、また……」
ラルフが、エリーゼの頬にキスをしてから、転移魔法で姿を消した。
王太子妃であるカミラに、頼みごとをしてしまうラルフは、やっぱりすごいなと思う。その恩恵を受けることに、今でも戸惑いを感じてしまう。
エリーゼの中身である山口恵梨は、三十過ぎのおばさんだし。
そして、貴族でもない、しがない中小企業の事務員だった。
どうしても前世の記憶に引きずられて、相応しくないと思ってしまうのだ。
でも、ラルフ様にこの不安を伝えても、今更だと一蹴されるに決まっている。だから、この不安は自分自身で何とかするしかないのだ。
――――そして、三日後。
エリーゼは朝からアーレンベルク家へ訪問する支度に追われていた。
カミラの専属侍女たちが、肌を磨き、髪を整え、スーパーテクニックを駆使して完璧に仕上げてくれた。初めて見るデザインの薄いブルーに銀糸の刺しゅう入りのドレスは、ラルフが用意してくれたに違いないと思う。
デザイン違いだが、彼色のドレスがまた一着増えた。
今までのドレスを収めたクローゼットは、見事な同系色で、カミラ様の専属侍女たちは戦慄していた。ラルフの執着心が、重すぎるらしい。
紅茶を優雅に楽しみながら、エリーゼの準備を見守っていたカミラが、完成した姿を見に傍にやってきた。
「エリーゼ、私は一緒に行けないけれど、あなたなら大丈夫よ」
「カミラ様、ありがとうございます」
(この頃、カミラ様は、ラルフ様と同じくらい私に甘い。慣れ過ぎないようにしなければ……)
昔も今も、カミラとエリーゼは、王族と使用人であり、立場は変わらない。
義妹になる予定なだけで、婚約すら成立していない今、親しすぎる態度をとるのは、早計な上に、不敬に当たる気がする。しかし、分かっていても、流されるままにしかできない自分が心苦しくて仕方がない。
そうやって、カミラと言葉を交わす度に、エリーゼは自分を律し続けていた。
カミラに礼を言ったところで、ラルフが迎えに来たと侍女が知らせに来てくれた。カミラにカーテシーをして、ラルフのいるホールへ向かった。
ラルフが用意してくれたアーレンベルク家の馬車に乗り込んだ。
アーレンベルク侯爵家のタウンハウスは、王城にほど近い一等地に建っていた。シュピーゲル家とは大違いで、豪奢な邸に見とれてしまった。
「エリ、口が開いている」
「……」
エリーゼは反射的に口を閉じ、ラルフを見る。
「まるで、借りてきた猫だな」
「……」
揶揄われても、その通りなので反論できない。
緊張から、挙動不審になるのは許してほしい。
馬車が完全に停車し、アーレンベルク家の使用人が近づいてくるのが見えた。
「降りようか、エリ」
「はい」
ラルフが先に降りて、エリーゼのために手を差し伸べてくれる。
この世界に来て、エスコートされることに慣れてきたように思う。
迷いなく手を添えて、馬車を降りた。
アーレンベルク家の執事長に出迎えられ、応接室に通された。
ラルフの両親は、間もなく来るらしく、エリーゼは微妙な緊張状態を強いられていた。背後に侍従らしき人が控えていて、ラルフと話をして和む気になれなかった。
「エリ、少し落ち着け」
「そう言われても……」
「大丈夫だ、準備は万端だろ?」
「えぇ……」
目上の人の家に訪問する際に、前世の常識がこの世界に通用するのか、ラルフにリサーチしまくって、今日は臨んでいる。
その時扉をノックする音がした。
両親がやってきたと、エリーゼは身構えた。
「どうぞ」と、ラルフが応えると、執事長をラルフの両親が入ってきた。
ラルフが立ち上がるタイミングで、エリーゼも立った。
ラルフが早速話し始めた。
「父上、母上。今日は、お時間いただきありがとうございます」
「お前が女性を紹介してくれる日が来るとは、感慨深いことだ」
ラルフの父が、嬉しそうにエリーゼの方を向いた。
「待たせたね。私は、ラルフの父、ハンス・フォン・アーレンベルクだ。こちらは、妻のディアナだ。一番上の息子に当主の座を譲り、今は気ままな隠居生活を送っている」
ハンスの話が切れたタイミングで、エリーゼはカーテシーをして、姿勢を正してから話し始めた。
「エリーゼ・シュピーゲルと申します。ラルフ様とお付き合いさせていただいております。お見知りおきいただけますと、幸いです」
「父上、母上。私はこちらのエリーゼ嬢と結婚を前提に付き合っています。異論はございますか?」
和やかにほんわりと温かかった空気が、ラルフの言葉で氷点下まで冷え込んだ。なぜ、急にラルフが両親を威嚇するのか、エリーゼは訳が分からなかった。
ハンスは、息子の刺々しい殺気に臆することなく口を開く。
「異論はないよ。こんなに美しくて、可愛らしい娘さんを、自力で射止めたとは、私の子どもは出来た子だと思うよ」
「私も、当然異論はないわ。運命の人と巡り会えたなんて、素敵よね」
異論はないという両親の言葉に、エリーゼは安堵した。
しかし、ラルフはまだ警戒を緩めていなかった。
「じゃあ、結婚式などの日取りは、私たち二人の良き時に自分たちでやりますから、見守っていただけますね?」
「ええ!? 私にドレスを作らせてほしいわ!」
ディアナが、激しく反応した。
ラルフが、やっぱりなと苦々しい顔をした。
「必要ならば、私から正式にお願いします。依頼するまで、エリーゼに近づくのは遠慮していただきたい」
(んん?)
「そんなぁ! エリーゼさんに着せたいドレスが、いっぱい思い当たるのに! そのドレスも、あなたが細かく口を出してきて、思うように作らせてくれないし」
(んんん?)
「母上に任せると、過剰に肌を見せた下品なデザインになるので、嫌なんですよ」
「過剰!? 上品でシックだと定評のある私のデザインを下品ですってぇ~~~~!」
(な、なんですと~~~~!?)
今まで贈られたドレスは、ラルフ様の母上の作品だったとは。全く、気づきませんでした。やけに早い対応で用意していると思ったけど、思いっきり身内の特権を使っていたからなんですね……。
「とにかく、エリーゼを煩わせることはしないでください。特に、母上、よろしくお願いします」
ラルフとディアナの間に、バッチバチな火花が見えるようだった。
何とか穏便に済まさねばと、エリーゼは二人に声をかけた。
「あっ……あの……」
「「あ"ん!?」」
「ひぃぃぃっ……!!」
母子で、すごまないでぇ、圧強っっ……。
でも、若干トーンが落ちたので、エリーゼは気を取り直して話し始めた。
「ラルフ様が贈って下さったドレスは、お母様が作られたものだったのですね。知らなかったとはいえ、お礼が遅くなりすみませんでした。いつも、素敵なドレスを作っていただき、ありがとうございました」
エリーゼが丁寧に礼を述べると、二人は完全に平静に戻ったようだった。
「今日のドレスも、良く似合っていて可愛いわ。まぁ、これはこれで悪くなかったわね。ラルフが監修したデザインだっていうのが、ちょっと気になるけど。エリーゼさん、いつか私のデザインしたドレスも着てね」
(お母様のディアナ様は、ラルフ様と同じ銀髪に青い目。でも、顔立ちはお父様のハンス様そっくりね。顔立ちで言えば、お母様は、カミラ様とそっくりね。見れば見るほど美形ぞろい。眼福です!)
「はい、是非」
「本当に?」
ディアナ様は、満面の笑みでこちらを見てきた。
「エリッ、安請け合いするな」と、ラルフが忠告すると。
「余計なこと言わないで」と、ディアナが返した。
エリーゼは、二人の間で板挟みになってしまう。
「母上は、体力ある限り付き合わせようとするから、厄介なんだ。後悔する前に断った方が良い、エリ」
「ええ~~~~……」
母子の終わりなき言い合いが、しばらく続くだろうと思っていたその時。
「脱線した話を、元に戻して良いか? ラルフ」
「「「!!!」」」
(ハンス様が、入ってきた!)
「はい、父上」
ラルフは容赦なく、母との会話を終えた。
自分色のドレスばかり贈る息子に、激しく心配する母、ディアナ。
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