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悪魔降臨

よろしくお願いいたします。

「アーレンベルク侯爵令息様、ようこそ、いらっしゃいませ。エリーゼの母でございます」


「急な来訪を許可下さり、ありがとうございます。シュピーゲル男爵夫人」


 お母様が挨拶を交わした来客は、先日遭遇したあの魔法使いだった。


 だがしかし、ガミガミと私を怒っていた侯爵令息が、見舞いに来るとか、叱り足りなかったのであろうか、それとも嫌がらせを言いに来るつもりできたの?

 訳が分かりません……。

 どんな文句を言いに来たのか、考えを巡らす度、私の顔色は悪くなる一方だった。


「エリーゼ、あいさつ」


 お母様がささやく声がした。

 私が挨拶をする番が来ていて、みんながこちらに注目していることに気づく。


「こんにちは、エリーゼと申します」


 何とか声を絞り出し、お母様に事前に言われた通りに、付け焼刃のカーテシーを披露した。したことないのに、練習10分で本番とは、心臓に悪い。


「こんにちは、シュピーゲル令嬢。お加減はどうかな?」

「はい、何とかやっております」


 精神的に、瀕死状態だけどね!


「お見舞い、何がいいか迷ったんだけど……、君にはやっぱりこれかなと思って――――」


 目の前に握りこぶしを突き出されたと思ったら、次の瞬間、花束が現れた。どこかオリエンタルな雰囲気のある芍薬みたいな花が、丸く束ねられていてとても素敵だ。魔法で花束を出す演出も、驚きがあっていい。


「かわいいですね」


 緊張が不思議と何処かへ行ってしまい、素直に笑顔が出た。



「すみません! 診察が長引いて遅れました」


 突然会話に割り込んできた、ヘムルート先生の声を聞いたとき、すぅっと血の気が引いて、エリーゼの体が急激に冷えていく気がした。何のためにここに駆け付けたのか、考えるだけで気が滅入る。


「大丈夫よ! 今、お見えになったところだから」


 どうやら、お母様が来るように仕向けていたらしい。

 彼女の猫なで声も気味が悪い。

 一気に毒々しくなった空気に息が詰まりそうだ。


「アーレンベルク侯爵令息様、私はエリーゼの主治医をしておりますヘムルート=ブラウンと申します。よろしくお見知りおきを」


 ヘムルート先生は、自分の胸に片手を当て頭を下げた。

 侯爵令息は、冷たい表情を崩さず、視線だけヘムルート先生に向けた。

 爵位持ちは平民に頭は下げないと、小説ネタで読んだことがある。

 本当だったんだ。


「あなたが、シュピーゲル令嬢の主治医ですか。お忙しいのにわざわざどうも。ラルフ=フォン=アーレンベルクです」


 それにしても、侯爵令息が話しているだけで、威圧感が増していくのはなぜだろう。体感温度も、氷点下に下がったように体が震えた。


 あぁ、だんだんカオスな雰囲気でげんなりしてくるわ。

 このメンバーで茶をしばく……もとい、お茶を楽しむなんて、できる気がしないわ~。

 あぁ、今すぐ自室に引きこもってしまいたいけど、叶わない事だろう。


 アーレンベルク様にいただいた花に目をやり、何とか気持ちを静めていく。薄っすらピンクのグラデーションになっている清らかな花びらを見て、心を癒す。

 花が、とっても可愛いでしょ、見て見て! と囁いてくるような気がして、顔が少しほころんだ。


「これ以上、立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」


 にこやかな顔のお母様が、冷たい空気を切り裂くように応接室へ案内し始めた。ヘムルート先生とアーレンベルク様を両手に花状態にして、お母様は上機嫌なようだった。

 いい年して、恥ずかしい姿を見せないでほしいと思う。


 私は、先を歩く三人とは少し距離を置いて、応接室へ向かった。



 部屋の一番奥の、いわゆる上座の位置にアーレンベルク様、入って左側のソファにヘムルート先生とお母様が並んで座っている。

 私は、空いていた右側のソファに腰を下ろした。


 全員着席したタイミングで、ケリーが紅茶と菓子を並べてくれる。


「アーレンベルク様とお呼びしてもいいですか?」


 お母様が、敬称省略の断りを早速いれた。

 確かに、長ったらしい舌を噛みそうな呼び名だと思っていたが、纏わりつく馴れ馴れしさに嫌悪してしまう。


「どうぞ、シュピーゲル夫人」


 アーレンベルク様は、淡々とお母様の願いを聞き入れた。

 気を良くしたお母様は、さらにこの場の主導権を握る。


「ありがとうございます。アーレンベルク様は、エリーゼをどこでお知りに?」

「――――娘さんから、何もお聞きになっておられないのですか?」


「……えぇ、エリーゼは体調が悪くて……、ずっと部屋で休んでおりましたから、訊きそびれておりますの」

「それは、それは。シュピーゲル令嬢が常に医者にかかるほどとは、私は全く知りませんでした。ブラウン殿、シュピーゲル令嬢の治療は順調ですか?」


 (あれ?)


「エリーゼは、治療に時間がどうしてもかかる病でして、誠心誠意努めさせていただいております」

「そうですか、悪いままということですね。よく、分かりました」


 (あれ、あれ?)


「どうぞ、まずはお茶をお召し上がりください。お菓子も王都で有名なものを取り寄せましたのよ」


 お母様は、話の主導権を握り返そうと必死な様子だ。


「ありがとうございます。シュピーゲル令嬢と話したいので、申し訳ありませんがお二方は退室いただけますか? もちろん、侍女の方だけ残っていただければ、二人きりになりませんから、大丈夫ですよね?」


 (あれ、あれ、あれ~~~~?)


 アーレンベルク様、さっきからお母様とヘムルート先生に毒吐きっぱなしじゃないの!


「そう言われても、エリーゼはとても内気な子で、心配ですし――」

「早く二人で話したいと申し上げましたが、聞こえませんでしたかね?」


 うわわぁぁっ……、怖っ!!!

 アーレンベルク様、すっごい怒ってるっぽい。


「シュピーゲル夫人、私はシュピーゲル令嬢を見舞って来ているのであって、夫人やブラウン医師の見舞いに来たわけではありません。あなたがたが、令嬢を心配していることは良く分かりましたので、どうぞ退室してください。私の時間は有限ですので、これ以上は遠慮していただきたい」


 ズガーンって雷が落ちたみたいに、恐怖の衝撃が降り注いだわ。


「「――はい、失礼いたします」」


 おうっ、すごい。二人はしおらしく去ったわ。

 這う這うの体で逃げ去るとは、このことね。

 ちょっと、ザマーミロと思う。


 お母様とヘムルート先生が、出て行ってしまい、冷徹侯爵令息様と二人きりになってしまった。

 エリーゼは、窮地に身を置いたままなのに気づく。


「シュピーゲル令嬢、エリーゼと呼んでもいいですか?」

「ふぁっ!?」


 驚いて、思わず変な声が出た。


「……それは、承諾の返事ですか? 個性的ですね」

「……」


 恥ずかしいけれど、好感持てるツッコミだよ。アーレンベルク様。


「エリーゼ?」

「はい、アーレンベルク様」

「私のことは、ラルフと呼んでくれ」

「ラルフ様……」


 エリーゼが名を呼ぶと、彼は満足そうに笑った。意外に可愛く見えて、若さを感じた。

 さっきまで刺々しい毒を吐きまくっていた人と同一人物とは思えない。

 ラルフ様は、きっと社交界では人気者なんだろうなぁと思う。


 突然何かを察知したラルフ様が、扉の方を見て、また険しい顔になった。


「~~~~~~~~」


 そして、何か呪文のような言葉を詠唱した。

 私は息を飲み、黙ったまま様子をうかがっていた。


「エリーゼ、ごめんね。悪いネズミ(・・・・・)が耳をそばだてている様だから、この部屋に結界を張って、消音効果も付与したから、私たちのこれからの会話は、誰にも聞こえないから安心して」


 そして、部屋の隅で控えていたケリーに目をやり、低く威圧感を添えた声で言った。


「ここで聞いたことを、洩らしたら、貴様の頭の中に魔力を流して、記憶を消してやる。私の魔力は強いから、うっかり他の事も消しちゃって大変なことになるかもしれないな。絶対に、口外するな。五体満足で生きていたいのなら、覚えておけ」


 こっ、怖ぁっ!!!


「……かし、かしこまりました」


 ケリーは怯まず、気丈に返事した。やっぱり、真面目だなと思う。


「うん、いい子だね。これからも、エリーゼの味方でいてやってくれ」

「はい」


 ケリーの返事は、よどみなく覚悟が見えた。



「さて、エリーゼ」

「はっ、はい……」


 また、エリーゼのターンに戻ってきた。


「君の周りは、君のためにならない人間ばかりのようだね。何だあの医者、夫人のヒモか? 肝心の患者をちっとも診ずに、患者の母親ばかり熱心に見ている。医者の風上にも置けん奴だな」


「……」


 ラルフ様、言いたい放題だな。でも、そこは私も同意する。


「ラルフ様」

「どうした?」

「言いにくい事を、代わりに言って下さってありがとうございます。何だか胸がすっとしました」

「それは、良かった」


 抱えて何処にも吐き出せない言葉を、ラルフ様は共有してくれた。

 それは、エリーゼにとって、とても嬉しいことだった。


「エリーゼ、今日来たのは他でもない。この間、過呼吸になっただろう? 君は普段からよくあの状態になるのか?」


 そのことが心配だったから『お見舞い』だったのかと、納得した。


「……いいえ、あの時が初めてだと……思います」

「思う、とは?」


 自分の事なのに断定できない言葉尻を問われた。


「私は、記憶喪失しているそうで、記憶に残っているのは、あの一回だけということです」


「記憶喪失……だと!?」


 ラルフ様が信用できる人か、まだ判断しかねるので、魂が別人になっていることは言わないでおこうと決めた。私は、ボロが出ないように、慎重に話を進めた。


「はい、ですから、私の行動がどこかおかしい所があるとすれば、その影響だと思われるので、ご容赦いただけると助かります」

「失った記憶は、どういうものか、訊いてもいいか?」

「基本的な生活知識と言葉以外の、全ての記憶がすっぽり抜け落ちています。家族の名前さえ、忘れていました」


「そうだったのか……、私と出会った時は、何をしていた? 服に雑草を沢山つけていた」


「花を生けるため、使う花を家の庭で探していました。あの草は、花生けに使えると思い、花ばさみで切って、手に持っていました」


 『雑草』というフレーズに引っかかったので、私は『草』と言った。


 すると、ラルフ様は、何か気づき急に立ち上がった。

 エリーゼは、昨日生けた瓶花がこの部屋に飾ってあったのを思い出した。

 ラルフ様は、その瓶花の前まで歩いて行き、じっと見入った。


「これは、エリーゼが?」

「はい、私が生けた花です」

「本当だ! エリーゼが草まみれになっていたあの雑草が、生けるとこんな風になるのか」



 ――――ラルフ様、どうかあの時の私はお忘れください。

 あの見苦しい姿を覚えられていると思うと、恥ずかしくてたまりませんと言いたいけれど、言えば余計にいじられそうな気がして、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「雑草と呼ばれますが、これはとってもおもしろい形をしているでしょう? 私は、この子を一番美しく生けてあげたくて、持っていたのです」


「雑草を、『この子』とは、人でもないのに変なことを言う」


「人も、植物も、この世に生を受けて存在しているものです。私は、そこに区別があるとは思えません」



「――――悪かった。その通りだな、エリーゼ」

「許します。ところで、ラルフ様はこの花を見てどう思いますか?」



「う~~ん、どこがどうとか、細かくは言えないが、美しいと思う」



 ラルフ様の何気ない言葉なのに、エリーゼには深く深く刺さって、ちょっと苦しくなった。


「ラルフ様、ありがとうございます」


 ラルフ様に礼を言いながら、前世でまだ存命であろうあの人にも伝わったらいいのにと、心の中で思った。


「エリーゼ、また君の花を見に来てもいいか?」

「はい、ラルフ様。お待ちしております」



 こうして、転生令嬢と冷徹侯爵令息との花を愛でる交流が始まったのであった。





 




 

愛のこもった毒舌は、とっても好ましい。



ブックマーク登録、評価等いただき誠にありがとうございます。


皆様に楽しんでただけるよう、頑張りますので、次回もよろしくお願いいたします。



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