男爵令嬢の複雑な胸中
本日更新、一話目です。
「……ゼ、エリーゼってば!」
「あ……、ブリギッタさん?」
顔を上げた正面に、ブリギッタが心配げに見ている視線とぶつかった。
「顔色が悪いわ、もうしばらく休んだ方がいいわ」
「エリーゼ、かたまってた」と、アルマが。
「うん、いしになってた」と、アーデルベルトが、それぞれエリーゼの左右を陣取り、覗き込んでいた。
「そうなんだ……、ごめんね。一人になりたくなくて、遊んでもらおうと思ったんですけど、役に立ちそうにないですね……」
自虐して、地味に傷つく。
「役に立たないとか考える前に、自分の体をいたわって欲しいのだけれど。部屋で休むのが、そんなに嫌なの?」
「悪い事が起こる夢ばかり見て、眠れなくて、独りでいるのが辛いので、ここにいたいんです」
ブリギッタは、その様子を見て、思いついたように言った。
「そう、それじゃ、ただ座っているだけでいいから、ここにいてくれる?」
「はい」
「壁にもたれて、楽に座ってね」
「ありがとうございます」
「アーデルベルト様、アルマ様。今からエリーゼをモデルにして、絵を描きましょう!」
「はーい」
「あーい」
ブリギッタが、スケッチブックとクレヨンを渡すと、二人はきゃっきゃ言いながら、スケッチブックを床に広げた。
「さぁ、エリーゼ。モデルですから、笑ってくださいね」
ブリギッタの言葉に、エリーゼは頬を緩めた。流石、カミラの認めた侍女らしく、さり気ない心遣いが嬉しかった。
ただいるだけで肩身の狭い思いをさせない様に、モデルの役割を考えてくれたブリギッタの優しさが、心に沁みた。
昼までなんだかんだと子供たちのお絵かきに付き合って、昼食も子どもたちと一緒に摂った。エリーゼは、専属医監修済の野菜ジュースと柔らかいパンのキューカンバサンドイッチをゆっくり食べた。
(ビーガン生活することになるなんて、思っても見なかった……)
『妖精の愛し子』に覚醒したからか、食の好みが野菜一色になった。消化の良い果物も添えられていて、満足できる食事だった。
子どもたちは、分厚い肉が挟んであるサンドイッチを、嬉しそうに頬張っている。見ているだけで、ほっこりして癒される姿だ。
「エリーゼ、食べられたわね」
「はい、美味しかったです。ブリギッタさん」
今日は、カミラは公務があってここにはいない。ブリギッタが子供たちの遊び相手兼教育係を務めている。
「エリーゼ、昼からは部屋で休んだ方が良いと思うけど、独りでいるのは嫌なのよね……」
ブリギッタが、心配げなまなざして訊いてきた。
「いいえ、大丈夫です。もしかしたら眠れるかもしれないので、部屋に戻ります。午前中、お邪魔してすみませんでした」
「謝んなくていいわよ。ちゃんと、モデル務まってたし」
「うん、エリーゼ、モデル良かった」とアルマが。
「ありあと! エリーゼ」とアーデルベルトが満面の笑み付きで言ってくれた。
「こちらこそ、描いてくれてありがとう」
「「えへへ~~」」
(双子のシンクロ笑い、可愛いっ!!)
「あと片付けは任せて、もうすぐ誰か来ると思うから、エリーゼは部屋に戻っていいわよ」
「はい、それでは失礼します」
「一人で帰れる? 誰か呼ぼうか?」
「大丈夫です、ブリギットさん。アーデルベルト様、アルマ様、また遊びましょうね」
「うん」
「あい」
手を振りながらの見送りに応えながら退室し、エリーゼは自室へ歩いて行く。
国王との謁見の時、王太子がエリーゼの身を気遣う発言をしてくれた時、平気なのに大袈裟に扱ってくれるなと思っていたのだが、帰って来てから体が急にいうこと利かなくなって寝てしまったので、彼の判断は的確だったのだと思い知った。王太子は、良く他人のことを見ている人だと感心した。
妖精に近い存在になるため、体の中に何かわからない変化が起こっている実感を、じわじわとエリーゼは味わっていた。きっと、変化が終わるまでこの体調不良は続くのだろう。
同じ愛し子のラルフは、どう感じているのか気になったが、大怪我を負っている上でこの変化を迎えているなら、相当辛いのではと思う。
しかし、気になっていたが、ラルフの様子を見に行く勇気が出なかった。
(だって、私のせいかもしれないんだもん……)
エリーゼは、ラルフを巻き込んでしまった負い目を感じるようになっていた。エリーゼがラルフと一緒にいたいと願ったから、妖精王はそれに応えたのかもしれないと思い至っていたからだ。
(ラルフ様に、巻き込まれて迷惑だとか思われたら……辛い……」
ラルフに拒絶される悪夢を繰り返し見てしまい、彼を失う恐怖は確実に増幅されていた。
(会いたいけど、会えない……。本心を、聞くのが怖い……)
堂々巡りだった。
部屋に戻ったエリーゼは、ベッドに横たわり、目を閉じる。やはり、眠りはやってこない。エリーゼはただじっとしているだけの時間を費やした。
どれくらい経ったのだろう。ゴロゴロして、眠れずに横になって、かなりの時間が過ぎた頃、ドアをノックする音がした。
「はい、どちらさまですか?」
「カミラよ、入ってもいい?」
「どうぞ」
扉を開けて、カミラが入ってきた。ベッドの上にいるエリーゼを見て、カミラは溜息をついた。
「すぐ返事をしたってことは、眠れてなかったのね……」
「……はい……」
察しの良いカミラに誤魔化しても通用しないので、エリーゼは正直に答えた。
「王都で有名な砂糖菓子を買ってきたの。希少な植物性のお砂糖だけを使ったものだから、あなたの口にも合うだろうと思って……」
「ありがとうございます、今、お茶を――――」
「ラルフの所へ行って、一緒にたべましょう?」
「えっ……」
「駄目、かしら……? あの子も寝ているだけで退屈していると思うから」
結局、カミラに押し切られる形で、ラルフの部屋へ二人で向かった。
「ラルフ、調子はどう……って、何!? その本!!」
ラルフのベッドの周りに本が山積みにして置かれていた。
「ん? 姉上……と、エリーゼ。体調はボチボチ。本は暇だから、読書三昧で楽しんでやろうと思って、部下に届けさせた」
ラルフは、起き上がっており、ベッドの背に体をもたれさせて、本を読んでいた。
「ちょっと、寝ときなさいよ! 治りが遅くなるわよ」
「そうは言っても、何もしないと辛いんだよ」
ラルフも、エリーゼと同じ、何かしないといけないと思い詰めてしまう強迫観念を持っているらしい。
「分かります! 辛いですよね、何もしないってことをするの……」
「そうなんだよ、常に色々頭を働かせて仕事をしていたから、じっとしていられないっていうか……」
「うん! わかる!」
意見の合う相手がようやく見つかり、エリーゼは力強く同意した。
生死を彷徨うほどのダメージを受けた二人が、安静にできないとは難儀な性格だと思いながら、カミラは呆れた声で遮った。
「あなたたち、休憩するわよ。美味しい砂糖菓子を食べましょう」
カミラの傍に控えていた専属侍女の一人であるイレーネが、紅茶を淹れてくれた。カミラとエリーゼは椅子に座って、ラルフはベッドの上で紅茶を飲んだ。
カミラが差し入れてくれた砂糖菓子は、バラの形をした薄ピンク色の大きめのラムネのような見た目のお菓子だった。
「エリーゼ、ラルフ、お先にどうぞ」
カミラにすすめられて、エリーゼとラルフは一つづつ菓子を摘み、口に入れた。
「ん!」
口に含んだ瞬間、菓子はほろほろと崩れ、あっという間に口の中で溶けてなくなった。異世界のお菓子なのに、前世の懐かしい味わいをエリーゼは感じていた。
「和三盆の落雁……」
香りよくたてた抹茶と共にいただく、定番の干菓子にそっくりで驚いた。
「エリーゼ?」
「このお菓子、前世でも好きなものでした。とても、美味しいです」
「そうなのね! 異世界でも同じものって意外にあるのね。買ってきてよかった!」
カミラがあまりに素直に喜ぶので、エリーゼは複雑な気持ちになった。
(ほら、私はやっぱりひねくれている。カミラ様のように喜べばいいのに、前世を思い出すようなものに触れるたびに、自分はエリーゼじゃないのにって……思ってしまう)
「エリーゼ?」
「ふっ、ふぇいっ!」
目の前で手を振られて驚き、エリーゼは変な声を上げてしまった。
「……どうした? 考え込んで……、何を悩んでいる?」
「なっ、何でも……、ないです」
「……そうか?」
「あっ! そうだわ! 子どもたちに頼まれていたものを買ってきたのをもっていかなきゃいけなかったんだわ!」
カミラが思い出したように、声を上げた。
「そうなんですね、早く行って下さい。姉上」
「ごめんね、急に思い出しちゃって。先に、失礼するわね」
カミラがエリーゼの方を向いて、バツが悪そうな顔をした。
「はい、行ってあげてください。きっと、お子様たち待っていらっしゃるから」
「ラルフ、エリーゼの話、ちゃんと聞いてあげて。エリーゼ、うちの弟は器だけは大きいから、何言っても大丈夫よ! 器だけだけどね!」
「何かトゲのある言い方ですね」
「だって! お前の処理能力はまだまだだと思うわよ? まぁ、そこそこは頼りになると思うけど。私の旦那様は、完璧な方だから、それと比べたら見劣りしちゃうのよね~。ラルフ、もし手に余る様なら私に言うのよ? 暴走禁止よ、死にかけたことあるんだからね!」
「……」
(次期国王のゴットフリート王太子と比べたら、そりゃ負けるわね……。カミラ様の男性レベルが高すぎてエグイわね……)
「それに! エリーゼ、あなたは本当に人に頼らないで済まそうとするところがある。自分の中で解決しないことは、どんどん他人に相談していいの! いい加減素直にならないと、お仕置きしちゃうわよ~~」
カミラがにぃっと笑うと、ラルフが条件反射のように無表情になり固まった。
(お姉さま、弟にトラウマを植え付けたな……、怖っ……)
ラルフには、あえてツッコまないことにしようと、エリーゼは心の中で決めた。
知らぬが仏というものである。
「ワサンボンノラクガン」を定番プレゼントにしようと思ったラルフ。
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