異世界で初花生け
よろしくお願いいたします。
「ケリー、昨日は途中で投げ出してごめんなさい」
せっかく花を生けるところまで用意をしてくれたのに、衝撃的なハプニングのせいで、部屋に引きこもってしまった。自分の行動を振り返ると、我が儘すぎたと反省した。
「お気になさらないでください。急ぐ必要はないのですから、ゆっくりされてて良いと思います」
「ありがとう。今日はもう一度庭に行って、花を選ぼうと思うわ」
ケリーに宣言するように言って、自分自身を奮い立たせた。
今の私には、結局前を向いてやれることを一つづつやるしかないのだから。
「ケリー、訊きたいことがあるの」
「はい」
「私は、以前食事はどこでとっていたのかしら?」
「以前のお嬢様は、自室で食事はとられていました」
「……そうだったのね」
やはり、毎朝あの二人のやり取りを見るのは、辛かっただろうと納得した。
「今日から、今まで通り、自室で食事をしたいの」
「かしこまりました。後で、お持ちします」
「急がなくていいわ。むしろ、時間を遅らせて朝と昼を合わせてもらってもいいくらい」
この世界の朝食は、ホテルのようなしっかりとした料理がでてくる。
昨日は、訳も分からず無理して食べたが、正直、食べる量は自分で決めたい。
「二食まとめるのが駄目なら、朝は、パン一つとスープだけでいいわ。昼はフルーツとお茶で。夕食は、標準量の半分でお願いしたいわ。私、食べ物を残すの嫌なのよね」
もともと食にこだわりがなかったので、粗食主義だった。豪華な食事は見るだけで、胸焼けしてくるし、ファストフードが大好きな残念な舌しか持っていない。
「……料理長に話してみます」
「ケリーが言いにくいなら、私が直接相談するけど」
「……いいえ、私からちゃんと伝えます」
「ありがとう、お願いしますね」
「かしこまりました。それでは、着替えましょうか」
「お願いがもう一つ。コルセット……下着の付け方が分からないの。教えてもらってもいいかしら?」
「いいですよ、今ご用意しますね」
「ありがとう」
昨日、知らない魔法使いに無遠慮に触られて、トラウマになっていた。
もうあの男性に会うことはないと思うが、子供だと言われないように普段から気をつけようと思った。
着替えとリクエスト通りの朝食後(ケリーの仕事は早かった)、私は花ばさみを手に庭へ向かった。家の敷地内だし、昨日みたいなことはもう起こらないと思うので、ケリーの付き添いは断った。一人でじっくり選ぶ方が、落ち着くし、ちょっと一人になりたかった。
前世は独り暮らしで、自分のことは自分でしていたし、一人で過ごす静かな時間を、普通に取れていたので気づかなかったが、私は独りの時間を過ごすのが好きらしい。
今の世界の貴族は、身の回りのことを使用人にしてもらうことは当たり前で、外出や客を迎える時も、ケリーは傍に控えている。
正直、慣れない感覚だ。
だから、ようやく自然に取れた独りの時間を、少しでも楽しもう。
気持ちを切り替えたエリーゼは、主とする花材を探し始めた。
エリーゼの身長より少し高い気を見つけ、注目した。黄色の小さな花が、丸くかたまりになって咲いている木だった。
重なり合っている枝を何本か切って、目の前で詳しく見る。
「山茱萸みたいな可愛い花ね。これを主材にして、これに合う懐の花を決めましょう――」
しばらく歩き回って探し、何とかイメージした花材を集めることができた。
「山茱萸(仮)と赤バラ(仮)とスモークツリー(仮)とで、生けます」
誰に伝えるわけでもないのに、一人で喋る。前世では、良くやっていたなと思い出す。他人が見たら、危ない子に見えるかもしれないが、ありのままの自分でいられる時間を満喫したいと自由に振舞った。
まずは、花瓶の中に入れる花留めを銅線で作る。ケリーが木の形を整える時に使っているものらしく(盆栽みたいって思った!)手の力で簡単に曲げることができるし、水の中に入れても大丈夫な優れものだ。
くるくると回しながら方向を変え、複雑に絡み合うように、そして隙間がある様に気をつけながら、花瓶の口の直径より少し大きめの丸い銅線の玉を作る。
その玉を、花瓶の中に入れる時、入る大きさに押しつぶしながら入れると、花瓶の内側にしっかりとはまって、固定することができる。銅線の玉を持って、花瓶ごと持ち上げて、外れないことを確認することも忘れない。
「上手くいったわ。水を入れましょう」
水差しで、花瓶に水を満たす。
これで、あとは集めた花を挿して生けていくだけだ。
―――そして数十分後、
「どうかしら、スッキリと良い感じじゃない!」
斜めに伸びやかに左右に山茱萸(仮)を振り出す。
山茱萸(仮)の枝の間の中心は、赤バラ(仮)で締めるように塊を入れて、枝の力を補助する様に、長めの赤バラを塊から伸ばしてやる。
そして、枝とバラをスモークツリーでなじませるように入れて全体の調和を助ける。
うん、言葉で言っても分かりにくいよね。
まぁ、良い感じに生けれたと自己満足に浸る位いいよね。
「エリーゼお嬢様……、へぇ、これが異世界の花の生け方ですか?」
ケリーが、下から上へ視線を移動させながら訊いた。
「そうね、この花器と花材なら、一般的な生け方ね」
「私が今までしてきた花生けとは、別物ですね」
「ケリーは、どんなふうに生けるの?」
「私が花を飾るときは、満遍なく色が散らばる様に生ける感じで、長さも同じくらいのをふんわり入れる感じで」
「そうなのね、それとどこが違うように感じるの?」
「エリーゼお嬢様の方が、植物の形が良く分かる生け方という感じがします。使ってある花の数は少ないのに、寂しい感じはしませんね」
「おー、ケリーはすごくいい感覚を持っていますね」
「そうですか?」
「はい、私が学んだ華道、華の道と書くのですが、基本は、その花が持つ最高の美しさを捉えて生けるという技術を学ぶことなんです。だから、花それぞれの出生、自然に在る姿を切り花で再現することが、伝統的な生け方とされていました」
「なんだか、すごいですね」
「大人になって働き出すと、時間の流れや季節の移り変わりに疎くなりがちだから、花はそれらを知るには、絶好のアイテムだと思うの」
好きなことを好きなだけ話す解放感に、調子に乗り過ぎたようだ。
置いてきぼりになったケリーがポカンとしていた。
「ごめん、分けわからないことをつらつらと、反応に困るよね」
「いいえ、本当にエリーゼお嬢様は、今別人になられたのだと実感いたしました」
未知の世界からきた魂が宿る私。
「ケリー、私が、怖い?」
私の問いに、ケリーは首を左右に振った。
「いいえ、昔からエリーゼお嬢様は、周囲に不満をぶつけて発散する方だったのですが、今のあなたのように花を愛でることを知っていれば、もっと心が豊かになっただろうと思います」
悔しさを滲ませ語るケリーからは、エリーゼを大事に思う心が伝わってきた。
「そうね、花に親しむ機会があった私は、幸せだったかもしれない」
変化のないつまらない前世だったと思い込んでいただけで、そうではなかった。異世界に来て、華道は今も私の生きる支えになっていることで、初めて気づいた。
私の前世は、案外幸せだったのかもしれない。
「まぁぁっ……、エリーゼ。素晴らしいじゃない!」
いつの間にか、お母様がやって来ていて、感嘆の声を上げた。
また、気配が分からなかった。お母様は、忍びか? 忍びの末裔なのか?
「ありがとうございます」
褒めてくれたので礼を言う。
だが、今までのように素直に喜べなかった。
「あ、エリーゼ。手紙が届いていたの。侯爵令息のラルフ=フォン=アーレンベルク様から」
「え?」
「明日、お見舞いに伺わせていただきますって。いつ、知り合ったの?」
いつ……とは?
この世界に来て日の浅い私の心当たりは、銀髪で青い目の失礼な魔法使いしかないが???
勝手に怪我させて、勝手に直したくせに、お見舞いとは訳が分からない。
「お越しくださいと返事しておくから、明日、ちゃんと準備しておくのよ」
お母様は、楽しそうに笑顔で去って行った。
私より、お母様が彼に会いたいだけじゃないのかと邪推してしまった。
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