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転生召喚の真実

「……」

「……」


 水の中で、聞いたような音がする。くぐもった、はっきりしない音。


(私……、何、してたんだっけ……? 確か、異世界に転生しちゃたんだった……よね? あれ? 何で、水の中にいるんだろ……)


「ぅえっ……、私、東京湾に沈められちゃった……?」

「沈められてないわよ」

「へ?」

「あなた、危ない商売の人に喧嘩でも売ってたの?」


(! 日本人っぽいネタが通じた!? ここは、どこ!?)


「私! 日本に帰ってきたの!?」


 エリーゼは、急に覚醒し叫びながら起き上ろうとしたが、叶わなかった。

 ジャラっと細い鎖が擦れ合う音がして、その鎖の先は革のベルトに繋がっており、エリーゼの両手首に付けられていた。錠前付きの拘束具で、エリーゼは寝かせられているベッドに縛り付けられていた。


「残念、異世界のままよ。エリーゼ」

「聖女……様……」


 ぼおっとした頭がはっきりしてくると、真由理の顔がすぐそこにあった。


「ここは……、どこ?」

「私の支援者に用意させた邸よ」

「支援者……?」

「俺の別荘だ、エリーゼ」


「――ブルーノ……」

「年上を呼び捨てんな、エリーゼ」

「……」


(そうか、王太子宮で拉致されて、ここに連れてこられたんだ)


 王太子宮でいるはずのない男は、ブルーノだった。


 ブルーノは、真由理に跪き、うっとりとした顔で彼女を見上げていた。


「真由理様、あなたに最高の体を用意できたことを、嬉しく思います! 数々の失敗を重ね、ようやく成功した体が『妖精の愛し子』のギフト持ちであったのは、神の意志の元にもたらされた僥倖と言っていいでしょう!」


 ブルーノがマユリの手を取り、唇を寄せた。


「まさか、お前がここまでやるとは思っていなかったけれど、私のために意志を貫き結果を出したことは、褒めてあげるわ。これで、私は完璧な幸福をようやく手にすることができるのね……」


「えぇ……、あなたはこれから陛下の子を産み、この王国の国母(こくも)になることが出来るのです! 真由理様の御子に出会えることを想像するだけで、気分が高揚します!」


「ブルーノ、儀式が成功した暁には、お前を魔法研究所の所長に推薦するわ。妖精の愛し子の後ろ盾である妖精王を敵に回すことなど、陛下ができるはずないもの。これから、私が言うことは神の言葉と同義になるのよ! ああ、嬉しい……。王国が、私の思うままになるなんて! 早く、儀式をやってしまいましょう」


 真由理とブルーノの気色悪い台詞を止めたくて、エリーゼは言葉を挟んだ。


「……あなたたち、何を言っているの?」


 真由理は、真っ赤なルージュを引いた唇の端を片方だけ上げて、仄暗い瞳でエリーゼを睨みつけた。


「あらぁ……? あなたは賢い子だと思っていたけど、違ったかしら? エリーゼ、あなたはね、ブルーノが私のために用意した『最高の器』。エリーゼの体は、転生者の召喚に耐える丈夫な体で、健康で、若くて、美しい。この体に私を宿らせて、私は王国内一の完璧な人間になるの。そして、とっても素敵で、優秀な私に相応しい人生を、全て実現させるの! 最高でしょ!?」


「同意しかねます、残念ながら」


 エリーゼは、不快感で吐き気がしてくるのを堪えた。


「良いのよ、おバカなお前には到底理解できないこと。最期だから、特別に無礼は許してあげる」

「……」


 エリーゼは、ブルーノにずっと抱えてきた疑問をぶつけた。


「ブルーノ、……あなたが、前のエリーゼに召喚術をかけて、私を召喚したのね?」


「あぁ、そうだ。真由理様の器になる体は、転生者の魂に耐えられるものでないといけないからな。適性を確かめるために、一度、転生者を召喚させる必要があった。最も、完璧な形で召喚が成功したのは、エリーゼ、君だけだよ。その体は、素晴らしいね! その上、『妖精の愛し子』のギフト持ちなんて、真由理様の器に相応しい、特別で最高な体だよ!」


 ブルーノは、エリーゼの素晴らしさを褒めてくれるが、気持ち悪さに拍車がかかるだけだった。


「……沢山の人に召喚儀式をして、失敗した人たちはどうなったの?」

「うーーん、大抵は魂が定着しなくて、生ける人形になっちゃうか、心臓が止まって動かなくなっちゃうの、大体その二択かな……」


 何でもない様に軽く言うブルーノが、エリーゼは怖くて仕方がなかった。


「殺したのね、何人も。数えきれないくらい……」


 エリーゼは、恐ろしい現実をブルーノに伝えても、彼は他人事のようにけろっとしていた。


「死にたがっている娘、限定でしているから、合意の上だよ。ここは世を儚む少女で溢れているんだ。かく言うお前も、その一人だったということだよ」


「――死にたがっていた……?、エリーゼが?」


 若い身でありながら、一人で母の面倒を見てきた、ヤングケアラーであったエリーゼの境遇を思うと、死んでしまいたいと思い詰めることがありうると頭では理解している。しかし、実際に最後の一線を越えてしまったとは、やはり衝撃的で受け入れることが出来なかった。


 ブルーノは、乾いた笑いを浮かべて、傷ついたエリーゼを突き放すように言った。


「ねぇ、お前はもうすぐこの体から抜けて、何処かへ行ってしまうのだから、もう、何も知る必要ない。どうせ、お前は死んでからここに来たんだから、少し長生きできて良かったくらいに考えろ」


「ブルーノ、あなた、狂っているわ。自分で、何を言っているのか、理解出来ているの?」

「理解? しているとも! 俺は真由理様の願いを叶えるために、ずっと生きてきた。真由理様の幸せが、俺の幸せなんだ。もうすぐ、それが叶おうとしているのに、ケチをつけるようなことを言うな!」


「ブルーノ、何度でも言うわ。あなたは、狂っているし、間違っているわ! 真由理様が幸せになっても、あなたは不幸なままよ? あなたが人を殺した罪は一生消えないのよ! それが、なぜ解らないの!?」


 ブルーノは、エリーゼの言葉に顔を歪ませてた。


「エリーゼ! 別人になったというのに、また同じことを言わないでくれ! 俺がどうなろうと、お前にとってはどうでもいいことだ」


 エリーゼとブルーノのやり取りに呆れたように、真由理が割って入ってきた。


「もう、いいでしょう。ブルーノ、さっさと儀式を始めなさい。エリーゼ、王国の宝となる体を私にちょうだい」

「嫌です」


「嫌でもいいわよ、強制的に追い出してやるから。どうせ、死んでたんでしょ? 安らかに眠りなさい」

「どうして? 今でも十分幸せでしょう? なぜ、こんなことをブルーノにさせたの? あなたを大切に思ってくれている人に、どうしてそんな酷いことを平気でしろって命じたの!?」


「はっ、……十分幸せ? 聖女になる前も、なった後も、私は不幸なままよ! 私は、幸せになりたいの。自分のしたいことを、自分のしたいようにするの!」


「あなたがどう振舞おうと自由だけれど、あなたのような考えの人は幸せになれないわ。人は、他人を思いやることで、初めて自分に与えられる思いやりを感じることが出来るのよ」



「うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさい!」



 聖女、真由理が大声で叫び、周りの空気が凍り付いた。


「あんた、もう、さっさと死んで。エリーゼ」


 真由理は、憎しみを込めてエリーゼに笑いかけ言った。


「ブルーノ、儀式を始めなさい」

「かしこまりました、真由理様」



「真由理、ブルーノ、そこまでだ」


 さっきまで影も形もなかったはずなのに、突然男は現れた。


「アンドレアス! あんたも忌々しい……」と、真由理が。

「えぇっ!? あの結界を破ったというのか!」と、ブルーノが言った。


(おいコラ、ブルーノ。アンドレアス様は、あんたの上司でしょ!? 驚きすぎて敬語忘れているわよ……)


「結界破りのスペシャリストは、あんただけじゃないってことだな」


 また、ブルーノの背後に現れたもう一人の男が、流れるようにブルーノを拘束した。


「ラルフ様!」

「エリーゼ、間に合って良かった……」

「おまっ、ぐぉっ……」


 暴れるブルーノに、ラルフは手刀を食らわせ黙らせた。


「真由理、あなたがエリーゼの体に宿ったとしても、陛下の心は手に入らない。なぜ、それが分からないのか」


 アンドレアスが諭す様に、真由理に語り掛けた。


「はっ、心は必要ないわ。陛下が王妃を大事にしているのは、私だってわかっているわ。でもね、エリーゼの体の私が陛下の元に侍ったら、絶対、彼は私を抱くわ。だって、この子はすごく美しいでしょう? 姿も、心も、妖精の愛し子であるこの体に、魅力を感じない男はいないわ。アンドレアス、お前だってエリーゼを思いのままに抱いてみたいと思っているでしょう?」


「そのようなことは、思わないよ。私はともかく、エリーゼを貶めることは言わないでくれ。私は、君が前世での辛い思いを持って、転生してきたことを知っている。その辛さを乗り越えた君を、私は愛していたよ。しかし、あの頃の君は、もう何処にもいない様だ。ここにいるのは、権力と地位を得るために手段を選ばない悪魔だ」


「そうやって、また私を突き放すのね。アンドレアス」

「君自身が、私を選ばなかった。過去の事実を、自分の都合の良いようにすり替えるな」


「お前は、いっつもそう言って逃げる。お前は、私を見ながら、いつも死んだ女の面影を追っていた。私はそれが嫌で嫌で仕方がなかった。目を合わせても、心が通わない虚しさを、お前は知ろうともしなかった」

「……それは」

「私を愛していた!? はんっ、それは違うわ! 私はお前に愛されている実感したことなど、一度もないわ! いつもいつも、体を重ねている時でさえ……お前は私を見ていなかった。お前は死んだ妻しか愛していない、いや、愛せないのだと、私は心の中で葛藤し苦しんできたことなど、お前は少しも察してくれなかった」

「……」


「それが、何? エリーゼと顔合わせしたときのお前は、私の時のとは全く違った。――――アンドレアス……、恋にもう一度落ちた感想を訊いてもいいかしら?」


 真由理の問いに、アンドレアスは凍り付いたように困惑の顔をしていた。



ブルーノ拘束のため、エリーゼに駆け寄れないラルフ。


ブックマーク登録、評価等いただき誠にありがとうございます。

励みにしております!


次回も、よろしくお願いいたします。

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