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男爵令嬢、おつかいに行く

 雑務管理室(配膳場隣の花生け準備した部屋をそう呼ぶらしい)のマーヤの協力を得て、エリーゼは花生け道具一式を揃えた。


「マーヤさん、急なお願いをしてすみませんでした」

「いいえっ、大丈夫ですから……」


 視線を泳がせて言うマーヤの態度に、エリーゼはそうする理由がつかめず訊いた。


「どうかしましたか?」

「リズと同一人物だと頭では理解しているのですが、そのぅ……、別人みたいで、戸惑ってしまっているだけです……」


 何だか言葉遣いも丁寧で、よそよそしい。


(そりゃ、本気モードのドレスアップして、髪色も瞳の色も違ったら、別人だよね。私も、エリーゼのポテンシャル舐めてたわ、本当に可愛く仕上がっていると自分でも思ったもの……)


 前世の地味姿で生きた年数の方が遥かに長いので、エリーゼがレベチな美少女だと分かっていても、何処かで違う体だと切り離して考えてしまう自分がいる。


「――すみません、事情がありまして、カミラ様の指示で姿を変えていたので……、でも、中身は変わりませんから、気軽に話していただけると助かります」

「いいえ、だってリズ……様は貴族の方でしょう? 平民の私から見たら、雲の上の御方の一人です!」

「そんな、私は下位中の下位のギリギリ貴族なので、本当に気にしないでください」

「……」


 マーヤは、諦めた様な顔をして微笑み返すだけだった。


 この世界は、貴族と平民との距離が遠い。こんな社会の考え方も、受け入れていかなければならないと思う。エリーゼは、この世界で男爵令嬢として転生したのだから、生きていくうえで必要なことなのだ。


「マーヤさんのおかげで、良い花材が手に入りました。本当に感謝しています」

「そのような……、喜んでいただけて良かったです」


 実際、マーヤがいなかったら質の良い花は手に入らなかっただろうと思う。

 前世でも、花屋は仕入れてすぐの花を店先に並べているわけではない。綺麗に花を咲かすまで手を尽くして、綺麗に咲ききったものを店頭に並べていることをエリーゼは知っていた。

 何故かというと、贈り物として使われることの多い花たちは、買ってすぐ美しくあることを求められているからだ。

 大体、花束は贈って一週間も状態を保てれば、充分に役目は果たされる。花が咲ききっていても、そのくらいの期間は楽しめるので、普通なら何ら問題はない。


 だが、花生けに使う花は大体つぼみか、咲きかけのものを使う。

 生けた後で、咲く花の変化を楽しむ目的があるからだ。

 そこが、花の出生(しゅっしょう)全てを大切にする華道のこだわる部分だと思う。

 だから、仕入して水揚げ処理などの軽い下処理をしただけの花材を融通してもらう必要がある。前世では、事前に来店を伝えて、花屋のバックヤードで花材を選ばせてもらっていた。それは、一見の客ではまずしてくれない対応だ。華道文化のない世界なら、なおさらだ。


 だから、マーヤがいつもの花屋に交渉して、条件に合うものを用意してもらえたから、エリーゼが納得できるものを用意することが出来た。


 大きめのかごに、花器や花材、花鋏、水差し、タオルなど、花生けに必要なものが入っているか、エリーゼはもう一度確認した。


「よし、大丈夫そう! 行ってきます」

「行ってらっしゃい、上手くいくよう祈っています」

「はい!」


 エリーゼが力強い返事で締めくくると、王太子付きの侍従が花生け一式が入ったかごを持ってくれる。

 動きにくいドレスで、ぎこちなく歩いてきたので、荷物を代わりに持ってくれる人がいるのは助かる。王太子の心遣いに感謝しかない。


 その足で王太子が用意してくれた馬車に、侍従がかごを積み込んでくれた。

 準備が整ったと知らせを受けたレオポルトとラルフが馬車までやってきた。


「シュピーゲル嬢、準備ご苦労」


 レオポルトが王族らしく労をねぎらってくれる。

 ラルフも人の姿に戻っている。


「はい、マーヤさんのおかげで良い花が手に入りました」


 紙に包まれた可愛い花が、積み込まれたかごから顔を見せている。

 エリーゼ、レオポルト、ラルフが馬車に乗り込み、侍従が御者台に乗り馬車を走らせた。

 道具のかごの隣にレオポルトが座り、その向かいにラルフとエリーゼは並んで座った。馬車が動き始めてから客車内は沈黙が保たれていて、エリーゼは緊張を紛らわせたくて、二人に話しかけた。


「王弟殿下がいらっしゃるのは、どちらなのでしょうか?」


 素朴な疑問、今から行く目的地をエリーゼは知らなかった。

 王弟は、婚姻経験ありだから、王城ではなく別に邸を構えて暮らしていてもおかしくない。王族のお宅訪問するなら、心の準備をする必要があると身構えた。


「叔父上は、当然王城の外にいくつか邸を持っているが、そちらには行かないよ。今向かっているのは、王立魔法研究所だ。叔父上は熱心な魔法術式の研究者でね、研究所内に専用の部屋も持っているから、今は大体そこに入り浸っているから、住んでいるといってもいいだろうね。王城の一角に魔法研究所はあるから、そんなに遠くないよ」


「そうなんですね、了解しました」

「シュピーゲル嬢は理解が早くて助かるよ」


 レオポルトが、厭味ったらしく褒めてきた。どうやら、王弟の暮らし事情はツッコまれたくない話題だったらしい。


「ははは……」

 察して、追及してくるなという圧を感じて、嘘くさい乾いた笑いで返した。

 すると、ラルフがエリーゼの手をギュッと握ってきた。

 彼の体温がじんわり手のひらから伝わってくると、エリーゼは少し安心できた。


「エリーゼなら、上手くやれる。必ず守るから安心しろ」

「はい……、ありがとうございます」



「あー、お前ら、スルッとイチャコラすんな。私もいるから、自重してくれ」

「「……」」


 ラルフは、それきり何も言わなかった。でも、ずっと離さず握られた手から伝わる体温が、信じていい証になっていた。

 書き換えたラルフの保護魔法は、まだ発動したことがない。発動すると、氷に触れたような冷たさを感じるらしいのだが、感じたことがないので保護魔法をかけられている実感が薄れてしまっている。


(冷たく感じたら、逃げる……だったわよね……)


 ラルフに言われた言葉を、エリーゼは思い出していた。

 そうこうしているうちに、王立魔法研究所に到着した。

 客室内でレオポルトはハムスターに、ラルフは猫に変身した。


「私たちのことは、使い魔だと説明するんだよ」とハムスター殿下に言われ、 エリーゼは静かに頷いた。


 レオポルトは、従僕が持つかごの中に隠れ、ラルフ猫はエリーゼの足元に付き従った。


「すみません、王太子殿下より王弟殿下に差し入れをお持ちしました」


 エリーゼは、入り口の受付をしている女性に声をかけた。


「王太子宮より使者が来たら通すように、王弟殿下に言われております。殿下の専用研究室は五階にあります」

「そうですか、ありがとうございます」


(流石、王太子殿下、グッジョブ!! 根回しは完璧ですね!)


「あの、使者様。その猫は?」


 受付女性の言葉に、やっぱり訊いてきたかと体に緊張感が走った。

 優れた魔法扱う人が集まる場所で、実は人間だとばれてしまわないかヒヤヒヤしてしまう。


「あぁ、私の使い魔ですが、何か? 躾の行き届いた利口な子ですのよ……おおおぅ!?」


 語尾が変な声になってしまったのは、本当に許してほしいとエリーゼは思う。


(ふおおおおおおお~~~~!!! かわええぇ~~!!)


 ラルフ猫が、きゅるるんとした瞳でエリーゼを見上げていたのだ。


(尊いを通り過ぎて、喜んで心臓を止めちゃいますってくらい欲望に素直にされてしまう凶悪なまでの可愛らしさに身悶えてしまう~~~~)


『エリーゼ……』


 地を這うような低い小さな声が、かごの中から聞こえた。


(こ、怖ぁっ!!!)


 ハムスター殿下がご立腹なようで、エリーゼはスンと我に返った。


「あの、行っても良いですか?」

「え、えぇ……、使い魔に目を離さないでくださいね。セキュリティに引っかかってしまったら、駆除対象にされてしまいますから」

「わかりました、気をつけます。ありがとうございました」


(危なっ……、ラルフ猫で我を忘れるところでした……)


『バーカ』


 すれ違いざまに囁くラルフ猫は、最高に愛くるしい。

 ラルフ猫は先導するように、エリーゼの前を歩いて行く。


(きゅんとしちゃうじゃんかよぉ! 罪作りな(やつ)だなっ)


 まだ入り口を通過しただけなのに、ゴッソリ体力を削られてしまったエリーゼであった。


  



エリーゼに熱いまなざしで見られて、嬉しいラルフ猫。


ブックマーク登録、評価等いただき誠にありがとうございます。

励みにしております!


次回も、よろしくお願いいたします。


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