転生令嬢は魔法使いに出会う
事故関連のグロイ表現がございます。
そして、不適切な関係を匂わす文章も含まれます。
不快に思われる方は、ご注意下さい。
次の日、ケリーに着替える服を用意してもらい、自分で着替えた。服の作りは、さほど違和感はない。フリルだらけなのは若干引くが、エリーゼの容姿にはとても似合うのでいいかと思う。街に出かけるわけでもないので、コルセットではなく厚手の下着ですませた。慎ましい胸のふくらみを隠すにはそれで十分だと思った。
「おはようございます、て、ヘムルート先生?」
朝早いというのに、もう医師が家にいた。
「おはよう、エリーゼ」
その上、ちゃっかり朝食のテーブルに同席している。
「おはよう、エリーゼ」
「おはようございます、お母様」
お母様は、にこにこしながらすでに座っている。
ヘムルートがいる朝は、珍しくないのか落ち着いたものだ。
私は、違和感以外感じないというのに。
「ヘムルート先生は、なぜここに?」
失礼と分かっていても聞かずにいられなかった。
「そうか、エリーゼは記憶がないのだったね。ベルタ様に、医者の不養生を心配されてね。来れる日は、食事を世話してもらっている」
「ヘムルートったら、朝食を食べる習慣がないって言うものだから、放っておけなくて。フランクが遠くに行ってしまってから、女性だけ住んでいる家になってしまったから、定期的に様子を見に来てくれるようになっていたから、そのお礼に食事を食べてもらうようにしたのよ」
二人の話を聞いて、過去のエリーゼがヘムルートに暴言を吐いたわけが、何となく分かったような気がした。この二人は、なんか距離が近すぎる。
特にヘムルートは、絶対ベルタが好きだろう。
ベルタは、ヘムルートの気持ちに気づいていても、うまくあしらっている雰囲気すら漂っている。
朝から、このような状況で朝食を食べているエリーゼを想像すると、反抗したくなっても仕方なかったのではないかと思う。
エリーゼは、二人の会話に加わることなく朝食を食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
誰に言うまでもなく、手を合わせて食事を終える日本式の挨拶をする。
「お母様、ヘムルート先生、失礼します」
冷えたエリーゼとは対称的に、二人の会話は盛り上がっていた。
聞いていられなくなって、足早にダイニングルームを後にした。
自室に向かってると、ケリーが声をかけてきた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、ちょっと気分が悪くなったけど」
ケリーに愚痴っても仕方がないので、それ以上の汚い言葉を飲み込んだ。
お父様の不在にかこつけて入り込んだ男に、診察されて救われたようになった自分が滑稽に思えた。
エリーゼは、ずっとこれに耐えていたのだ。
母親と接しなくなっても仕方のない環境だったのだと思い知った。
「今日、花を生けられますか?」
「そうね、ケリー、手を貸してくれる?」
「勿論です」
ケリーがにこりと笑って言った。
帽子を被り、日焼け対策をしてから庭に向かった。
私は、異世界の花はどういう種類があるのか考えただけで楽しくなってきた。ケリーの後を歩いて外に出ると、小さいながらも手入れされた植物が植えられているのが見えた。
「ここの手入れは、誰がしていらっしゃるの?」
「私と奥様で。木々は必要な時外部の者を雇い、来てもらっています」
「そうなんだ……、出来るだけ景観を損なわないように配慮しますから、お花を分けてもらってもいい?」
「そのようなこと断らなくても、いいのですよ……。好きなだけお使い下さい」
「ありがとう」
「花を選ぶ前に、花瓶とか、花を生ける花器……、器を見せていただけますか? その形によって生ける花を決めたいので」
「はい、それではむさくるしいとことですが、道具置き場に行きますか?」
「はい!」
ケリーが連れて行ってくれたのは、文字通り道具が並べられた納屋みたいな小屋だった。
「使用人しか入らない所なので、埃っぽくてすみません」
小屋の中には、掃除道具や肥料などが置いてあって、土臭かった。
「こちらです」
並んでいたのは、縦長のいわゆる花瓶と言われるものだった。
白磁に青色の模様が絵付けしてあるものや、ガラスのものが並んでいた。
「この家では、切り花を飾る習慣はあまりないの?」
「そうですね、花は庭に出て楽しむことが多く、特別な日以外はあまり飾ったりしませんね」
「ふうん、なぜかしら?」
「それは……」
「この家の使用人はケリーと料理人の二人だけで、手がとても回らないからよ」
「お母様……」
いつの間に来たのか、気配がしなくてゾッとした。
朝の一件で母の印象がすっかり変わってしまったようで、音もなく近づいて話を盗み聞きしていたとは、不気味で怖くなる。
「でも、普段から花を飾るのは賛成よ。エリーゼがしてくれるなら、ケリーもいいわよね」
「はい、エリーゼお嬢様。よろしくお願いします」
母は、少女のように可憐に笑っている顔の裏で、何を考えているのか分からない人だ。
湧き上がる恐怖を、悟られないように押し込める。
「ケリー、今日はこの白磁に青模様の入った花瓶にします。他の道具を用意してもらえますか? 花ばさみと――」
ケリーと話をしている間に、お母様の姿はなくなっていた。
花瓶をきれいに洗って拭いてくると言ってケリーが行ってしまってから、私は庭を歩き回り、生ける花を探して回った。
庭の奥の方へ歩いていくと、モヤモヤっとした草が生えていた。
「これって、雑草?」
花ばさみで一本切って、目の前に持って来て詳しく見る。細かい縮れた小さな葉が綿のように薄く広がり、煙のように立ち上っている。
「スモークツリーみたいで、可愛いかも」
テクスチャーの違う同色の葉と合わせたら、とってもおもしろくなるかもと考えていたら、突然、激しい突風に襲われた。
「ひゃぅっ……!!」
目をつぶり、ゴミが入るのを防いだ。
風がおさまって、恐る恐る目を開けると、頭に被っていた帽子がなくなっていることに気づいた。
辺りをしばらく探したが、見つからなかったので、どうやら塀の向こうへ飛ばされていってしまったかもしれないと思い至った。
「早く見つけないと、また飛ばされていってしまうかも!」
エリーゼは、慌てて塀の向こうに行くために、出口を探して走った。
出口を見つけ、勢い良く飛び出した時、目の前に大きな黒い影が立ちはだかっていた。
何が迫って来ているのか全く分からなかったが、出来るだけ体を小さくして避けなければと思い、うずくまった。
「急に飛び出したら、危ないだろう! 馬鹿者が!!」
頭の遥か上の方から、怒鳴る声がした。
「ひっ……」
すごい剣幕で、私はより一層体を小さくした。
「おいっ!! いつまでそうしているつもりだ。さっさと立て」
そう言って、肩の辺りを押され、力の強さに耐えきれず、そのまま地面に押しつぶされる様に這いつくばった。頬がざりっと削れて、嫌な音が耳に届いた。
「いったぁ……」
ピリッと痛みが走り、ゆっくりと顔を上げると、カッカッと近くで馬の蹄の音がして、慌てて立ち上がった。
黒い馬を連れた銀髪で青い目をした、恐ろしく整った顔の男性が、興奮気味で足踏みする馬をなだめていた。
「遊びに夢中の子供じゃあるまいし、確認もせずに外に出るな。もう少しで接触して大怪我を負うところだったぞ」
事故、車が身体を引き裂いて、ねじ切れた。痛みが走った瞬間、目の前が真っ黒になって――――
「ひゅっ……はっ、はっ、はっ……」
過呼吸だ。苦しくて、息が上手く吸えない。二酸化炭素を吸わないといけないが体が上手く動かない。
「おい、落ち着け」
そう言われたら、すぐに抱き留められた。大きな手で鼻と口を覆われ、二酸化炭素を吸い込むと、少しづつ楽になってきた。
頬がじくじくと痛む。情けなくて、涙が滲む。
「ぼうし、が、塀の……外にいって、しまって……、ごめんなさい……」
「帽子? あぁ、あれか……」
そう言って遠ざかった後、すぐに戻ってきて言われた。
「これか、お前の帽子は?」
「そう……です。ありがとうございます」
「頬が……」
「あ……、だいじょうぶっ……」
腕を掴まれたと思ったら、引き寄せられていた。
大きな手で顔を覆われたと思ったら、じわっとしみ込んでくるような初めての温かさを頬の辺りに感じた。
じっとされるがまま、身をゆだねていたら、彼はまた私の体を突き放した。今度は倒れず、踏ん張った。
「何するんですかっ、さっきからっ」
「頬は直した、他に怪我はないな」
頬を触ると傷はなく、滑らかな肌に戻っていた。
「しかしお前、体中に雑草くっつけて、それでも淑女か?」
「な、何ですって!?」
「 ――いや、まだ子供か」
緩く自分の姿を見ると、先程切って持っていたスモークツリーもどきの細かい葉が、服の至る所にくっついて、見るも無残な格好をしていることに気づいた。
それ以上に、抱きしめた感触が、子供だったと言われたことにショックを受けた。
涙がついにこぼれて、止まらなくなって、私は家の中へ走って逃げた。
酷く口の悪いイケメンがその後どうしたか、知ったこっちゃなかった。
そして、その日エリーゼは自室に引きこもり、花を生けることは出来なかった。
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