転生聖女の願い
「私ね、今でも幸せだけど、もっと幸せになりたいの。それでね、自分がどうしたら幸せって感じるのか考えてみたの。今の私が望めば、大抵のことは実現するんだけど、それでは満足できないって気づいたの。だからね、前世の私も今の私もできないことを実現することが、一番の幸せだと思ったの」
目の前にいる聖女と呼ばれる女性は、小説の中のような清らかさは微塵も感じられなかった。自分のことしか考えられない、躊躇うことなく、他人を自分の道具として扱う悪魔にさえ見えてきた。
「私ね、子どもを育ててみたいの。昔も今も、自分の子どもを望めないから。だから、転生者のあなたの産んだ子を育ててみたいの。何もあなたから子どもを取り上げようとは思っていないわ。一緒に育てていけたら最高だと思うの!」
(国王陛下って、レオポルト殿下の父親よね……。私より何歳上なのかしら……っていうか、この人本気で言っているのか、冗談なのか怖くて訊けないわ)
「申し訳ございません。聖女様のお考えはよく分かりました。しかし、私はまだ未成年でございまして、その上あなたのご希望にお応えできない低い身分の者でございます。なにとぞ、ご容赦いただきますようお願い申し上げます」
(レオポルト殿下は、何としても帰って来いとおっしゃっていた。私がどう発言したとしても、罪に問わないと。まさか、こういう意味であったとは思いもしなかったけれど……)
エリーゼは、まずこの人から逃げるべきだと考えた。
「そうね、未成年、ね……、若くていいわね。私も新しい体で転生したかったわ。あなたみたいに美しくて、若い体が欲しいわ……」
地を這うような低い声に、エリーゼは戦慄した。転生時、強大な魔力を得て覚醒し、王族に取り入り権力も得た彼女は、歪んだ心を隠そうともしない。
エリーゼは、彼女の言葉をスルーし、この場を辞する言葉を彼女に告げる。
「今日は、聖女様に拝謁しましたこと、誠に光栄でございました。先ほどのご提案は、今の私では力になれないことでございますので、ご理解いただきますよう、お願い申し上げます」
「そうね、即答はもらえないと思っていたわ。でも、覚えておいて。私は、絶対諦めないわ」
「ご期待に沿えず申し訳ございません。これで、一旦失礼させていただきます」
(触れなくても分かる。聖女は、真由理は私の敵だ。私のことを自分の欲望を満たす駒くらいにしか思っていない。レオポルト殿下に助言いただいて良かった。おかげで冷静に受け止めることができたわ……)
「まぁ、今日は帰してあげる。だけど、王族から逃げることはできない。また、会いましょう。美しい私のエリーゼちゃん」
ねっとりと纏わりつくような執着心を込めて、真由理は言った。
恐怖に包まれたエリーゼは、真由理の顔を見れなくて、ずっと顔を伏せていた。
耳に届く真由理の言葉は、エリーゼに確かな恐怖を植え付けた。
「失礼します」
エリーゼは、真由理に丁寧にカーテシーしてから、バラのアーチに向かう階段を昇って行った。真由理がエリーゼを追いかけて来なかったことに、エリーゼは安心しながら、バラのアーチを一気に抜けた。
それから、エリーゼは足を止めることなく、レオポルトの待つ場所へ歩いて戻った。
「殿下!」
「シュピーゲル嬢、戻ったか」
「はい、お待たせしました……」
エリーゼはレオポルトと言葉を交わした瞬間、膝の力が抜けてその場に崩れ落ちた。そして、体がガタガタ震えて止められなかった。
「シュピーゲル嬢……」
「すみません、……少し、時間をください」
「分かった。椅子に座れるかい?」
レオポルトがエリーゼの腕に軽く触れてきた。
冷たく感じないことに、ひどく安心した。
「はい、ありがとうございます」
レオポルトに体を支えてもらい、椅子に座った。
「殿下、私はもう家に帰れるのでしょうか?」
レオポルトが紅茶を淹れたカップを、エリーゼに差し出した。
「帰れないだろうね、多分」
湯気の立つ温かい紅茶を、エリーゼは一口飲む。魔法で保温しているのか、体の内側から温められて美味しく感じた。
「はぁ……、やっぱりそうでしょうね」
予想通りのレオポルトの答えに、ため息が出てしまった。
「ごめんね、でも、君のためだから」
「……」
ここでレオポルトに文句を言っても解決しないことは分かる。
車が急に止まれないように、複数の人々の力で進みだした物事は、簡単に止められないのだ。
「シュピーゲル嬢、そろそろ滞在する部屋に案内しても良いだろうか」
エリーゼが紅茶を飲み切るのを待って、レオポルトは優しく訊いてきた。
「はい、身の安全を保障していただける部屋を希望します」
「本当にはっきり言うね」
「申し訳ございません。他に言える方もいらっしゃらないので……」
「そうだよね、でも、私は許してあげるけど、他の者にはくれぐれも気を付けて」
「……はい」
「いい子だ! 少し眠っていなさい。責任をもって部屋に送ろう」
「ありがとうございま――――」
レオポルトに礼を言い切る前に、目の前が白くぼやけて歪んで見えた。
そして、エリーゼは再び意識を失ったのであった。
貰い事故のような、国王陛下のロリコン疑惑。
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