王族の秘密の花園
誤字報告、ありがとうございます。
修正させていただきました。
『今日、お昼どうする?』
声の主に顔を向けようと振り返ると、そこに同僚のレイコがいた。
かすかに機械油の匂いが漂う小さな町工場の事務所。そこに勤める事務員は、私とレイコと、この会社の社長の奥さんの三人だけ。
(あぁ……、夢を見ているのね。そんな昔のことでもないのに、懐かしいわ……)
『今日は、お弁当持って来てないから、買いにいくわ!』
『私も行くわ、――。何食べる?』
レイコが呼ぶ名前の部分だけ、何故かはっきり聞こえなかった。
「……よしぎゅうの並……」
エリーゼが答えた時、目が覚めた。
ぼんやりした思考のまま、辺りを見回すと、自分は今ベッドの上で寝かされていることに気づいた。
「〝ヨシギューノナミ〟って、何のこと?」
エリーゼは、声を掛けられたことにぎょっと驚いて見ると、レオポルトが椅子に座ってこちらを見ていた。
ティーセットが並べられた小さなテーブルもあり、彼はエリーゼの寝顔を見ながら紅茶を飲んでいたらしい。
「えっ!?」
エリーゼが、弾かれたように起き上がると、ベッドとレオポルト以外は奇妙な光景ばかりだった。
足元には手入れされた芝生のような、短く切り揃えられた草が一面に生えていて、その上にレオポルトが座っているテーブルセットとベッドが置いてある。
しかし、芝生が生い茂っているが、ここは明らかに外ではなく、外気は全く感じられず、閉ざされた部屋の中という感じしかしない。
太陽が、上に見えないから間違いではないだろう。
「ここは……どこなのですか?」
「王城の中だよ」
「庭……では、なさそうですが……」
エリーゼが、躊躇いながらレオポルトに訊いたが、彼はそっけなく簡潔に答えて、ラルフと話す彼とは全く違う印象を受けた。
でも、襲い掛かってくる様子はないし、話は通じる人なので、訳の分からないことろに連れてこられても、エリーゼは冷静さを保つことが出来た。
「そうだね、ここは王族しか入れない、秘密の花園と言われている場所だ」
「なぜ、わたしはここに連れてこられたのか、理由を訊いても?」
「私は、ここに君を連れてきただけで、これから君に起こることに関われないから、何も教えられない」
「そうですか……」
エリーゼが、王族立ち入り限定の場所にいること自体、異例なことなのだろう。エリーゼは詳しく知ること自体、自分にとって危険なことになるのだと悟り、レオポルトに訊くことを諦めた。
「そんなことより、話は戻るけど〝ヨシギューノナミ〟って、何? 気になって仕方がないんだけど……」
「食べ物です、異世界で人気のごはんです」
早い、安い、美味いのキャッチコピーでおなじみの丼は、忙しい前世では定番の食事だった。
「そうなんだ。どうりでよだれたれてんなーと思った」
「なっ!?」
エリーゼは、顔を真っ赤に染め、口を手で覆った。
「嘘だよー」
「~~~~~!!!」
(こんのクソ殿下!!! やっぱり、敵、確定だわっ!!)
「殿下が、私の行動に『関われない』とおっしゃるのですから、私がここで何をしようと、殿下に構われることはないってことですよね?」
「……そうだね、私は君の姿を見守ることしかできない。だけど、もし君がここで動き回ったとしても、私も、王族も、君や君の家族を咎めるようなことはしないから、安心していいよ」
エリーゼは、レオポルトの言葉の中に、制限を守り最大限のアドバイスをしてくれていることに気づいた。
(ここは、王族しか入れない所で、レオポルト殿下は私にこの場所への道順を隠すために、一時的に意識をうばったのね。そして、レオポルト殿下は私を見守るためについてきてくれた。これから、私はここで何かをすることを求められていて、その振る舞いがどんなものであろうと許してもらえる……ということね……)
状況を整理すると、エリーゼは気持ちが落ち着いてきた。
「殿下、傍にいてくださり、ありがとうございました。これから、この辺りを見に行こうと思いますが、よろしいですか?」
レオポルトに否か諾だけで答えられるように、配慮して声を掛けた。
恐らく、他の王族に監視されているから、レオポルトはこんな態度なのだろう。
レオポルトは、落ち着きを払ったエリーゼに瞠目したあと、口角を少し上げた。そして、急にエリーゼの耳元に唇を寄せ、本当に小さい声で呟いた。
「ラルフが君に執着するのか、分かった気がするよ」
「え?」
「エリーゼ! 見に行っておいで。そして、必ずここに戻ってこい」
「……はい」
(何かを見に行って、何かをした後、レオポルト殿下のいるここに戻ってくることが、今、私がすべきことなのだわ)
「必ず、戻ってまいります。殿下」
「うん」
エリーゼは、恐る恐るベッドから芝生の上に降りた。足の裏がふかふかと気持ちいい。ヒールのある靴で歩いては、芝生を荒らしてしまいそうな気がして、そのまま靴を履かずに歩き出した。
王族の花園という名に相応しい、つるバラで作られたアーチを見つけ、エリーゼはそちらへ呼ばれる様に歩き始めた。
ここの植物は、室内で育っているにもかかわらず、輝くような光を放ち、生き生きしている。アーチのバラ一つ一つが、『綺麗でしょ! 見て!!』
と、語りかけてくるような生命力に満ち溢れていた。
「すごいわ、手入れが大変そう……」
前世では、切り花を扱うことはかなり自信があったが、園芸に関しては、残念なくらい才能に恵まれていなかった。買った鉢植えの花を枯らしたのは、一度や二度ではない。だから、見事なガーデニングを見ると、育てる人の努力を感じ、その熱量を想像して感心してしまう。
バラのアーチをくぐると、丸くすり鉢状の空間があり、鉢の斜面に色とりどりの花が咲いていた。すり鉢の底にあたる部分に円形の舞台があり、そこに立つと、ぐるりと360度、花が壁になって見事に見えるだろうと想像した。
「あの舞台へ、とりあえず行ってみようかしら……」
エリーゼは、花壇の間に作られた階段を下って行く。
そこかしこで花の香りが立ちこめて、酔ってしまいそうなくらいいい匂いが漂っている。
階段を下りきり、エリーゼは舞台の上に立ち周りを見回した。
「絶景、ね……」
「気に入ってもらえてうれしいわ」
「!」
いつの間にか隣に人がいて、エリーゼは驚いた。
「こんにちは、エリーゼちゃん」
挨拶をしてきたのは、黒髪をお団子に結い、黒い瞳をした女性で、白いドレープをきかせたゆったりとしたドレスを着ていた。年齢は、40代くらいだろうか。
着ているものはこの世界観を表しているが、どことなく、ザ・日本人と思わせる顔立ちをしていた。
「こんにちは……」
「私は、よしぎゅうは特盛、つゆだく派。あなたは?」
「は?」
「温玉トッピング? おしんこは?」
「私は、ノーマルの並で、紅しょうがを山盛り、七味少々です」
「そうなんだ~~、無料トッピング派か~~~~」
「はい、紅しょうがは野菜並みにとります」
恥ずかしながら、紅しょうがはサラダ感覚で丼にこんもり盛っていた。
「ぶふっ……、嫌いじゃないわ~」
「あなたも、特盛とは、結構わんぱくですね」
「そう? 社畜で、食事はまともに時間が取れなかったから、まとめてチャージしていただけよ?」
「そうなんですね」
「「……」」
(いきなり、転生者きたーーーー!!! 年上っぽいけど、何か私と似た匂いのするOLさんです!!!)
「わたしは、エリーゼ・シュピーゲルと申します」
「うん、知ってる」
「ですよね……、あなたのことをお聞きしてもいいですか?」
「私は、真由理。日本姓は捨てたわ」
「真由理様は、王族の方に召喚されてここに?」
「えぇ、十年前になるかしら、日本で28歳の時よ。仕事に疲れて、体も壊して、死んだ方がましと思いながら毎日ただ生きていて、違う世界に行ってしまいたいとずっと願っていたら、この世界のここに来ていたの」
「そうなんですね……、私は交通事故で死んだはずが、エリーゼの体に転生していました」
「そうか! だから、あなたは魂だけ転生したのね。私は、死にかけだけど、生きてこの世界に来たから、体がそのままあるのよね~」
「死にかけ……、真由理様も相当なご苦労があったのですね……」
「エリーゼちゃんは真面目ねぇ……、良い感じね」
「ありがとうございます」
「エリーゼちゃんは、この世界に来て幸せ?」
「正直、まだ良く分かりません」
「私は、幸せなんだ~~。私、これでも聖女なの。そして、国王陛下の側妃。社畜だった私が、すごいよね。王族になっちゃった」
「はい、すごいです。役目をきちんと努められて、尊敬します」
「まぁ……、聖女の方はこっちに来てすぐに覚醒しただけだし、側妃といっても役目を果たせない体だし……、尊敬されるものでもないけど」
「え?」
「私、転生前に子宮がんになって、子宮全摘したの。だから、子供の産めない体なの……、だからね、エリーゼちゃん、お願いがあるの」
真由理の瞳が、エリーゼを仄暗い暗闇に引きずりこもうとする意志を伝えてきた。急に暗雲が垂れ込めてきたような不安に、エリーゼは身構えた。
「――何でしょうか……」
「国王陛下の二人目の側妃になって、私の代わりに子供を産んでほしいの」
ヨシギューノナミを想像しながら、エリーゼの帰りを待つレオポルト。
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重い話展開ですが、ハッピーエンド目指して頑張ります!
次回も、よろしくお願いいたします。




