転生令嬢は状況を把握する 2
よろしくお願いいたします。
診察をしてくれた医師は、ヘムルート=ブラウンというらしい。
ヘムルートに転生前の名前を聞かれたが、日本語名はこの世界にふさわしくない気がして、エリーゼと呼んで欲しいと伝えた。
郷に入っては郷に従えだ。
ヘムルートが帰ってから、私は母に名前を訊いた。
「私は、あなたの母で、ベルタ=シュピーゲルというの」
「ベルタ様」
「エリーゼ、私のことはお母様と呼んでね」
「はい、お母様」
シュピーゲルは、苗字よね。
私の名前は、エリーゼ=シュピーゲルね。
「この子は我が家の侍女兼家政婦のケリーよ」
「ケリーです、よろしくお願いします」
「ケリー、こちらこそよろしく」
確か使用人には敬称をつけないのが常識よね、ベルタ様も呼び捨てているし、真似して言ってみる。
「はい」
ケリーが少し笑って返事してくれた。ちょっと貴族っぽくて気分がいいわ。ケリーは、仕事があると何処かへ行ってしまい、エリーゼとベルタは紅茶を飲みながら、話を続けた。
「ヘムルート様は、昔からの知り合いですか?」
「そうよ、生まれた家が近かったの。年が10歳以上離れているから、幼馴染とは言えないけど」
「えっ、そんなに離れているのですか! お母様と同じ年くらいの人かと思っていました」
「彼をこんなおばさんと一緒にしたら、かわいそうよ。まだ、彼、まだ25歳なのに……」
「お母様、一体何歳ですか? とってもお若く見えますが……」
「ふふっ、想像にお任せするわ。あなたは15歳だから、ヘムルートと同い年はありえないわね」
この世界も、女性に年齢を訊くのはタブーらしい。
覚えておこう。
「ベルタ様の子供は、エリーゼだけですか?」
「三つ年上のお兄様がいるわよ。名前はアロイス」
「アロイスお兄様」
「もう結婚して奥さんもいるし。あの子は、領地経営をしているから、王都にいないし」
「お父様は?」
「お父様は、フランク。騎士をしていて、南の砦に派遣されて行っているの。帰ってくるのは、数年後かしら」
父が騎士で、兄が領主。異世界ネタでは逆の設定が多かったと思い出した。騎士は年が若い方が向いていると思うし、領主も年嵩のイメージがある。
「お兄様、お若いのに領地経営されて、すごいですね」
「アロイスは、昔から頭が良かったから。お父様が苦手なことを上手くフォローしてくれて、とても助かっているのよ」
お父様が祖父に領地経営を任せっぱなしで、急死した祖父にかわり、アロイスが領地を取り仕切っているらしい。要するに、お父様は領地経営をしたくなくて騎士になったらしい。
「お母様が、王都にいるのは?」
「エリーゼがいたいと言ったからに決まっているでしょう!」
お母様は、少し困った顔をしていた。
「……そうですよね」
失言だった。エリーゼを取り巻く状況は、思ったより複雑だった。
「ごめんなさい、過去をすべて忘れてしまっているとはいえ、軽率な発言でした」
「ふふっ、気にしないで」
お母様の顔は、もう笑っている。彼女の気持ちの切り替えが早くて助かった。
「でも、今なら、領地へ帰っても、あの子たちと上手くやれそうだけど」
「いいえ、私は仲のいい夫婦と同居は嫌です。邪魔者扱いされそうです」
「そうね、私もそう思うわ。私も含めてという意味よ。王都にいる方が、絶対気楽よねぇ~」
言いたい放題の後、顔を合わせてふふふと笑い合う。
エリーゼの母がベルタで良かったと心から思う。前世の年齢からすれば、親子というより、姉妹という感覚の方がしっくりくる。姉妹のような親子なんて、最高ではないかと思う。
まだ見ぬ父と兄夫婦がしっかり働いてくれているおかげで、エリーゼもベルタも王都で、贅沢ではないが何不自由なく暮らしている。
エリーゼは、心の中で感謝の言葉を呟いた。
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