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男爵令嬢の吐露

本日更新、一話目です。

 昼食後、自室で紅茶を飲んでいたら、窓に白鳩がやってきた。窓枠の狭い部分に器用に立ち、くちばしでガラスをつついて知らせてきた。


「ラルフ様からだわ」


 窓を開けると、鳩はチョンチョンと小刻みに跳ねて部屋に入ってきて、しばらくすると手紙に変化した。

 伯爵家に行ってから、しばらく手紙を受け取ってしなかった日々は、言うほど長くないがひどく久しぶりな感じがした。


 今日は、ピンクの胡蝶蘭に手紙がくくりつけてあった。


「何か、ラルフ様の気合を感じるようね……、すっごい豪華だし」


 前世で胡蝶蘭は度々扱ったことのある花材だった。しかし、一本何千円もする高額花材であり、正月の床の間用とか、華道展覧会の出品作とか、特別な時にしか選ばないものだ。要するに、このように手紙につけて贈るという、普段使い的な扱いはしないということだ。


「確か、過去一の最高額は一本五千円だったわね。華道研究会の出品作だったからとびきりのものを選んだけど、予備も合わせて三本買って、値段に震えたわー」


 思わず思い出がよみがえり、エリーゼは独りごちた。

 花は、色々な思い出を連れてくる。こんな特別な花材ならなおさらだ。


 その高貴な美しさに不似合いのくくりつけたむき出しの手紙を、ほどいて確認した。

 そして、内容を見てあっと声を上げてしまったのを、傍に居たケリーは見逃さなかった。


「エリーゼ様、どうかされました?」

「ラルフ様が、仕事帰りにこちらへ来たいって……、話をしたいって」

「そうなんですね、一応食事の手配をしておきましょうか」


「そうね、どんな用事で来られるのか分からないから、一応、用意をお願い」

「かしこまりました」



 そして、日が暮れて、夜にしっかりなったころ、ラルフがシュピーゲル家にやってきた。


「こんばんは、ラルフ様」

「こんばんは、エリーゼ。遅くなってすまなかった。体は休めたかい?」

「はい、すっかり元気になりました」


 玄関に招き入れたところで、ラルフは足を止めた。


「今日贈った花、もう生けてくれたの?」

「はい、素敵でしょ」


 朝に生けたバラの(マッス)から、ピンクの胡蝶蘭がカーブを描いて垂れるようにして生け直した。

 さすが、胡蝶蘭。一本だけど、一気に超豪華な花に変身しました。


「君が生けると、別物になるな」

「ふふっ、そうですか? でも、花が良いだけですよ。本当に、胡蝶蘭は別格で美しさが違います」


「気に入ったのか?」

「もちろん! 今まで贈っていただいた花は、全て美しかったですよ」

「そうか」

「はい」


 ラルフと談義に花を咲かせていると、ケリーがエリーゼに目配せしてきた。どうやら、夕食のことを訊いてほしそうにしているのだと、エリーゼは気づいた。


「ラルフ様、夕食を用意できますが、お召し上がりになりますか?」

「えっ」

「時間がおありであれば、ですが……」

「いや、それは大丈夫だが……、君はもう食べたのだろう?」


 確かに、夕食に相応しい時間はとうに過ぎているが、ラルフを待っていてエリーゼはまだ食べていなかった。


「えっと……、ラルフ様がいらっしゃると思ったので、まだ、食べておりません……」


 一緒に食べるのを楽しみに遅くまで我慢していたと思われると気づくと、恥ずかしくなり顔が赤くなった。


「エリーゼ、一緒に食べようか」

「はい!」

「ありがとう、待っていてくれて」

「いっ、いいえっ……」


 驚くほどやさしい声で礼を言われて、ギャップに悶えた。

 エリーゼが、脳内で合掌したのは言うまでもない。


(ラルフ様のギャップ萌え! ごちそうさまです!)




 ダイニングルームで、向かい合ってテーブルに座り、エリーゼとラルフは食事を始めた。


「夫人は、今日は?」

「母は、ブラウン先生と済ませました」

「そうか」


 ラルフも、母の病を知ってから、明らかに敵対心を持つ態度が軟化していた。心の病は、責め立てるのが最も悪化させる要因になることを知っているからだろう。


「身内なのに、母のことを先生に任せきりで、酷い娘だとお思いでしょう」

「エリーゼ、自分を責めるな。一人ですべては背負えない。周りを頼れと言っただろう?」


「分かっています! でも……、以前のエリーゼの気持ちを考えてしまって、何とかしなきゃって思うけど……、何もできなくて……」

「……うん」

「ブラウン先生が、母の支えになってくれているのを見て、誤解していた自分がすごい嫌で、こんな私、いたって仕方がないって」

「エリーゼ、ちょっと待って」

「貴族令嬢みたいに振舞えなくて、ケリーにも怒られて、やっぱり私、この世界にいちゃダメなんだって――」


「エリーゼ! 黙れ!!」

「!」


 ラルフが、周りの温度を下げるような強い口調でピシャリと言った。


「君は、そんな泣き言を言うために、この世界に来たのか?」

「いきなり来てしまったのだから、来た意味なんて考えなかった!!」


「その通りだ。だから、全てをどうにかしようと考える必要はないと、私は思う」


「そんな無責任に生きてきたことないから、正直、私には難しいわ」

「だろうな……、そこが君の良い所でもあり、悪い所でもある」

「……ラルフ様……」


「しかし、エリーゼがこうして正直な気持ちを話してくれることは嬉しいと、私は思っている。いつも嫌なことも素直にぶつけて欲しいと思う。わたしは、簡単に傷ついたりしないから、安心してこれからも話してくれ」

「……」

「エリーゼ、食べよう。食べ終えてから、また話そう」

「はい」


 ラルフは、出された食べ物をすべて完食していたけれど、エリーゼはどうしても食欲がわかず、スープだけは飲み切ったが、あとの料理は手をつけなかった。後で、明日食べるとケリーに謝ろうと思う。

 ビーガンになったつもりはないが、こちらに来て肉料理や魚料理のメインディッシュを食べると胃がもたれて好ましく思えない。だから、今は半分よりさらに少ない量で、出してもらえるようにお願いしていた。

 ラルフはその様子に特にコメントするわけでもなく、食後の紅茶を優雅に飲んでいた。


(流石、侯爵令息。食事のマナーは完璧だし、所作は溜息が出るほど綺麗……)


 食欲を満たさず、違うもので胸を満たしたエリーゼだった。

 それで食べた気になれるのだから、萌えの威力は大したものだ。


 


 


 


久しぶりの花選びに悩んで、結局、店で一番高い花を選んだラルフ。


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