侯爵令息の想い
エリーゼとクラウディアが、リリーが用意してくれた紅茶を飲みながら、和やかに話していると、ルーカスが戻ってきた。
「何か、楽しそうだね。二人とも」
「兄様! もう見分は終わりましたの?」
「今日は、ね。明日、また続きをするそうだ」
ルーカスの後ろにラルフの姿を見つけ、エリーゼはなぜかドキッとした。
「証拠となる書類は、おおむね押収できたし、犯人は拘束済で証拠隠滅される可能性が低いから、今日は切り上げることになった。一応、第三者が、侵入したらわかる様に、トラップを張ったから大丈夫だろう」
(ラルフ様、あとは残党処理だけなんですね。一網打尽にするつもりで、抜かりないですね)
「私も、警戒続けます。ラルフ様」
「頼むぞ、ルーカス」
(ルーカス様、もはや第一魔法騎士団の人みたいですよ。服従して、忠義を示す少年が、可愛い上にカッコイイ良くて堪りません! 瞳孔開いて、ガン見してしまいます!)
「エリーゼ、家まで送る。帰ろうか」
「えっ、ラルフ様、お仕事は?」
「団長が、君を送ってやれと言ってくれたから、気にしなくてもいい」
(そうか、私を送るのも仕事のうちなのね。納得しました)
「分かりました。ルーカス様、クラウディア様、お世話になりました」
「色々と巻き込んで済まなかった――」
「ルーカス様、謝罪はクラウディア様に充分にしていただきましたので、これ以上は不要です」
エリーゼがいうと、ルーカスはクラウディアと見つめ合い、笑い合った。
(仲睦まじいとは、このことですね! 眼福です!!)
「エリーゼ、ありがとう。また、花生けしましょうね」
「はい! ぜひ!」
クラウディアが、花生けをまたしたいと言ってくれて、エリーゼは飛び上がるほど嬉しかった。好きなものを友達と共有する時間を持つことは、転生前から大事にしてきた癒しのひと時だったからだ。
「エリーゼ、そろそろ……」
「はい、それでは失礼いたします」
エリーゼが微笑んで言うと、ルーカスもクラウディアも笑顔で返してくれた。
イーゼンブルク伯爵家の入り口に停められていた馬車に乗り、ラルフとエリーゼはシュピーゲル家に向かった。
馬車が動き始めてすぐに、ラルフがエリーゼに話しかけてきた。
「エリーゼ、その服……」
「あぁ、侍女のリリーさんが、綺麗に洗ってくれていたんです」
(私は、ラルフ様から贈られた水色のワンピースを、今、着ています。実は、クラウディア様がこの服を処分してしまったというのは嘘で、ちゃんと綺麗に手入れされて保管してあったらしいです。そして、帰る直前に着替えました)
「うん、やっぱり、君の方が似合う」
「えっ?」
(小さな声でしたが、『君の方』ははっきり聞こえた。どういう意味だろう?)
「いや、何でもない。ただの再確認だ」
(あれ? 何か誤魔化しました?)
「それは……、ありがとうございます?」
(お礼を言って良いんだよね?)
「なぜ、語尾を上げる。私は、嘘を言ってないぞ?」
「分かっていますよ、ちょっと間違えただけです」
(完全に誤魔化してますね。でも、ツッコむと危険な匂いがするので、スルーしときます)
「そうか、――疲れたか?」
「はい、クタクタです。今、疲れがどっと襲ってきています」
「ケリーに帰宅すると知らせておいたから、戻ったらとにかく休め」
「そうします」
「……エリーゼ」
「はい」
「自然公園で君を待たせたせいで、大変な目に遭わせてしまった。本当に、すまなかった。無事でよかった……」
「……」
「君がいなくなって、方々散々探し回ったが見つからなくて、君の家に君が行きそうな場所を聞きに行った時、シュピーゲル夫人から君のことを……聞いた……」
エリーゼは、ひゅうっと息を飲んだ。
「何……を……?」
「君の魂は、異世界からの転生者だと……」
ラルフは、そう言ってエリーゼから目を逸らした。
隠していたことが、すでに知られていた衝撃にエリーゼは打ちひしがれた。
「そ……う、です……か」
エリーゼの声が、かすれる。
動揺してしまい、喉から言葉がうまく出てこなかっった。
「そのことは、夫人が話してしまって、知ってしまったんだ。君は、そのことを隠していたようだったから……、知ったことを黙っていてはいけないと思ったんだ。不可抗力の結果とはいえ、勝手なことをして申し訳ない」
ラルフも明らかに戸惑っている様だった。
転生者は、この世界でありえることとはいえ、出会うことは希少であるのは間違いない。すぐに受け入れることなど、出来なくて当たり前なのだ。
「私を捕らえますか?」
「それは……」
「確かに、私は異世界からきました。この世界と違う知識を持っています。この世界の人と違うという点で、異端な立場の私は、消されるべき存在ではないですか?」
(この世界の人であるラルフ様の意見を聞いてみたいわ……)
「それは、一理あるが、君はこの世界を脅かす気はないだろう? ならば、捕らえる必要はないと思うが――」
「脅かすとか、考えたこともないです」
「ならば、君は罪に問われることなどないよ」
「そう、なんですね……」
ラルフは、転生者の話を真剣に考えて答えてくれた。
エリーゼは、彼は信用してもいい人なのかもしれないと思った。
「私は、君の魂が宿る前のエリーゼを知らない。だから、比べようがないのだが、今の君は、一生懸命この世界で生きようとしている。そこは、自信を持って良いと思うよ」
「ラルフ様……」
「君は、ずっと君らしく、この世界で暮らせばいい。君が困った時は、私が一緒に考えるよ」
「本当……ですか?」
「あぁ、君はこの世界で転生して孤独を感じているだろうが、君は決して一人じゃない。私もいるし、ブラウン医師も、ケリーもいる。もっと、周りを頼って生きることを覚えて欲しいと思う」
「なぜ、ブラウン先生が、頼る対象に入っているのですか?」
エリーゼは、ブラウン先生はエリーゼの母と不適切な関係を持った人だと認識していた。一番頼りたくない人の筆頭なのに、ラルフが頭数に上げたことはすごく引っかかった。その疑問を放置できなくて、気が付いたら訊いてしまっていた。
エリーゼが訊くと、ラルフは少し寂しそうな顔をして説明してくれた。
ブラウン先生が、前のエリーゼに告白して、酷い言葉でフラれたこと。
母が心の病を抱えていて、父と兄に距離をとられてしまったこと。
エリーゼは、母の傍に最後まで付き添っていたこと。
そして、エリーゼが母の介護に疲れて、ブラウン先生に母のことを頼んですぐに、私と入れ替わって消えてしまったこと。
辛い現実ばかりで、エリーゼは閉口した。
特に、ブラウン先生が、大好きだったエリーゼとの約束を守るために、毎日シュピーゲル家に通って来ていると知って、母との関係を安易に疑っていた自分が恥ずかしかった。
「エリーゼ、全てをすぐに受け入れられなくて、当然だ。受け入れられないのは、私も同じ、だからな。悩まなくていいし、時間をかけていいことだ」
「……はい」
何とか絞り出すように、エリーゼが返事したら、ラルフの腕の中に居て、しっかりと抱きしめられていた。
「君が泣きたいときは、いつでも、こうしてやる。だから、私のいない所で悲しまないでくれ」
泣いていいと思ったら、自然に涙が溢れてきた。
(そうか、私、思いきり泣きたかったんだ)
エリーゼが、転生したてで混乱していた時、こちら世界の母であるベルタに抱きしめてもらいながら泣いたなと思い出した。
泣いていい、悲しんでいい、頼っていいという、ラルフの言葉が、エリーゼの沢山の涙を、温かく迎えてくれた。
エリーゼは、その心地よさに身を震わせた。
本当に身を任せていいのかと、頭の中で問いかける自分がいたが、知らないふりをしてエリーゼはラルフの胸に顔を押し付けて泣いた。
ヘタレのラルフ、告白は持ち越し。
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