伯爵家、潜入開始 (ラルフside)
本日更新、二話目です。
一話目まだの方はご注意ください。
約束の時間になり、ラルフはイーゼンブルク伯爵家の前にいた。
胸のポケットには、ハムスターに変身した団長が隠れている。
伯爵家の門は、固く閉ざされている。
魔力を流し、門扉に触れると、結界の膜が触れた部分を中心に、波紋になって広がる。
ラルフは、強固な結界の存在が、邸全体を覆っているのを確認した。
四六時中、結界を発動し続ける魔力を持つ当主は、やはり脅威だ。
「ようこそ、お越しくださりました。私、イーゼンブルク伯爵家で執事をしております、コンラートと申します。ラルフ・フォン・アーレンベルク侯爵令息様、宜しくお願い申し上げます」
結界の向こうに浮かび上がる様に現れた男は、ラルフに恭しく頭を下げた。
ラルフも、返礼する様に目を伏せた。
「手紙で用件は知らせましたが、ご当主とご令嬢にお会いしたく参りました」
「はい、主より聞き及んでおります。ご案内いたします。どうぞ、こちらへ……」
コンラートが重々しい門扉を開けると、人ひとりが通れるくらいの広さで、結界が解除された。ラルフが、結界内に足を踏み入れると、すぐに結界は再構築され、穴一つない完璧なものに戻った。
『コンラートは、相当な魔法使いか……』
ラルフは、顔色一つ変えず周りを観察した。
この家の執事だとという、コンラートと名乗った男は、30代後半から40代前半くらいの見た目で、白髪交じりの黒髪を撫でつけ、黒い瞳は仄暗い光をたたえていた。威嚇という激しさはないが、警戒はしている。見定めるような緊張感を、ラルフはひしひしと感じた。
結界の中の伯爵家は、門の外の喧騒を遮断しているのか、恐ろしく静かだった。コンラートが閉める玄関扉がきしむ音が、やけに大きく聞こえた。
サロンに通され、ラルフはソファに座り、当主と令嬢を待つ。
コンラートが、主を呼びに行ったところで、ハムスターに変身したレオポルトが、ラルフの胸ポケットから少しだけ顔を出した。
ラルフは、傍に控えて監視している侍従らしき男から、胸ポケットを隠すように左手を頬に当て、息を吐いた。
それを合図に、レオポルトはするりと胸ポケットから出て、ソファの下に隠れた。サロンの扉が再び開くタイミングで、レオポルトは邸内捜査に行く予定になっている。
ハムスターは音もなく、素早い動きで見えなくなり、侍従の男も全く気付く様子もなく、ラルフは音のしないため息を吐いた。
「団長、気を付けてくださいよ」とラルフは心の中で呟く。
レオポルトは、王族には珍しく現場捜査を率先してやる。
ずば抜けた頭脳と魔力で、数々の難事件を解決してきた。
ラルフは彼の能力を信用しているが、今回は自分も余裕がないので、伯爵家の捜査を任せるしかなかった。
その時、サロンの扉が開くとともに、ハルトヴィヒ卿がやってきた。ラルフはすぐに立ち上がって、彼に歩み寄って行った。
「アーレンベルク侯爵令息?」
「はい、ラルフ・フォン・アーレンベルクと申します。初めまして、宜しくお見知りおきを」
ラルフは、自分は目下だと示すように、胸に手を当て頭を下げ礼をした。
その様子を見たハルトヴィヒは、フンと乾いた声を漏らした。
「ハルトヴィヒ・イーゼンブルクだ。私は、面倒は嫌いだ。ラルフ卿と呼んでも?」
「はい、勿論です。イーゼンブルク伯爵様」
ラルフはあえて敬称付きで呼び、相手にマウントをとらせる。
「単刀直入に訊かせていただく。うちのクラウディアとの婚約を、望みに来たのか?」
「許可いただけるのであれば、是非に――」
「ラルフ卿、あれは容姿はそこそこ良いが、魔力を持たん出来損ないの娘だぞ。貴公が純血統を重んじるのなら、役に立つか分からんぞ?」
「……」
いきなり娘を貶める言葉に、ラルフは息を飲んだ。
イーゼンブルク伯爵の傍若無人な振る舞いは、調査で知っていたが、身内まで容赦なくけなすとは、目の当たりにするまで信じていなかった。
「まぁ、あれの母は顔と体だけは良かったからな。そこは、それなりに満足していただけるだろうが……」
ラルフは、止まらない伯爵の暴言を止めるため、昨日の特訓の成果を披露することにした。要するに、伯爵に反論して、クラウディア嬢を褒めたおす作戦だ。
「クラウディア嬢は、素直で思ったことをはっきり言うところを好ましいと思っています。私を怖がらず、接するところも良いと思っております」
「――――ほぅ?」
「私は、どうも無自覚に女性を怖がらせてしまうようで、それを直すことも、この年になると出来なくて……。ですから、彼女ともっと話をする機会を持つことを許していただけませんか?」
「あれが、貴公の気持ちを拒めば、諦めるか?」
「そうならぬよう、まずは互いを知る機会を下さい」
「――――だそうだ、クラウディア」
振り返ると、クラウディア嬢が立っていた。
どうやら、ラルフとのやり取りをずっと聞いていたらしい。
「光栄ですわ、アーレンベルク様」
無表情で、喜びの言葉を言う。
「クラウディア嬢……」
ちぐはぐな態度に、ラルフは混乱して名を呼ぶことしかできなかった。
「お父様、アーレンベルク様と二人で話をしても?」
「あぁ、私はもう行く。この婚約に異を唱える気はない。好きにしろ」
「ありがとうございます、お父様」
「ラルフ卿、失礼する」
「はい、お時間いただきありがとうございました」
ハルトヴィヒが出ていき、サロン内はラルフとクラウディア、侍従の三人になった。クラウディアは、侍従の方を向き、話しかけた。
「リリーを呼んで。これから、アーレンベルク様を庭に案内するから、彼女を付かせるわ。だから、あなたはもういいわ」
「はい、かしこまりました」
侍従は、頭を下げ退室していった。
時間を空けずに、侍女のリリーがやってきて、クラウディアの後ろに控えた。
「アーレンベルク様、庭をご案内します。どうぞ、ついていらして」
「あぁ……」
クラウディアに導かれ、ラルフは庭に出る。迷いなく木が生い茂る草むらに突っ込んでいく。
黙って付いて行くと、彼女は立ち止まりポケットから何かを取り出した。
侍女がかなり距離をとって控えるのを確認し、ラルフは再びクラウディアの行動に目を向けた。
クラウディアが持っていたのは、魔道具だった。そして、彼女は魔道具を起動させてから、口を開いた。
「もう、本当に驚いたわ。いきなりやって来るなんて」
「それは……、防音壁を作る魔道具か?」
「そうよ、リリーはあいつらに告げ口しないから、あなたも本当のことを言っていいわよ?」
「君は、この間とは別人だな。私は、今、混乱している」
「ふっ……、馬鹿正直ね。それに、さっきの酷い演技、何事? あなた、私じゃなく別人を思い浮かべて、話していたわね」
クラウディアの指摘で、エリーゼの顔がちらつき、ラルフは変な汗が噴き出た。
「――――一晩、寝ずに、練習したのだが……」
「あれで? ふふふっ、笑える。あの人は、私に興味ないから誤魔化せたかもしれないけど、あれ以上やれば、確実にばれていたわよ」
「そうだな、君は助けてくれたのだな。案外、優しいんだな」
ラルフがさらりと礼を言うと、クラウディアは機嫌悪そうな顔をした。
「私は、ちっとも優しくないわ。だって、あなたの演技に点数付けるなら、8点よ! 100点満点中8点」
「それは、厳しいな」
ラルフが思わず笑うと、クラウディアは目を細めて言った。
「それで話を戻すけど、あなたはエリーゼを連れ戻しに来ただけじゃないわよね?」
「あぁ、察しが良くて助かる」
「あいつは、手強いわよ。いくらあんたが凄腕の魔法使いだといっても、一人では太刀打ちできないわよ」
「まぁ、そうだろうね。一人なら……ね」
ラルフは、突き刺さるような気配を感じて言葉を切った。
「ディア、こんな暗がりに来て、何をしているの?」
声の主は、黒髪で黒い目をしたイーゼンブルク伯爵家の色を持った少年だった。その少年の後ろに、エリーゼの姿もあり、ラルフは驚きを隠せなかった。
「ルーク、アーレンベルク様と話していただけよ」
クラウディアは、驚く様子もなくさらりと返事した。
「君は? それにエリーゼも――」
「ディアから離れろ」
ルークと呼ばれた少年の肩に、見慣れたハムスターがいた。
レオポルトの捜査結果が、ラルフの目の前にあると瞬時に理解した。
「ラフィ、被験者を確保した。今から、ハルトヴィヒ卿とコンラートの身柄を確保するぞ」
「はい」
「ハムスターでは、どうもしまらんな」
レオポルトが変身を解いて、人間に戻る。
エリーゼとクラウディアは、それぞれ驚きの声を上げた。
「ルーク、いや、ルーカス。妹を守れるな?」
「はい、殿下。父とコンラートをどうか捕らえてください。二人の罪は、私たち兄妹が証明します」
レオポルトに、少年は跪いて礼をとる。
クラウディアもエリーゼも呆然と見ていた。
ラルフは、嫡男の行方が分かり、問題解決は遠くないと確信した。
「ルーカス、我々が拘束し終えたら、邸の結界を解除しろ。それと、妹と共に父の最後を見届けろ。」
「御意」
次に、レオポルトは、エリーゼを見た。
「男爵令嬢、悪いがあなたも付いてきてくれ。私もラルフも任務遂行であまり構ってやれないが、何かされそうになったら、声を上げて知らせろ。安全には配慮しよう」
「はっ……はいっ」
「よし、ラルフ、いくぞ。転移魔法で逃げられる前に」
「はい」
レオポルトの力強いオーラが、そこにいる全員に伝播するように伝わって勇気づける。本当に、団長はすごい人だとラルフは思った。
そして、ラルフはひとまず、目の前のすべき仕事に集中することにした。
無敵なハムスター団長。
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