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転生令嬢は状況を把握する 1

よろしくお願いします。

 どれ位、時間が経ったのだろうか。


「エリーゼ」と呼ぶ声に目を覚ました。


「――お母様……」


 名前も知らない、眠る前に初めて出会った女性だが、他に呼び方がないので母と呼ぶ。


「先生が、お見えになられたわ」

「はい、すぐ起きます」


 私は、ベッドの上で上半身を起こす。

 母の後ろに、眼鏡をかけた薄茶色の髪色で、緑の目をした二十代後半くらいの若い男性が立っていた。母が娘の部屋へ平気で男性を招き入れていることに、私は少し警戒心を露わにした。


「こんにちは」


 医師と見られる男性は、一見優しく見える笑顔を貼り付けて挨拶してきた。

 目がちょっと冷たい。


「――こんにちは……」


 男性の威圧感に押されながら、私は何とか挨拶を返した。


「私のことが、分かるかな?」


 医師は、名前を名乗らない上、突然質問してきて診察が始まったらしく、状況展開が早すぎで戸惑いを隠せない。誰も、代わりに答えてくれないので、私は正直に話す道しかないと悟った。


「すみません、分かりません。私は、あなたに診察してもらったことがあるのでしょうか? 全く記憶がないので、失礼なことを言ってしまったら、申し訳なく思います」


 私を見る彼の態度から、彼はきっと私のことが嫌いなのだろうと思う。

 こういう勘は昔からよく当たる。

 嫌われているなら、相手を出来るだけ刺激せず、常に相手をたてて下手にいる態度でいれば、傷つくのは最低限で済む。

 リスクを最小限にするのは、円滑な人付き合いをする鉄則だ。


「本当に、エリーゼか? 私と目を合わせるだけで暴言を吐いていた娘だとは思えない」

「……」



 エリーゼ、やらかしすぎ!

 以前は破天荒な娘だったとしても、今は違う。


「あなたに対して、私がどういう感情で接していたのか分かりませんが、少なくとも、今の私は、あなたに暴言を吐くことはありません」


 私が、過去の人物と違うと断言するようにいうと、明らかに医師の顔から作り物の笑顔すら消えた。


「そうですか、では、いくつか質問をしてもいいか?」

「ええ、どうぞ」


「あなたは、記憶がないというが、日常生活や言葉遣いの知識は消えていないね。君の態度は、とても冷静で理性的だ。他には、どんな記憶が残っているのかな?」


 私の反応を確かめるように、医師はゆっくりとした口調で訊いてきた。


「とても信じてもらえない事が、確かに残っています」


 前世の科学技術の進んだ日本という国で暮らしていた、32歳の平凡な女性の記憶がハッキリと残っている。


「ほう、信じてもらえないとは、決めつけるのは良くないよ。君は独りで悩まなくてもいい。私は医者だ。どんなことでも守秘義務があるから、言いふらしたりしないよ?」


 誰も頼ることのできない今の自分の立場で、これ以上虚勢を張ることはできなかった。


「私は、この世界とは違う異世界から来ました。私は、32歳で異世界で事故に遭って死んだはずなのに、目が覚めたら、エリーゼの体の中にいました。異世界で生きていた頃の記憶は、全部残っています」


 医師は、瞠目していた。


「驚いた。君は、物語を書く才能があったのか――」

「信じてもらえないと分かっていましたが、馬鹿にされるのは不快です」


 勇気を振り絞って話したのに、冗談で返されて怒りが湧いた。

 トゲのある声で、医師の声にかぶせて睨みつけた。


「……済まなかった。本当に別人物なんだね。暴言を吐かず、理性的に返されると、信じなければいけないよな」


 医師は、わざと私を怒らせたと分かり、診察の一環だと分かれば怒りは急速に消えていった。患者の感情を引き出す巧みな話術は、実に心療内科医らしい態度といえるからだ。


「今の状況は、一時的な現象なのか、あるいは、ずっとこのままエリーゼの体の中に入り込んだまま、一生を過ごすのか、全く分からなくて不安しかありません。医者であるあなたは、このような症例を見たことがありますか?」


「ない、医学的には。でも、異世界の人がこちらの世界に来てしまうという現象は、数例だが聞いたことがある」


「あるんですね」


「あぁ、君のように魂だけではなく、聖女と呼ばれる人がこちらの世界に来ている」


「……」


 うわ、うわ、うわ~~~~。

 聖女って、ラノベとかの定番設定のやつじゃない!

 この世界ではあることなんだ~、てか、私、魂だけの転生だから、中途半端感でめちゃくちゃ残念なやつじゃん!!

 顔は、無表情を保っているが、皮膚一枚隔てた内側で、驚きと好奇心が暴れまくっていた。


「聖女って、魔獣とか瘴気とかを浄化する力を持った人のことですかね?」

「そう、君の生きてた世界にも、聖女はいるんだね」

「……」


 いません!

 聖女は、完全ファンタジーな存在です! と言いたいけど、小説で流行っている設定ですなんて、ふざけたこと言えない~~~~。


「ちなみに、異世界で君は光魔法とか使っていたとか?」

「使えません!」


 話が脱線して、何だか誤解されているので、即否定した。


「そうか、それは残念」


 医師は極めて真面目に対応してくれているのだが、何ともふざけた感が増して、私は複雑な気持ちになる。


「この世界は、魔法を使う人が存在するんですね」


 異世界感が、ぐっと濃くなった。


「そうだね、魔力持ち人口は、少数だけどいるね」

「王立魔法学園とかあったりするんですか?」


 友人おすすめの異世界小説にあった内容を引用して質問した。

 この世界を知ることが楽しくなり、自分の診察そっちのけにして訊く。


「あるよ、ほとんど貴族の子女が多くて、平民はわずかしか入学しないけど」

「あー、貴族が魔力持ちの家系が多いってやつですね」


 くどいようだが、小説の設定内容を話を膨らませるためにぽろっと言ってしまった。


「そう、そう、君の世界もそうなんだ。案外、こちらと似た世界から君はやってきたんだね」

「……」



 心の中で叫ぶ。

 一ミリも似てない世界から来ました!!!

 しかし、私は、誤解を訂正しなかった。

 この世界では常識なのだから、否定して反感を買い、孤立したくなかったからだ。



「ところで、君は魔力持ちではないようだけど、異世界では何をしていたの?」

「普通に、働いていましたよ。事務員……、仕事の仕入れや売り上げの計算したり、資材の手配をしたりしていました。あ、あと……」


 華道を習っていたと、どういえば伝わるか考えると言葉に詰まる。


「あと?」


 医師が、興味深げに話すことを促してきた。


「花を、生けていました」

「花を?」


「はい、私の住む世界は、花の生け方に沢山の流派がある位、楽しまれる娯楽? でした。こちらの世界で、花を生ける趣味を楽しむ文化はありますか?」


「……そうだね、そういう人もいるよ。流派?、とかは聞いたことがないけれど」


 花の美しさは、異世界も共通のもので安心した。


「私、こちらの世界の花を生けてみたいです。みなさま、ご協力いただけますか?」


 私が迷いを打ち消すように言うと、異世界の人間である目の前の三人は、真面目な顔で頷いてくれた。受け入れてもらう一歩を踏み出した瞬間に、体が震えた。

 怖いけれど、新しい刺激に満ちた世界に期待していた。


「ありがとうございます、信じてくれて……嬉しかったです」


 この世界に来て、初めて素直に笑えた気がする。

 

「エリーゼ、今日の診察は終わりにしよう。エリーゼの記憶に関しては一旦置いて、今の君がこの世界で生き易い道を探していこうか」


 先生が良い人過ぎて、私は泣きそうになった。

 先生が最初に放った激しい威圧感は、もう感じなかった。


「――エリーゼ、君は君らしくいればいい」


 その言葉を聞いて、我慢してせき止めていた感情が、一気にあふれ出した。


「あ……」


 涙が急に溢れて、頬を伝って流れる。静かに泣く私に、お母様が駆け寄ってきて抱きしめてくれた。私は、安心して母に縋ってしばらく泣いた。


 向こうの世界で死んで、この世の終わりを知って、やはり自分は悲しかったし悔しかったのだ。その思いをこれからも持って生きていいと肯定されて、嬉しくて、初めて過去の自分に向き合い泣けた気がした。






 

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