侯爵令息、男爵令嬢を知る (ラルフside)
エリーゼが、いなくなった翌日、騎士団の仕事を終えて、ラルフは再びシュピーゲル家にやってきた。先に知らせておいたので、使用人のケリーが迎えてくれた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。応接室にご案内します」
「連日、押しかけてすまない。夫人はいかがされている?」
「はい、ただいまブラウン医師がお見えで……、声をかけてまいります」
ケリーがお茶を濁すように誤魔化して言う。
エリーゼが帰って来ていないというのに、若い恋人と会っているとは、ラルフは不快感に包まれた。
「ブラウン医師は、頻繁に夫人の元を訪れているのか?」
「……それは、お答えできません」
「来ているんだな?」
「……」
ケリーは、黙って肯定した。
娘を放ったらかして遊びに興じる親がいるのは知っているが、目の当たりにすると腹の立つことだとラルフは実感した。
「すみません、お待たせいたしまして。エリーゼはまだ帰って来ておりませんよ?」
ラルフの静かな怒りを一蹴するかのように、シュピーゲル夫人はブラウン医師の腕に手を絡め、エスコートされながら応接室にやってきた。
ラルフの向かいに、二人は並んで座る。
「知っております。今日は、夫人にお願いがございまして……」
「願い……とは?」
「エリーゼに帰ってくるように、手紙をイーゼンブルク伯爵家に出してもらえませんか?」
ラルフの言葉に、シュピーゲル夫人は眉をひそめる。
「エリーゼが伯爵家に招かれて、まだ一日しか経っておりませんよ。呼び戻すには、早すぎじゃございませんか」
「エリーゼの身に危険があるかもしれないとしても、同じように呑気にしていられますか?」
「身の危険? あの子は先方に望まれて行ってるというのに、それはないんじゃない?」
「――それは、手紙は書いていただけないという意味ですか?」
「そうね、書かないわ。私にメリットがないもの」
「メリット? あなたは、娘を助けるのに損得を考えるのか」
ラルフが、冷たい空気をまき散らすように言うと、シュピーゲル夫人はエリーゼに似た可愛い顔で失笑した。
「エリーゼが、伯爵家のお嬢様の話し相手になるだけで、お手当てを送ってくださるのよ」
「娘を金で売ったのか!!!」
「人聞きの悪い、当然の対価よ。あの子が働いた報酬よ。受け取って当然のお金よ」
「娘の報酬を搾取して、心が痛まないのか! あなたは!?」
母親の言動とは思えない酷い言葉に、ラルフは声を荒げた。
ラルフの感情の揺れを、楽しそうに笑って流す様は、異様だった。
「だって……、あの子、もう私の娘じゃないもの」
衰えぬ美貌を存分に生かして笑い、シュピーゲル夫人はさらりと言った。
「な……んだっ……て?」
心臓が変な風に跳ね上がったような衝撃に、声がかすれた。
ラルフの顔が歪んだのを見て、シュピーゲル夫人は機嫌良さそうに続けた。
「あ、体はまだ私の娘ね。でも、魂は違うわ。異世界の知らない女なのよ」
「ベルタ様っ、それはっ――」
「ヘムルート、アーレンベルク様には教えておいた方がいいと思うの。その方が、彼が道を踏み外さないで済むもの」
ブラウン医師の制止も振り切り、シュピーゲル夫人は楽しそうに言った。
「どういう意味だ?」
「エリーゼはね、異世界の女の魂が宿ってしまったの。彼女は、32歳で異世界で事故に遭って死んでから、エリーゼの体にやってきたのよ」
「は……? 記憶を失ったと聞いたが……」
「あら、記憶を失くしていたことは、あなたに伝えていたのね。真相は、今までの記憶を失くしたではなく、別人に入れ替わってしまったということなのよ。あの子はもう、清らかで穢れのない私の娘ではないの。中身は、年増の経験豊富な小賢しい女なのよ」
「……」
「残念だったわね~、初めて好きになった娘の正体が、30過ぎのおばさんだったなんて、かわいそうねぇ、……絶対慰めてあげないけど」
シュピーゲル夫人から吐き出される毒気を帯びた言葉は、理解しても受け入れがたい内容ばかりだった。
話が通じない夫人を見限り、ラルフはブラウン医師に話しかけた。
「――ブラウン医師、彼女の言葉は事実か?」
「本当です。異世界の転生人は、聖女である場合もありますが、彼女は魔力や加護は受けていないようです。聖女召喚の儀式でやってきたわけでもないですし……。なぜ、魂だけエリーゼの体にやってきたのかは謎ですが、事実起こっていることに違いありません」
ブラウン医師は、腐っても医療の心得のある人だ。表情も嘘を言っているようには見えない。シュピーゲル夫人の話を受け入れなくては、エリーゼに向き合えない。ラルフは、覚悟を決めた。
「分かった。シュピーゲル夫人、エリーゼは私が勝手に助けていいか、いや、あなたにはもう彼女のことは任せておけない!!」
「アーレンベルク様、伯爵家で何かあるのですか?」
ラルフの宣言に反応したのは、ブラウン医師だった。
「それは、言えない。が、これ以上長居するのはエリーゼのためにならないと断言する」
イーゼンブルク伯爵家の問題は、第一魔法騎士団の守秘義務に抵触する。
「そうですか、アーレンベルク様、どうかエリーゼを頼みます」
「あなたに言われるまでもない。あなたはエリーゼの他人だ」
「あなたも同じ、エリーゼの他人ですよね? アーレンベルク様」
「……」
その通りで、思わず苦笑いした。
ラルフは、エリーゼの恋人でもないし、婚約者でもない。
でも、彼女の一番の存在になりたい。
ラルフの心の内を察したかのように、ブラウン医師は真っ直ぐ目を合わせた。
「私は、医師として、彼女を心配しています。そして、ささやかながら、今の方が宿る前のあの子を愛しておりました」
「ヘムルート!!!」
シュピーゲル夫人が、顔色を青くして叫んだ。
彼女の意志を無視して、ラルフに助けを求めるのは許せなかったのだろう。
「後悔しても、決して時は戻ってきません。今のエリーゼが転生する前、私はエリーゼに告白しました。こっぴどく振られましたが……」
「君は、夫人に懸想していたんじゃ……」
「エリーゼの願いでした。母に平穏を与えてやってくれと……、自分の幸せは考えなくていいと……」
「……」
「シュピーゲル夫人、ベルタ様は、ずっと心を病んでこられました。旦那様も息子のアロイス様も、ベルタ様を持て余し離れていきました。エリーゼだけがベルタ様の傍に残って、彼女と向き合い続けました。けれど、本当は全てから逃げ出したいと願っていたのでしょう。突然、彼女の魂は何処かへ消えてしまった。今の私は、エリーゼと最後に交わした願いを叶えるため、ベルタ様の別人格の暴走を止める枷になりました。誓って、ベルタ様に対する愛は一切ありません」
ブラウン医師の告白を、ラルフは静かに受け止めた。
彼の愛していたエリーゼはもういない。
だけど、胸がざわついて仕方がなかった。
「残念ながら、私にはエリーゼを助ける力はありません。アーレンベルク様、お願いします、彼女を助けてください」
ラルフは、諾の意志を示し、頷いた。
「エリーゼを助け出せたら、必ず、あなたに知らせる」
「ありがとうございます、アーレンベルク様」
「ねぇ、ヘムルート。今日も一緒にご飯たべましょうね」
二人の会話をもはや聞こうともしない様子のシュピーゲル夫人は、間延びした声でにこやかに言った。
ブラウン医師のステルス爆撃
ブックマーク登録、評価等いただき誠にありがとうございます。
次回も、よろしくお願いいたします。




