異世界で、友達と花生け
「はぁ?」
クラウディアは、エリーゼの予想外な言動に、間抜けな声を出した。
表情は崩れていないが、黒い目が揺れているのをエリーゼは見逃さなかった。
興味がないわけではない反応に、エリーゼは俄然やる気が出てきた。
「花生けなんて、私、やったことないわよ」
「大丈夫ですよ、簡単なものもたくさんあるし」
「私、花の名前もあんまり知らないし」
「知らないなら、是非やりましょう! クラウディア様、一輪挿しの花器はお持ちですか? メイドの方に訊いてみていただけませんか? 一輪挿しがなければ、飲み終わった後の空のワインボトルでもいいです」
「ちょっと……、さっきから私の言うこと聞いていないわよね?」
「聞いていますとも! やったことなくても、花の名前を知らなくても、花を生けることはできます。問題ありません! 花の美しい姿を生けて、眺めると癒されるのです。私は、クラウディア様に体験してほしい! 友達である私の願いを、どうか聞いてください!」
華道教室のように誰かと花を見せ合いっこして楽しむことができるのなら、絶対やりたいと力が入った。
「……仕方ないわね。直接メイドに頼んでちょうだい。今、呼ぶわ」
根負けしたクラウディアは、控えていた侍女にハウスメイドを呼んでくるように言った。
そして、時間は進み。
「ワインボトルに綺麗に洗った小石、花ばさみにガーベラ二輪、今回はこれで生けてみましょう」
メイドにお願いして、二組分の花生けセットを用意してもらった。一輪挿しの花器はやはりなかった。シュピーゲル家にもなかったから、そうだろうなと思った。この世界では、花は花瓶状のものを使うのが一般的で、一輪だけ花を生けて楽しむという概念自体ないようだった。
ちなみに、水差しとタオルは共用できるので、別に用意している。
「正気? 花、少な過ぎない? それに、飲み終わった瓶って、ゴミに生けるの?」
クラウディア様は、不快感を漂わせていた。
貴族の人って、豪奢な花を見慣れているのだから当然の反応ね。
ひとまず、相手にしないでおきましょう!
「ワインボトルは、緑色のガラスでできているでしょう? この色は、花にとてもなじむ色でどんな花でも生けれちゃう超優秀な花器になるのですよ」
「……何か、貧相なものになる予感しかしないわ……」
「本数が少ないほど、一本の花の美しさが際立って、良いのです」
「……」
クラウディア様は、疑いの目でエリーゼを見ている。
エリーゼは、気にせず先へ話を進める。
「まず、小石をワインボトルに入れて、重さを足します。入れる時、ガラスが割れないよう、横に傾けて入れて、徐々に滑らせるように少しづつ入れていってください。この石は、花留めの機能も持つのです」
エリーゼが、小石を入れて見せた。クラウディアは、スイッチが入ったように真似し始める。不器用そうに、表情も変えずに小石を入れていく姿は、何とも微笑ましいものがあった。
「大体、このぐらい石が入ったら、水差しで水を入れます」
エリーゼは、タオルをボトルの口に添えて、水差して水を静かに入れていく。タオルは、水差しから飛び散る水を受け止める役目をする。
ガラスは特に、水垢が目立つ素材なので、特に外が水に濡れるのを避けるように扱う。
「これで、花を生ける前準備は完了です。クラウディア様、まず、ガーベラの茎を見て、美しい方を選んでください。残りの一本は花びらの部分が特に美しい方を残してください」
「茎が綺麗なのは、これ……」
クラウディアは、真っ直ぐ伸びあがった茎のガーベラを指さす。
「もう一本の方は、花びらはきれいですか?」
「どちらも同じで違いはないのだけれど」
「見せてください」
エリーゼは、クラウディアの二輪のガーベラを、比べて見てみた。
「クラウディア様、花の大きさが微妙ですが、違うのがわかりますか? こちらの方が大きいですよね?」
「! 言われて見れば、そうね、大きいわね」
「クラウディア様が選んだ、茎が美しい方は、花が小さめなので、茎の美しさを生かすよう長い目に生けます。そして、花が大きく美しい方は、ワインボトルの口を隠すように、低く生けます」
「クラウディア様、茎の美しい方の花を、茎の先を斜め切りした後、一番きれいな向きが見えるように、挿してみて下さい。茎も花もどちらも美しく見えるように心を配って見てください」
小石がうまい具合に重なって、花は留まりやすい。茎の切り口で留める技術のない初心者には最適な花留め方法だ。
「……こう、かしら……」
「上手いです。立ちましたね」
「良く分からないけど、出来てる?」
「出来ていますよ! そして、もう一本はワインボトルの口が隠れる高さに切って挿します。必ずすべきとは言えませんが、二輪の花が同じ方向を向くようにしたら、統一感が出てより美しく見えます」
クラウディアが、花ばさみでシャキンと斜めに切る。
「どうして、斜めなの?」
「真っ直ぐ切るより、切り口の面が大きくなるから、水を沢山吸えるようになります。花が長持ちするし、この切り口だけで花を留める技術もあります」
「へぇ、意味があるのね」
表情ないけど、質問までしてきて真面目に取り組むクラウディア様、可愛すぎるでしょ~。何気に瞳孔が開いているのを見つけて、楽しんでくれているようで、心がほっこりしてくるわ。
「あ! 切ったら、元に戻らないので、挿してみて長いなら徐々に切ってと、確かめながらやると失敗が少ないです。急がば回れの気持ちで、やりましょう」
クラウディアは、頷いてガーベラを何度か切っては挿して、微調整を繰り返した。そして、思い通りの位置に挿せたのか、詰めていた息を吐いた。
「できましたね! 見て、どう思いますか?」
「ガーベラが、上向いててちょっとおかしいかしら……」
「挿す角度を変えるとよくなりますよ。ちょっと直してみても、いいですか?」
「いいわ」
クラウディアの許可をもらい、エリーゼがガーベラを少し前のめりになる角度に挿し直した。花がこちらを向き、美しさを増す。
「本当ね。同じ高さなのに角度を変えるとすごく花が見えるようになったわ!」
今日一のテンションになったクラウディア様、表情ないのに耳だけが赤い。可愛いなぁ、おい!!!
「それでは、私も生けてみますね」
エリーゼは、そう言って、自分の手元のガーベラを選び始めた。
茎がぐにゃぐにゃと曲がったユーモラス溢れる形のガーベラを、高い位置の方に使う。そして、もう一輪をワインボトルの口元に生けた。
「こんな感じで、いかがでしょうか?」
「エリーゼの方は、茎がこんなに曲がって変な形ね」
「でしょ? でも、この曲がったの面白い形だと思いませんか? 私は、変な形ではなく、とても美しい形だと思います」
「本当ね、美しいわ」
「クラウディア様の真っ直ぐな茎の方は、凛としたクールなイメージの美しさで、私の方はファニーフェイスというかおもしろい美しさって感じ。全く違う美しさを、一種類の花で楽しめるんです。すごいと思いませんか? 花の力って……」
「そうね」
その時、クラウディア様が初めて微笑んだ。ふわっと花が開いた瞬間の優しい衝撃が、エリーゼの体に駆け抜けた。尊い!!!
「クラウディア様の笑顔も、とっても綺麗ですよ」
「なっ……」
「自然に笑っていらっしゃりましたよ。無表情なお顔も美しいですが、笑った顔はひと際綺麗ですばらしいですわ」
「……エリーゼって、本当に変な子ね」
「えぇ!?」
「いい意味でよ、いい意味で」
「何で、敢えて二回いうのですか! それって、逆の意味ですよね!?」
二人の笑い顔が、冷たかった部屋に響いた。
「ねぇ、エリーゼ……」
「はい」
「エリーゼ、お願いがあるの」
「はい……」
「ラルフ様と私は、近々婚約するの。だから、もう彼に近づかないでくれる?」
「え?」
突然のラルフとクラウディアの婚約話に、エリーゼは何も言葉を返すことが出来なかった。
エリーゼ、フリーフォール降下。
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