エリーゼは、今
エリーゼが目を覚ますと、最初に映ったのは知らない天井だった。
記憶に新しい感覚に「デジャヴュ?」と思わず呟く。
この世界に転生して目覚めた時と同じだなと、ぼんやり思う。
「目は、覚めた?」
顔のすぐ横で声がして、ぎくりとした。
ストレートの長い黒髪で、黒い瞳の女性が、エリーゼを覗き込んでいた。
横になったエリーゼの顔の位置に合わせて、跪いてじっと見ている。
笑わそうとふざけているのか、単に目が悪いのか、近すぎる位置に驚いたが、相手は真剣そうなのでツッコまずスルーすることにした。
「はい、ありがとうございます」
エリーゼの謝意の言葉に、女性は瞠目した。
「なぜ?」
「なぜって、あなたが助けてくれたのでしょう?」
エリーゼは、おもむろに上体を起こし、女性の手を握った。
握った手から、彼女の体温を感じる。触った手は冷たかった。
「うん、やっぱり」
エリーゼは、何かを確信して呟いた。
わずかに戸惑う彼女の手を離し、真っ直ぐ視線を合わせた。
「私は、エリーゼ=シュピーゲルと申します。あなたの名前を、お聞きしても良いですか?」
「……クラウディアよ」
女性から、もう不安の表情は消えていた。感情を隠した顔で、抑揚のない声で言った。
「クラウディア様……、とっても素敵な名前ですね!」
「……」
日本人に多い、黒髪、黒目の容姿の彼女は、エリーゼにとって親しみのある印象を受けた。
しかし、名前を褒めた言うのに、クラウディアはちっとも喜ばなかった。
クラウディアの表情は凍り付いたように、固まったままだった。
「クラウディア様、どうされました?」
「あなたは、私が怖くないの?」
「はい、怖くないです。なぜ、怖がると思うのですか?」
「私の黒髪と黒目は縁起が悪いと、忌み嫌われているからよ。悪魔の様だとか、魔女だとか言われているわ」
クラウディアは、淡々と自分は嫌われていると言った。感情の隠した顔の裏に、エリーゼは悲しみを越えた諦観を見た。
「それは、ひどいですね! なんてことを!!」
エリーゼは、クラウディアの忘れてしまった心を代弁する様に怒った。
そして、エリーゼはクラウディアの手を再び握る。
クラウディアが手を引こうとしたが、エリーゼは力を込めてクラウディアを離さなかった。
「クラウディア様、あなたの黒髪はつやつやでとっても綺麗です。癖のないストレートの髪を美しさを保ちここまで長く伸ばすのは、とても大変なことも知っています。並々ならぬ努力がそこにあるのが、私には分かります。それに、その黒い瞳。とっても落ち着く綺麗な色。私は、あなたの姿を見ると、自分まで落ち着くような気分になります」
エリーゼは金髪、紫の目だし、ラルフ様に至っては銀髪、青い目という日本人離れした色合いばかり見ていたから、黒髪、黒目の純日本人を思わせるクラウディアを見ると、親近感が益々湧いてきた。
「私も、こんな色が良かったなぁ……」
32歳の日本人だった私は、今の姿に今だに違和感を感じている。
金髪で紫の目って、派手派手で、どうしても鏡を見るたび恥ずかしくなってくる。
「あなた、私を馬鹿にしてる?」
「いいえ! 私は、あなたのような黒髪、黒目の人が多い国で暮らしていたことがありますから、馴染み深い色なのです。綺麗だなと思うのは、本心です!」
エリーゼは、転生者だと悟られないように、日本を『国』とぼやかして伝えた。
「――まぁ、いいわ……、今日はゆっくり休んで。後で、夕食をとどけさせるわ。あなたの家には、ここにいることをきちんと手紙で伝えたから、安心して」
ラルフ様に言わずに来てしまったことが心配だったが、シュピーゲル家に居場所が伝われば、彼にも伝わるだろうと思った。
きっと、大丈夫だと安堵した。
「何から何まで、ありがとうございます。クラウディア様」
エリーゼが笑顔で謝意を伝えても、クラウディアの表情筋は動かなかった。
「……何で、あなたが……」
クラウディアは、吐き捨てるように言い出して、言葉を詰まらせた。
「え?」
「いえ……、よく休んで。また来るわ」
「? はい……」
クラウディアは、ぶっきらぼうに言って、部屋を出て行ってしまった。
クラウディアは一見突き放した言い方をするが、エリーゼはなぜか優しさを感じた。
次、クラウディアと顔を合わせたら、どんな話をしようかと、一人になった部屋で考えを巡らせた。
そして、翌日。
「エリーゼ、あなたしばらくここに滞在してくれない?」
「えっ?」
クラウディアが来て開口一番に言われた。
「昨日、あなたと話して、もっと話をしたいなと思ったの」
相変わらず表情は変えず、必死に引き留めるような言葉との乖離を強く感じる。でも、にこにこと笑いかけられて言われるより、いじらしさが堪らなく庇護欲を掻き立てられる。
ツンデレの魅力が、クラウディアにあると思う。
結論、クラウディア様、可愛い。
しかし、エリーゼはすぐに帰るつもりでいたので、クラウディアの誘いを上手く断ろうと思っていた。
「でも、家に何も言わずに来ていますし……」
「大丈夫、私の話し相手になってもらうと、手紙で伝えるから」
「すぐ、また来ますから――」
「口では私のこと気に入ったように褒めておいて、やっぱり私のこと、どうでもいいのね? 帰ったら、あなたは二度と来ないつもりね。今まで出会った人たちと同じ……」
「そんなこと――」
「私、友達がいないの。エリーゼに友達になって欲しいのだけれど……」
「……」
クラウディアは、長いまつ毛を少し伏せ、エリーゼから顔を背けた。
「みんな最初は、爵位に惹かれてすり寄ってくるくせに、すぐに離れて行ってしまう。私は、ずっと独り。お願い、エリーゼは私の友達になってくれるわよね?」
おかしいわ……、クラウディア様の態度。
全く引かないクラウディアの態度の裏に、エリーゼは友達を作るのとは別の意図があると直感した。
ここで、クラウディアを拒むことのほうが、窮地に置かれるかもしれないとエリーゼは腹を括った。
リスクは事前回避が肝よね!
幸い、ここに連れてこられて快適に過ごせている。
どうせなら、許される限り楽しんでしまおうと思う。
前世から、そういうがめつさがあったのは、否定できない。
「……分かりました。しばらく、お世話になります」
「嬉しいわ」
表情を変えずに言うと、照れ隠しをしているようで逆に可愛く見えてしまう。
「では、クラウディア様。ここにいる間、私と花を生けてくれますか?」
こうして、私、エリーゼはここで、クラウディアとの距離を縮めるため、二人で花生けをすることに決めた。
色々鈍いエリーゼ、クラウディアに萌える。
ブックマーク登録、評価等いただき誠にありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




