異世界で初デート
そして、あっという間に5日後。
「こんにちは、エリーゼ」
「こんにちは、ラルフ様……」
朝からケリーに念入りに飾られて、用意が終わる頃になると、エリーゼはかなり疲労を感じていた。
気合入りまくりの格好が、恥ずかしすぎる。
「あぁ、やはり。とても似合っている」
ラルフ様は、自分が贈った服を着たエリーゼを見て、満足そうに微笑んだ。
水色のワンピースには銀糸でバラが刺繍してある。手に持っている帽子は、同じく水色で、銀糸で同じように刺繍してある紺のリボンで飾られている。
歩きやすさ重視の編み上げのショートブーツは茶色で、サイズがぴったり過ぎて、初めて履いたときドン引きしたことは内緒だ。
「ありがとうございます。素敵なものをたくさん、嬉しかったです」
「喜んでもらえたのなら、なによりだ」
ケリー監修のお礼の台詞は、ラルフ様の顔を見て正解だったなと思う。
私が「仕事が忙しいのに、申し訳ない」とか「こんなにしていただいて、すみません」とか言おうと思っていたら、ケリーにふさわしくないと却下されてしまった。
お礼は、嬉しいとかありがとうというだけで、申し訳ないとかすみませんは駄目ならしい。
「シュピーゲル夫人、本日は外出許可をいただき、ありがとうございました」
ラルフ様の到着に合わせて、お母様が出迎えに来ていた。
こういう礼儀は、きっちりこなす人なんだなと思う。
「駄目だと言っても、あきらめないでしょう? 抗うのが、面倒だっただけです」
「はい、やっと私の心をご理解いただけるようになり、嬉しく思います」
ラルフ様、今回も力技で外出許可をもぎとったな。
丁寧な言葉遣いでも、ギスギス感はしっかりある。
適切な距離が取れているので、エリーゼは傍観していられる。
ラルフ様の努力の賜物だ。
「お母様、行ってまいります」
「気を付けて」
お母様の表面上の言葉に、何とか作った笑顔を返す。
お母様の裏の顔を知ってしまった今では、エリーゼはひねくれたようにしか受け取れない。お母様は、エリーゼに最初から興味がないのだ。
自分の利益にならないと判断したら、傍に寄って来ようとも、話しかけようともしない。自分しか興味がない、そういう人なのだ。
「エリーゼ、足元に気を付けて」
ラルフ様が乗ってきた馬車に乗り込む。差し出された手に、エリーゼは躊躇いながら手を重ね、ステップに足をかけ乗り込んだ。
ラルフ様も続いて乗り込み、エリーゼの向かいに腰を下ろした。
馭者が、入り口扉を閉めた後、馬車を走らせた。
密室空間で二人きりになってしまうと、ちょっと緊張する。
「エリーゼ」
「ひゃいっっ」
「ふふっ、相変わらずの個性的な返事、和むね」
「……」
私は、いつにもまして、ギリギリに追い詰められていますけどね!
「エリーゼは、当然、自然公園は初めてだよね」
「はい、記憶をなくしてから、初めての外出です」
「君が、日々大変な思いをして過ごしているのは分かっている。だから、今日は君が楽しいと思うことをとことんして欲しいと思っている」
「ありがとうございます」
そうか、楽しんでいいんだって思った。
やっぱり、ラルフ様は優しいなぁ。
エリーゼは、気持ちを切り替えて、自然公園の話題で、到着までの道のりを楽しく過ごした。
ヴァルデック王立自然公園は、ゆったりと静かな時間が流れている場所だった。ラルフ様に自然な流れで手を取られ、引かれながらエリーゼは公園を歩いて行く。
「山の空気は、澄んでいますね。とっても、気持ちが良いです」
「そうだな……」
ラルフ様は、何処かうわの空でぼんやりとした声だった。
「そんなことは……、いや、すまない。どうしてか気が抜けてしまったらしい。駄目だな……」
「いいえ! それは、良いことですよ。ずっと、気を張り詰め続けているのは、体に良くないです。私に構う必要はないので、ラルフ様は、ぼんやりしていて良いですよ!」
私は、一人で楽しむのは得意ですからね。
前世で、おひとり様限定のツアー旅行、行ってたわぁ~。
「そう言われても、ぼんやりの仕方が分からないな」
「じゃあ、一緒にぼんやりしましょう!」
エリーゼは、ラルフ様の手を握り、ケリーおすすめの展望台へ向かった。
山から見下ろす景色が、座って見れる様にベンチが点在して置かれている。エリーゼが気に入ったベンチを選んで座ると、ラルフ様もその隣に座った。
「すごいわ! 王都が一望できますね! 緑の額縁の絵を見ているみたい」
ミニチュアに見える建物が、眼下に広がっていた。公園の豊かな木々も楽しめるし、人工物の景色も同時に楽しめる。
「あの、大きなとんがり屋根が集まったのが、王城ですか?」
「そうだな、王城の外側を囲むように、騎士団棟もある」
「私の家は、どの辺かしら?」
「エリーゼの家は、右手の奥あたりか……」
ラルフ様が、指で指した方向を、エリーゼも見る。
「あの辺りかぁ~。王都って、建物が多いですねぇ」
「ヴァルデックは、他国と比べたら小国だが、そうは言っても、王都はやはり大きい街と言えるな……」
「ラルフ様は、他国に行かれたことがあるのですか?」
「まぁ、あるが……。語れるほどの話はない」
ラルフ様の表情が、ちょっと苦しげだった。
「すみません、立ち入ったことを訊きました。忘れてください」
探られたくないプライベートを、思い出させてしまったらしいと感じ、慌てて謝罪した。
「いや、すまない。争いごとの話など、聞かせられないという意味なんだ」
「それは、戦争のお話ということですか?」
「あぁ、王国を守るために、他国へ攻め入った話など、あなたに話したくない。変に、誤解しないで欲しい」
私は、瞠目した。
そして、少しの間逡巡した後、ラルフを真っ直ぐ見た。
「ラルフ様は、私たちの平和を守ってくださったのですね。ありがとうございました」
戦争の汚い部分が、必ずあるのは知っている。でも、手を汚したラルフ様の様な人がいなければ、今過ごしている穏やかな時間は、なかったかもしれないのだ。
「ラルフ様たちのおかげで、今ぼんやりする時間があるのですから、無駄にしないように、思いっきりぼんやりを堪能しましょう!」
「どんなふうに?」
「まず、耳を澄ませて、何が聞こえてきますか?」
「鳥の……鳴き声、と、風の音……」
「うん、いいですよ~。深く呼吸しながら、目を閉じてしばらく聞きましょう……」
「――――分かった……」
ラルフ様は、素直に従って、じっと耳を傾けている。エリーゼも集中して聞くと、鳥の鳴き声の種類が、いくつかあることも分かってくる。
ラルフは、ただ座って、音を感じることが、意外と楽しくなってくる。
エリーゼも同じようにしているから、気を遣う必要もない。
『何て、贅沢な時間の使い方なんだ』
ラルフは、頭の中で呟き、ぼんやりの淵へと落ちていった。
「あ、起きた?」
「え?」
「やっぱり、疲れていたみたいですね。大丈夫ですか?」
「大丈夫……」
ラルフが目を開けたとき、エリーゼの顔が直ぐ上に、覗き込むような角度で見えた。
ラルフが腕を動かすと、レース編みのショールが、自分の身体にかけられているのに気づく。
「んん!?」
後頭部にあたる、ふにゃっとした感触に、驚いてガバリと体を起こした。
「わっ、私は、何ということをっ!! すまないっっ!!」
ラルフはエリーゼの膝枕の上で、寝てしまっていたのだ。
「そんなに時間は経っていませんから、気にしないでください」
エリーゼが、のんびり言う。
「本当に、本当に、すまない……」
あり得ない失態に、情けなくて泣きそうだ。泣かんけど。
「それより、頭、スッキリしたんじゃないですか?」
「それはっ、そうだなっ。確かに、スッキリしたような気がする」
「ふふっ、良かったですね」
エリーゼは、満足げに笑った。
自然公園に連れてきた相手が、寝こけてしまい、放ったらかしにしたのに、怒りもしない。こんな令嬢は、初めて会ったとラルフは思う。
「ラルフ様、そろそろ帰りましょうか」
「そうだな、あまり見て回れなくて、すまなかった」
ラルフが、眠ってしまったせいで、日が傾き始めてしまっていた。
エリーゼは時間が経っていないと言ったが、それなりに時間は経っていたのだと分かった。
「いいえ! めったに見れないものを見ましたから、おもしろかったですよ」
エリーゼは、光景を思い出して笑った。
「めったに見れないもの、とは?」
「ラルフ様の寝顔です! なかなかの可愛らしさでした!」
「……」
「ラルフ様、帰り道を変えたら、また違う花が見れますよ! 行きましょう」
エリーゼがラルフの手を取り、ぐんぐんと歩く。
ラルフは、いつの間にか笑顔になっていた。
馬車の停車場に戻ってきた。
アーレンベルク侯爵の家紋入りの馬車の他にも、数両停まっていた。
あまり、人に出会わなかったが、来客者は、他にもいるようだ。
「街に戻って、お茶でも飲もうか」
「いいですね」
そんな話をしていると、「アーレンベルク様」と呼ぶ男性が立っていた。
ラルフ様に、何か耳打ちをすると険しい顔になった。
「エリーゼ、悪いが馬車に乗って待っていてもらえるか?」
男性は、騎士団服姿だったので、急用伝令を持ってきたのかとエリーゼは予想した。
「はい」
「悪い、すぐ戻る」
すると、ラルフ様は男性と共に一瞬で姿を消した。
あぁ、そうか、魔法だと思う。
転移魔法も使えるとは、ラルフ様のチートぶりに驚きしかない。
エリーゼは、アーレンベルク家の馬車に向かって歩いて行く途中、地面に植物の苗が転がっているのが見えた。
「すみません! つまづいて落としてしまって……、すぐ、拾います」
エリーゼより少し年上な印象の女性が、平らなかごに転がった苗を戻していた。エリーゼは、足元の苗を手に取り、女性に渡す。
「ありがとうございます」
女性が受け取り、礼を言う。
よく見ると、かごは二つあった。
「沢山ありますね、積み込み手伝いましょうか?」
「助かります! あちらの馬車まで」
女性の導きで、端の方に離れて停めてある馬車までかごを運んだ。
「申し訳ありませんが、馬車の中までお願いしても?」
「分かりました」
エリーゼは、馬車に乗り込み、奥の足元にかごを置いた。
そして、振り返って降りようとしたら、目の前が歪んで見えた。
「あれ?」
声に出ていたか分からない位、体が何故か思い通りに動かなくなっていった。「怖い」と思ったところで意識がなくなり、崩れ落ちた。
十数分後、戻ってきたラルフは、馭者からエリーゼが馬車に戻らなかったことを知って探し回ったが、彼女を見つけることができなかった。
ラルフのテンション、フリーフォール降下。
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