異世界カルチャーショック
『王都の郊外にある自然公園に行かないか』
毎日届くラルフ様からの手紙で、誘われた。
お母様には、もう了解をとったらしい。そういう仕事は、恐ろしく早い。
ラルフ様がお母様にどんな手を使ってねじ伏せたのか、気になったが、怖いので訊かないでおこうと思う。
『是非、行ってみたいです』と、エリーゼは返事した。
この世界の自然の風景、見たいに決まっている。
公園へ行く日は、ラルフ様の仕事が休みになる日に合わせて、五日後に決まった。
「ケリーは、自然公園に行ったことはあるの?」
「はい、子供のころに。大人になってからは、ないですが」
ケリーは、成人してすぐから、シュピーゲル家に侍女兼家政婦として身を粉にして働いてきた。忙しい日々を過ごしてきたため、遠出をする機会がなかったらしい。18歳から働いて、今23歳だ。
エリーゼの記憶は、未だに全く戻ってきていないので、教えてもらった情報しか分からないが、逆算してみると、エリーゼが10歳のときにケリーがシュピーゲル家にやってきたとわかる。
ブラック企業の様相を呈するシュピーゲル家で、ケリーは五年間も勤めてくれている稀有な存在だ。
「見どころとか、おすすめの場所って、ある?」
「そうですね……、山を利用して作られた公園なので、展望台から王都を見下ろす景色は楽しかった記憶があります。子供のころ、学校行事でスケッチへ行ったことがありますが、その時は絵を描くのに必死で、見て回る余裕はありませんでした」
学校の遠足で自然公園って、前世でもあるあるなイベントだよねぇ。
私も、動物園に行ってスケッチしたなぁ。
「山の中にあるなら、沢山歩くのを想定して、服と靴を決めなきゃ」
「そうですねぇ、当日の服を選んでおきましょうか」
コッ、コッ。
エリーゼの部屋の窓をつっつく白い鳩が三羽。複数羽が、同時に飛んできたのは、初めてだ。
「ラルフ様、一体、どうなさったのかしら」
エリーゼは呟きながら、窓を開けた。
鳩たちが、ちょんちょんと小さくジャンプしながら、順に部屋に入ってくる。一列に並んで行進しているようで可愛い姿に和む。
そして、しばらくすると、鳩たちは、遥かに質量が大きい三つの箱に変化した。
ピンクのリボンで丁寧にラッピングされた箱を開けると、水色のワンピースとレース編みのショール、ヒールの低い編み上げのショートブーツ、水色の帽子が入っていた。
「なにこれ……、衣装一式?」
「これは、自然公園に行く衣装でしょうね。とっても、素敵ですね」
ケリーが、明るい声で言った。素敵? そうなの? と、違和感を感じる。
一拍おいた結論、私はケリーのように喜べない自分がいるという事だった。
「エリーゼ様、着ていくものは決定ですね。デート楽しみですね」
「……」
えっ、当然のように言うケリーに戦慄してしまう。
堪えられなくて、ケリーに訊いた。
「どうしてもこれ、着ていかなければいけない?」
「え!? 着ないんですか?」
「自分で着るものくらい、自分で決めたいもの」
この世界の女性なら、このような気の遣われ方は、喜ばれるものなのだろう。
しかし、前世で自立していた私は、ちょっとドン引きしていた。
異世界小説で、ヒロインのドレスを用意するのはあることだと知っていたが、両想いとか用意できない環境とか特殊なケースだと捉えていた。
エリーゼの偏見かもしれないが、身の回りのものを揃えるという気遣いは、『オカン』がすること。
そこに、色気を感じる要素は、皆無だ。
要するに、異世界カルチャーショックに襲われてしまったのだ。
「この世の殿方は、独占欲を示すために『自分の色』を贈るのですよ」
うっとりした顔で言わないで! ケリー!!
ネタで知ってるけど、読んで楽しむのと、自分が体験するのは違う!
免疫なくて、アナフィラキシーショックを起こしそう!!!
パニックは、エリーゼの理性の壁を破壊し、タガが外れたように叫び出す。
「重っ、ひたすらに重くて引くってば! 成人男性が付き合ってもない未成年の娘にやることではないでしょー!」
「エリーゼ様?」
「実際、好きとか言われたことないし、訳わからない謎手紙しか交わしてないし!!」
「エリーゼ様ってば」
「もしかして、揶揄うつもりで送りつけた? だったら、なおさら着たくない~~~~!!!」
「ちょっと黙って。エリーゼ様」
「やだ、やだ、やだ、やだ!!!!、無理、無理、無理ぃ~~~~!!!!!」
「エリーゼ様!! どう、どう、どう」
ケリーは、馬を宥めるように、エリーゼを宥めた。
「ケリー、やだよう」
「分かりましたから、ちょっと落ち着きましょう」
深呼吸する様に言われて、エリーゼは言われた通りにする。
ケリーと一緒のタイミングでスーハ―すると、ちょっと落ち着いた。
「うぅ、取り乱して、すみません」
「まぁ、知らない世界に来て、辛いことが多いのは分かりますが、落ち着いてください。そのような態度では、何の解決にもなりません。冷静に考えましょう」
「はい」
エリーゼが、明らかに嫌悪の反応をしていたのを、ケリーは半眼で見て、ため息を吐いた。
「苦言を呈すようですけど、この世界で生きていくには、貴族の振る舞い方を学んでいただかないといけません。淑女は、例え意にそわない男性の心遣いであっても、あしらうに程度受け入れる、懐の深さを持たなければいけません。すべて、言いなりになれとは申しませんが、もう少し歩み寄ってはいかがですか? ラルフ様は、保護魔法まで施してくださる、親切な御方なのですから」
うぅ、正論でぐうの音も出ない。
「ラルフ様のこと、嫌いじゃないですよね? 栞、一生懸命作って送っているくらいですからね。エリーゼ様は、もっと自分のことを素直に出してもいいと思います」
嫌いじゃないけど、好きでもないのが正直なところだ。
だって、ラルフ様、時々すっごく怖くなるし。
32年生きてきて、男性に世話を焼かれる場面など一切なかったのだから、当然の反応だ。ラルフ様は良い人だとは思うが、まだ信用しているわけではない。現時点で、ラルフ様のことはほとんど知らないし。
前世で、異性に裏切られた経験があるから、簡単に他人に心を許してはいけないと、私の心に刻まれている。
こんな気持ちでデートに臨もうとしている私は、何と残念な子なのだろう。
異世界で、身内以外でドレスを贈る対象はどこから問題。
ケリー → ただの知り合いからオッケー
エリーゼ → 恋人か入手手段のない人限定
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