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クラウディアの受難

新年、明けましておめでとうございます。お久しぶりです!

かなり間が空いてしまい申し訳ありません。

読んでいただけると幸いです。



 エリーゼとラルフは、クルトの工房に転移してきた。

 そして、工房の入り口に、騎士団の隊員が数人立っているのを見つけた。

 彼らは知らせを寄越した魔法騎士団員だと、ラルフが教えてくれた。


「状況確認してくるから、待ってて」と、エリーゼに言ってから、ラルフが彼らの方に歩いて行く。エリーゼはそれに従わず、反射的にラルフについて行って、騎士団の報告の輪に加わった。ラルフが一瞬、微妙に嫌そうな顔をしたが、エリーゼは気づかない振りした。


 部下の前で口論するわけにもいかず、ラルフは凍り付くような威圧を放ちながら口を開いた。


「犯人の追跡はどうなっている?」


 感情を一切見せないひりひりとした緊張感が、その場に居る全員に伝わる。


「――――追跡、出来て……いません。一歩遅く……」


 隊員の返事にラルフは殺気を放つ。

 隊員全員が、叱責されると構え、居住まいを正し俯いた。


「どうして、クラウディア様は連れ去られてしまったの?」


 エリーゼは居てもたってもいられず、名乗ることも忘れて騎士に訊いていた。


「副長、そちらの方は――――」


 隊員の一人の問いに、ピキリとその場の空気がひび割れた気がした。

 おそるおそるラルフを見上げると、目が合う。エリーゼが首をかしげてさらに見上げると、ラルフはゆっくりと目を逸らした。そして、部下たちに向き直った。その動きが、ギギギと油の切れたネジを回した時の様にぎこちなかった。


「彼女は、シュピーゲル男爵令嬢、私の婚約者だ。ここの領主の妹で、今回の事件の関係者と言ってもいい。身元は私が保証するから、質問に答えてやってくれないか?」


 エリーゼの思いを察して、ラルフは部下に頭を下げてくれた。

 その姿に胸がきゅんとして、笑顔で彼を見つめてしまう。



「見つめ合って……なんか、ご馳走様です」

「婚約者て……、本当に実在したんだ……」

「うわ……婚約者ちゃん、めっちゃかわ――――」

 規律厳しいはずの騎士団員たちは、口々に心の声を駄々洩れにしたが、「質問に答えろ」と、ラルフが冷静に彼らの追及を阻んだ。


 しかし、口調は厳しいままだが、彼の耳が、赤くなっていたのにエリーゼは見逃さなかった。


「「「!!! はい、喜んでっ」」」


 エリーゼを紹介すると、途端に軟化したラルフの態度に、隊員たちは嬉しそうにテンションを上げて返事した。前世の居酒屋での定型文句でハモった返事が、ツボにはまってしまい、エリーゼは笑いを堪えた。


(部下に婚約者を紹介して照れるラルフ様、可愛い! デレる彼は、本当に尊い!!)


 おばちゃん目線全開で、年下の(・・・)婚約者に萌えてしまった。若い男子が集まってわちゃわちゃしているのは、やはり微笑ましいものだ。


(前世と現世合わせると48歳だから、目の前にいる20代半ばの成人男性はみんな若くて可愛い子達なんだもの。年の差20歳以上だから。仕方ないよね!!)


 若い魔法騎士団員たちの気さくなやり取りに、エリーゼのささくれた心は少し癒された。


 グダグダになりかけていたラルフの部下たちは、切り替えが速く、スンっとすぐに落ち着くと、状況説明をし始めた。


「クルトの娘によると、クラウディア嬢が彼女の見舞いに来ていた時、クルトを訪ねてやってきた者たちが馬車に乗せて立ち去ったということです」


「どうして、そんなことに……」


「結論から言うと、犯人はクラウディア嬢を領主の妹だと勘違いしたからです」

「!!!」


(領主の妹、つまり、私と間違われて誘拐されてしまったと!!!)


 ショックでよろけた体を、ラルフが支えてくれた。


「エリ、しっかりしろ。気を抜くのは、彼女を助けてからだ」

「そ、……そうね!」


 エリーゼはギュッと歯を噛みしめて、飛びそうになる意識を引き戻した。


「ですが、犯人の本命はクルトに剣を納品させることで、彼女に剣の引き渡し現場を目撃されてしまい、シュピーゲル男爵や我々騎士団を牽制するために誘拐したと思われます」


「……」


 言葉を無くすエリーゼの肩を抱き、ラルフは口を開く。


「エリ、この頃王国内では、武器を大量発注し納品させて、金を払わず、行方をくらませてしまう詐欺が多発していてな。恐らく、クルトはそいつらに騙されたと考えられる」


 国内の主要な武器製造産地には、注意を促していたらしいが、すでに武器製造産業が衰退してしまっていたシュピーゲル領は、残念ながら注意対象から外れてしまっていたと、説明を受けた。

 エリーゼがラルフに包丁を贈ったことがきっかけで、シュピーゲル領にも調査が入り、今も稼働している元武器工房があると判名した。そのことから、クルトの工房も警戒対象にした矢先、今回の事件が発生してしまったというわけだ。


 魔法騎士団の捜査の穴を上手くかいくぐり、詐欺師は、クルトに剣の大量製造依頼をした。もちろん、エリーゼはその依頼があったことも、何日も徹夜して、クルトが剣を製造していたことも知らなかった。王都へ行く準備に追われ、包丁の製造が予定通り上がっていたので、工房運営をクルトに任せっきりにしていた。その隙を、狙われてしまったというわけだ。

 ただただ、詐欺師の行動の素早さに戦慄した。


 そのとき、エリーゼの足元にひれ伏すように、クルトが這いつくばった。


「エリーゼさまっ、……すまねぇっ!! どうしたらいいのか…………、ほんとうに……申し訳ないっ!!!」


 彼から汗と鉄の香りがした。ベタリと地につけ震える両手は、鉄を鍛え続けて真っ黒だった。つい先ほどまで作業していたと分かる、謝罪を繰り返す彼は、ひと目でわかる位くたびれていた。


「クルト……」


 変わり果てていても、見間違えることない、エリーゼが良く知る鍛冶職人だった。


 クルトが懺悔するかのように、事の顛末を放し始めた。

 クラウディアがまさに誘拐されていた時、こともあろうかクルトは疲れて工房の床で眠り込んでしまっていたらしい。

 短い納期を守るため、働きづめで体力は限界だったと同情はするが、事件発生時、起きて止めてくれていたらと、思わずにはいられない。


「まさか、騙されているとは思わねぇで。イルメラの病気に効く薬を、融通してくれるっていうから……」

「!! そういえば、イルメラちゃんは? どこ?」


 エリーゼの誰に問うともない呟きに、ラルフは部下に説明を促す視線を向けた。


「シュピーゲル男爵夫人が、シュピーゲル家で保護してくれています。イルメラさんは、熱だして蕁麻疹を出しながら、領主宅へ知らせに走って行ったと。彼女のおかげで、クラウディア嬢の誘拐をいち早く知ることが出来ました」


「そうでしたか。イルメラちゃんが、無事で、良かった……」


 イルメラの行動を想像して胸が痛んだが、リタに任せておけば安心だと、エリーゼは少し安堵した。

 詐欺に遭った内容を突き詰めて、解決に導かねばと思い立つ。

 エリーゼは、未だ、土下座したままのクルトに訊ねた。


「剣を作って納めたって……、材料代はどうしたの?」


 包丁を依頼する前のクルトは、鍛冶職人で食べていけないので、農作業を手伝ったりして何とか食いつないでいると聞いていたのに、どこからそんな大金を工面したのか、真っ先に疑問に思った。


「エリーゼ様に貰った試作金で……、イルメラをどうしても治してやりたかったから……」

「……」


 やっぱりなと、予想通りの答えに唇を噛んだ。

 多めに渡した試作準備金は、一つは試作にかかる費用に充ててもらうことと。二つ目は、クルトとイルメラの当面の生活支援の意味もあった。それを詐欺師の注文につぎ込んでしまったとは、エリーゼはショックで言葉を失った。良かれと思い大金を渡したのは、間違いだった。自らの見通しの甘さを痛感した。


 前世の記憶があるエリーゼは、イルメラの病気の原因が分かっていた。

 彼女の病気は薬を飲むより、環境を整えて生活する方が効果があるのだ。

 多分、イルメラは鉄粉やほこりを吸い込んでアレルギー反応を起こして、体調不良になっているのだと考えられる。


 前世で言う、ハウスダストアレルギーというものだ。


 王都に近い町で鍛冶職人の仕事をしていた時、大気の環境が悪くて症状が悪化してしまったのだ。その証拠に、空気の良いシュピーゲル領に帰って来たら、病状が激的に改善したといっていたから、間違いないだろう。


 そして、今回のイルメラの体調悪化は、忙しい仕事の合間に鉄粉まみれの格好で、クルトがイルメラの世話をしたから引き起こされた症状だと、エリーゼは確信を持っていた。


 医者じゃないから、いい加減なことを言えなくて、クルト達にアレルギーのことを話さなかったが、この知識を伝えていれば、今回の様に騙されなかったかもしれないと悔しく思った。


「クルト、言いたいことは沢山あるけれど後にするわ。剣を納品した奴らのことを詳しく教えて。私の大事な友達を救い出したいの」

「は、はいっ」


 クルトに見せてもらった契約書の名前は、詐欺師たちが使っている架空の名前の一つだった。そのことから、ラルフ達が追っている詐欺師たちの仕業だと確信した。


「逃げ足の速い奴らだ。魔法で消えたかのように、足取りを掴ませてくれない」


 ラルフが悪態を吐く。

 彼らは、剣の仕様をわざわざ用意して、全く同じ剣を作らせている。そのせいで、詐欺師たちが注文した剣を見つけても、産地特定できないのだとこぼす。多くは隣国に流れていることは掴んでいるのだが、詐欺目的で依頼されたもので、ヴァルデック王国産だと明確に断定できないという。

 エリーゼも八方塞がりな状況に、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。



 その時、エリーゼの耳にか細い声が届いた。

 幻聴かと思ったが「みたよー、しってるよー」と聞こえて現実に聞こえていると確信した。


 見回すと、工房の際に生える小さなポーチュラカが囁いていた。

 エリーゼはしゃがみこみ、ポーチュラカに意識を向けた。


『何を見て、知っているの?』

『あのねー、ここにとまった、にもつつんだばしゃ、あっちのほうへいったー』


 ポーチュラカが指さすように、花を右に向けた。


『そうなのね! 女の人はその馬車に乗っていったの?』

『そう、そうー。むりやりおしこまれてたー』

『…………』


 押し込まれていたというポーチュラカの言い方に、クラウディアを手荒な目に遭わせてしまった現実が、エリーゼの胸にのしかかった。


「エリ、どうした?」

「ポーチュラカが、教えてくれています。馬車は、クラウディア様を乗せてあちらのほうへ行ったと」

「ポーチュラカ?」

「はい、この子たちです」


 エリーゼがそっと触れると、ポーチュラカが嬉しい嬉しいと言って揺れた。

 妖精の愛し子であるラルフも、意識を集中してポーチュラカの言葉を受け取ったようだった。


「よし、行こうか。エリ、道の花たちに訊きながら、先を急ごう」

「はい!」


 いきなりスピリチュアルなやり取りをし始めた二人を見て、騎士団の部下たちは言われるがまま後を追う。


 思いがけない場面で、妖精の愛し子の能力が役に立つ。

 妖精王と助けてくれる自然に感謝しながら、エリーゼは歩き出した。



=======================


 


 時は少し遡り、シュピーゲル領内。

 ここは魔女が診察する診療所、クラウディアは待ちに待った瞬間を迎えていた。


 シュピーゲル男爵夫人のリタの診察の付き添いを装い、体に刻まれた魔法薬の解呪に通い続けて、早二週間経っていた。


「うん、いいわ。解呪完了ね」

「!」


 事も無げに魔女に告げられ、クラウディアは息をのんだ。

 色々な魔術を身体に施されたせいか、頭がぼーっとして働かない。


 クラウディアより若く見える少女のような小柄な魔女が、自信満々に言ったので、解呪成功は間違いないらしいとようやく頭が働き始める。

 クラウディアの後ろで、椅子に座って控えていたリタが、ズゴッっと大きな音を鳴らし立ち上がって声を上げた。


「――――魔女様……、それってディアの治療が終わったってことですか?」


 一度も欠かさず付いてきてくれているエリーゼの義姉、リタが的確に訊いてくれた。


「そうよー。きれいさっぱり消し終わったわ!! もう、大丈夫」

「……」


「ディア……」

「……ぅうっ……」


 クラウディアの黒い瞳に、涙が自然と溢れてきた。

 いつも襲われていた肌を焼くような落涙の痛みが、嘘みたいに感じなかった。


 体に溜まった澱の様な感覚が、日に日に薄れていく実感はあったけれど、全て綺麗に消えてしまうなんて、今の今まで実現すると思っていなかった。

 ルーカスが探してきた、王都中の治癒魔法師に匙を投げ続けられ、諦めるしかないと思っていたのだから、信じられなくて当たり前だ。


「わ……私の体、……毒、もう……ない?」


 泣いているから喉が引きつれたけど、クラウディアは必死に言葉を紡ぐ。


「ないわ。元の健康体に戻ったわよ!ついでに孕みやすい様に、体を整えておいたわ! しっかり励むといいわよ!!」


 いい仕事したわーって、魔女が自画自賛して豪快に笑い飛ばした。


「赤ちゃん、産めるの? 私」

「あぁ、好きなだけ産みな! また、私が診てやるよ」


 魔女のダメ押しの様な返事に、ようやく解呪成功したと思えるようになってきた。


「――――ありがとう……ござい……ますっ……」



「ディア、良かったわね」


 リタの臨月を迎えた膨れた腹を見ても、もう傷つかない。

 クラウディアは、自分が望み続けた姿をしているリタを、初めてまともに見ることが出来た。


「リタ様、ありがとう……」


 つられて涙目になったリタが、謝意に応える様にクラウディアの背中を優しくさすった。





 リタが診察を受けている間、クラウディアは待ち合わせ室で彼女が戻ってくるのを待つ。診療所といっても、妊婦の患者ばかりで、診察待ちしているのは女性だけしかいない。魔女の産婆の腕は良いと有名らしく、知る人ぞ知る助産院だ。


 その院内に、突然、男性が独りで入ってきた。

 珍しいなと思い、まじまじと見てしまう。

 真っ直ぐな黒髪を後ろで一つに束ね、異国を想わせる衣装を身に着けている。


 その男性は、迷いなく空いている席にドカリと座った。

 他の女性患者の身内かと一瞬考えたが、そういうそぶりを一切見せず、ただ目をつぶってそこに居続けていた。


(入院中の方の、ご主人なのかしら……)


 出産後、何日かここに泊まって経過観察中の人がいるのを、クラウディアは知っていた。妻の無事を祈る一途な夫なのだと結論づけ、クラウディアは詮索することを止めた。


「おまたせー。ディア、帰りましょうか」


 診察を終えたリタが、待合室に戻ってきた。


「帰れるんですか?」

「うん、近づいているけど、まだみたい。とりあえず家で静かに過ごしてって」

「そうですか」


 リタのお腹に宿る子は、予定日を数日過ぎているが、まだ出たがらないらしい。リタも心配で、ここ数日、毎日魔女の診察を受けに来ているが、今日もまだ生まれる兆候なしと診察され、早々に戻ってきたようだった。


 リタの不安をよそに、お腹の中の赤ちゃんは健やかに育っているらしく、後は陣痛が自然に起こるのを待つのみだが、そこから足踏みの時間が長くなっている。


「リタ様、今日はどの道を通って帰りますか?」


 出産すると、散歩も気軽にできなくなると言って、帰り道は色々変えて歩くことを楽しむようになっていた。


「久しぶりに、イルメラちゃんの様子を見に行こうかしら」

「イルメラちゃん?」


 初めて聞く名前に、クラウディアは首を傾げた。


「ヴァローズに卸してる、包丁を作っている鍛冶職人のクルトの娘さんよ。男手一つで育てられているから、時々様子を見に寄っていたんだけれど。もうすぐ出産かもと思ったら、自然と足が遠のいてしまっていたわ。今ふと思い出したら、顔を見たくなっちゃった」


「そうなんですね。では、お供します」

「ありがとう。こっちよ」


 リタが、大きなお腹を揺らしながら歩き出す。

 クラウディアも遅れることなく、隣に並んで歩いて行った。



 そして、目的地であるイルメラの家に着き、声をかけたが返事がなかった。

 何度も呼びかけたが、やはり静かなままで、家の中で人が動く気配がなかった。


「おかしいわね、クルトも出てこないなんて……。何かあったのかしら」


 リタの表情が分かりやすく曇る。

 イルメラは、身体が弱く、寝込んでしまうこともあるらしく、起きてこれない可能性があるという。それを聞くと、クラウディアもこのまま帰る気にはなれなかった。


 家に隣接している工房の入り口は鍵がかかっており、物音も聞こえてこないので、仕事中というわけでもなさそうだった。

 再び住居の扉のある方へ戻り、扉のノブを動かしてみると動き、扉が開いた。


「こんにちは! リタだけど! クルトさん、いる!?」


 室内に向かって、リタが大声を上げて呼びかけたが、やはり、返事はなかった。


「入るわよ! お邪魔しまーーーす!」


 勝手知ったる他人の家の如く、リタは迷いなく家の中へ歩いて行った。

 クラウディアもおそるおそる、リタの後ろについて入って行った。

 そして、二階に上がっていき、イルメラの部屋らしいドアをノックし、おもむろに開けた。


「リタよ――――、イルメラちゃん、具合はどう?」


「ゴホッ、ゴホッ……」


 ベッドの中にイルメラは寝ていた。

 顔を赤らめ、苦しそうに止まらない咳をこぼしていた。


「イルメラちゃん、リタよ。ちょっとしんどそうね」


 リタが声をかけると、イルメラの目がうっすらと開いた。


「リタさま?」

「そうよ、リタよ。お友達のディアと来たの」

「ん……、ごふっ、ごほっ」


「ちょっと空気がこもっているわね。少しの間、窓開けるわね」

「……うん」


 リタが窓を開けると、新鮮な空気が部屋に流れ込んでくる。

 淀んでいた空気が押し出されて、息がしやすくなった様な気分になった。


「クルトはどこに行ったの? 家にはいない様だけど」

「ゴホッ、――――多分、工房……」


「工房にも声をかけたけど、返事なかったのよ。作業の音もしてないし」

「忙しいって……、ごふっ、言ってたから……、魔道具で音……、ンンっ、消しているのかも」

「そうか、消音魔道具を使っているのね」


 クルトは仕事中で、手が離せない状態みたいだと言うことは分かった。

 しかし、体調の悪いイルメラを放置していい理由にはならない。

 リタが静かに腹を立てているのを、クラウディアは肌で感じた。


「イルメラ、ご飯たべた? 何か用意してこようか?」

「おみず……、のどかわいた……」

「わかったわ。他は? 何か食べれそう?」

「お腹、ごほっ……、ちょっと、すいた……」

「適当にある材料使ってもいい?」

「うん」


「すぐ戻って来るね。待ってて」


 リタがイルメラの頭をポンポンしてから、こちらを振り返った。


「ディア、私は下の台所で食べるものを用意してくるから、その間イルメラの傍に居てもらってもいい?」


「分かりました。人手が必要なら、声をかけてください。聞こえるように、部屋のドアは開けたままで行って下さい」

「えぇ、そうするわ」


 リタが階下へ降りる音を聞きながら、イルメラに声をかける。


「イルメラさん、寝ていましょうか」

「おねえさん」


「ディア……、私はクラウディアというの。ディアって呼んでね」

「……、ごふっ、ディアさま。ありがとう……」

「どういたしまして」


 それからクラウディアとイルメラの自己紹介合戦が始まり、お互いの質問に答えながら過ごしていると、階下で声がした。


「ディア、手伝って!」


 クラウディアはイルメラに「ちょっと行ってくるわね」と言って、部屋を出た。階段を下りていくと、ダイニングテーブルがある所にリタが立っていた。


「ろくな食材がなくて。水と果物しかないけど、とりあえず持って行ってくれる?」


 テーブルの上に、大きめのトレーにグラスの水、ピッチャー、皮をむいた果物がのった皿とフォークがきちんと並んでいた。

 トレーを持ち上げると、ズシリと腕に重さを感じた。


「重いから、気を付けて」

「大丈夫です。先に、持って行きますね」


 クラウディアは、階段を一段づつ上っていく。その後をリタも付いてきて、イルメラの部屋のドアを、閉まらないように押さえてくれた。


「イルメラ、おまたせ」


 リタはグラスに水を入れ、上半身を起こしてベッドのヘッドボードにもたれたイルメラに手渡した。


 イルメラはグラスの水を見て、急に欲求が全開になったのか、口をつけると一気に水を飲みほした。


「あぁ、美味しい……」


 イルメラが思わず呟く。弱々しかった目に少し光が戻ったように見えた。


「リンゴがあったから、むいてきたの。たべれそう?」

「うん、食べる」


「じゃ、これ。ゆっくりと噛んで食べるのよ」


 リタのアドバイスを受け取って頷いてから、イルメラはフォークで刺したりんごを噛んだ。シャクシャクとリンゴの咀嚼音が、静かな部屋に響く。

 余程お腹が空いていたのか、イルメラはリタの剥いたリンゴを完食した。


 イルメラによると、クルトは仕事の納期があるため、昨日から家に帰って来ていないらしい。彼女も調子が悪く寝込んでいて、リタとクラウディアが来たタイミングで、目を覚ましたらしい。


 この家に来てから、結構な時間が経っているのに、イルメラの父親であるクルトがやってこない。いくら忙しいと言っても、放置しすぎだろうと思えてしまう。本当にリタの思いつきとはいえ、見に来て良かったとクラウディアは思った。


「イルメラ、クルト……お父さんの仕事が終わって落ち着くまで、私の家にいらっしゃい。今から帰って、馬車を寄越すから、着替えだけ用意して待っててくれる?」

「……」


 戸惑うイルメラに「少しの間だけよ。きちんと体を休めなきゃ」と、リタが言い聞かせると、「――――はい……」と、彼女は長考の末、承諾した。


 それからリタの行動は早かった。


「ディア。悪いけど、イルメラの着替えの用意を、手伝ってあげてくれる?」

「え、えぇ……、リタ様、私が馬車を呼びに行ってきましょうか?」


 身重のリタに急ぎの手配をさせるのは、気が引ける。

 しかし、リタはクラウディアの提案に首を横に振った。


「私が行って指示した方が早いわ。それにいい運動になるし!」


 魔女から、妊娠後期の運動を薦められているのは知っていた。シュピーゲル領主の妻で女主人であるリタの立場も考えて、ここは彼女に従うべきだと、クラウディアは思い至った。


「分かりました。準備して、待ってますね」

「待っててね」

「急がなくていいですから、こけないようにゆっくり歩いてくださいね!」

「うぁ……、ディア、私のお母さんみたい……」


「冗談ではないですよ! 心配なんです」

「ディア、ありがとうね」


 透き通った瞳で礼を告げられると、その愛くるしさに全てを許してしまう自分がいる。


 エリーゼといい、リタといい、二人の純粋さに、クラウディアはいつも圧倒されてしまうのだ。


「行ってきます。イルメラは、ディアに甘えて荷物を用意してもらって。そして、迎えが来るまで寝てなさい」

「はぁい……」


 ベッドに横たわるイルメラは、甘えた声でリタに返事した。


「いってらっしゃい。足元に気を付けてくださいね」

「はいはーーい! じゃ、また後でね」


 リタがゆっくりと部屋を出て行き、扉が閉まると二人きりになる。


「着替えの場所を教えてもらっても?」

「あっちのチェストに――――」


 イルメラの説明に耳を傾けながら、クラウディアは荷造りを順調に終えた。

 イルメラにコートを着せ、馬車を二人で待った。


 少し時間が経って、階下がにわかに騒がしくなった。

 馬車が横付けされているのを見つけ、クラウディアは迎えが来たと悟る。


「馬車きたわ。イルメラさん、行こう」

「うん」


 クラウディアが支えながら、二人で部屋を出た。

 入口扉を開けて出ると、工房の前に荷馬車が停まっていた。

 そして、数人の男が頑丈なつくりの木箱を積み込んでいる。

 どうやら、迎えの馬車ではなく、イルメラの父の仕事の馬車が来た音だったみたいだ。あの中の誰がイルメラの父か分からないが、皆黙々と仕事に没頭しているようだった。声をかけづらい雰囲気に、クラウディアは後ずさる。


「イルメラさん、お迎えまだだったみたい。家の中に戻って、椅子に座って待ってようか」

「ゴホッ、ゴホッ。ま、まだ……だったの?」

「そうみたい。納品する荷馬車だったみたい」

「う、ゴフッ、ゴホッ」


 一旦外に出てきたが、せき込む彼女を立たせて待つことは出来なかった。

 咳が続けて出て苦しそうなイルメラを、何とか誘導し椅子に座らせた。


「ここで、何をしている?」


 クラウディアたちの背後から、不意に声をかけられた。

 冷えた物言いに、イルメラの父ではないと直感して、クラウディアはゾッとした恐怖に包まれた。


 ゆっくりとクラウディアが振り返ると、やはり友好的とは言えない鋭い視線を向ける男が、こちらを見ていた。


「ゴホッ、ゴホッ……、ゴッ……ゲフッ……」


 イルメラの止まらない咳を耳にし、不審に思い確認しにきたのか、男が声をかけてきた真意が分からない。ただ、心配して駆け寄ってきた雰囲気は皆無だった。だから、答えるより先にクラウディアはイルメラを護るように、自分の背中側に隠した。


「お前、貴族か? どうしてここにいる?」

「……」


 身なりだけで貴族だと決めつける男は、柄の悪さがにじみ出ていた。

 正確には、元伯爵令嬢で平民だけれど、正直に答えてやる気にはなれなかった。正直に答えるのは得策でないと、クラウディアは沈黙した。

 身なりは兄のお陰で、貴族時代と同程度のものに近いので、間違えられたのは仕方がないと思う。


 病人のイルメラを連れて、この男から逃れるのは不可能だと思い至った。


「……貴族だったらどうだっていうのよ」

「ここにいる貴族の女……って、お前、領主の妹か?」

「!?」


(領主の妹……、エリーゼのことよね!?)


「そうだとしたら?」


 イルメラだけでも逃さねばと、男の誤解に乗っかって返事をした。

 エリーゼの容姿を知っていれば、間違えることないと誤解をわざと肯定して見せた。


「美しい少女だと聞いていたが……、想像以上だな」

「!」


 男の反応見て、瞬時に、エリーゼを装うことに成功したと悟る。

 領主の妹という目立つ存在の私を、即殺そうとはしないはずだと思う。


 最終判断は、クラウディアだけ捕まって、イルメラをここにとどまらせる。そして、独りで隙を見て逃げるのが、最善だと導き出した。


 クラウディアは腹を決めた。

 今、イルメラを護れるのは自分しかいないと、男の注意を自分に向けた。


「まぁ! 想像以上だなんて。初対面の殿方に言われて驚きましたけど、ありがとうございます。私は仕事の合間に来ただけですけど、何か御用でしょうか?」


 ただ偶然立ち寄っていただけなのに、何の文句があるのかと、不快感を露わにして言い返した。恐怖を押し込め、無表情を貫き通す。このような破落戸に侮られてはいけないと、必死にツンとした顔で睨む。


 次の瞬間、クラウディアの首の辺りに強い衝撃が走ったと思えば、視界がぐにゃりと歪んで見えた。


 男の下品な笑い声と、イルメラの喘鳴しながら叫ぶ声が、酷く遠くに聞こえた。



 そして、クラウディアはそのまま意識を奪い取られてしまった。













 

展開に行き詰まり、思いの外時間が経ってしまいました。

亀更新にはなりますが、次回もよろしくお願いします!!


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