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荷台で二人

いつも亀更新でお待たせして申し訳ございません。

よろしくお願いいたします。

 突然姿を現したラルフは、驚くエリーゼ達を一通り見まわした後話し始めた。

 前触れもなく始まった修羅場の再来かと、エリーゼは息を呑んだ。


「先日、そこの使用人に指摘された婚約者の面会の条件を考慮して、出直してきた。他に断る理由は、ないよな?」


「「「……」」」


 沈黙は、異論がない証だ。

 ラルフは基本真面目な性格なのは知っているが、わざわざ伺いを立ててくるとか律儀か! とツッコミたくなったが飲み込んだ。


「エリ、一緒に帰ろう」

「え、えぇ……」

「何か不都合でも?」

「いえ、不都合というか……その……」


(いやいやいやいやいや……、何でここに居るの? 魔法騎士団の仕事はどうしたの? あぁっ、疑問だらけでどこからツッコもうか困るんですけどーーーー!!!)


「ラルフ様、任務は? 忙しいはずですよね!?」

「調整済みだ。問題ない」

「殿下に許可もらってきましたか?」

「当然だ、心配ない」

「……」


 疑わしい。だけど、確認しようがない。

 そうか! 休暇もらえたんだね、良かったねと、素直に言えない。

 あの骨の髄まで搾り取る勢いでこき使う殿下が、快く行ってきていいって言うわけないから!


「身一つで来られたのですか?」


 ルートが会話に入ってきた。


 今日のラルフの服装は白シャツに黒のジャケットとトラウザーズで、プライベートモードなのは分かった。仕事の合間に抜けてきたのではないと判断できる。

 しかし、これから数日間かけてシュピーゲル領へ向かうのに、手ぶらだった。違和感を感じて当然だと、エリーゼも思った。


「旅に必要なものは、持ち合わせている」


 ラルフはめんどくさそうに答えた。


「どこに!?」


 エリーゼは堪らず詳細を求めた。


「魔法で作った異空間に、荷物を収納している」

「!」


 ラルフはベルトに通したウェストポーチを指した。

 ぺったんこのそれに、荷物が入っているという。


(ドラ○もんの四次元ぽ○っとみたい……、同じようにどや顔で説明してくれるとこも似ていて、妙な既視感……ちょっと笑える)


「急に長期出張になってもいいように、普段から持ち歩いている」

「すごい。そんなことまでできるんですね」


 相変わらずのチートな魔法能力に舌を巻く。


「私のことは、護衛として扱ってもらって構わない。何でもいってくれ」


 ラルフの視線はエリーゼに固定で、ルートを眼中に入れずに言う。

 清々しいほど、はっきりした態度だ。


「あいにく客車の用意はありません。荷馬車の一画に乗っていただくことになりますが、よろしいですか?」


 二人の世界を切り裂くように、ルートが間に入ってくる。

 ルートの質問も、エリーゼとの会話に変換させてしまうラルフの徹底した態度に、ルートは少しいらつているのか、声に棘がある。


「問題ない」

「さっさと乗って下さい。手助けは……要りませんよね?」


「大丈夫だ。さぁ、エリ、乗ろう」


 荷台に飛び乗ったラルフが、エリーゼに手を差し出した。


「え……、えぇ」


 流れる様な自然な所作に否も言えず、ラルフの手を取り荷台に乗る。


 その時、ルーカスが声をかけてきた。


「ラルフ様! 私もクラウディアを迎えに行く予定で、馬車で同行するので、こちらにいらっしゃいませんか?」


 侯爵令息を荷台に案内するのは、問題があると気をまわしてくれたのだろう。


「エリは、どうする?」


 ラルフは即答せず、エリーゼに訊いた。 

 ラルフの中に別々に乗るという選択肢はないらしい。


「あぁ……、私は魔道具の様子が心配なので、荷馬車に乗ります」


 もし目を離したすきに、高額魔道具に何かあったら嫌だから、乗り心地は二の次にする。


「なら、私も荷馬車に乗ろう。ルーカス、そういうことだから。これ以上こちらに構わず、自分の準備だけしてろ」

「はい……」


(う……うわー、切り捨て容赦なし!!)


 ルーカスが残念そうに背中を向けて立ち去るのを見送った。

 ラルフ信奉者の彼は、ラルフに同乗してほしかっただろうな、ドンマイ。



「ラルフ様、このような場所ですみません」


 エリーゼは急に申し訳なくなって、ラルフに謝った。

 ルーカスに指摘されるまで気が付かなかったが、上位貴族が荷馬車の荷物と共に乗るなど失礼なことであったと反省する。


「一緒に居れるなら、場所はどこでもいい」

「!」


 耳のすぐ近くで言われて、エリーゼの顔が熱くなる。


 ルートの電光石火の手配で増量されたクッションを敷き詰めて、魔道具の片隅に隣同士で腰を下ろした。


「意外と快適だな」

「ふふ、そうでしょ? ひざ掛けもありますよー」

「……いや、今はいらない」



「準備出来ましたか? 出発しますよ」


 魔道具の向こうの御者台から、ルートが声をかけてきた。


「いいわよ、出してちょうだい!」


 エリーゼが返事すると、鞭の音がした後ジワリと荷馬車がゆっくりと動き始めた。


 エリーゼとラルフは、荷馬車の後方部分に座っており、後ろにはルーカスが乗っている馬車がついてきているのが見えた。御者はエリーゼの顔見知りだったため、目が合うと手を振ってくれた。

 それに応え手を振り返そうとした時、視界が何かに遮られた。


「何?」


 スモークガラスが張られた様に外の世界が見えなくなってしまった。


「荷台に結界を張った。消音と認識阻害を付与したから、誰にもこちらの様子を知られることはない」


「何で、そんなこと?」

「そんなこと? 聞かれたくないからに決まっているが?」


 閉ざされた空間の温度が、急激に下がる。


「早速だが、エリ。使用人やヴァローズ従業員、ルーカスまで。愛称呼びをすべての者に許すとは、ちょっとやり過ぎだ」


「え?」


「その上、なんであの男だらけの所にわざわざ行った?」

「男だらけって、そんなことないもん!」

「あの夜、傍で話していたのはエリーゼ以外全員男だったけど?」

「……」


 お説教がいきなり始まった。


(あの夜、ヴァローズの閉店後の帰る時いたのは、私、ルート、ルーカス、ディルクの四人。あわわ、本当に全員男だった!!!)


 相違ないラルフの指摘に、血の気が引く。

 少しでも身の潔白を証明しようと、エリーゼは必死に頭を働かせる。


「早く事業を軌道に乗せることしか考えてなかったから……。確かにあの時は男の人しかいなかったけど、ヴァローズの店内には女性の販売員さんもいたし! やましい気持ちは微塵もなかったし、商品を売り切ることしか頭になかったし!!」


「そうか、エリは周りが見えてなかったか……」

「……」


 その通りなので、黙るしかなかった。


「うん、その辺の有象無象は君の眼中にないだろうと思っていたよ? でも、エリはそうでも、周りの見る目は違って見えたから心配したよ」

「心配?」

「ルートっていう使用人、どう見ても彼、エリに色目使って近づいていたから」


「はあぁ!? ないないない!!!」

「――――間髪入れずに断言するね」


「ないよ! ルートは世話焼き体質なだけだよ! アロイス兄様たちにも同じようにしてるし。なんなら、リタお義姉様はお腹に赤ちゃん居るから、私よりもっと過保護にされてるよ?」


 ルートは生粋のオカン属性なのだ。

 自分の懐に入れた人間への心遣いは、やりすぎなくらい重い。

 それはほとんど反射のような行動で、そこに恋愛感情は皆無だと説明した。


「そうなんだ」

「そうよ! ルートは見返りを一切求めない、無償の愛で接してくれているの」

「愛で接するって、誤解しそう」

「間違えないで!『無償の愛』よ? 母の愛とか家族愛とかいう類の愛よ!?」

「家族か……、先を越された気分になる」


 ラルフはひねくれて、言葉尻を曲解してくる。

 真っ直ぐ伝わらなくて、ちょっとイライラする。


「もう! もう! 違う! ルートは、そうね。この世界のお母さんって感じよ!」

「お母さん」

「そう! 強引なくらい、勝手に愛情注いで甘やかしてくれる身近な人。前世のお母さんはそういう人だったから! 実際、ルートは執事だけど、侍従や料理人の仕事を全部こなせちゃう家事大好き人間で! 私が太刀打ちできない程すごい家事のプロなの。頼りたくなくっても、勝手に先読みしてやってくれちゃう困った人なのよー。正直、ちょっと気を回され過ぎると怖いと引いちゃうこともある。放っておいて欲しいって、思っちゃう」


 酷いディスり様だが、結界があるから躊躇わず言い切る。

 疑い深いラルフは、さらに確認してくる。


「恋人ではないと?」

「! ない! 絶対!! 私が好きなのはラルフ様だけだし!」

「……」

「黙らないでよ! 恥ずかしいじゃん!!」


 文句を続けようとラルフの方を向くと、かすめ取るようなキスをされた。

 キスされたと自覚したら、カッと頬が熱くなった。


「フフッ、エリだ。エリがエリのままで嬉しい」


 ようやく、ラルフが柔らかな表情で笑った。

 あっけに取られていると、顎を取られ今度はゆっくりとキスされた。

 触れるだけの優しいそれは、本当に気持ちよくて恥ずかしい。


 あの夜から、ひどく心配させていたのだと、思い知った。いてもたってもいられずにやってきて、このように問いただされるなんて考えもしなかった。


 自分が恋愛相手に一番されたくないのは、浮気だ。今回気持ちが伴っていなかったとはいえ、自分の方が浮気をほのめかす態度を取っていた。ラルフに言われるまで、自覚がなかったことがショックだった。


「ラルフ様、ごめんなさい。私、軽率だったね」


「いや、私の方こそ、変な勘繰りをして、嫉妬してすまなかった……」

「ううん、全然いやじゃないよ。むしろ嬉しいというか……」

「「……」」


「誤解が解けてよかったです」

「あぁ、これから堂々と婚約者面できる」


 ほわぁと和んだ空気が流れる。

 その時、隣のラルフを見て、何かいつもと違う距離感に気づいた。


(いつも見上げている目線が、座っているから近いんだ!)


 新鮮な位置に居る、隣のラルフをじっと見る。


 ふぅーと顔を俯け息を吐き、彼の立膝の上に顔を置いたまま、クルリとエリーゼの方を覗き見てくる。

 そして、「エリが傍に居る」といって微笑んだ。



 その時、エリーゼの脳内萌えスイッチが連打された。


(ふぉおおっ!! 尊いっ! 成人男子の体育座りっ!!! 行儀よく膝を抱えてぇぇ……、潤んだ目でみ―なーいーでーぇぇぇ……。可愛いかよ!!!)


 卒業してから何年も経って着た、彼氏の制服姿を見た様な感覚。

 つまり、学生っぽいことを大人がすると、妙にエロく見えてしまう、あの! ご都合主義フィルターが発動してっ!! あああああぁっ、かわいいっと脳内でたっぷり悶えた。


 前世の萌えポイントに激しく心揺さぶられて困る。


「ちょっ……、デレ甘すぎ……」

「え?」

「ンんっ、何でもありません」


 心の声漏れてた! あぶなーい。




 ザザァ……ッ




 その時、目の前の結界が音を立てて消えた。

 難攻不落の完璧魔法が破られたのかと思っていたら、「緊急報告か」とラルフが囁いた。どうやら自ら結界を解除したらしい。


 すると、一羽の鳥がふわりと飛んできて、ラルフの目の前でホバリング飛行してから、彼の手の上に着地した。

 すぐに鳥は手紙に変化し、ラルフは手早く封を開け中を確かめた。


 彼の表情が曇っていくのを、エリーゼは息をつめて見守っていた。


「エリ、君の領地に先乗りした部下からなんだが……」

領地(うち)で何かあったの?」

「クラウディア嬢が攫われた。まだ、行方不明らしい」

「!?」


「エリ、私はこれから領地に飛ぶが、来るか?」

「うん、行く。連れて行って!!」


 ラルフは頷いてから、御者台に座るルートの隣に転移した。


「ひぃ!?」

「これから私はエリと二人で先に領地に向かう。荷台に結界を張っておくから、独りで帰ってくれ」

「え!? 何――――」


 ルートが問いかけようとした時、すでにラルフは消えていた。


 次の瞬間、ラルフはルーカスのいる客車内に現れた。


「うわっ、びっ……くりしたー。どうされましたか?」

「ルーカス、落ち着いて聞け。クラウディア嬢が行方不明になったと、たった今知らせが来た」

「えっ!!」

「私とエリは今すぐ現場に飛ぶ」

「じゃ、私も」


 ルーカスが連れて行って欲しいという言葉を、ラルフは遮った。


「お前は、このまま馬車でシュピーゲル領を目指してほしい」

「どうして!? 連れて行ってくれないんですか? 」

「お前は、クラウディア嬢に追跡魔道具を持たせているだろう?」

「はい、私の魔力を込めたピアスを着けています」

「それをたどって、クラウディア嬢を見つけて欲しい。彼女を連れ去った犯人がこちらの方向に来ているなら、この街道を使うだろうから、すれ違う馬車をくまなく捜索してほしい。手分けして早期解決しよう」


「わかりました」


 クラウディアをよろしくとルーカスが言う前に、ラルフは姿を消した。

 そしてラルフは、エリーゼが待つ荷台に戻った。


「エリ、お待たせ」

「はい」

「手を」


 ラルフに手を重ねると、身体がふわっと浮いた感覚に襲われた。

 歪んだ視界が、まともになると知らない森の中に居た。


「二回ほど中継するから、手、離さないで」


 言われて、ラルフの手を握る力を強めた。










 

手紙鳥乱入によりイチャイチャタイム強制終了で、心の中で舌打ちしたラルフ。


最後までお読みいただきありがとうございます!

次回も、よろしくお願いいたします!

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