出張任務完了! そして、領地へ……
途中、===印で区切った所、ルーカス視点の部分あります。
頑張って、お読みください!
転移魔法を発動させて、ラルフは姿を消した。
張り詰めていた空気が途端に軽くなり、一同は息を吐いた。
ラルフは魔法騎士の制服姿であったから、仕事の合間にやってきて帰ったのだろうとエリーゼは思う。
彼はワーカーホリック気味で、家に帰らず魔法騎士団に常駐している。そして、すき間時間を見つけては転移魔法を使い、エリーゼの仕事場である王太子宮まで会いに来てくれていた。
それにしても、久々に会った彼は、始終禍々しかったと形容すべきか、ツン全開のラルフは怖い。
(忘れてたわ……、彼、冷徹侯爵令息って二つ名で呼ばれてたっけ……)
先程の彼は冷徹侯爵令息だったなぁと、しみじみエリーゼは思う。デレのターンがない彼は、この頃見たことなかったから、精神的にくらったダメージが大きい。
「ショック! リズさん婚約者いたんだ……、でも魔法騎士様なんてすげー」
「「「……」」」
ディルクの呑気な声に、他の三人は苦笑いした。
あのラルフを「すげー」というライトな一言で片づける彼は、懐の器が大きいと思えてくる。
「人がぱっと消えるの、初めて見――――」
「ディルク」
テンション高めで話すディルクを、ルーカスがすぐさま遮った。
「今見たことは、他言無用だ。ていうか、すべて忘れろ。分かったな?」
有無を言わせない感じの厳しい声で、ルーカスはディルクに釘刺した。
ラルフ程ではないが、ルーカスの静かな威圧もそこそこすごい。
鋭い視線で射抜かれて、ディルクがピキリッと全身を強張らせた。
「ディルク、聞こえたか?」
命令を聞き届けた反応がないので、ルーカスが念押しした。
「ひぃっ……、はひぃっ……、わ、わわわわわ、忘れますっ!!!」
涙目のディルクの返事に、ルーカスはたっぷり時間をかけて睨み続け「……それでいい」と冷ややかに言った。
(大人のルーカス様のツン、ちょっとカッコイイ)
傍観する立場だと、こういうやり取りは見ていて面白いと、エリーゼは不謹慎に楽しんでいた。
「ディルク、ご苦労だった」
「い、いえっ」
「今後の活躍を期待しているよ?」
お前の行動をいつでも見ているぞ、余計な真似はするなよと言う意味を含ませ、ルーカスはディルクに殺気を放つ。
「ひいぃぃっ……、っひゃぃっ……! しし……、しつれーしまっすっ!!!」
ディルクは上ずった声で挨拶をし、脱兎のごとく走り去った。すぐに姿が見えなくなった。他人事とは言え、殺気を一身に受けたディルクを、エリーゼは気の毒に思いながら見送った。
ほっとしたら、不意に体が欲求を訴えてきた。下腹がぎゅうっと痛くなり、エリーゼは急にトイレに行きたくなる。
先程迄の氷点下を感じる修羅場の連続に、身体は正直に反応したらしい。
差し迫った感覚に、宿まで我慢する選択肢はない。
「ルート、ごめん。ちょっと待っててくれる?」
「? はい、かしこまりました」
エリーゼが出口入ってすぐあるトイレへ視線を向けただけで、幸いにもルートは察してくれた。「どうぞごゆっくり」と言われたのを、照れながら受け止め、エリーゼはトイレへ急いだ。
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エリーゼが居なくなって二人きりになった所で、ルートが話し始める。
「ルーカス様、ディルク、本当に顔見知りでしたか?」
「あぁ、顔だけは見たことがあるという程度だが」
「それは……、少し心もとないですね。アレ、言うこと聞きますか?」
「アレの主は、話が分かる人だし大丈夫だ。君に文句いわれないように、よろしく言っておくよ」
「配慮、いたみいります」
「下手に居ながら、随分と横柄に聞こえる。なぜだろうな?」
ルーカスが気をつけろよと、静かにルートを窘める。
先程のラルフに対するルートの態度の悪さは、流石にツッコまずにはいられない。
「リズが一番大事です。だから、なりふり構っていられない」
一ミリも反省せず、正義を貫いたまでだと言い切る態度は危うい。
上位貴族に楯突くと後が恐ろしいと知っているルーカスは、平民には解らない恐怖を感じていた。
先程からのルートの態度は、上位貴族の婚約者に懸想しているそれに違いなかった。
「……あの子はラルフ様の婚約者だよ。使用人の肩入れし過ぎは良くない」
ルートの気持ちもわかるが、相手が悪すぎるとやんわりと釘を刺す。
表情を変えることなく、ルートは鋭い視線を向けてきた。
「どうでもいいけど、上手くやりなよ」
ルーカスの言葉を、聞くつもりがない態度に不毛さを感じ、呆れた声を出して一方的に忠告するのを終わらせた。
「俺は、アロイス様に彼女を護る様、任されていますので……」
「――――そう、はいはい、そういうことにしておいてあげるよ。しかし、君も難儀な性格だねぇ……」
ルートは完全に引き返せない程、エリーゼに入れ込んでいる。
ならば、当人同士でやり合って諦めてもらうしかない。
勝てないだろうけどと、ラルフ信者であるルーカスは苦笑した。
「その台詞、そっくりそのままお返しします」
「……本当に、いい性格してるよ。きみ……」
二人の間に妙な連帯感が生まれたところで、「おまたせ! ルート、帰りましょうか」と、エリーゼが戻ってきた。
「はい、エリーゼ様」
ルートは、エリーゼの使用人扱いを止めて、主にかしずく執事に戻り微笑んだ。一番近くに居るのは自分だと悦に入っている彼を、ルーカスは半眼になり見やる。
超鈍感なエリーゼ(ディアが言っていた!)だから、ばれてないだけだ。
思いっきり分かりやすいぞ! ラルフ様が警戒心露わにしたのは当然の結果だ。
「ルーカス様! お先に失礼します。明日もよろしくお願いします!」
「えぇ……、また明日」
エリーゼ達が滞在中の宿屋に帰って行くのを、ルーカスはその場で見送った。並んで歩いて遠ざかっていく行く彼女らを見て、ボソッと呟く。
「ルートさん、諦めわるいなぁー。脈なし確定なのに……」
残念そうな顔をして、ルーカスは愚痴るようになおも続ける。
「でも、一度自覚した恋心は、簡単には消えないよなー……」と、ひとりごちた。
それからルーカスは気持ちを切り替え、「ディア、今頃なにしてるかなー」と、最愛のクラウディアに思いを馳せた。
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宿に戻ってきたエリーゼとルートは隣り合う部屋の入り口の前で、また明日と挨拶を交わす。
「しっかり休んでくださいね。エリーゼ様」
「うん、おやすみなさい。ルート」
エリーゼは帰り道で買ったビーガン食をルートから受け取り、ドアを開け自分の部屋に入る。数歩進んだとき、隣部屋のドアの音がしなかったことに気づいた。そして、ルートが歩き去る音が離れて行くのに気づいた。
(そういえば、ルーカス様に食事に誘われた時、ルートは予定があるって言っていたわね。王都の知り合いにでも、会うのかしら……)
気になったエリーゼは、部屋の窓から外を見下ろした。この部屋は宿屋の入り口と同じ向きに面していて、出入りする人が良く見えた。
しばらく様子を見ていると、出て行くルートを見つけた。
髪などの変装はすでに解かれていたが、服装は変わっていないので、夜の闇に溶け込みやすい黒髪の短髪でも、エリーゼは彼を見逃さなかった。
ルートと待ち合わせていたと思われる男たちが、彼に近づいて声をかける。ルートは後ろ姿で顔は見えないが、待ち合わせの男二人の顔はよく見えた。あっさりと一言、二言交わした後、彼らは夜の街に消えて行った。
「私には夜に出歩くなと注意しておいて、ルート自身は出かけるのね」
恨みがましい言葉が、ついでてしまう。
男三人で連れだってどこへ行くのかと、思考を巡らせたが、不健全なことしか思いつかず、エリーゼは軽い自己嫌悪に陥った。
(ルートに、お気に入りの誰かが居たとしても、どうでもいいことよね……)
シュピーゲル領に居る時も、ルートは度々夜に外出していた。
いわゆる成人男性が通う店に、彼が行き慣れていることは、以前から察していた。
前世の男性も、恋人がいるにも関わらず、近しい距離で接客する女性がいる店へ行く。仕事の接待などの付き合いでしかたなくとか、友達に誘われてとか行く理由は様々であったが。
そして、積極的に店に通う理由は、100%特定の女性がいるせいなのも知っている。
前世の元カレ曰く、『プロの女は別腹』らしい。
女性を、ものを食べるように例えたのに、嫌悪感を抱いたのを思い出す。
それを聞いた私が傷ついたなんて、微塵も考えない最低男。
純粋に楽しむために行くのだと、カッコつけて自身を正当化していたクズだった。
「どこの世界にも、貞操観念が緩い人はいるのよね」
そのクズに捨てられたくなくて、大人ぶり理解あるふりをしていた前世の自分は、正直彼以上に醜悪だったと思う。そこまで尽くしていたのに、結局捨てられて、何処かへ行ってしまいたいとショックを受けてギリギリ生きていた時、事故に遭って私はこの異世界に飛ばされてきた。
嫌な記憶の蓋が、不意に開いて、エリーゼは「あぁもう!!」と、悪態をつく。
「気にしては負けね! 美味しいもの食べて、さっさと寝よう!」
買っておいた食事を広げ、食べ始める。
ルートがいつ調べたのか分からない店の食事は、とても美味しかった。
相変わらず、彼の仕事ぶりは文句のつけようがない。
ルートのプライベートには、立ち入ってはいけない。
仕事以外で何をしようが、彼らは自由だと自分に言い聞かせた。
すっかり気分が悪くなってしまった体を、気持ちよい湯で洗い流してベッドに横になる。
幸い、立ちっぱなしだった身体はかなり疲れており、眠りは直ぐにやってきて、エリーゼは意識を手放した。
その後、ヴァローズの出張販売はトラブルもなく迎えた最終日、エリーゼとルートは撤収作業に追われていた。
「リズ、お疲れ様! 初回完売、おめでとう!! 大成功だね」
ヴァローズとのコラボ商品であるトンカツとコロッケは、用意していた商品全てを売り切ることが出来た。大成功と言える結果に自然とテンションが上がる。
「ルーカス様! ありがとうございます! 包丁もこんなに売れたのはルーカス様のおかげですわ!!」
「それなー。王宮料理人御用達の宣伝文句は、インパクト抜群だったな」
エリーゼが王宮の厨房が包丁をまとめ買いしてくれたと報告すると、ルーカスが王都の貴族の屋敷の厨房で働く料理人たちに売り込み営業してくれて、その結果、納品した全ての包丁は完売した。
「引き続き、よろしく頼むよ?」
「もちろんです」
「ルートさんもお疲れ様!」
「……はい」
ルートは短い返事をしただけで、撤収作業に戻る。
「リズ、彼どうしたの? 機嫌悪い??」
「どうでしょうか、仕事に支障ないのでどうでもいいですけど」
「……エリーゼ、君、怒ってる?」
「いいえ!! ちっとも!」
「――――怒っているんだね……」
ずっとモヤモヤしている感情を押し込め、仕事に打ち込んでいたが、ルーカスの指摘に容易く負の感情があふれ出した。
ルートは仕事終わりに何処かへ出かけて行った。
連れだって行く姿を見た時から、毎日だ。
気になって、どこに行っているのか訊いてみたが、「エリーゼ様に関係ありません」と切り捨てられた。
それからというもの、ルートは途端によそよそしくなってしまった。
「打ち解けてきたと思っていたのは、私だけだったのよ」
「……そんなことないと思うよ。君とルートさんは息ぴったりだし、充分いい関係を築けていると思うよ」
「そうかしら……。はぁ、これから彼と領地まで帰ると思うと気が重いわ」
荷馬車の荷台と御者台とで離れているが、二人きりなのですごく気まずい。
「ディアを迎えに行くから、一緒に帰ろうか? 私がいると少しはましじゃないかな」
「本当に!? ぜひ! 一緒して!!」
「分かった。仕事を片付けてくるから、あとで合流するから待っていてね」
「うん」
そんなやり取りをして、不安なく帰ることが出来ると安堵したエリーゼであったが、それは短い平和となった。
「どうして!? なんで???」
エリーゼはもちろん、ルートもルーカスも皆混乱していた。
しかし、領地まで帰るこれからの時間が、修羅場と化すると全員が確信した。
突然姿を現したラルフが、笑顔を添えてエリーゼに言った。
「仕事でシュピーゲル領の近くへ行くことになった。だから、この機会にエリのご家族に挨拶しようと思ってね。一緒に帰ろうか!」
婚約者として、日の高い適正な時間に会いに来たラルフを、追い返すことは誰もできなかった。
ラルフ出現警報発令! 次回、お楽しみに。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。




