最悪な再会
100話目迎えました!
いつも亀更新にお付き合いくださり、感謝申し上げます。
ルーカスは、予想通り事務室に居たらしく、ルートと共にエリーゼ達の待つ販売ブースに来てくれた。
「リズ、ご苦労様」
「お疲れ様です、ルーカス様。突然お呼びして申し訳ありませんでした」
「いや、いいよ。ルートさんからざっくり事情は聞いたが……」
ルーカスは、販売カウンターの傍で待っていた青年に目を向けた。
「君は……、確か、ベルゲン商店の――――」
「はい、ディルクと言います。いつも、魚の配達に来てます」
「そうだったね、いつもありがとう。私はヴァローズのバイヤーをしているルーカス・イーゼンブルクだ。ベルゲン商店の担当は、確かヘルゲがしていたよな?」
ルーカスの静かな威圧感を感じた青年改めディルクは、途端にオドオドし始めた。
「……すみません、俺はただの配達員で、詳しいことは知らなくて……」
「何だ、店の主から持ってきた話ではないのか?」
「う……はぃ……」
ルーカスとディルクのやり取りを聞いて、エリーゼは愕然とした。
ルートを見ると、黙って聞いていろと睨まれた。
ディルクが上司に無断で、特攻営業に来ていたとは、エリーゼは露ほども思わなかった。ディルクの「ヴァローズの取引先」という言葉を鵜呑みにして、商機がやってきたと先走って、話を進めた自分が恥ずかしい。ルートの自重しろと言う言葉の重みを、今更ながらに感じる。自分の仕事の交渉スキルの程度の低さに、未熟な自分を思い知る。
「ディルク、君の魚を売りたい気持ちは分かる。しかし、ヴァローズとしてはベルゲン商店の店主があずかり知らぬ取引は、絶対にすることが出来ない。それは、解るな?」
「……」
雲行はどう考えてもあやしい。安易に考えた自分は甘かった。
断られて終わりだと思っていたその時、ルーカスがエリーゼに訊いてきた。
「リズ、魚をトンカツの皮で包むことは出来るのか?」
「……はい、出来ないことないですが……いくつか条件を整える必要があります」
「具体的に教えてもらっても?」
「まず、魚は豚肉や野菜と比べて、早く傷みます。高品質な商品を作るためには、獲れたての魚を加工して、凍らせないといけません。そして、主に流通している保存の利く塩漬けの魚は、この加工には向きません。だから、魚の場合シュピーゲル領へ運んで加工することは不可能と言えます。それらのことから、魚が水揚げされる港の近くに加工場を作る必要があります」
「シュピーゲル家に作ったような作業場を、別に作る必要があるという事か……」
「その通りです」
口では簡単に言えるが、実現させるのには膨大な資金が必要だ。
今のシュピーゲル家に、作業場を新たに作る力はない。
ルーカスも突然話を持ってこられても反応に困るだろう。いつになく厳しい顔をしている。
エリーゼは説明しながら申し訳なさに心がいっぱいになった。
「リズ」
「はい」
「その……魚で作るソレは、美味いのか?」
「それはもう……、青魚や白身魚、塩漬けしてないならサーモンも合います」
エリーゼの脳裏に揚げたてのじゅわっとした魚フライ達が浮かんでは消える。
(前世で食べたアジフライやイワシフライは、大好物だったもの! サーモンフライは、タルタルソースを添えるとたまらないし!!)
この異世界にどんな種類の魚がいるのか分からないので、具体的な品種を言うのは避ける。シュピーゲル領で見たのは、塩漬けのサーモンだったから、サーモンはこの世界にあると知っている。アジやイワシが獲れるのなら、個人的に作って食べてみたいと思う。
(あ……、そういや私の身体では、もう食べられないんだった……)
普段、不都合を感じることは無くなったが、前世の食べ物に触れるたび動物性食品を多く食べていたのだと実感してしまう。そして、食べられないと思うとやはり、寂しく思う。
「リズがそう言うなら、すっごく美味いのだろうな」
「はい、叶うのなら、是非沢山の人に食べていただきたいと思います」
でも、しょせんは机上の空論。実現するには、いくつもの困難を乗り越える必要がある。
諦観し始めたエリーゼに、ルーカスは言う。
「ベルゲン商店の店主とヘルゲには、私が話してみよう。二人がやる気になったら――――。リズ、ベルゲン商店に出張して商品開発してくれるか?」
エリーゼは、まさかのルーカスの申し出に瞠目した。
ルートを見ると、彼も小さく頷いて見守ってくれている。
「領主に訊いてからですが、私はやってみたいです!」
一人じゃないと心強くて、未来に進む力になる。
エリーゼの言葉を、ルーカスもルートもしっかり受け止めてくれる。
「まぁ、リズの言う事なら、アロイス様は許してくれるだろう」
「そうかも」
ルーカスの軽口を、エリーゼも同じようなテンションで返す。
何だかんだ言うが、兄は妹に弱い。
「ディルク、そういうことで良いか?」
「はい! それはもう!」
完全傍観者に追いやられていたディルクに、ルーカスが念を押した。
「ディルク、今日ここで話したことは、決して誰にも話してはいけないよ。店主の立場を敬うことが出来ないと、商会での君の立場は無くなると肝に銘じておくように。二度目は、ないよ」
言われたディルクが、シャンと背筋を伸ばした。
ルーカスの冷ややかな牽制に、ディルクは何度も首を縦に振って応えていた。確かに、今回の様に思い付きで得意先に交渉しに来るのは、本当に止めておいた方が良い。
エリーゼも同じく肝に命じた。
話をしている間に、フロアに人気はすっかりなくなっていた。
エリーゼ達も閉店作業を済ませ、今日の営業を無事に終えた。
「そういやみんな、夕飯これからだよな?」
ルーカスの問いに、他の三人はまだだと肯定する。
ディルクは、空腹を思い出したのか、ぐうぅと喉を鳴らした。彼は、本当に心も体も素直過ぎるなと思う。
「おすすめの美味い店に、行かないか? みんなで」
ルーカスの提案に、一同フリーズした。
「え? ダメ??」
色よい返事をもらえなかったルーカスは、困惑気味に一人一人の顔を見回した。
「ルーカス様、せっかくのお誘いですが、辞退させてください」と、エリーゼが。
(ビーガン食希望とメンドクサイことは言えないよ~)
「私は、今日これから予定がありまして……」と、ルートが。
「……家で家族を待たせているので……」と、とどめでディルクもいけないらしい。
(気を遣って誘ったのに、部下にことごとく断られた残念上司みたいにさせてごめんなさい。ルーカス様……)
エリーゼは心の中で謝る。申し訳ない空気が漂い、何とも気まずい。
「いきなり言い出したことだから、気にしないで。仕事の話はまた後日に」
ルーカスがお茶を濁すように言った後、「帰ろうか」と肩を落とした。
その提案には満場一致で同意して、リズとルートは帰り支度を済ませた。待ってくれていたディルクとルーカスと共に、揃ってヴァローズの従業員専用出口へ向かった。
出口がを出てすぐに、ディルクが別れの挨拶をしてくる。
「ルーカス様、ルートさん、リズさん、これからもよろしくです!」
ディルクは人懐っこい笑顔を添えて、ガバリと勢いよく頭を下げた。この短時間で、彼は私たち一団にすっかり溶け込んでしまったように思う。朗らかに笑う彼には、先程特攻営業をやらかした気まずさは微塵もない。天然で世渡り上手な彼が、羨ましい。
「まだどうなるか全くわからないけれど、ヴァローズは売れる商品なら、全力を尽くす店だ。これからもよろしく頼むよ、ディルク」
「はい!」
「取引で、また会えるといいわね」
「絶対、会いに行から! リズ、待ってて!!」
ディルクが向ける真っ直ぐな言葉に、エリーゼは自然と微笑んで頷いた。
「熱意があるのは良いが、ディルクはもう少し丁寧な言葉遣いを覚えた方がいい。今のままじゃ、ナメられるぞ」
「は……はいっ!! 気を付ける……ます……」
ルートに至っては、すっかり世話焼きモードになって、ディルクと話している。本当に人の懐に入るのが上手い青年だ。いつの間にか場を和ませてしまう力を持っている。
カッカッカッ――――。
その時、話し込んでいたエリーゼ達に近づく靴音が聞こえてきた。
すぐ近くで止まって音がしなくなったので、エリーゼは何となくそちらへ目を遣った。
少し距離を置いた先に、こちらを見ている男性が立っていた。
エリーゼは瞠目して、彼に見入った。
「どうして……?」
思わず呟いてポカンとしたエリーゼを見て、彼は「ふ」とかすかに笑った。
「久しぶり、エリ」
エリーゼを『エリ』と呼ぶのは、この異世界にたった一人だけ。
二度見したエリーゼに「サプライズ成功だな」と、彼は満足そうに言う。
「ラルフ様、お久しぶりです」
エリーゼがようやく状況を飲み込んで微笑むと、ゆっくりとラルフが彼女の傍へと近づいてきた。
「お待ちください」
ラルフに平坦な声を放った後、ルートがエリーゼの前に立ちはだかった。
大きなルートの背中に阻まれ、ラルフの姿がエリーゼの視界から消えた。
「ルート!?」
「どちら様でしょうか?」
「ちょっ……ルート! 何、言ってんのよ!?」
侯爵令息に対するルートの失礼な態度に、エリーゼは抗議の声を上げた。
「初めて見る顔だな。私は、彼女の婚約者だ。貴様は誰だ」
(ひいぃっっ、怒ってるわっ。怖ぁっ……)
エリーゼはラルフの声に、慄いてしまう。
ルートは自分の背後にエリーゼを隠したまま、引く様子はなかった。
「シュピーゲル家の執事を任されております、ゲルト・ホフマンと申します。お見知りおきを」
「ただの使用人であるお前が、一体何をしている。婚約者同士の再会を邪魔するなど、してはいけないことではないのか?」
エリーゼは、突然始まった修羅場に対応できない。
領地に送り出される前は、デレる姿ばかり見せていたラルフだったのに、どうしてこんな攻撃的な言葉遣いをするのか、訳が分からなかった。
凍てつくような不快感を表す声を久々に聞いて、身体が震えた。喧嘩を売る様な態度のルートに止めろと言いたいが、喉から声が出てこなかった。
エリーゼの動揺を、ルートはさらに違う方向へとって、ラルフに向ける。
「あなたを見ただけで、恐怖に震える女性を守るのは当然のこと。私はシュピーゲル領主より、この方を護るように命じられています」
「何を言っている。ただ、会いに来ただけだ」
「婚約者とはいえ、未婚の女性の所へ訪問する時間として、今は相応しくありません。どうぞ、日を改めて常識的な時間に出直してください」
「はぁ!?」と、やっと声が出た。
「ルート、ちょっと! ラルフ様がせっかく来て下さったのに失礼よ!!」
上位貴族に対する礼儀を知らないわけでもないのにと、エリーゼはルートを窘めるが、「あなたは、黙ってて」と切り捨てられた。
「失礼なのは、どう見ても先様ですが。リズ、解っていない様なので説明します。いいですか? こんな夜更けに婚約者と言えども、男性と二人で会うなどもっての外です。出かけた先で、貴族の方々の衆目の的になって、『王都で羽目を外した田舎娘』と蔑まされるのはあなたのほうですよ。もっと、ご自分の立場と言うものをお考え下さい。あなたの悪い噂は、領主様をも同時に貶めることになるのですよ」
「そんな……」
ぐうの音も出ないルートの論破に、エリーゼは言葉を失う。
「ルートさん、流石に言い過ぎかと思いますが……」
ルーカスが、助け舟を出すように擁護の声を挟んできた。
ルーカスはラルフ信奉者の一人だ、ラルフへ敵対するような態度をとるルートに、黙っていられなかったのだろう。
「噂になってからでは遅いのです。私は婚約者様と会うなとは申しておりません。適正な条件でお会い下さいとお願いしているのです。何か、間違っていますか?」
「うう……」
完全に言い負かされたルーカスは唸るしかない。
ルートは強硬な態度を崩さなかった。
どうしてこんなことになったのか、エリーゼは戸惑うことしかできなかった。
その殺伐とした空気の中、ラルフが口を開く。
「そうだな。確かに、その使用人の言い分は解る。貴様の主が不利な立場になる原因になるのは、私とて本意ではない。この場は私が引くことにする。出直して、また来る」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
ルートは有り難くなさそうな声で、ラルフに礼を言った。
そして、ルートがやっと体をずらし、エリーゼがラルフの姿が見えるようになった。
「せっかく来ていただいたのに、すみませんでした」
彼等のやり取りの後では、こういうしかなかった。
刺々しいやり取りに戦慄した心臓が、まだ痛い。
「いや、私も考えなしだった。時間を作って、また来る」
エリーゼのぎこちない態度に、ラルフも思うところがあったのか素直に謝った。
「はい、お待ちしております」
せめてもの気持ちを込めて、ラルフに伝える。
「うん、またな」
「えぇ……」
「失礼する」と言って、ラルフは一瞬で消えた。
やっと出てきたラルフ、一瞬で退場。その態度の裏には、複雑な男心隠れています。
最後までお読みいただきありがとうございます。
次回も、よろしくお願いいたします!




