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異世界転生令嬢

よろしくお願いします!

 私は32歳の地味顔、小さな機械金属加工メーカーで事務員をしている、特筆できるものがない平凡な女性だった。毎日がテンプレートのような変化のない生活を送っていた。


 そんな私に突然降りかかったのは、人生の不幸がまとめて襲ってきたかのような悲しい出来事だった。それは、仕事を終えたあと、週に一度の華道教室の帰り、歩道に突っ込んできた車に轢かれて、私は死んだ。


 はずだった――のに。



 知らないベッドの上で、目が覚めた。白い天井でてっきり病院に運ばれたんだと思ったが、すぐに違うと気づいた。異国を連想させる部屋のつくり、窓もドアも家具も、目につく全ての物が、今まで生活してきたものとは違うと感じた。


「これは……」


 起きだして、部屋に置いてあった姿見の鏡の前で、さらに驚愕した。私の髪は金色で、瞳は紫色、綺麗な形をしたピンク色の唇に、透き通るように白い肌をしていた。くたびれた顔で、伸びっぱなしの黒髪を一つに束ねていた自分とは、真逆の愛らしさを持った10代の若々しい少女の姿で私は立っていた。


 ペタペタ頬を触って、確認する。

 中身は、32歳のお姉さんと呼ばれたいおばさんなのに、お姉さんじゃなくて、お嬢ちゃんになっちゃったの?

 あー、昔に戻りたいわぁと、良く愚痴る様に言っていたけど、神様、私の願いを聞き届けてくれちゃった? 



 コンコン。


「ひゃいっっ!!」


「エリーゼお嬢様、おはようございます」

「……」

「――――お嬢様?」


「はっ、はいっ。どうぞ」


 エ、エリーゼだとう? べー○-ベンの曲名にある名前。


「? ベートー○ン? 何ですか? それ」


 私、口に出していたのね。やっばっ。


 私のことを『エリーゼお嬢様』と呼ぶ女性は不思議そうに訊いてくる。

 私の世界では、超有名な作曲家を知らないとは、ここは異世界確定だなと理解した。


 私は、エリーゼに転生したのだ。

 だったら、エリーゼの記憶カモン! 昨日、眠るまでの記憶よ、よみがえれ!


「……」


 ――よみがえらんかった……。


「ねぇ……」


「はい?」


 多分、エリーゼの家の使用人である彼女は、エリーゼの着替えを持ってこちらへ向かってきている。フリルがたっぷりつけられたドレスを、私が着るのかと思うと戦慄が走る。


「あなたの名前を、教えてください」


 彼女は、驚いた顔をして、手にしていた服をパサリと落とした。

 この話し方、まずかったかしら。明らかに女性はドン引きしている。


「おおおっ……」

「お?」

「奥様ぁぁぁぁっっ!!!」


 あぁ、すごい勢いで去って行ったわ……。



「エリーゼ?」

「はい」


 使用人の女性が連れてきた30代後半くらいの女性は、不安な顔を隠さず、私の名を呼んだ。『奥様』と呼ばれて来た人なのだから、私の母親なのだろう。


「お母様?」


 当たりをつけて呼ぶと、ぶわわっと奥様から涙が溢れた。

 私は、焦って話し続けた。


「大丈夫ですか? お母様」

「エッ、エリーゼぇっ」


 止まらぬ涙を見ると、心が痛む。なぜこんなに泣くのか、全く分からなくて戸惑う。


「私、何かお気に召さないことをしでかしましたか?」

「そ、そんなっ……」


「丁寧な……、言葉遣いができるようになってっ……うぅっ、嬉しくて……」



 はい? そこ? 言葉遣いとな……。

 特別な言い方はしていないのに、昨日までの私はどんな振る舞いをしていたのだろうか。まぁ、まだ見た目はギリギリ子供だし、甘やかされて好き勝手やっていたのであろう。


 これは、中身が別人だと早く伝えるべきだと直感した。

 報告、連絡、相談。人間関係を円満にするためのほうれんそう。

 大事よね!


「お母様、じつは私、昨日までの記憶が全くございません」

「「え?」」


 使用人とお母様がハモった。

 お母様は、いつの間にか泣き止んでいた。


「お母様やそちらの彼女の名前も分かりませんし、ここがどこなのか、私がどのように生きてきたのかも覚えていません。どうか、教えていただけませんか?」


 一瞬の沈黙の後、女性二人の大きな叫び声が、家を揺るがせた。



 医者を呼ぶので、それまで寝て安静にしているように言われ、着替えず夜着のままベッドに逆戻りした。

 横になると、すぐ眠くなった。どうやら、、体はかなり疲労がたまっていたらしい。ずっと働きづめだった前世界の生活を思い出し、昼間から眠るという時間の使い方は、とても贅沢でご褒美をもらった気分になる。


 何とも言えない背徳感を味わいながら、私は意識を飛ばした。



読んでくださり、ありがとうございます。


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