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「桜花見聞録」の追録  作者: 伊倉 夕
1/2

1 長門 晶

 

------------------------------------------------------------------------------


煙が昇る山を海で挟み、存在する国があった。

名を春国という。

数十歩歩めば、桜花が身体に触れる桃色の国。

桜は「万年桜」と呼ばれ、寿命で枯れたものを見た人はいない。

桜は(煙を出す)山の恩恵を吸収し、年中花を咲かせる。

桜によって色が変わらないその国を、国外から来たものは桃源郷と呼んだ。


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桜吹雪舞う春国、海を挟んで煙を出す山は本日も活発である。

春国に住む人々は山の恩恵を受け、大地の力を至る所で利用していた。

熱、温泉、そしてそれらを活用した電気の発電、今となっては人々の生活に欠かせない存在となっている。


また、恩恵を受けているのは人だけではない。

春国にある桜「万年桜」も地の熱を吸収して花を咲かせていた。

一年中花を持ち続け、未だ寿命で枯れたものを見た人はいない。 

寿命が無い植物とも言われており、万年という名が付いたのも、非常に長く生き続ける桜自体の生命力があったからこそであった。


万年桜によって、桃一色に覆われている春国。

桜が国を囲うように、そして国内のいたる場所に自生しているので、十数歩歩けば必ず桜の花が目に映ると言われている。


実際はそんなことはないのだが、外の国から来たものは、他国とは比べ物にならない程自生している桜の数を見て、この国を桃源郷と言うのだった。




桜吹雪舞う春国。

本日はその国の中央区で、訓練学校の卒業式が挙行されていた。


春国には中央区の他に東西南北の四つ区、合計五つの区が存在している。

その中でも中央区は国の中枢と呼べる機関やそれ専用の建物が多く建っており、春国で最も重要な区画である。中央区の中心には一般人が立ち入りを許されない春国の王族が住む城があり、その城は春国の端から見ても、目で捉えることができる立派な城であった。当然、生活水準も他の4区よりずば抜けて高く、中央区に住むことは他の4区で生活する人達にとって憧れであった。


ちなみに、兵を育てる訓練学校は中央区のほぼ東区寄りの場所に設立されていた。

この訓練学校には春国の五つの区から兵としての入隊希望者が集められ、卒業した者は春国の兵として各隊に配属される仕組みとなっている。


卒業後に兵以外の職に就くこともできるが、兵としての給与が一般職に比べて2倍程多い為、その選択を選ぶ人は限りなく少ない。

本日卒業する120期生も、入校した当時の生徒数がそのままの人数で兵として職を持つようになった。



卒業式が行われている広大な訓練場。

端に立ちながら端に居る人を見ると針の穴と同じくらいの大きさになる。

卒業生達はそんな広大な訓練場の真ん中を贅沢に使い、中央区の中心に向かって整列していた。

訓練場にポツンポツンと自生している桜の花が砂風と共に空を翔け上がり、卒業生達の身体に触れながら地面に落ちる。


訓練学校卒業生 長門(ナガト) (アキラ)は、同じく卒業生の 岸野(キシノ) 投馬(トウマ)と共に式に並んでいた。

本日付けで卒業生達は、銀蛾(ギンガ)鈴蜂(スズハチ)大甲(オオカブト)のいずれかの隊に配属される。

三年間を共にした仲間とは、これを最後に二度と合わなくなることもあれば、同じ班に就いて毎日顔を合わせるようになることもある。


後ろに居る投馬が話しかける。


「なぁ、晶。」

「どうした?」

「これ終わったら、卒業祝いしようぜ。お前の銀蛾配属と俺の配属祝い。」

「ああ、そうだな。どこ行こうか?」

「とりあえず終わったら、土天に行こう。お店予約しといたから。」

「はやっ。まじか、どんな店------。」


二人が静かに話していると、次第に卒業式も終盤に差し掛かり、卒業生の前に強面の屈強な身体を持つ男が現れた。

 

「諸君、訓練学校卒業おめでとう。君たちはこの三年間、どんな訓練にも耐え、時には勉学に励み、時には友と協力し、今日この日まで乗り越えてきた。君達の成長を講師達は心から喜び、君たちが春国の為に命を懸けて任務をこなすことに誇りを持っている。君たちは明日から生徒ではなく、一人の兵として春国の平和の為に己の任務を全うし、人々の生活を守って行かねばならない。これがこの訓練学校を卒業した兵としての役割である。私達は腰抜けを育てた覚えはない。強靭な兵を育てたのだ。君達の活躍を心から祈っている。以上。」


男が卒業生達の前から下がると、司会を務める講師が卒業式の閉会を宣言した。

 

「これにて、第120回春国訓練生卒業式を閉会します。以上、解散。」


その後、講師達は卒業生に目も触れず去って行った。

講師達が訓練学校の校舎内へ姿が消えたと同時に、卒業生達の緊張の糸が一気に緩むのだった。


卒業生達の声が広がり始める。

全員が何を言っているか聞き取ることなどできなかったが、安堵や歓喜といった感情が声の質に含まれていた。


投馬が固まった背筋を伸ばしながら言う。

「いや~、終わった終わった。これだから堅苦しいのは苦手なんだよ。」

「お前、そんなんで明日から大丈夫か?」

「晶も明日から銀蛾じゃん。実際、俺よりキツイんじゃない?」

「ほっとけ。」

「けどすごいな。8000近くの卒業生で数十人しか入れなかった銀蛾に入隊なんて。」

「努力はしてたから。」

「まぁ、確かに。(結構、無茶な生活だったし。)よし、じゃあ卒業祝い行こうぜ。」

「ああ。」


二人が盛り上がっていたところ、その熱を一気に冷ます連中が二人の前に現れた。


「おい、長門晶はお前か。」


やけに絡み口調な言葉に晶は目の色を変える。


「はい、俺ですけど何か。」

 

やや太り気味と言ったところか、良い肉付きの身体を持ち、荒くれ者の恰好をした卒業生がジロジロと晶を観察する。

そして、あざ笑うような笑みを浮かべて晶に告げた。


「お前みたいに身体が小さくて筋肉も付いていない枯れ木の様な男が精鋭部隊に配属なんて、推薦したここの講師も承諾した銀蛾の連中も頭おかしいよな。そう思わねぇか、長門晶。」

 

晶に突っかかってきた卒業生を見て、周囲の卒業生達が小声で話を始める。

投馬は耳を立てて、その人達の会話を聞いた。


「----あいつ、確か素行不良で退学になりかけた奴だぜ。----力があるけど、頭に血が登りやすいみたい。----キレたら、すぐ手が出るらしいよ。----友達があの人にナンパされて、無理やり部屋に連れ込まれそうになったって言ってた。----かっこいいとでも思ってんの?ダッサ。---」


(人を噂で判断するのは良くないけど、あの態度と恰好じゃあなぁ。)


投馬は事の成り行きを観察することにした。



晶がずっと黙秘していると、卒業生は悪意に満ちた笑顔をしてプレッシャーを掛けてきた。

「おい、何とか言えよ。それとも俺が怖くなったか?ははっ。」

この卒業生が連れてきた取り巻きの連中もこの卒業生に連られて笑う。


しかし、そんな笑い声など気にも留めず、晶はずっと考えていた。

この後のことである。


正直、晶は面倒なことが嫌いだった。でも、こういう人間は自分の望んだ回答以外通じない。

しかし、だからといって頭を丁寧に下げるのも癪に障るし、こんな連中にしっぽを巻いて逃げるのは論外だ。

とすれば、晶のするべきことはとても単純なことだった。



晶は嫌気が篭ったため息を吐いた後、卒業生に対して一言告げる。

「俺からしたら、悪気もなく悪口を言えるあんたの方がよっぽど頭おかしいよ。」

「あ?なんだと。」


晶の言葉で卒業生の血相が変わり、身体に付いた重そうな右腕が微動する。

訓練生とは思えない人相や身なりが周囲の卒業生達に緊張を与えた。

簡単に止めに入れる相手ではない。

周囲の卒業生達は完全に萎縮していた。


しかし、長門晶だけは違った。


「何だはこっちのセリフだ。勝手に突っかかって来て、当然のこと言われ機嫌悪くして、おまけにすぐ手が出そうになってやがる。誰も言わないから言ってやるよ。お前、本気(マジ)で迷惑。」

「何だと、この野郎っ!!」



晶の言葉を聞いた瞬間、卒業生が殴りかかってきた。

大ぶりな右拳のストレート。

体格と筋肉により破壊力はそれなりにありそうだ。

しかし、頭に血が上ってしまった卒業生とは違い、晶は冷静だった。



伸びて来る右の拳を左側に受け流すと同時に前に出る。

そして今度は晶が右拳で卒業生の脇腹に強烈な一撃を放った。

直撃した卒業生は悶絶し、前方に姿勢を傾ける。

本来はこれで卒業生は動けなくなるのだが、それでも晶の追撃は続いた。



晶は自分の左足で卒業生の足を踏み、左右の拳で卒業生の顔面を数発ずつ殴った後、今度は左拳を卒業生の脇腹にぶつけた。

そして最後に、前のめりになった卒業生の顎に向かって、渾身の力で右拳を振り上げた。



「バキッ」っと鈍い音が広場に響き渡る。

骨と骨が衝突する生々しい音に、騒ぎに気づいていなかった広場の人間も音の出所を向くのだった。


晶が左足を除ける。

そして、白目で空を見つめる羽目になった卒業生は当然意識を失っており、そのまま仰向けに倒れこむのだった。


周囲が沈黙に包まれる。


卒業生が倒れても晶の目からは鋭い眼光が消えておらず、晶はその状態で唖然としている取り巻きに向かって言った。


「次はお前ら?」


人を狩る目で睨みつけられた取り巻き達は情けない声を挙げて晶の前から走り去って行った。

その後ろ姿を眺めていると、次第に晶の眼光に柔らかさが戻ってくるのだった。


「おい、晶。」


投馬の声で晶が振り返る。


「ん?」

「やり過ぎ。あいつ、失禁してるぞ。」


晶の柔らかい眼光に、先程の威厳が全て台無しになる姿で大地に転がっている卒業生が映った。

股付近から流れ出した液体がズボンを伝い、乾燥した地面に潤いを与えていた。


「あっ、やべ。」

「まぁ、あいつにはいいお灸になったと思うぞ、大事になる前に逃げよう。」


二人は集まっていた観客を縫うように進み、卒業式が行われた訓練場を後にする。

訓練場から街の繁華街「土天」まで、逃げるように走り、時に訓練学校の思い出を話しながら、そして笑いながら、卒業祝いをする店まで向かうのだった。



長門 晶  隊員

配属先  銀蛾

配属部隊 後に決定


岸野 投馬 伍長

配属先  大甲

配属部隊 中央区 第4部隊 17分団 林班





晶と投馬の二人が生きた春国の歴史は後に『桜花見聞録』として、後世に残ることになる。

しかし、この書物は在った出来事のみを文として記載したものに過ぎなかった。

二人がいた時代から300年後、「桜花見聞録」に記載されていた出来事の一部を、詳しく書き示した書物が発見された。


白紙の表紙と裏表紙。

著作者は文字が霞んで解読ができなかったが、文字の間隔で恐らく漢字三文字である。

発見者が文章を読むと、この書物が【「桜花見聞録」の追録 】であると判明した。



この物語は桜花見聞録に記録されず、後に発見された追録によって解き明かされた春国の歴史の一辺である。

追録の始まりは、訓練生から兵となった二人の青年が、互いの健闘を称え、卒業祝いをすることから始まったのだった。


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