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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

星追いのドラゴンスレイ

作者: Wana-wana

その日、カイニスがその道を通りかかったのは、偶然であった。


(飲み過ぎだ…………)


同じギルドの上級冒険者が竜殺しの称号を獲得し、その祝いで酒がギルドに所属している冒険者全員に振る舞われた。ただ酒となれば断る理由もなく、いささか深酒をしてしまったのだ。

それで、宿屋までの道のりが億劫になって、日頃は特に夜間には通らない道を選んだ。

それが、ある意味では運命の分かれ目だったのだろう。


たまたま通りがかった路地には女が落ちていた。


「は?」


正確には落ちていたのではなく、寝転がっていた。その女の呼吸は荒く尋常な様子ではない。

酔いも一気に冷め、カイニスはあわてて女のもとへ駆け寄る。ここら一帯は、比較的治安が良いとはいえ、女が一人で眠っても安全な場所とはいえない。


「おい、おい! あんた、無事か?」

「う……………私に、触るな」


幸いにも女は意識は失ってはいなかった。見知らぬ男の手を払い除けようとするだけの気力は一応のこっていたらしい。

そして、カイニスは二重の意味で驚愕する。整った顔立ちに、夜闇にも輝く白い髪。


「あんたもしかして″聖騎士″か?」


冒険者ギルド数多なれど、その功績から領地を与えられたギルドのひとつ、一角獣の宿り場。そのトップアタッカーが代々受け継ぐ二つ名。今代は、エミリア・ディ・カルマドンカが継いでいたと、カイニスは記憶していた。


「気づいたのなら立ち去れ。 貴様の助けは必要ない」

「つってもなあ……」


確かに、通常ならここら一帯をうろついているようなチンピラ紛いの冒険者など、歯牙にもかけない実力を持っている女だ。しかしこの有名人は気丈にもこちらを睨み付けて来るのだが、明らかに万全ではないことは確かで。

カイニスは、エミリアの言葉を無視して腕を掴んで自身の肩に回す。


「やめろ離せ」

「この程度振りほどけなかったら、あんたの場合全然大丈夫じゃねえだろ」


それに、先程よりも呼吸が荒くなってきている。多分だがカイニスに抵抗するのが、やっとなのだろう。


「安心できるかは分からんが、あんたに手を出すようなことはしないよ。 あきらめて運ばれてくれ」

「信用できるか」

「まあそうだな。 だから、あきらめろ」


もう一度同じことをカイニスは言って、肩に女を担ぐ。エミリアは、やがて諦めたのか静かになった。


(いや、これは)


抵抗する力さえなくなったのだろう。カイニスは自身の常宿に向かう足を早めた。


どんな食べ物であっても、一旦ひとの体内にはいればその匂いは同じものになる。

すえた匂い。

すなわち、カイニスの肩の上の女が、もよおしやがったのだ。


「この女まじかよ」


深酒をした人間がどうなるかは予測できてしかるべきだったのだが、それはそれ。

当人はそれでスッキリしたようで、すやすやと穏やかな寝息をたててやがる。


「おっさんならここで捨ててるぞ」


そもそも、拾ってもいないだろうが。

そんなトラブルもありながらもなんとか宿にたどり着いたカイニスを、従業員が怪訝な顔で迎える。客が女を連れ込んだ上に、ゲロの匂いを漂わせていたら、そういった顔になるのも当然かもしれない。


「悪いがどこか部屋空いてねえか」

「二階ならば」


冒険者相手の宿屋にも、ランクと言うものがある。カイニスの常宿は、上から二番目の等級であり、ここの二階というのは貴人も宿泊できる設備が整えられている部屋のことを指す。つまり、相応にお値段が高い。


「宿泊代は前金ですが」


色々と面倒だから自分の部屋に連れこんじまえ、という従業員の声なき声が聞こえてくるがカイニスは無視することにした。


「この女が誰かは分かるな。 明日、本人が払うから前金半額にまけてくれねえか? ないと思うが、こいつが逃げ出した場合はもちろん俺が全額払うから」


苦労しない程度の稼ぎはあるが、二階の宿泊代は些か大きすぎる。


「こちらとしましては、どういう形であれ支払ってさえ頂ければかまいません」

「じゃあ、それで頼む」


エミリアが有名人でよかった。カイニスはほっと肩の力を少し抜く。ずるっと荷物が地面に落ちかけたのであわてて持ち直す。

預かった鍵で二階の扉を開き、お荷物を放り込む。衣服を苦しくない程度に緩めてやった。


「ん……んん…………」


エミリアが少し唸っているのを確認してから、そそくさ部屋を出た。


「あー……」


さっさと寝たいのに、酸っぱい匂いが気になる。それなりに重いため息をついて、着ていた服は共用のゴミ箱に突っ込んだ。



地の底より、這い出て来たような低音。

竜の咆哮。


その鋭い牙は、一瞬で住居も、城壁も、なにもかもを噛み砕く。


腕に抱えるカイニスの家族は、ずっしりと重い。

すすり泣く声。


立ち向かうなんて、できやしなかった。



「頭いてえ…………」


太陽はすっかり天高く昇っているようで、差し込む光が痛い。

実に最悪な目覚めだった。

悪夢、というにはすっかり見慣れた過去の記憶の焼き直しは、二日酔いもあいまって決して気分の良いものではない。

もともと、そのつもりだったとはいえ、食事の時間も既に終わってしまっているだろう。

なにも食べたくはないが、腹になにもいれないのは却って身体によくないだろう、とカイニスはこれまでの経験に基づき、


「ギルド、行くかあ…………」


ひとまずの食糧と、昨夜のあれこれですっかり軽くなった懐を少しでも温めることがきそうな場所へ向かうことにした。


カイニスの所属するギルドは、″黎明の鴉″という。このギルドは、領地こそ与えられていないが、腕利きの冒険者が集まっていることで有名である。

自分自身も冒険者であるギルドオーナーの意向で、所属する冒険者に対して金銭以外での面のサポートも充実していることが特徴だ。

カイニスが、たった今到着した食堂もギルドの施設のひとつであった。

だが、この日の食堂の様子は些か平常とは異なっている。


「…………なんだよお前ら」


カイニスは到着するなり屈強な同僚どもに取り囲まれる。


「カイニスが、来たぞ!」

「早く運べ!」

「おい、お前ら道を開けろ!」

「うわ、ちょっと、まてやこら!」


わっしょいわっしょい、という掛け声と共に抵抗もむなしく運搬されてしまうカイニス。当人はなんとか暴れようとして、再度強まってきた頭痛によりダウンする。

そして、運ばれた先には。


「姐さん、運んできやしたぜ!」

「ご苦労様」


白い髪の美しい女。


「………………は?」


すなわち、昨日夜道で拾った他ギルドのエース様が、食堂のテーブルで優雅に食事をしていた。


食堂は、別にギルドメンバー専用というわけではない。だから、所属の異なる冒険者が食事をしていてもおかしいということは、まったくない。

ないのだが。


「それおいしい?」


何故に、相席をして。


「姐さん、その海鮮スープは二日酔いにめっちゃ効きますぜ」

「まじで? すみませーん!」


そして、この女の馴染み様はなんなのだろうか。


「おい、そこの筋肉だるま」

「やだなあ、おれのことは竜殺しと呼べよ」

「調子にのってる筋肉。 そうだよな、お前はそういう感じだよな普通。 なんで、こいつ相手に」

「こいつじゃなくて、エミリアっていう名前があるんだけど」


スープをすすっていた女が顔を上げて反論してくる。

カイニスはそれを黙殺して、


「その辺のチンピラっぽい言動になってるんだ。 お前ら全体的に」

「本能的に?」


問いかけた自分が馬鹿であったと反省をした。特に理由はなかったらしい。


カイニスの注文の品が届いた辺りで、野次馬どもは散っていった。冒険者は暇ではないし、腕が立つ者は尚更に忙しい。


「あいつら…………なんだったんだ」

「わたしが頼んだんだ」


女性の中では、ややハスキーとも言える声。酒焼けかもしれない。


「君にお礼を言おうと思って」


エミリアがカイニスの目をまっすぐ見つめてくる。カイニスは、自然と姿勢を正していた。


「昨夜は、本当にありがとう。 あのままだったら、どうなっていたことか」

「ただの節介だ。 気にする必要はないが、宿代だけは払ってくれ」


懐が非常に軽いのでそこは切実である。エミリアは表情を緩めて、


「勿論。 これで、全額だよね」


革袋を差し出す。

中身を確認してカイニスは数枚取り出し、指でそれを弾いて対面している女の方に滑らせた。


「多すぎる」

「そこは、しれっと受け取るのがマナーだよ。 それに、その、多分なんだけど。 わたし、ゲロってない?」

「ゲロったな」

「うわあー、まじだった! 年頃の女としてアウトだ!」


机に突っ伏してじたばたする姿は、やけに幼くうつる。そして、上目遣いで、


「もしかして服とか、ダメにしちゃったり…………?」

「ああ、そういえば」


めんどくさくなって、ゴミ箱に突っ込んだことを思い出す。


「まあ、別に気にする必要は」

「気にするよぉ……」


カイニスは、存外にエミリアという人間が表情をくるくる変えるタイプということに気づき出す。そして彼は、全身で『しょんぼりしてます』と表現している人間に強気で出られるタイプではなかった。そこまで、昨夜のゲロを気にしていないのもあるが。


「あー、だったら何らかの形で埋め合わせしてくれれば」

「具体的には? 教義的に、身体を委ねる系はまだまずいけど、大体のことなら言うこと聞くよ」

「飯を奢ってくれ」


カイニスの服は元よりそれほど高価なものではなく、先ほどの革袋の中身で十二分にお釣りが出る。食事一回分くらいが丁度良いだろう、と考えた。


「うん、わかった。 だったら、また連絡を何らかの手段でつけるね。 お気に入りのお店紹介するよ」

「え、いや、ここの代金で」

「じゃあ、わたしはこれで!」


忙しなく去っていくエミリア。反論の隙を与えてくれなかった。

カイニスは一人取り残されることになった。


「うまい…………」

「おいしいよね、ここ」


次の食事には、カイニスが比較的短期間で完遂できる依頼を三つこなした辺りでエミリアから呼び出しがかかった。

少し日が空いたのは、エミリアがダンジョンの深層に潜っていたからだそうだ。


「こんな店、一人で来ようとも思わないからな」

「そうなの?」


正確には、来られない。

エミリアのおすすめのこの店は、少々敷居の高いレストランである。基本的に紹介制であり、相応のコネクションが必要だ。無名の冒険者には、基本的に厳しい。


「うん? でも、君って″星追い″だよね。 コネないの?」

「…………っ!」


思いもよらぬ名前を聞いて、本来は食道に行くべき固形物が気管支に入り込んでしまった。むせる。


「だ、大丈夫!?」


慌てたエミリアから差し出された水をありがたく受け取って、沈静化を図る。なんとか咳がおさまった。


「その名前、どこで聞いた」

「君のギルドのエースパーティー」

「あいつらか……」


ギルドオーナーをリーダーとして、つい最近竜殺しを成し遂げた冒険者も所属するパーティーで、主にダンジョンアタックをメインとしている。


「すっごい自慢してくるんだ」

「なにを?」

「大体、お酒が回りだしたら、『うちのパーティーにはあと一人、凄腕の奴がいるんだからな! 本当ならお前らなんて相手にならないんだからな!』ってくだを巻くのが定番なんだよあいつら」


カイニスは頭を抱える。急に頭痛がしてきた。


「そしたら、うちのヒーラーが、あっ、彼女は君のところの竜殺しと良い感じなんだけど」

「その情報は、要らないな」

「そう? で、その子が『ふ、ふん! そんなわけないじゃない! だったら、そいつを連れてきなさいよ!』って」

「そのヒーラ、何に怒ってるんだ?」

「後ろから抱き締められて、恥ずかしかったみたい」


頭痛がひどくなってきた。ひょっとして、カイニスが所属しているギルドと、暫定No1ギルドは仲が良かったのだろうか。


「それに対して、『今は無理。 あいつは″星追い″だからな。 まあ、じきに星を堕とすだろうが』、と」


それでてっきり″星追い″っていうのが君の二つ名だと思ったんどけどな、とエミリアは続けた。

カイニスは、色々と納得すると共に、ふっと苦笑する。


「″星追い″っていうのは、あだ名みたいなもんでな」

「あ、そうなんだ」

「ダンジョンに挑まず、地上の依頼ばっかりを受ける奴のことを揶揄してるんだよ」


地上とダンジョンとでは、その危険性も、リターンの大きさも、全て後者が前者を上回る。『なにかを得たいならばダンジョンに挑め』というのが、ある種の常識である。

勿論、ダンジョンに挑むには一定以上の実力が必要だから、それをわきまえていることは悪くない。

しかし。


「俺みたいに、ずっとダンジョンに潜っていたのにある日突然それを止めた人間が」


ダンジョンに恐れを抱いて、地上の夜空の、星が恋しくなったのだと。


「星を追いかけるようになった臆病者だ、っていう意味なんだが」

「知らなかった……」

「まあ、そっちのギルドは他と色々と違うからな」


エミリアが所属する″一角獣の宿り場″は、バックに教会がついている。人助けを是とする教義のもと運営されているため、実力のある冒険者が地上の依頼を受けることはむしろ良いこととされる。


「だったら、あいつらは君を揶揄して」

「いや、あの連中はそんな性格してねえことは知ってるだろ。 おおむねバカだし」

「確かに」


お互いに笑う。


「元々は、″星追い″は揶揄する意味じゃなかったらしい」


星は、憧れで。

″星追い″は、憧れを追うことで。


「すごく、冒険者っぽい」

「だろ?」

「うん」


だから、案外カイニスはそのあだ名を嫌ってはいない。

カイニスの星は、決して憧れの対象ではないけど。それを追いかけることは、間違っていないと思える。


「じゃあ、君が追いかける星ってなんなの?」


一瞬、カイニスはためらう。

それを正直に答えて、笑わなかったのは″黎明の鴉″の連中くらいだったからだ。

だが、短い付き合いではあるけど、なんとなく目の前の冒険者は決して自分の答えを聞いても笑うことなどしないだろうと思う。

だから、一息に。


「竜。 それも、あれは支配種クラスだったはずだ」



支配種とは、ダンジョンの生態系のトップにたつ存在のことを指す。そのモンスターは実に様々であり、時には人間がその支配種のダンジョンも存在する。だが、多様なそれらにも一つ共通点がある。それは支配種となることができる存在は、総じて極めて戦闘力と言う点で強力であると言う点だ。


「支配種クラスの、それも竜が……地上に?」

「ああ。 俺が住んでいた街は、一瞬で壊滅した」

「………………」


一般に、ダンジョンのモンスターと地上のモンスターとでは同じ種類のモンスターであっても、前者は後者よりも強力な個体になる。それ故に、地上のモンスターから、支配種クラスの存在が誕生するとは考えられない、というのが常識だ。

いわんや、竜である。一匹倒すだけでも、英雄と称えられる唯一のモンスター。


「事実だ。 最も証拠は、俺が見たという証言だけなんだがな」


街がひとつ一瞬で崩壊した。

だが、それを為した存在について、誰も信じなかった。

カイニスという、唯一の生存者の証言は、幻覚ということで片付けられた。モンスターの群れに襲撃されて、カイニスはそれらのモンスターの幻術によって惑わされたのだと。

それほどまでに。


「信じられないだろう?」

「ううん、信じるよ」


思わぬ即答に、カイニスはエミリアの顔をまじまじ見つめてしまう。


「だって。 君も、あそこのパーティーメンバーなら、どうせ嘘なんかつけるほど器用じゃないでしょ。 おおむねバカ、の連中の同類なわけだし」

「俺はおおむねから外れるが」

「でも、どっち道不器用でしょ?」


不器用と言われてしまっては、カイニスはなにも反論できない。ギルドオーナーに、さんざん同じことを言われてきた。曰く、カイニスは人間同士の関係性の中で立ち回りが下手、だそうだ。


「それに」


どうせ。


「君は、その竜──星を堕とすつもりなんでしょ?」


あっさりと言い当てられてしまって、カイニスの方がなんだかおかしくなってきた。


「笑わないのか」

「笑わないよ。 "聖騎士"の名に誓って」


冒険者が最も大事にする誇りにかけて。

エミリアはそう言った。


″星追い″の男が、″聖騎士″の女にであって、彼が彼女に自身の追いかける″星″について告げたことは、確実に運命の分岐となった。


カイニスとて、あてもなく無為に地上の依頼を受けていた訳ではない。実力のある冒険者は、他人には分からない独自の基準に基づき様々な危険を察知する。最もカイニスの場合は、むしろ危険を回避することなく突き進むことを目的としていたが。


『Gyoooooooooaaaaaaa!』


咆哮。

天高く飛ぶそれは。

確かにあらゆる生物の支配者であった。

竜。

紛れもなく、カイニスが追い求めていた存在である。


「カイニスさん!」

「おう、無事か」


山里付近の生態系のバランスが崩れているから、調査して欲しい──それが、本来の依頼であった。

その依頼を引き受けて。

果たしてカイニスは、ようやく。


「ついに当たりを引いたな」

「え?」


何でもない、とカイニスは疑問を投げてきた同行の冒険者に返す。


「避難はどうなってる」


カイニスが、ずっと追い続けていた竜との邂逅に際して一番最初にしたことは、近隣の村や街に竜の接近を報告するように冒険者達を走らせることだった。


(意外にも、冷静だな俺は)

「それが、教会が主導で動いてくれているそうです」

「教会が?」

「はい」


竜の接近などという、ある種眉唾なそれも一冒険者の報告など、すぐに受け入れられるとは思わなかった。最悪、脅しつけてでも何とかしろ、と他の冒険者には言い含めていたほどである。

それを、教会がすぐに動いているとは。

事前に何らかの話が通っていたとしか思えない。

カイニスではない。

教会に、無理を通せる人物で、竜のことを知っている人物は。


「あの女…………この借り、どんだけ高くつくんだよ……」

「借り、ですか」

「こっちの話だ、気にすんな。 で、お前、悪いがもう一走りして、逃げ遅れがいないか一応確認してきてくれ。 どうせ、どこも人手は足りてねえだろ」

「え?」


同行の冒険者は、そんなことをカイニスからいわれると思っていなかったようだ。てっきり、竜の相手を二人ですると。


「お前、今まで竜とやりあったことねえだろ」

「それは……そうですが──」


まだ反論をしようとするその冒険者を、カイニスは突き飛ばす。


「なにすっ……!」


『Goooooooooooaaaaaa』


バシャンッ!と液体が跳ねる音。

そして、地面はごっそり消えた。


「ひっ!」



なにもできなかった冒険者に対して、カイニスは弓矢を二本射ち終えていた。

その力量差を、冒険者は悟る。


「頼む。 足手まといを庇える余裕は俺にはねえ 」

「…………分かりました! ギルドからオーナー達を呼んできます、絶対に死なないでくださいよ!」

「ありがとよ」



さて。

竜とは、どういう存在なのであろうか。教会によれば、このモンスターは神とも対等に渡り合えたそうだ。だが、結局は神に敗れその力を削がれ、ダンジョンに封印された。

カイニスは、初めてこの話を聞い時は眉をしかめたが、結局のところ神の敵対者として語られる程に厄介なモンスターであるということには変わりない。


まず、一つ。


カイニスは矢を放つ。


「しぃっ!」

『Gya』


竜が身震いすると、カランとその胴体に刺さったはずの矢が落ちてくる。


「やっぱり、普通にやっても刺さらんな」


あらゆるモンスターの頂点に立つと言われている硬度を持つ鱗。


二つ目。


『Goboooooooo』


お返しとばかりに、竜が息を吐いた。


「ちっ!」


カイニスは、それを回避することを余儀なくされ、転げながらなんとか直撃をさける。


巨大な呼吸器官によって遠くまで飛ばされて来る、なんでも溶かす体液。


そして、三つ目。


(分かっていたが、地上だとこんなにも厄介なのかよ!)


カイニスが、もっとも苦労させられている点。常に高所から体液を落とすことができる。


二対の羽によって天空を支配すること。


つまり、鱗の守りを排し、あるいは鱗をものともしない攻撃を加えることができて、遠距離からの攻撃に対処できる対応力を持ち、空から竜を引きずり落とすことができて初めて、竜の敵対者としての資格を得ることができる。


(まずは、あいつの羽を奪う!)


幸いなことに、カイニスの得物は弓であった。竜が完全な逃げに徹しない限りは、攻撃を加えることができる。


弦を引き絞り、放つ。

狙いは、羽の付け根だ。

羽の付け根は、鱗が細かくなり比較的守りも甘い。また、羽が前後に動くほんのわずかな一瞬を狙い打てたならば、骨と関節の間を貫通させることだって可能である。


一射目。

少しずれた。鱗に弾かれるのが見える。


『Gaaaaaaaa』


竜が頭をカイニスに向け、降下してくる。


慌てずに、二射目。

的が近くなったためか、狙いどおりに刺さる。


『Gyua!?』


が、羽の機能を奪うには至らなかった。刺さりが甘い。

竜は少しバランスを崩すが、まだカイニスを狙う。


三射目。

偶然ではあるが、カイニスが放った矢が、先ほど刺さった矢を押した。


『Gua』


完全に竜は制御を失う。

だが、地に落ちる直前に、体液混じりの息を吐いた。今までで体液の量がもっとも多く、またそれが口から打ち出される速度はもっとも速い。


「あ、やば」


完全に不意をつかれた。

動く的の、わずかな一点を狙い撃つのに、相当な集中力を要するのは想像にかたくない。

そして、その目的を達成した瞬間に僅かに気が弛んでしまった。


ゆっくりと時が流れる。眼前に、迫り来る竜の体液でできた弾丸。


(死んで…………たまるか!)


なんとか回避を試みる。


その瞬間。


凄まじい勢いで飛んできた盾が、カイニスを撥ね飛ばした。



「生きてる!?」

「今ので……死んだかもしれねえ……」

「やっておいてなんだけど、意外と元気でよかった」


盾を投げたのは、一角獣を模した鎧を身につけた白髪の女。″一角獣の宿り場″のエースにして″聖騎士″。エミリア・ディ・カルマドンカその人であった。


「それで、竜は?」


エミリアの問に、答える前に口の中に異物を感じたカイニスは、それを吐き出す。あかいろの塊。


「さっき、空から落としたから、案外墜落死してくれてるかもな」

『Goooooooooooooooooooo!』

「そんなことなさそうだけど!」

「そうだな!」


怒り狂った竜が、またもや体液混じりの息吹きを。

今度はカイニスも余裕をもって避ける。


「羽、捥いだんだ」

「1ヵ所だけな」

「本当にとんでもない腕してるんだ…………」


ザリザリザリという音が大きくなる。地に落ちた竜が、近づいてくる。


「残念ながら、駆けつけられたのはわたしだけで、かつ対竜の装備はないんだけど」

「ああ」

「手はあるよね」

「無論」


この日のための、カイニスのとっておき。

しかし、それ故に用意できた本数は、二本のみ。


「オーダーは?」

「鱗を剥がしてくれ」

「逆鱗じゃなくていいの?」

「さっきから試していたが、そんな部分はない」


エミリアは頷いて、竜へと駆け寄る。


カイニスと竜の因縁は終わりに近づいていた。


鱗を剥がす。

カイニスは簡単に言ったが、容易いことではない。

通常は竜の鱗を剥がす際は、逆鱗と呼ばれる首の腹部側の、細かい鱗が密着している比較的剥がしやすい部分を狙うのがセオリーである。

しかしだ。


(彼は逆鱗は無いっていってた)


それは、弱点がないにひとしく。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』

「真っ向から剥がせってことだよね」


普通なら無理だろう。

つまりは、普通ではないことをする必要がある。


竜の突進。

それを回避して、竜の下側に潜り込む。

腹部の鱗の間の、僅かなとっかかりにエミリアは爪を入れる。


「はあああああああ!」


気合い一息。

エミリアは下半身を大きく振って、その反動で飛ぶ。そして、竜の背中に着地した。


「で、こっからが問題なんだけど」


当然のごとく、竜は背中の異物を排除すべく身をよじる。

エミリアは背中になんとかしがみついた。


「動き止めてくれたりは」

『Guuuuuruuuu』

「しないよね」


ぐおんぐおんと、激しく竜が動く。


背中にいるエミリアが何をしているのかは分からないが、竜の動きが変わったことは確かだ。

先ほどまでとは違い、しっかりと狙いを定められるようになった。

カイニスは、竜の目に矢を放つ。


「っし!」


命中。

刺さることはないが、竜の注意をそらすことができた。



「ナイス!」


隙ができた。

エミリアは、膝立ちになる。

鱗同士の僅かな隙間に、剣を突き刺す。

ガギィン!と音を立てて剣は弾かれたが、隙間は広がった。

間髪いれずに、二回目。



『Guooooooooooo』


竜が大きくのけぞった。

人一人が、高所から落ちたような音がカイニスの耳にはいる。

だが、同時に。

一枚。

鱗が剥がれた。


ふぅ、と一つ息を吐いて一本矢をつがえる。

カイニスの切り札の毒矢。

ただの毒ではない。支配種となったモンスターのうち毒性を持つものから採取した飛びっきりの毒である。


まずは一本。うめき声をあげるために開いた口に、毒矢を撃ち込む。

当然のごとく、命中。


そして、もう一本。

エミリアが剥き出しにしてくれた、竜の肉体部分へ。


身の危険を感じたのか、竜はカイニスから背を向ける。

それは、大きな隙でしかなかった。


果たして矢は──。


一条の糸をなぞるように。


とすん、と静かに突き刺さる。


『Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa』


断末魔の叫びの後、竜はその巨体を横たえる。


カイニスはそれを見届け、同じく地面に横たわった。

目に写る空には、星が瞬いていた。



「ということで、竜殺し獲得おめでとう」

「ありがたいが、なんでそんなにホイホイ俺の病室にこれるんだ」


あの後、満身創痍だったカイニスとエミリアは、ようやく追い付いてきた"黎明の鴉"と″一角獣の宿り場″のメンバーによって回収された。

当然ながら重傷であった彼らは入院していたのだが。


「気合いで」

「気合いでどうにかできるものなのか?」

「だってわたしだし」


トップギルドのエース様には、理屈が通じないということらしい。カイニスは考えることを止めた。


「それと、俺は竜殺しじゃない」

「え、なんで? 止め指したのは紛れもなく君じゃん」

「 俺が最後に使っていた毒矢が、あの山一帯を汚染したらしくな」

「あっ……」


エミリアは察したらしい。


「竜殺しの称号は、無事に剥奪と相成った」

「すごいね。 歴代初じゃん! 名前残るよ!」


残った名前は、悪名だろう間違いなく。


名前も知らない鳥の鳴き声が聞こえてくる。


「なあ」

「うん?」


カイニスはエミリアを見つめる。


「ありがとう」


カイニスが、ずっと伝えようとしていた言葉。

カイニスのことを信じてくれて。

教会に手を回してくれて。

そして、命を救ってくれて。


「どういたしまして」


満身創痍の"聖騎士"は、同じく満身創痍の″星落とし″に微笑んだ。

そして、エミリアはその口角を大きく上げた。


「これで、いつぞやの恩は返せたかな」

「恩……? 俺の方じゃなくて、そっちのか?」


カイニスが返さねばならない恩はいくらでも思い付くが、逆があったかどうかとっさに思い出せない。


「えー、忘れたの!? わたしをホテルに連れ込んでくれた時の恩だよ」

「連れ込むってお前」

「あんなに酔っ払ったこと、初めてだったのに……」


酔っ払ったことを小声で言い、他は大声でエミリアは叫ぶ。

廊下を通りかかった連中が、カイニスの病室を覗き込んで、


「おい、聞いたか」

「あの男、あのエミリアをホテルに連れ込んだって……」

「きゃあ!」

「お前ら散れ! あと、エミリアお前わざとだろ!」


エミリアはけらけら笑っていた。



「でさ」

「…………なんだ?」

「カイニスは、わたしにでっかい恩が出来たわけだけど」

「ああ。 何でも言ってくれ。 体調が万全じゃないから、今すぐの肉体労働は勘弁してもらいたいが」

「だったら、美味しいご飯屋さんに連れていってよ」


カイニスは些か拍子抜けする。


「そんなことでいいのか?」

「勿論、そっちの奢りでだよ」

「当たり前だ。 酔った後の介抱までセットで良いぞ、エミリア」

「それは助かるよ、カイニス」



″聖騎士″エミリア・ディ・カルマドンカについての逸話には、必ず"星落とし"という冒険者が登場する。

彼ら二人は、引退するまで華々しい活躍を続け、様々な物語のモチーフにもなっている。


しかし、そんな彼らの出会いが、路地裏であったことは誰も知らない──

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