番外編73 多賀谷聡
私の名は、バッハ・ヴェル・オートヴァ。
コレでも名の知られた、琴を武器に使用した魔法使いである。
今、この世界は、1万年置きに復活を果たした、
魔王と勇者ご一行との戦いを終えたばかりであるが故に真なる平和を作り出すため、モンスターの残党を駆除する戦いへと身を投じる者は少なくない時代であった。
「唸れ…我が炎の琴よ!」
ゴロロロロォォォォォォォォォオオオオオオオオオオン!!!!!
凶悪な人面樹を駆除するべく私は、樹に化けたモンスターを琴の持つ力と我が火魔法で倒していた。
「…相変わらずと凄まじい爆音ですね」
「何、私にとっては心地よい音色だ」
「…う、うーん。耳にガンガンと残りますよ。これ」
「とりあえず、今は人面樹を駆除せねばならん。唸れ…我が爆炎の琴よ!」
ドォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
「つぅ…!み、耳が…!」
「何だね?何か言ったかね?」
「い、いや…だから。耳が…」
「だから何だね?」
バッハは、気付いていなかった。
余りにも騒音過ぎる音を間近で聞き慣れているが故にいつしか難聴処か耳が聞こえなくなってしまっていることに。
「何も聞こえないんですか!?バッハ殿…!」
「ふむ?君の方が分からんよ?」
「…もういいです」
とりあえず、人面樹を駆除するのが先ですからと言いながら、先へと進んでしまったのである。
「全く…アレは何を言っているのやら。唸れ…兆爆竜の琴よ!」
バクゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!!!!!
余りにも凄まじい音を出し続けている中、バッハはいつしか自身の琴による魔法に巻き込まれ、命を落としたことを誰も知り由も無かったのである。
(ふむ?ここはどこだね?とりあえず…唸れ…音爆の琴よ!)
むむ?何も発動しないだと?
わしの琴もどこだね!?というよりも何だね!?
わしを暗闇の中に閉じ込めるとは、モンスターもえげつないことをするのだね!
『全く…自分自身が死んだってことも気付いていない訳?』
どこからかわしを見下した声が聞こえたのだ。
『アンタってホントにバカよね。自分自身の魔法の力に耐え切れずに死んじゃうんだもん』
だから何だね?わしをこれ以上バカにするのも大概にして欲しいね!
『何を言っても無駄だし?どうする?』
『どうするも何もないね?バカだからさ?日本に転生させちゃお?』
『どうせさ?今の状況も理解してない訳だし?』
全く不愉快過ぎるわ。
わしがいつ死んだと言うのだね?
こうして生きておるというのに。
『とっとと行ってくんない?次の世界は前の世界と違うすんばらしい世界が待ってるし?そうそう…新たな名前は多賀谷聡ってことで』
何がタガヤサトルって名前だね!?
わしには、バッハ・ヴェル・オート…
最後まで言い終えることも出来ないまま、バカにした者に言われるままにわしの魂は飛ばされてしまったのである。
「…いい加減に人を見下す態度。やめてよ!お父さん」
アレから40年近い年月が経ち、わしはいつしか子どもを持つ親へとなっていた。
多賀谷聡という新たな生を受けたものの、わしはわしなのだ。
「何を言っているのだね!わしはお前のためにコレはするなと言っているだけだ。声優っていう訳の分からん仕事よりもわしのように…」
「無職のお父さんに言われたくない…。私は私の人生を行く」
母さんと出て行くからと子どもの名前をロクに知ろうとしなかった子どもと妻らしき女性は出て行ってしまったのだ。
「無職って何だね!わしはこうして琴を…」
弾く仕事として月々に10万あるかないかの大金を稼いでいるという聞き耳を誰も持ってくれないまま、人生を終えてしまったのである。