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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

甘々な幼馴染がドSな世界的VTuberだった件

浅岡七海:主人公、ペンギン姿のVTuber

ペンギンはもふもふ癒やし

蒼月あおい:ヒロインにして幼馴染のVTuber

罰ゲームで虫を食べさせてくるかもしれなかった

「おはなのー。みんなー、元気してるなのー?」


 浅岡七海あさおかななみが手を振ると、目の前のPC上のペンギンも動いた。


 まるっこい、もふっもふな可愛らしい皇帝ペンギン。

 七海のVTuberとしての姿『南海なんかいペンギン』だ。


 ※おはなのー!

 ※(・Θ・ っ )つ三(・Θ・ っ )つ三

 ※ペンギン!! ペンギン!!


 コメント欄が爆速で流れ始める。

 ペギーはVTuber事務所『ファタジーライブ』、通称ファンライ所属のVTuberだ。


 中性的な美少女である浅岡七海は配信を続けていく。もう3年目なので、慣れたモノなのだ。


「今日はコラボなのー。あおいちゃんが来てくれたなのー!」

「はーい、アイドルVTuberの蒼月あおいだよ。今日もペンちゃんを負かしてやるから」

「今日はあたしが勝つなのー!」

「そううまくいくかなぁ……ふふふ。ぼっこぼこにしちゃうよ」


蒼月そうげつあおい』は七海の後輩にしてファンライの看板VTuberだ。登録者は100万人を突破。


 名前の通り蒼い髪とスレンダーな体型、しっとり低音の声が特徴的なVTuber。

 この前リリースしたオリジナル曲『宵遊び』はアニメの主題歌にもなり、大ヒットした。

 料理配信もゲーム配信も人気で、もっとも注目を浴びているVTuberである。


「忘れてないよね。今回は罰ゲーム有りなんだから……勝ったほうの言うことを聞くんだよ」

「大丈夫、わかってるなの! 勝ってやるなのーー!!」


 七海とあおいは何度もゲーム対決コラボをしている。単に勝敗を競うこともあれば、罰ゲーム有りなことも……。

 ふたりはファンライでもコラボ頻度が高く、あおぺんとしてコンビ扱いされていた。


 ※楽しくなってきた

 ※ほとんど互角だよな、このふたり

 ※因縁の対決だ


「今日は得意のストファル6なの! ぜったい負けないなのーー!!」


 七海が選択したのは根強い人気がある、代表的格ゲーだ。七海がやりこみプレイで10時間配信を行ったタイトルでもある。


 ※ガチタイトルきた

 ※鍛錬の成果を見せられるか!?

 ※あっ、でもこれって……

 ※あおいちゃんも得意なんじゃ?


「いいよ、やってやるんだから」

「なのーー!」


 ◇


 対戦開始から1時間。七海はキャラを変えてアレコレしたが、どーにもならなかった。


 うまくカウンターを決められ、華麗なコンボを叩き込まれる……。


 つまりボッコボコにされていた。


「なんでなのぉぉーー! あぁんなのぉーー!!」


 七海は机を叩く。

 バンッ!


 ※おっ、台バン来た!

 ※鼓膜ないなった

 ※ダメだこりゃー


 ペンギンも悔しそうに震えている。


「くぅぅぅ〜〜……!!」

「はい、これでわたしの勝ちー……! やったぁ、勝ったぁー!」

「あああー!! なのーーー!!」


 ※ボコボコやん!

 ※完敗でしたな

 ※罰ゲーム! 罰ゲーム!

 ※でもよかったよー(・Θ・ っ )つ三


 コメント欄は大盛り上がりだ。


「うぐぅなのー……」

「やった。それじゃ、罰ゲームだね」

「仕方ないなの……」

「じゃあ、ペンちゃんにはコオロギ食べてもらおうかな」

「えっ」

「んっふふー」


 あおいは実に楽しそうだ。

 そう、あおいはかなりのドSである。


「ごくりなの……っ!」


 罰ゲームについては事前に何も決めてない。

 完全にアドリブ。

 どんなモノになるか想像がつかない。


「でもそれは今度にしようかな。わたしが考えているのは、もっと別だよ」

「じゃあ、ホラーゲー厶実況なの? ショタ化なの?」


 ※ショタ、ショタ!

 ※ロリペンギン!

 ※ホストでもいいよ!


 地獄めいた企画の数々で、コメント欄が読み取れないくらいに流れが速まる。


「違うなぁー」


 あおいが言葉を止める。

 七海はごくりとつばを飲み込む。


「今度の3Dライブ、一緒に出てよ」


 ……。


「なのの……」

「ペンちゃんと歌ったこと、1度もないよね?」


 ※夢のコラボじゃん

 ※ライブコラボのお誘いー!

 ※あおいから誘うって、マジ!?


「……あたしでいいなのー?」


 七海は不安になった。あおいはぶっちゃけ、VTuberの中では歌手として人気がある。

 作詞作曲まで自分でやるし、リリースした曲はどれも素晴らしい。


 対して七海の歌はあくまで素人レベルだ。

 歌枠もそんなにやらないし、オリジナル曲も作ってない。


 とても釣り合うとは思えないけど……あおいから見て違うらしい。


「ペンちゃんがいいの。だめ?」


 少し上目遣いのあおい。可愛すぎるあおいの姿にコメント欄がざわつく。


 ※うわ、このあおいちゃんヤベーな

 ※めったに見ない、おねだりあおいちゃんだ!


 迷ってる時間はなかった。

 こうなったら……やるっきゃない!


「んむー! わかったなのー!」


 ※うぉぉーー!!

 ※(・Θ・ っ )つ三

 ※大ニュースだ!

 ※あおいちゃんの3Dライブ、楽しみ!

 ※ペンギンダンスだー!


 ◇


 ストファイ対決から3週間後。

 夕方の新宿駅で七海はぶるっと震えた。


「ふぅ……緊張してきた」


 あれから話はトントン拍子であっと言う間に進んでしまった。そして気が付くとあおいと収録の日になっていたのだ。


「本当に私で良かったのかなー」


 色々調べても、あおいの歌手としての凄さしかわからない。プロのシンガーとして取材を受けたり、ヒットチャートに載ったり……あおいの歌唱力はずば抜けている。


 確かに、まぁ……性格的にはアレだけど。

 それは七海にも言えるが。


「なんで私だったんだろうなー」


 七海は軽く髪を弄った。今年20歳の七海は中性的な女性だ。短く切り揃えた髪に、細く引き締まった身体。背は小さめだけれども。


 こっそりとクォーターなので、日本人離れした美しさがある。髪の毛は白に近い銀……整った顔立ちは黒の帽子で隠しても人目を引く。


「……早く来ないかな」


 七海は黒の帽子が目印だ。スマホを見るともうすぐ集合時間。向こうはピンクのサングラスをしているらしい。


 ヤバい。心臓がバクバク高鳴ってきた。


「おまたせー」

「ひぅ」


 振り返ると小柄な少女がいた。

 亜麻色で滑らかな髪とくりっとした顔立ち。そしてピンクの星型サングラスをかけていた。


「あおいです」

「な、南海ですぅー……」


 サングラスをずらして、あおいは七海を見上げた。

 うわっ、可愛い……!


 年齢は自分と同じ20歳頃だろうか。しかし肌ツヤの良さや顔立ちの整い方はアイドル級だ。


 そして声も間違いなく本人だ。何十時間も聞いた蒼月あおいのややダウナーでしっとりとした……。


 ……あれ?


 そこまで考えて七海はフリーズする。

 あおいもピタッと止まっている。


「えっ、ななちゃん……?」


 七海も帽子をちょっとズラした。

 自分を『ななちゃん』、そう呼ぶのは1人しかいない。


 もう何年前だろう。

 幼い頃、ずっと一緒に遊んでいた幼馴染――向井美月むかいみつきだけだ。


「……みーちゃん」


 記憶をゆっくりと辿る。

 最後に美月と別れてから7年振りくらいだろうか。


 中学生の頃、美月は引っ越しして――それ以来、会っていない。


「やっぱりななちゃん……?」

「うん……そうだよ」


 なんて言っていいのかわからず、モジモジしてしまう。

 ああ、こんな偶然ってあるの!?

 まさか幼馴染が同じVTuberになっていただなんて……!


「とりあえずスタジオに行きましょう。遅れちゃいますです」

「そ、そうだねっ!」


 はっと気がつく。そうだ、今日はお仕事だ。

 スタジオで3Dライブの収録。お互いにスケジュールはパンパンなので、そんなに余裕はない。


 話したいことは山ほどあるけど、仕事優先だ。


 すっと美月は七海の腕を取って歩き出す。

 物凄い早業だった。


「ふふふー……です」


 美月がにっこりと微笑む。


「背、高くなりましたね。カッコイイです」

「伸びたんだよ、中学高校で」


 七海はほっと息を吐き出した。

 今日まで胃がキリキリするくらい緊張してたけど、今は落ち着いている。


「るんるんー」


 配信でもめったに見ない美月のハイテンション。

 来て良かった、と七海は胸を撫で下ろした。


 ◇


 3Dライブ収録自体は、七海も美月も何回もしていた。なので特に問題はない。


 スタジオでモーションキャプチャーのスーツを着ながら、ふたりは台本に沿って進行していく。


「なのなのー!」

「わーい! ぺんちゃーん!」

「あおいちゃーーん!」


 ぎゅむーとふたりは抱きつく。


(みーちゃん、体温高いな……)


 青葉にとっても3Dライブは大イベントだ。

 がっつり作り込むと数百万かかる。もちろん美月も

 スタッフもマネージャーも真剣そのもの。


 進行していくと美月がどれだけ歌や踊りが得意なのか、肌で実感できる。


「宵闇を駆け抜け〜」

「ふたりは走る〜」


 デュエット曲を歌い、七海の収録は終わった。

 1曲とMCの収録に3時間……しかしスムーズに進んだのではないだろうか。


 七海はまるっこいペンギンVTuberなので3Dの動きも特殊になる。

 ぽよんぽよん、よちよち……そんな感じなのだが。


「ふぅ、はぁ……!」

「お疲れ様です、ななちゃん」

「お疲れ様ー……これで良かったの? いつも通りのペンギンダンスだけど」

「うん、これが良かったんです」


 七海にはそうは思えなかったが、当の本人が言うのだから多分いいのだろう。


 音響監督が手招きで美月を読んでいる。スタッフ側は最後のチェックに入っていた。


「あ、ちょっと行ってからあがります」

「私は控室に戻ってる〜……」

「はーい……。先に帰っちゃだめですよ?」


 寂しそうな目で美月が見つめてくる。


「大丈夫、そんなことしないから」


 七海はひらひらと手を振りながら、控室へと向かって行った。


 ファンライのグッズで埋め尽くされた控室には美月のマネージャーである佐藤が待機していた。佐藤は20代後半の敏腕女性マネージャーだ。


 黒縁メガネ、右頬に泣きぼくろ……一見おとなしそうな女性だけれど芯は強い。


 佐藤はファンライの歌関係全ての責任者でもある。七海はオリジナル曲を出していないので、それほど付き合いがあるわけではなかったが。


「お疲れ様です、浅岡さん」

「いえいえ、佐藤さんこそお疲れ様です」


 佐藤が軽く息を吐いた。


「向井さんがあれほどノリノリなのは久し振りです。今日をずっと楽しみにしていたんですよ」

「まー、テンション高いなーとは思ってました」

「あの子は天才ですけど癖があります。それでもあそこまで懐いているのは……浅岡さんくらいかも知れません」


 割とはっきりした物言いなので、七海は少し驚いた。でも言わんとしていることはわかった。


 美月は仲間思いだけどぶっきらぼうな所もある。ときに突き放したり振り回したりする言動は、アンチも生む。


 対して七海はペンギン姿のキャラクターのおかげで、アンチは極端に少ない。

 ファンライの愛され枠なのだ。


 七海は佐藤へと近づき、ぽんと肩に手を置く。


「ペンちゃんに任せてなのー!」

「ふふふっ、頼もしい限りですね……!」

「なのなのー!」

「じぃー……」

「はっ!?」


 視線を感じた七海が扉に目を向けると、美月がこちらの様子をうかがっていた。


 扉を半分開けて、ジト目で……!


「やっとわたしに気が付いたです? 仲良いんですね、ふぅーん……」

「ちょっ、その反応はなしなのー!」

「いいんです、わたしなんて……」

「なのー!?」

「……バカッ」

「あはは、愛されてますね」

「佐藤さんー!?」


 とまぁ……これはいわゆるメンヘラ芸というやつだ。プロレスともいう。


 少しだけ冷や汗をかいたのは、七海だけの秘密だった。


 ◇


 スタジオを出るとすっかり夜になっていた。

 夜7時の新宿は混み合っており、人波が途切れることはない。

 トコトコと七海と美月は暗くなった大通りを歩いていた。


「ななちゃん、今日は本当にありがとうです」

「気にしないで。私こそ本当にいい勉強になったから……。みーちゃんのリスナーさん達も満足してくれるといいけれど」

「大丈夫です。むしろイチャイチャしすぎて、ななちゃんのリスナーさんがわたしに妬いちゃうかもですね」


 ふふふ、と美月が笑う。ふたりは居酒屋やレストランが多い通りに差し掛かっていた。


 美月が七海の服の袖を軽く引っ張る。


「ね、夜ご飯どうしますか?」

「あー、どこかで食べようか。お腹空いたよ〜」


 今日はダンスやらがあったので、朝と昼のご飯も控えめにしている。その反動が今になってきていた。


「予定はどうなのです?」

「明後日はコラボ配信あるけど、今日と明日は特になんもないよ。ゲーム配信とかするくらいで」

「ななちゃんの配信って、結構長いですよね」

「そうかも。気が付くと5、6時間やってたりするし」


 七海はだらだら雑談しながらゲーム配信するタイプだ。もちろん何を話そうか、少しは事前に考えるけど。


 七海はゲームは好きだけど、上手くはないと自覚していた。特にアクションやFPSのような、瞬時の判断が求められるゲームは不得意である。


「1週間前、デスソウルで10時間配信してなかったです……?」

「あれは難しかったなー! 面白かったけど、まだクリアは遠いね」


 デスソウルは高難度で有名な傑作アクションゲームだ。ぽんとプレイヤーが死ぬことで有名だが、こまめにセーブされるので挑みやすい。


 実のところ、七海は不得意だからやらないわけではない。むしろリスナー達も、苦戦する七海を見に来ている部分がある。


「……ねぇ、そうしたらなんですけど」

「うん?」


 美月が立ち止まって、七海を見上げた。


「わたしの家、ここの近くなんです。ゲリラでオフコラボ……しませんか?」

「それって……」

「ハンバーグの材料ならあるですから。食べ……にきて、です」


 美月が顔を伏せた。耳が真っ赤な気がする。


「部屋はあるから、そのまま泊まってもいいですし」

「――っ!」


 それって結構重大なことなのでは?

 しかしここまで来たらお泊りも悪くはないかも。オフコラボ自体は、七海も良くやっている。


 そう、美月は仕事の後輩だ。先輩として器を見せないといけない。そしてちょっとだけプライベートを覗きたい気持ちもある。


「だめです?」

「……いいよ。お邪魔するね」

「本当です!? やったぁ!」


 美月がにこっと七海に微笑む。

 可愛いなぁ……と思いながら、ふたりはるんるん気分で歩いていくのであった。


 ◇


 ゲリラお料理&お泊りコラボ。

 その告知をしてからネットでは話題騒然だった。


 ※えっ? ペンちゃんとあおいちゃんが!?

 ※他の人にあおいちゃんが振る舞うなんて珍しいな

 ※ていうか、朝も配信するのか。初めてじゃね?

 ※(・Θ・ っ )つ三(・Θ・ っ )つ三

 ※てぇてぇ

 ※ペンあおは実在したんや!


 新宿のとある高層マンションに美月の家はあった。


「綺麗にしてるー」

「うん、ちょっと手狭だけですけど。適当に荷物を置いてくださいです」


 美月の家は整理整頓されていたが、歌関係の資料とファンライのグッズがかなりの場所を取っていた。


「ここ1年、ファンライは飛躍したからね。私の家もグッズがヤバいかも」

「ななちゃんもそうなのです? 増える一方だから仕方ないところもあるのです……そろそろ限界ですけど」

「ウチもそうだよ。悩んでるんだー」


 雑談しながらも美月はてきぱきと準備を済ませて、ささっと配信が始まった。


 机の近くには移動式のキッチンが置いてある。

 いつもの料理配信に使うやつだ。


「おはなのー。みんなー、元気してるなのー?」

「はーい、アイドルVTuberの蒼月あおいだよ。今日は突発コラボでごめんねー」


 七海と美月は並んで配信をしている。機材もちゃんとあるので、不足はない。


 なんとなく美月が近い気がするけど、それは気のせいだろう。多分。


 ※本当に始まった!

 ※ハンバーグ! お料理!

 ※うぉー! リアタイできた!


 すごい。コメントが滝のように流れる。


「今日は収録があって、その帰りなんだよね」

「なのー! 放送はまだ先だけど、期待して欲しいなのー!」

「じゃあ早速ハンバーグを作っていこー」

「お腹すいたなのー!」

「よしよし、ちょっと待ってねー」

「なのっ!?」


 美月が温かい手で七海のお腹に触ってくる。いや、服越しではあるけれども。

 さわさわされ、七海は悶える。


「ふふふー。お腹、へっこんでるー」

「んやーなのー!」


 ※てぇてぇ!

 ※えっ、ペンギンボディを触ってる?

 ※セクハラあおいちゃんだー!


「あおいちゃん、こんなキャラだったっけなのー?!」

「こんなキャラだったかもね。んふふー」


 料理自体はスムーズに進んでいった。

 七海はコメントを拾いながら実況し、美月は集中しながら料理する。ぶっつけ本番もいいところだが、不思議とうまくいっていた。


「あー! お肉がこねこねされていくなのー!」

「ここは塩加減が大切だよ。あとは形を整えて空気を抜いてっと……。えいっ! えいっ!」

「写真取るなの。雰囲気出てるなの」

「でしょ? お肉もかなり高めのやつ使ってるし」

「じゅるりなの」


 ※おいしそー!

 ※ミンチになった肉になりたい(≧▽≦)

 ※うわー! こっちまでお腹減ってきたー!


 美月は手際よくハンバーグを焼き、ぱぱっと完成させた。付け合せに焼いた野菜もしっかりついている。


「はーい、おまたせー」

「おいしそうなの! 香りがすでにヤバいなの!」


 七海はごくりとつばを飲み込んだ。目の前に出てきたハンバーグはしっとり焼き上がり、香ばしい肉の匂いが充満している。

 ソースもしっかりかかっており、食欲を呼び起こしていた。


「いただきますなのー!」

「召し上がれ〜」


 人の手料理を食べるなんて、何年振りだろう?

 両親との繋がりが薄い七海にとっては、10年振りくらいかも知れなかった。


 七海はフォークで熱々のハンバーグを口へと運ぶ。


「んんん〜、濃厚なのー!」


 ぱっとジューシーな肉の味が口に広がり、ピリッとしたオニオンソースとよく調和している。

 噛めば噛むほど肉汁がほとばしり、もっと噛みたくなってくる。


「はふはふ、うまーなのー!」

「ありがとー♪」


 しっかりとした肉の旨味、そして焼き加減もレアでちょうど良い。自炊をしない七海にとっては魔法のような料理だった。


「野菜もどーぞ」

「あむっ、あむ………! マジでうまうまなのー!」


 アスパラガスとジャガイモもパリっと焼けており、ハンバーグと交互に食べると止まらない。


 こんなにおいしいハンバーグを食べたのは、初めてかも知れなかった。


 ※うわー! 飯テロだー!

 ※俺もあおいちゃんの手料理食べたいー!

 ※ペンギンかわれー!


「あっ、ペンちゃん〜」

「なのの?」


 美月がナプキンを取って、そっと七海の口元に当てた。


「ソースついてるよ、もぉー」

「なの……!」


 そのまま美月は七海を見つめながら、ナプキンで軽く口元を拭う。流し目の美月が妙に色っぽい。


 ヤバい。

 何か、言葉に言い表せないほど……七海は恥ずかしくなった。

 美月はさらに七海に顔を寄せ、そっとささやく。


「ほら、コメント読んで」

「なの! お、おいしすぎてソースついちゃったなのー!」


 ※うっかりペンギン!

 ※イチャイチャしてるー!


 そこからはなんとか実況を続け、配信が終わった。

 すでに時刻は夜の11時だ。

 七海は軽くシャワーを浴びて、リビングのソファーに戻ってきた。


(ああ、ねむっー……)


 七海にどっと眠気襲ってきた。

 ダンス、歌、グルメリポート配信……。盛り沢山だったので仕方ない。


 話したいことはたくさんあるけれど、頭が働かない。というより、今日の出来事でパンクしそうだった。


「そろそろ寝たいかも……」


 頭をくらくらさせながら七海が言うと、隣にいる美月が覗き込んでくる。


「いいよ、わたしも疲れました」

「ん、ごめんねぇー」

「気にしないでください。寝室はこっちです」

「あいー……」


 立ち上がった美月に七海はついていく。

 ぼんやりしながら歩いていくと、ドアの前で美月が立ち止まった。


「あっ、ベッドはひとつしかありませんので」


 ◇


 七海はふかふかのベッドに横になっていた。

 隣にはパジャマ姿の美月が一緒にベッドに入っていた。


(なんだろう、意識しちゃう……)


 七海は身体が熱くなるのを自覚した。眠気はどこかに飛んでいき、わずかな物音にさえびくついてしまう。


「んっ……ななちゃん……」


 もぞもぞと美月が動いた。それだけで七海はハムスターのように震える。


「えへへ、昔みたいです」

「……うん。小学生の頃はよくこうしてお昼寝してたね」


 七海は記憶を辿った。七海と美月のふたりとも、親と一緒にいた記憶があまりない。


 確か、美月の両親は芸能人だったと聞いている。


 家が隣同士でゲームが好きなふたりが仲良くなるのは、必然だったのだろう。


「ななちゃんはいつも頭をぽんぽん撫でて、わたしが寝るのを待っててくれました」

「よく覚えてるね……」


 思い出すと心臓がどきどきしてきた。


「忘れるわけありませんです。あれ……すっごく安心できましたから」


 美月の声がほんの少しだけ近くなった。

 七海はすぐそばに美月がいるのを感じ取り、手をぎゅっと握った。なんだか汗ばんでいる気がしたからだ。


「ねー……あの時と同じようにして欲しいです」


 とろけるような声が七海の耳をくすぐる。


「甘えたがりだ」

「ダメですか。ななちゃんは特別ですから」

「いいけど」


 七海はすっと横を向いた。同じく横を向いている美月と目が合う。


「はぅ……」


 美月が息を荒くしながら、目を閉じた。

 可愛い。VTuberのあおいと美月が重なる。


 思ってはいけないのに、彼女を独占している気分になってきた。


「よしよし」


 七海はゆっくりと片手で美月の髪を撫でた。ふわふわで柔らかい髪の毛……。ずっと撫でていたい。


「……ななちゃん」

「そばにいるなの、みーちゃん」

「んふふ……。あったかい」


 美月は軽く首を動かして七海の手に頭を擦りつける。別れる前と同じ仕草だ。

 その瞬間、七海はどうしようもない懐かしさに襲われた。


「ねー……?」


 七海が美月の髪を撫で続けると、美月がゆっくりと目を開いた。


「腕枕も、して……。昔と同じように」

「んー、いいなのー」


 昔と同じ気持ちで七海はすっと腕を差し出した。

 美月がふっと七海の腕に頭を乗せる。


 ふんわり髪の毛、それに確かな美月の重さと体温が心地よい。美月もご満悦のようだった。


「んふー……気持ちいいー……」

「よかったぁー……」

「えへー……」


 美月がはにかみながら目を閉じる。

 そのままゆっくりとふたりは、眠りへと落ちて行ったのであった。

『読者の皆様へ』


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