第9話 ピヨちゃんの魔導書
登場人物
館長 エドガ 冷静
司書 ミカミ 主人公 基本いい人
司書 ラナ よくしゃべるギャル
司書 ジーノ 世話焼きで若者にうざがられるおじさん
お客さん ピヨネッタ(ピヨちゃん) よく来るおじいちゃん。音楽家。
スウィート&ティアーズ図書館は今日も大忙し。
私ミカミは現在、カウンターでお客様対応をしているが、いろんなお問い合わせがやってくる。
「本はどこに置いてあるの?」とか
「トイレはどこかしら?」とか
「予約をしたいんだけど?」とか
「この本ウチに送ってくれない?」とか
その中でもたまにとんでもないことが起きたリする。
「アノー、チョットイイデショウカ」(あのー、ちょっといいでしょうか)
「はい?」なんて言ってるか聞こえづらいお客様だ。
この方はピヨネッタさんと言って、ほとんど毎日図書館にやってきては私に世間話をしたり、お問い合わせをしてくれる。ただ、声が非常に高いのと、とても早口なのが合わさってなんて言ってるのか聞こえづらいのだ。ラナさんはそんな彼を「ピヨちゃん」と呼んでいて初めて聞いたときはくすっと笑ってしまった。
「ワタシ、コレデモオンガクカヲヤッテオリマシテ」(わたし、これでも音楽家をやっておりまして)
「ハイ、凄いですね!」もう何十回も聞いた話だ。
「ジツハココニモオイテナイ、デンセツノメイキョクヲサガシテイルノデス」(実はここにも置いてない、伝説の名曲を探しているのです)
「名曲? ですか」
「ムカシノハナシヲシマス。ワタシハカツテハナマチニスンデイタノデスガ……」(昔の話になります。私はかつてハナマチに住んでいたのですが……)
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ずっと昔に、こういうことがあったらしい。
ピヨネッタさんは子供の頃、ハナマチのとある森でひとりで探検をしていた。
だが、だんだんと日が落ちて、幼いピヨネッタさんは不安な気持ちが強くなっていったそうだ。
その時、今まで聞いたことがない美しい音楽が森の中から聞こえてきた。
子ども達が無邪気で陽気に遊びまわっているかのような明るくて温かい気持ちになる音楽だ。
「いったいどこから聞こえてくるのだろう?」
ピヨネッタさんは音の聞こえる方向に導かれるように進んでいった。
音に近づいていくうちに音楽はその形態を変えていった。
音楽は陽気な曲から、悲壮感漂う曲になっていった。まるで先ほどの子供たちが皆いなくなって、一人ぼっちになってしまったような、そんなイメージをピヨネッタさんは感じた。
いまひとりぼっちの自分と重なってさらに悲しくて怖い気持ちになった。
それでも足取りをやめることはなかった。やがてピヨネッタさんは辿り着いた。
そこには一冊の本がページを開いたまま、伏せられて置かれていた。
ピヨネッタさんは本を手に取って読みふけった。何が書いてあるのか全く分からない。
本を閉じると音楽は止まった。まるでオルゴールのようだった。
ピヨネッタさんはその後、本をどこかにやってしまったらしい。そしてその時の音楽を求めて、音楽家になったそうだ。
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「そんな本、図書館にあるのかなあ?」私はエドガさんのオアシス部屋に向かった。
「おそらく『魔導書』・・・・だな。」エドガさんはとても上機嫌だった。
「『ハナマチの森』で検索してみろ。まずはハナマチの森がどういうところなのか調べてみるんだ。それから『魔導書』で検索したら何か分かるかもな」
「『魔導書』ってなんなんですか?」
「簡単にいうと、『魔法』を持った本だ。本に何らかの呪文がかけられている。相当強い呪文でないと本に魔法を込めることはできない。」
「うーん、よく分からないけれどとりあえず調べてまた報告しますね」そういうと同時にエドガさんは
「実に面白いレファレンスだ。俺にもやらせろ」と乗り出した。今日のエドガさんはテンションが高くてちょっと気味が悪かった。
「ピヨネッタが探し求めていた音楽……、どんな旋律なんだろうな」
そういうとエドガさんはCDを取り出し、地面に置いた。
CDは地面に吸い込まれ、一体化し、オアシスで音楽が鳴りだした。
「これはピヨネッタの曲だ。」
「う~ん、暗い曲で私にはなんだか合わない」
「そうだろうな。ピヨネッタは生涯独身で音楽以外のことは頭になかったという。そんな人間が辿り着いたこの曲の源泉……うーむ、実に聞いてみたい!」
「ミカミ!とにかくさっさと『ハナマチの森』と『魔導書』で検索しておけ! 今週の休館日に捜しに行くぞ!
「え―」
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休館日。私はテンションが上がらない状態でエドガさんの車に乗り、ハナマチの森へと向かっていた。
車ではまた暗くて陰湿な曲が流れていた。
「これもピヨネッタの曲だ」とエドガさんは上機嫌に解説してくれた。
「この曲は孤独に耐えきれない、哀しみに満ち溢れた男を題材にした曲でな、だがどこかに救いがあるんだ。」
確かに、耳を澄ませると暗くて陰湿な曲の中に時々、きらびやかな星をイメージする陽気なピアノの音が一瞬聞こえてきた。
「ミカミ、楽しみだな」興奮冷めないエドガさんは本当に不気味でならなかった。
ハナマチの森に着いた。辺りを見回したが人の気配は感じられなかった。この辺りは魔物が多く、人が住むのに不便な為、誰も寄り付かないと、本に書いてあった。
「ガキのピヨネッタはよくこんなところを一人で探検したものだな」
「確かに……」
「さて、あと『魔導書』については何か分かったか?」
「それほど大したことは分かりませんでした……、『魔導書』とは強力な呪文を本に封じ込めたものだということです」
「その通り。もう一つ補足がある。本に呪文を封じ込めるには力だけでない"何か"が必要だ。」
「"何か"ってなんですか?」
「諸説ある。俺は文学性だと思う。言葉では例えられない、人間の神髄とも呼べる表現の極致、それが必要なのだとな」
「文学性かー、エドガさんらしい説ですねー」
「貴様は何だと思う?」
「私は"愛"じゃないかと思います」
「ふ、クサイな」
「うるさいですよ?」
そんな会話をしていると幾多の魔物が現れ、我々の良く手を阻んだ
「うわーでっかいのが来ましたよーどうするんですか?」
「ほっとけ。危害を加えようとしない限り大体の魔物は大人しい。無理に殺そうとするのは勇者くらいのもんだ」
「そんなもんなんですか?」
「そうだぞ。世間の常識に捕らわれないようにするにはとにかく本の情報が必要だ。そしてきっと若きピヨネッタもそれを知っていたのかもな」
「なるほどー」
「そんなこんなでエドガさんが車を運転していると、どんどんどんどん魔物が集まってこちらに着いてくるのが分かった。
「魔物は本当におとなしいんですかー? もう50匹くらいはいるような……」
「ふむ、車で来たのがまずかったのかもしれないな。しかし見てみろ。魔物は攻撃はしてこないぞ」そういうとエドガさんは車を止めた。魔物達は私たちの周りを囲んだ。
「な、何止まっちゃんてるんですかー絶体絶命ですよー」
「安心しろと言っている。魔物は攻撃してこないだろうが」
「そんなこと言ったってーうわあああああん。どうしてこんなことにいいいい」私は大声で泣き出した。すると
「シッ!」魔物達は指を一本立てて口元に置き、そういった。
「どういうことなの~?」
「まて、魔物は人間に近い生物だ。人間の言葉をつかえるものもいる。きっと静かにしろということでいいのだ。このまま様子を見よう」言われるままに私は息を飲んだ。
静寂の中にエドガさんの車からピヨネッタさんの音楽だけがわずかに聞こえていた。
魔物はそれを黙って見ていた。
「わかったぞ、全て」
「え?・・・・・何がですか?」
エドガは車の音量を上げた。音楽はさらに大きく鳴りだした、魔物はどんどん集まってきた。そして静かにそこに腰を下ろして、音楽を聴いていた。
「探していた『魔導書』とは、ピヨネッタ自身が作り出したものだったのだ」
「え? 意味が分からない! どういうことですか」
「ピヨネッタは音楽を奏でながらこの森を歩いていたんだ。そして魔物は彼の歌を好んだ。やがて魔物は彼の下に集まり彼の音を聞いた。その時の記憶を彼はもう忘れてしまっているのだろう」
「どうして、忘れてしまったんでしょうか」
「それは彼が持っていたはずの"何か"を失ってしまったからだと思う」
「"何か"」
静寂が戻りピヨネッタさんの音楽はこだました。音楽ははじけるように一つ一つの音を紡ぎだしていた。
私たちは魔物と一緒にピヨネッタさんの音楽に耳を澄ませ続けた。
悲しくて悲壮的な音楽は私の耳に合わないと思っていたが、だんだんと少しずつ私の心の中に浸透していった。
いろんなことが頭の中に浮かんだ。いなくなってしまった父。昔大好きでキスばかりしていたクマのお人形。そして、数人の人々の拍手の音……。
"何か”っていったい何なんだろう。私はまだ、それを持ち続けているのかな?
音楽が鳴り終わると同時に魔物はふっと消え去った。
『魔導書』が落ちていた。
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後日、ピヨネッタさんに起こったことをありのままに話した。
「『魔導書』です。こちらではないでしょうか」
ピヨネッタさんはそれを私から勢いよくひったくり、本を開いた。
流れたのは先日聞いたピヨネッタさんの曲と同じものだった。
「コレデハアリマセン」(これではありません)
ピヨネッタさんはそれを理解されず、自分が探しているものではないと言った。
結局エドガさんの結論が正しいのか、ピヨネッタさんの記憶が間違っているのか、答えは分からないままだ。
ピヨネッタさんはきっと今後もその"何か"を探し続けるのだろう。
私はそれを応援しようと思う。