第7話 ミカミの活動報告書
登場人物
館長 エドガ 冷静
司書 ミカミ 主人公 基本いい人
司書 ラナ よくしゃべるギャル
司書 ジーノ 世話焼きで若者にうざがられるおじさん
レファレンスとは、調べたいことや探している資料などのご質問について、必要な資料・情報をご案内するという仕事
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“ミカミです。スウィート&ティアーズ図書館で働いて早2カ月が経過しました。
はじめは閉架書庫と呼ばれる、ふだん見ることができない貴重な本がたくさん詰まった書庫のお掃除をひたすら続けていました。
閉架書庫の本は私が一生かけても読み終えることがない程沢山あって、ここには私の知らない世界がたくさんたくさんあるんだなと思うと感慨深い気持ちになります。
そして現在ではついにカウンターでお客様の対応をしています。
お客様はいろんな方がいて、小説だけでなく、料理のレシピ本や宇宙の神秘、人生の生き方などいろんな本を借りていきます。
手に取る本を見るだけで
「この人はきっとこういう人なんだろうなあ」とか
「私が大好きな本を読んでくれている。この人きっと友達になれるなぁ!」とか
そんなことを考えて仕事をするとあっという間に一日が終わります。
私はいま幸せです“
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「……なんだこれは」エドガさんは震えながら私を睨んでいた。
「な、なにかおかしかったでしょうか?」私は冷や汗をかきながら後ろずさりしていった。
「貴様これでは感想文ではないかッ! 報告書とはな、もっと今日はどんな仕事をしたとか、どのような点に気を付けて明日はどうするのかとか、そういったものを書くものだろうが!」
「すいませ~ん、書きなおしま~す」私はすぐさま用紙を持ってエドガさんのオアシス部屋から逃げ帰った。
「というわけなのラナさん」ラナさんにも報告書を確認してもらいながらどう直したらいいのか尋ねてみていた。
「えーエドガひど~い。ミカミちゃんらしくてかわいいのに~」
「ラナさんだったらどう書くのー?」
「うーん、私こういうの書かされたことないからな~」
「そうなの? 私はダメでへっぽこだから書かされているのかなぁ」
「エドガはミカミちゃんのことを本気で気に入ってるんだと思うよ~。最近エドガ元気いいもん」
「本当?」にわかに信じがたかった。
「たぶんね。ねぇねぇ、ジーノにも聞いてみよーよ」
「うん」私はラナさんにカウンターを任せ、ジーノさんの下に向かった。
「ミカミさんも大変だね」ジーノさんはそういって私の報告書を一通り読んでくれた。
「なんとなくエドガの言いたいことは分かった」
「何が足りないのでしょうか」
「この図書館で働いて実際にやった業務について詳しく書いてごらん」書いているつもりなんだけど、と思いながら私はうなづいた。
「例えばこれまでレファレンスは受けたかい?」
「そういえば昨日一件ありました!」私はハっとした。
「そのことについて書いてもう一度エドガに見せてごらん」
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”ミカミです。業務報告をいたします。この日はカウンター業務を中心に行いました。
カウンターで私が対応したレファレンスは1件でした。
「『魔王』とはなんなんでしょうか」という質問でした。
改めて問われると確かに『魔王』ってなんだろうと思って私は一瞬戸惑いました。
お客様はそのまま「『魔王』ってこの世界にまだいるんですか?」と問われました。
私は「『魔王』について記載された本をお調べして、分かり次第ご連絡いたします。お時間がかかりますが、よろしいでしょうか」とお伝えして、お客様から了承をいただきました。
私はとにかくパソコンの本の検索で「魔王」で検索をしてみました。該当する本は520冊でした。
片っ端から見ていくと時間がかかりそうだったので、改めて「魔王 起源」で検索しました。
そうすると520件あった検索結果は15冊にまで減ったので、そこから15冊を徹底的に調べ上げました。
『魔王とはなにか』という本がありました。
この本を読んでみると、『魔王とは狡猾で頭の良い裏の世界の支配者』という記事がありました。その記事を読んでみると
「かつて魔王と呼ばれるのは50人程存在していてミケランドール、ハナマチ、サンニャーチコ、モジャラ、ピッターニャをそれぞれ支配しており、国民に税などの負担を与え、我が物顔で過ごしていた。とされていました。しかし突如20人ほど誕生した勇者達により一方的に狩られ尽くされ、今では明確に魔王と呼ばれる生物は存在しない」という記載がありました。
このことをお客様にお電話でご連絡すると、
「そもそも、勇者ってなんなんでしょう。勇気があるものを勇者と呼ぶのは分かります。魔王を倒したものが勇者になるのも理解できます。しかし、魔王を倒す前から、彼らは勇者を名乗っていることが多いように感じるのです。魔王も魔王です。悪いことをしているのが魔王というイメージですが、自分のことをわざわざ魔王と呼ぶでしょうか。堂々と悪いことをしているのが理由がわかりません。普通自分が魔王であることを隠してこそこそと悪いことをするのが適格な気がします。堂々と魔王を名乗って悪いことをしているのは愚かとしか思えないのです」
確かに一理あるなと思った私は勇者と魔王について起源を調べてみました。すると閉架書庫の奥の方に眠っていた本を見つけました。
「速報!勇者と魔王はどちらも詐欺師だった!」という暴露本に近い書籍です。
この本に書いてあることが必ず事実であるかどうか疑わしい内容でしたが、
「勇者に殺された人々、迷惑を被られた人々の話」と、「魔王に命を助けられた人々の話」などこれまでの私たちの価値観を大きく左右される内容でした。
私はこの本に書いてあることが真実とは到底断定できるものではいと判断しましたが、こういった考え方もあるということでお客様に一つの可能性として提案いたしました。
それを聞いたお客様は
「なるほど。目の前に見えている正しい情報は必ず正しいとは限らないということですね」と言って御礼を言ってくださいました。
このような形で解決しました。
以上、報告書でした”
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「どうですか? エドガさん」私はエドガさんのオアシス部屋で新たに書いた報告書を提出した。エドガさんは黙ってしばらくそれを読み、読み終わると同時にこちらを見た。
「まあ、まだ感想文的なところもあるが概ねよしとしよう」と言って報告書を受け取り、ファイルに挟んだ。
「まだまだだな」そういうとエドガさんは私を閉架書庫に連れて行った。
「これを見ろ」エドガさんに手渡された本を手に取ってみると、とんでもないことが記されていた。
「この本に辿り着けば100点満点だったな」
「そんな……、この世界は」
「そうだ。だがこの本を見せてもそいつが理解できるかどうかは分からない。多分信じないだろう。だからお前の答えもあながち間違いとは言えない」
「レファレンスって、奥が深いんですね」
「ああ」
エドガはそういうとオアシス部屋に戻り、お茶を飲んだ。
オアシス部屋では小鳥が歌い、雰囲気の良いジャズ音楽が心地よく響いていた。
「あのぅ、エドガさんってここで普段何をしているんですか?」
「ん? そうだな。書類にハンコしたり、侵入者を始末したり、国の政府に挨拶回りとかだな」
「へぇ……。遊んでいるだけかと思いました」
「まぁ、普段から皆にカウンターで苦労してもらっているからな。俺の苦労など分かるまい」エドガはそう言ってコーヒーをすすった。
「エドガさんは魔王と会ったことあるんですか?」
「あるぞ」
「そうなんですか!? やっぱりおっかない感じなんですか?」
「見た目だけならな。だが彼らは彼らなりの正義を持って必死に活動をしている。俺にそれを批判する権利はない」
「私、知りたくありませんでした」
「何をだ?」
「魔王が勇者の成れの果てだってこと」
「世の中には知りたくないことがたくさんある。だがそれらを知らないで自分の狭い世界だけで物事を勝手に判断し、行動するのは恐ろしいことだと思う」
「そうですね……」私はショックが隠せなかった。
「とにかく、もっといろんな本を読むのだ。そしてお客様に合わせて適切な情報を提供してやれ」
「わかりました」ただ、楽しいことだけではない。この世界には一言では表せない事実がきっと他にも沢山ある。
「あと、エドガさんのおすすめの本を聞いてもいいですか?」私はおそるおそる尋ねた。エドガさんは一瞬思考が止まったように固まった。
「この前面接の時に話した『ピッターニャの祖父』は読んだか?」
「は、はい、とても面白かったです。」あの時の面接での失態が悔しくてその日徹夜して読破したのだった。
「ならば……『メロと少年』なんてどうだろう」
『メロと少年』。聞いたこともないタイトルだった。
「初めて聞きました。知らない本ですね。読んでみます」
「やれやれ、『メロと少年』も知らんとはな」
「なんですか! その言い方は!」私は本だけは誰にも負けられないプライドがあったから、言われるのは我慢ならなかった。
「すぐに読んでから感想伝えますからね! エドガさん」
「待て……まだある。」それからエドガさんは私に50冊ほど本を紹介した。エドガさんは止まらなかった。
「さらにこれもなかなか面白くてな……」
「ちょっと待ってください。もうキャパオーバーです」
「ここの本棚に俺の私物を置いているから好きに取っていい」そういうとオアシス部屋の奥に存在していた本棚を私に教えてくれた。
「絶対すぐに読み終わってエドガさんを見返してやりますからね!」
「楽しみにしている」本が関係している時のエドガさんはどこかいつもより楽しそうな表情をしていて、嬉しかった。
ジーノさんとラナさんにも後でお礼を言わないと。今度はエドガさんもつれて帰りに皆で喫茶店に行こう。