第5話 督促の達人ジーノ
登場人物
館長 エドガ 冷静
司書 ミカミ 主人公 基本いい人
司書 ラナ よくしゃべるギャル
司書 ジーノ 世話焼きで若者にうざがられるおじさん
スウィート&ティアーズ図書館でいつものように本棚でお掃除をしていたら、エドガさんが不意に現れて私を呼んだ。
「ミカミ、明日はジーノと督促に行ってこい」
「え? いきなりなんですか?」
「督促だよ。知ってるだろ?」
説明しよう。督促とはなかなか借りた本を返さないお客様に早く返すよう催促をすることである!
「本来の返却期限から2週間経った客には電話。さらに2週間たっても返さなかった場合は郵便はがき。そしてそこからさらに2週間経っても返す気配のない人間は……」
「返す気のない人間は……?」ミカミはゴクリと息をのんだ。
「殺していいぞ」
エドガさんはいつになく楽しそうに言った。
「いや、殺すのは不味いでしょ」
「借りた本を返さないやつに人権など無いのだ」
「いや、そういわれても……」なんだかおっかないことに巻き込まれそうだと思いミカミはうまく話をそらして逃れようと試みた。しかし……
「とにかく督促はいい勉強になる! ジーノを連れて一緒に行ってこい!」
これは行くしかないようだ。
「はーい……」
翌日。
「ミカミさんは白魔法の使い手と聞いているから心強い」ジーノさんは黒いスーツに、シルクハットをかぶりまるでどこかのマフィアのような出で立ちだった。
「ジーノさん? これは督促……ですよね?」
「そうですよ。ミカミさんも覚悟してください」
「え? なんか怖くなってきたんですけどーーー」
「場所はサンニャーチコですね」ジーノさんは香水を取り出した。
「それは?」
「あ、見るのは初めてですか? ラナに作ってもらった香水です。これをかけると思い描いた場所にワープすることが出来るんですよ」
「ラナさんすごーい」
「頭の中で強くイメージしたところにしか移動できないみたいだから、そこはちょっと不便ですけどね」
「ついでに私の思い出の場所に連れて行ってあげますよ。さあ、かけますよ?」私はうなづいた。
シュッ
香水をかけられた私は一瞬で意識が朦朧とし、何かに引っ張られるような感触を覚えた。いや、これは実際に引っ張られているのだろう。いま私の意識と体は同時にサンニャーチコへと向かっているのだ。
すさまじい勢いで移動していく最中、とある風景を見た。
まるで金色のごとく輝いた麦畑の中にジーノさんがいる。ジーノさんは今よりずっと若くてハンサムだった。
ジーノさんは誰かと一緒にいた。誰なのかはよく見えない。二人はとても幸せそうに微笑みながらダンスを踊っているようだ。
その時、意識が強く元に戻ろうとし、それに私の体は強い反発を覚えた。
もうすこしこの光景を見ていたかったな……。
気が付くと私は荒れ果てた地平線の真ん中に立っていた。左右を振り返りジーノさんを探した。ジーノさんはすぐそばであおむけに倒れていた。
「ジーノさん!」私はすぐさまその場に駆け寄った。
「いてて・・・・・・」ジーノさんは頭をポリポリと搔きながら起き上がった。
「大丈夫ですか?」といって白魔法を唱えた。
「お。痛みだけでなく、疲れまで取れたよ。君は本当に凄いなあ」ジーノさんは喜んでいた。
「ちょっと昔のことに浸っていたらこのザマだよ」私はジーノさんの思い出を見ていたのかもしれない。
「さて、じゃあミカミさんにはこの風景をしっかりと眺めてもらおうかな」
「え? 風景といっても、何もないですよ」
「うん。今は何もないけれど、帰りにまた寄っていこう。面白いことが起こるから」
私はよくわからないままそのままジーノさんの後についていった。
「今お昼の1時か……。ちょうどいいな」30分ほど歩いたところでジーノさんは腕時計を見た。
「あそこ、みて」指さす方向を見ると、そこには今にも崩れそうなぼろぼろの小屋があった。
「あれだな」
「えぇ~、あんな建物に人が住んでいるのでしょうか?」
「期限内に本を返さないやつってのはああいう輩ばっかりさ」ジーノさんは木の陰に隠れ、鋭いナイフを1本取り出した。
「ミカミさん、おいで」私は今にも戦いが勃発してしまいそうな雰囲気に焦りを感じてばかりだった。
「ジーノさん、まずは話し合いましょうよ~」
「ミカミさん、甘えたことを言っちゃいけない。相手は人外だと思った方がいい」
「そんなぁ」
その時だった。
「グォオオオ!!」
小屋から大きな雄たけび音があがった。
「な、なんですかあの音!」私は震えが止まらなくて仕方なくなった。
「しっ。静かに」ジーノさんは慌てる私を抑えながらナイフを小屋めがけて投げた。
ナイフはかなり軌道を外れて小屋の上を飛んで行った。
その時、
「グアアアア!!!」小屋は音を立てて崩れ落ち、中から人間とは到底思えない化け物が飛び上がった。
音を立てて化け物は私たちのいた木を粉砕した。凄まじい動きだった。
「あちゃー外した。私が奴を引き付けるからミカミさんは小屋へ向かって本を探してきて!」
「は、はい!」私は半泣きになりながら小屋へ向かって駆けた。
「どうしてあんな怪物が本を借りてたのよ!」私はすぐにぼろぼろになった小屋の隅っこを探し始めた。かなり乱雑な部屋で足の踏み場も無さそうだった。
「これは時間がかかりそーだ」そのまま私はジーノさんの方をみた。ジーノさんは凄い勢いで何度も何度も飛び上がって、怪物を翻弄していた。
「小癪だな」ジーノさんはナイフを4本ずつ、両の指と指の間に挟み込み、器用に怪物めがけて放った。だがナイフはすべて怪物に当たらなかった。
「キエエエエ」ジーノさんはへんな叫び声をあげていた。かなり必死なのが伺える。このままでは不味い。私は早く本を探さなきゃ。小屋であったはずの場所は戦いの影響を受けて、何も残らない空地のようになっていた。本らしきものはない。どこだ? どこだ?
「無いよー無いよー」涙がぽろぽろとこぼれた。どうしてこんな目にあっているの。どこにあるの?
このままじゃジーノさんは死んでしまうかもしれない。どうしようどうしよう。
すると、まるで最初からそこにあったのではないかというところに本が置いてあることが分かり、すぐに私は本を手に取った。
タイトルは、『真夏の思い出』
「これだ!」私はそのまま本をしまうとともにジーノさんのところに駆け寄った。
「ジーノさん! ジーノさん!」私が駆け寄ると、たくさんのナイフに刺され、虫の息になった怪物と今にも倒れそうな状態でヨロヨロと怪物と距離を置いていたジーノさんだった。
「回復します!」私は言うと同時に白魔法を唱えた。
「ぐっ! 君の魔法を受けたのにまだ疲れと痛みが取れないな」ジーノさんはボロボロになったシルクハットを取りに歩いた。
「無事に倒したんですね」
「ああ。まったくナイフが当たらないから焦ったよ」
「でも……、殺しちゃったんですか?」
「仕方ないよ。あんな化け物になったらね」
「そもそもどうしてあんな生き物が本を借りれたんだろう」
「彼が本を借りている時はどこにでもいる普通の勉強熱心な青年だったんだけどね」
「え? どういうことですか?」
「本をずっと返さないでいると、ああいう化け物になってしまうんだ」
「そんなことあるんですかあ?! 私、本ちゃんと返してて良かったー」
「本を返さないでいるとその罪悪感から、心の闇が増幅するのかもしれないね」
化け物は虫の息だった。今にも死んでしまいそうだった。
「ジーノさん」
「何?」
「私はジーノさんに人殺しになってほしくありません」
「いや、ダメだミカミさん!」
「私は治します!」
「ダメだ!」ジーノさんの叫びと同時に私は白魔法を唱えた。
私の白魔法は疲れと痛み、苦しみを解き放つ。元が人間であるのならばきっと……
そこに怪物はいなかった。眼鏡をかけた男の人がすやすやと眠っている。
「すごい。ミカミさん。あの化け物ですら人間に戻してしまうとは」
うーん、男の人は意識を取り戻したようだった。
「すまないことをした。私はスウィート&ティアーズ図書館のジーノと申します。まだ返されていない本があるので参りました。」
「あ、『真夏の思い出』! すみません、すみません……」
「あなたはあの小屋で何をしていたのですか?」
「この『真夏の思い出』が面白すぎて面白すぎて、他の何もしたくなってここに小屋を作って生活をしておりました。」
「そこまでハマって熱中してしまうほど、この本は面白いのですか?」
「……私は大学を卒業し、就職してからずっと子供に戻りたいと思いながら生きておりました。やがてこの本に出会い、この本の中に自分の青春があることに気づいたのです」
「そのまま、現実から離れて化け物になってしまっていたということか」
「でも、正直悪くない気持ちでした。思いのままに生きるのは。でも私のせいであなたたちを傷つけてしまった。反省します。これからは逃げずにちゃんと探します」
「では、こちら返却いただきますね」私はカバンから『真夏の思い出』を取り出して男の人に見せた。
「あぁ!」男の人は思わず右手が伸びたが、左手でそれを制御していた。
「早く、言ってください!」
「あらあら、本当に未練がましいですね。ちゃんと返却の手続きをすればまた借りれるんだから、またいつでも借りにきてくださいね」ジーノさんはそういうと私に香水をかけた。私たちはその場を離れた。
ワープで移動した先は先ほどの地平線……のはずだった。
「うわあ……、すごい……」そこに広がるのは香水でワープをしていた時に見たジーノさんの夢の中の麦畑だった。
「この地形は時間とともに姿形を変えるんです」ジーノさんはボロボロになっていたスーツをすこしでもきれいにしようと右手で伸ばしていた。
「ここは私が若い頃に見つけた。私だけの宝物」
「本当に……綺麗……」
「もう夕方ですね」ジーノさんは夕日を眺めながら口笛を吹き始めた。
「時間がたつのはあっという間ですね」ジーノさんはそういうと、麦畑に向かって大きく吠えた。私の白魔法で回復している分、まだ元気が有り余っている様子だ。
私はもう精神的に限界が来ていた。
「ごめんなさい早く帰りましょう」
振り向いたジーノさんのバックに、夕焼けが輝き始めていた。