第14話 夢の中の魔術書
異世界にある図書館でお仕事をする女の子の物語
登場人物
館長 エドガ 冷静
司書 ミカミ 主人公 基本いい人
司書 ラナ よくしゃべるギャル
司書 ジーノ 世話焼きで若者にうざがられるおじさん
私ミカミは夢を見た。
そこは何もない広い草原。雲が慎ましく並ぶ、夏の晴れわたった青空。草原の緑と、青空の色が重なり、どこまでも薄く白く見える地平線がすっと伸びている。
暖かい風が吹いた。さわさわと、草原の短い草が揺れた。
私は草原の上に寝転んで、大の字になって目を閉じた。
暖かい。
起き上がって地平線を眺める。
大きく深呼吸した。草原の草の匂い。どこまでも澄んでいて、優しい匂いだった。
いい夢だ。
私は歩き出した。どこまでもどこまでも草原は続いている。
しばらく進んだ時、ふと後ろで、ワンという犬の鳴き声が聞こえた。小さな音で、気のせいかなと思ったけれど、私は振り向く。
私の後ろに本が浮かんで着いてきていた。私が歩くと本もぷかぷか浮かんで着いてきた。
犬の散歩みたいでかわい~い!
両手で持たないといけないような大きい本だが、装丁はシンプルだ。赤茶色のシックの革表紙がとてもかっこいい。古いものなのか、ページの側面には所々薄いシミがある。
私は本にそっと触れてみた。持ったとたん、浮いていた本は私の手に体重を預けた。重さがズシッと手の平に乗った。
よしよし、いい子だ。
私は本を手にして草原に座り込んだ。草原のヒヤリとした冷たさがお尻に触れて気持ちいい。
私は本をよしよしと撫でた。
そっと本を開いた。
はっとして目が覚めた。
外ではスズメがちゅんちゅん鳴いている。私は時間を確認しようといて、枕の上の方に手を伸ばした。
たぶんまだ遅刻ではないはず……。
私の手になにか覚えのない固いものがあたった。
何かと思って起き上がって見てみる。それは夢に出てきたあの本だった。
私は寝ぼけた頭で考える。……夢じゃなかったってこと? でも夢は夢だったし……。
この本は昨夜までは絶対にここに無かった。夢の世界から出てきちゃったのかな?
赤茶色の革表紙をよしよしと撫でてみた。さっきまで夢の中で触れていた感触とまったく同じだ。
……なんだか開いてみるの怖いな。
えいっ!
私は思い切って本を開いてみた。
……何語だろう。本は読めない文字で書かれていた。
「……それで、これがその本なんですけど」
スウィート&ティアーズ図書館。私は出勤して真っ先にエドガさんに本を見せた。
私が夢の話をしている間、エドガさんは
「どうでもよすぎる」
と言いながら興味なさそうにしていたが、話の途中で本が出てくると途端に真面目に話を聞き始めた。
エドガさんは私から本を受け取ると、まず初めに奥付をみた。
説明しよう! 奥付とは!
本の一番最後のページ。タイトル、著者名、出版年月日、出版社などが描いているページのことだよ。
「これは魔術書だ」
「え!?」
私はエドガさんの持っている本を覗き込んだ。文字は読めないけれど、他の本の奥付の様式と特に変わりないように見える。
「エドガさん、この文字が読めるんですか? どこかに魔術書って書いてあるとか?」
「そんなわけないだろう。バカ」
「むう。じゃあなんでこれが魔術書って分かるんですか? 確かに突然現れた不思議な本ではありますけど!」
「俺にも読めん。これはそんじょそこらの人間が読める代物じゃない。しかし奥付を見ればなんとなく分かる。俺はいつも魔術書を使っているからな」
「使っているってどういうことでしょうか?」
「察しの悪いやつだな。俺が転生者である勇者と戦うときに使っている本があるだろう。あれは魔術書だ」
「あ~そういえば!」
いつの間にかエドガさんの手には、いつもエドガさんが戦うときに使うあの本が乗っていた。
「魔術書は突然現れる。俺のこの本は寄贈されたものだが、前の持ち主が言うには、この本も突然現れたそうだ。旅行先で自分のトランクを開けたら入っていたらしい。読めないし気味が悪いというのでこの図書館で引き取った」
「へ~。魔術書って不思議な本なんですね。……ん?」
私はう~んと首をひねった。
「エドガさんも読めないんですよね? ならなんで勇者が来た時に、本を開いて本当の名前を読むことができるんですか?」
「なんか知らんが、転生者を前にしてこの本を開くと書いてあるんだよ。他のやつで試したがなぜか俺にしか読めんようだが」
「ほかの人とエドガさんと何の違いがあるんでしょうね」
「今は分からんが、この本の話はいい。お前のその本はどうする。悪いことは言わん。厄介なことになる前に寄贈しろ」
「え~命令ですか?」
「命令だ」
「え~……」
嫌だなあ。どうしようかなあ。せっかく私の夢に出てきた魔術書なのに。
「嫌です! 私の魔術書にします! 私もいつか何かが読めるかもしれないし!」
「やめとけ。寄贈しろ」
「嫌です」
「寄贈しろ!」
「やだ!」
「もういい。勝手にしろ。忠告はしたからな」
「は~い!」
せっかく私のところに来てくれた魔術書だ! 私だけの魔術書。私の宝物にしよう!
私は魔術書にポチと名前をつけてカバンの中に入れた。いつもポチと一緒だ!
その日からなぜかとても良いことが起きるようになった。
ジャンケンは連戦連勝。
エドガさんといつも入れ違いで休憩になるのでのびのびできる。
一日に何度も小銭を拾ってラッキー!
いつも行列が出来ていてなかなか入れないパンケーキの専門店にも、私が行くとタイミングよく並ばずに入れる。
朝起きると気分のいい爽やかな朝を過ごせる。
私が対応する図書館の利用者さんは、みんな機嫌が良くていい人ばっかり。
スキップするといつもより高く跳べた!
ポチがカバンの中にいるとなんだか良いことばっかりだ! 私とポチはきっと相性がいいに違いない。
ランランラーン!
私は気分よく毎日を過ごしていた。
カバンの中のポチがどんどん熱くなっていることにも気づかずに。
その日、私は一人でカウンター業務をしていた。利用者さんはいつもより少なめ。私は仕事の作業を一段落させて、カバンの中からポチを取り出そうとした。読めないけど、いつも眺めて遊んでいるのだ。
カバンの中のポチは持ち上げるのがやっとなくらい熱くなっていた。
「え? え? なんで? ポチどうしちゃったの!?」
私はカバンをひっくり返して、ポチをテーブルの上に出した。
指でつつくと、やけどしそうなほど熱い。ど、どうしよう!
発火しそうなほど熱くなっていくポチを前にしてあたふたしていると、ポチの表面がギラギラ光った。
あっ! と思う間もなく、ポチから火柱が立った。
「ひ、ひ、避難してくださーい!!」
天井にまで届いている火柱に気づき、ラナさん、ジーノさん、私は避難誘導をした。
すぐに図書館内には人がいなくなったが、火柱はゴウゴウと音をたてて止む気配がない。
「ちょっとちょっと! 蔵書どころか図書館自体が燃えカスになっちゃうじゃん!」
焦っているラナさん。
「しかしこれはどう消火すればいいものか……」
茫然と火柱を見上げているジーノさん。
こうしている間にもどんどん蔵書が燃え落ちていく。灰になった本が私たちの上にボタボタと落ちてくる。
私は燃える本を見上げながら思い出した。
どうして忘れていたんだろう。ポチが枕元
に現れた時に見たあの素敵に気持ちがいい夢。
あの夢には続きがあったのだ。
ポチを持って私は草原の上に座り、よしよし撫でて本を開いた。
本を開くと途端に、中から炎が渦巻いて、私の体を包んだ。
「キャアアアアアア!!!」
私は炎を包まれて、すぐに灰になってしまった。私の灰を中心にして火柱が立ち、草原を燃やした炎は地平線に向かって燃え広がった。
そして世界は炎に包まれてしまった。
「ど、どうしよう……」
私の目から涙がこぼれはじめた。……エドガさんの言う通りだった。寄贈して保管しておくべきだったんだ。
図書館の本は半分以上燃えてしまったように見えた。燃え広がり、舞い落ちる灰で目が痛い。
「ダメだ! 私たちも避難しよう!」
ジーノさんが消火を諦めて走り出す。
エドガさんがオアシスから飛び出してきた。……エドガさんいたんだ!
「ミカミイイ!! この書類に早くサインをしろ!!」
「え!? サイン!?」
この窮地に乗じて連帯保証人でも押し付けられるの??
「これは本を寄贈するときの確約書だ!! さっさとサインしてあの魔術書を封印しろ!!」
「わかりましたああ!!」
私は慌てて書類にサインした。視界はもうほとんど真っ黒だ。図書館内のどこかで、書架が崩れ落ちる音が響いてくる。
「この寄贈の印鑑を魔術書に押せ!!」
「ええ!?」
ポチは火柱の中心にある。なぜか形はそのままで燃えておらず、ゴウゴウと燃え上がる火柱の中をよーく見ると、ゆらゆら動いて見えてくる。近ずくだけでも目が燃えてしまいそうなほど熱い! あれに印鑑を押せっていうこと!?
「ミカミ!! 何してる早くしろおお!!」
ええい! ままよ!! 私は無我夢中で思い切り腕を炎に突っ込んで印鑑を押し付けた。
「おりゃああああ!!」
煙と灰まみれになり、真っ黒になってしまった図書館は一瞬で元の姿に戻った。
火柱も消え、変な場所に蔵書印が押されたポチがそこにあった。
図書館も、蔵書も、何もなかったかのように元通りだ。
「よ、よかったあ……」
安心して気が緩んだ。私は床にへなへなとへたり込んだ。
泣いたら絶対エドガさんに何か言われる……。私は必至で涙をこらえた。
「やれやれ。流石に焦ったな」
エドガさんは服の袖で汗を拭っている。
「なんとかなったようだな」
「いや~久々に激ヤバだったじゃ~ん」
早々と避難していたジーノさんとラナさんが戻ってきた。
私は事情を説明した。
「ごめんなさい。今回のことは全部私の不徳の致すところです。エドガさんの言うことを聞いていればよかった……」
「ミカミちゃん、事情は分かったけど、やけどやばいよ? 痛くないの?」
ラナさんが心配そうに言う。
「めっちゃ痛い……」
私は腕のやけどを白魔法で治した。
ポチを手に取って、一度ぎゅっと胸に抱きしめた。
「ポチ、もう君は私だけの宝物じゃなくなったんだね……」
私はポチを両手でエドガさんに差し出した。
「エドガさん、わがまま言ってすみませんでした。ポチの封印をお願いします」
「任せろ」
エドガさんはポチを持ってオアシスの奥に消えていった。
さよならポチ。
私の宝物。




