第12話 ラナさんは恋バナがお好き
登場人物
館長 エドガ 冷静
司書 ミカミ 主人公 基本いい人
司書 ラナ よくしゃべるギャル
司書 ジーノ 世話焼きで若者にうざがられるおじさん
お客さん ピヨネッタ 音楽家。
お客さん オディバさん 常連
明け方の図書館に二人の足音が近づいていた。
「いくぜえソフィアああ! 本ばっか読んでる弱っちいやつら、ぶった切って魔術書から何から全部奪ってやるぜえ」
「うむ」
ソフィアと呼ばれた女が男を見上げた。
男の担いでいる双剣が、ガチャリと鳴った。
スウィート&ティアーズ図書館に出勤しようとした朝8時半。なぜか開け放たれていた入り口からラナさんが飛び出してきた。
「わっびっくりした。おは…」
私の言葉を遮って、ラナさんは焦ったように説明した。
「ミカミちゃんおはよう! いいところに来たね! 勇者が二人パーティで襲撃しに来たよ! 今ジーノが交戦中! 勇者の方だけエドガのオアシスに移動させるから、詠唱するまで横にいて~!」
「はい!」
私は詠唱中無防備になるラナさんの横に着く。ラナさんの詠唱が始まり、私とラナさんの周りに黒い炎のような錬成陣が現れ、ラナさんの声に呼応するようにうねり始めた。
「黒炎のうねり 天竜の飛沫 逆巻け黒点 悠久の調べ
獅子の恋情 猛る血潮 わだつみの記憶 滂沱の轟
我が血を叫びと心得よ! 炎天海流神!」
ラナさんの周りの錬成陣から起こっている黒い炎は一気に燃え上がった。
「エレーアワープ!」
天にまで届くかと思われた炎は、図書館の中心部へと飛散して消えた。
「これでオッケー! ミカミちゃん、急いでジーノに加勢しに行くよ!」
「は、はい! ラナさん、今日の空間転移はなんかいつもと雰囲気違いましたね」
「うん。相手の強さに合わせて、転移魔法の強さも変えるんだよね」
「え、つまり…」
前を走るラナさんが振り返る。いつも笑顔を絶やさないのに、ラナさんの笑顔は強張っていた。
「勇者はともかく、もう一人の女騎士。今ジーノと戦っているんだけど、あいつは見たところ…」
私はごくりとつばを飲み込んだ。
「めっっっちゃ強いよ。…覚悟していこう」
図書館大広間に飛び込むと、ジーノさんが敵の攻撃を受けて、すぐ隣の壁に叩きつけられた。
ドオオオオオオオン!!
「ギャアーー!!」私はびっくりして叫んでしまった。心臓が飛び出るかと思った。
バラバラと落ちてくる本の山に埋もれて、ジーノさんはかすれた声で話しだした。
「ミカミくん、お、おはよう…。私はもうだめだ。朝ごはん食べてないし…あの騎士は強い。ラナの魔法でなんとかならんか」
「あの女騎士の一定の距離に対して、魔法を反発する力があるみたい。それをかいくぐってやっと勇者だけ移動させられたのよ? あの女騎士を直で空間移動させるのはつらいわ~。私だってさっきのでお腹減ってきたし」
私は慌ててジーノさんに白魔法をかける。
女騎士が大剣を構えながら話しだした。可愛らしい容貌に、ロングスカートの甲冑が似合っている。長い黒髪を後ろでポニーテールに結っている。自分の身長ほどもある大剣を扱う姿は、いかにも女騎士といった風貌だ。
可愛い顔に浮かべられた怒りの表情は、たじろいでしまう迫力がある。
「空間移動…? 我が主君、アレクをどこかへワープさせたのは貴様か!」
女騎士は大剣を振りかざして、ラナさんに切りかかる。
ジーノさんが間に入って、ナイフで大剣を受け止めた。
「アレクをどこへやった!!?」
ギイン!!
金属のぶつかる音が響いた。
「我が名は、騎士ソフィア! 魔王打倒のために、主君アレクと共に旅せし者! この図書館にある魔術書、及び魔王打倒の鍵となる書物を取得せんがため、ここに参った!!」
ジーノさんが勢いよく大剣を押し返した。
女騎士、ソフィアは飛び下がって距離をとる。
「ではまず図書館利用カードを登録して…と言えるような代物じゃあないんだよなあ。…だから君たちも図書館を朝っぱらから襲撃したんだろ?」
「問答無用!」
ソフィアは私に攻撃してきた。まずは回復役から戦闘不能にする。戦いの定石だ。もちろんその対策はしてある。
魔法
「マイティコート!」
私の周りを覆った光が、ソフィアの大剣をはじき返す。一定期間、物理攻撃を跳ね返す魔法だ。
「くっ! 噂通り、一筋縄ではいかんようだな」
ソフィアは大剣を構えなおす。三対一だというのに少しもひるんだ様子がない
ラナさんが手を挙げた。
「私ちょっと詠唱するんで~、二人に前線お願いしま~す」
「ああ。頼んだぞ」
「わかりました。頑張ります!」
ジーノさんはソフィアに向かって走り出した。ソフィアの大剣の間合いに入る直前、大きく跳びはねてソフィアの後ろで着地した。
ソフィアは大剣を構え直すのに少しインターバルがある。そこを狙ってジーノさんはナイフを投げる。
ソフィアは大剣を投げ出し、その場で勢いよく一回転する。ロングスカートの甲冑が大きく翻り、ジーノさんのナイフを跳ね返す。
ジーノさんは指をパチン! と鳴らした。
「いい判断だ! それにとても美しい。でもスキが大きすぎるね」
私はソフィアがジーノさんに気を取られているスキに、ソフィアの大剣に向かって走り出した。
「重いなあっ!!」
持ち上げられないので、勢いをつけて床を滑らせる。これで攻撃力はかなり削れた!
「余計なことをっ!!」
ソフィアさんに思い切りみぞおちを殴られる。吹き飛ばされた私の体は、轟音とともに書架に叩きつけられた。
「ぐっは!! おえええ」
内臓吐きそう…。
顔面蒼白で自分に回復魔法をかけていると、ラナさんの詠唱する声が聞こえてくる。
「深窓のヴィーナス 焦がれるペチカ 二つの死せるアマデウス
いにしえの星 フィオーレスピカ 重ねた八重のラヴァーズエンド
言の葉よ緋色に周れ」
ラナさんはその場で軽くステップを踏んだ。ラナさんの足元から徐々に錬成陣が形成されていく。
「彗星の恋 アースコンチェルト」
ジーノさんの喉元に迫っていたソフィアの短剣がピタリと止まった。
ソフィアがハッとして足元を見た。
桃色の霧が足元に立ち込めている。ソフィアが足を動かした途端、桃色の霧はソフィアの全身に回った。
と思っているのも束の間、ソフィアの両手両足は桃色のロープで縛りつけられていた。
「くそっ! 何だこれは!」喉を
ソフィアはもがくが、ロープが切れる気配はない。
「あ、あぶね~」
ジーノさんは喉を擦りながらふう、と胸をなでおろした。
ラナさんはニヤニヤしながらソフィアのもとへ歩いていく。
「ふっふっふ~! そのロープはあなたには解けないわよ。なぜなら…」
ラナさんはソフィアに向かってビシッと指をさす。
「その捕縛魔法は、恋をしている者には一切の干渉ができないからなのです!!」
ひ、ひえ~…
なぜそんな味な真似を…
ソフィアは「バ、バカな…」
と言いながら頬を赤らめている。
「さあさあ、あなたからは恋の予感がしたわ~! してもらうわよ~恋バナを!!」
ラナさんは楽しそうにニッシッシと笑う。
ジーノさんは私にこっそり耳打ちした。
「あいつは恋バナに飢えているのだ」
イスに座らされたソフィアが渋々語りだす。
「わ、我は生まれも育ちも傭兵のキャラバンだ。戦うこと以外は何も知らずに生きてきた。
ある日、急にアレクが現れたのだ。彼は違う世界から転生してきたと言った。…アレクは粗暴で気が短いが、我には優しくしてくれた…」
「好きなのね? 好きなのね?」
ラナさんはイキイキしている。
ソフィアはそっぽを向いて頬を赤らめる。
「な、なぜこんなことを話さねばならんのだ! それよりアレクをどこへやった!」
奥の扉からエドガさんが現れた。
…そういえばエドガさんは勇者のアレクと戦っていたんだった。ちょっと忘れてた。
エドガさんは右手に本を開いて持っている。
「アレクは元の世界に戻った。ちなみに本名は有田優助だ」
「え…」
ソフィアは青ざめる。涙…が一筋流れた。
ラナさんはソフィアの顔にハンカチを当てようとしたが、ソフィアは頭を振って抵抗する。
「やめろ!! 敵の慰めなど…」
沈黙が流れた。
ソフィアはうなだれたまま、ふう、と息を吐いた。
「…こういう日がいつか来ると思っていた。アレクは突然現れた。ならば突然いなくなってしまうかもしれないと、嫌でも考えてしまう。それにアレクは、あまりいい人間ではなかった」
ソフィアはしゃくりあげて話していたが、とうとう大声で泣き出してしまった。
「でも、我は、アレクに優しくされて、嬉しかったんだ。…好きだと一度だけっでも、伝えればよかったああああ…わああああん」
えええ~んと子どものように泣きじゃくるソフィアのロープを解いて、ラナさんはソフィアと抱き合ってもらい泣きしている。
「ああああ~んソフィア~!! 友達になろおおお~! 甘いもの食べいこおおお!」
「わああ~ん! 行くううう」
エドガさんは呆気にとられて二人を見ていた。
ソフィアさんとラナさんは赤い目をして連絡先を交換している。
「今度美味しいパフェ食べ行こうね」
「うむ。…またアレクの話を聞いてくれ。わ、我は友達ができて嬉しいのだ…」
うふふ、と二人は嬉しそうに笑った。
…でも私は納得がいかない。なぜアレクを元の世界に帰す必要があったの? 図書館からは追い出したとして、この世界にずっといたっていいんじゃないの? ソフィアさんとずっと一緒にいられたらその方がいいんじゃないの?
なんで転生した勇者を元の世界に帰さないといけないんだろう。
私はオアシスで本を読んでいたエドガさんに直談判しに行った。
「エドガさん」
「何だ? 仕事中だろ。片づけに戻れ」
「どうしてエドガさんは勇者を元の世界に戻すんですか!? 降りかかる火の粉を払うだけなら、追い返せばいいじゃないですか!」
机を叩いた私に、エドガんはやっと目を向けた。
「前にも言っただろ。勇者を元の世界に戻すのは、勇者が魔王になり得る存在だからだ」
「それは聞きましたけど…」
はあ…とため息をついて私を睨むエドガさん。
「お前は納得がいかんだけだろう。司書なら納得がいくまで自分で調べてみろ」
私は、むう…と頬を膨らませて仕事に戻る。
後ろでエドガさんが呟いた。
「図書館員は戦わなければいけんのだ。…勇者と名乗る者たちとな」




