007.『冒険者ギルド』1
黒い修道服を身に纏ったヘイズが冒険者ギルドに着いたのは、真上に登っていた太陽が丁度降り始めた頃だった。
モンスターを狩るだけならば冒険者として登録されている者は好きに狩りをする事が出来る。寧ろ冒険者として指導を受けたもので無いと満足に狩る事は出来ないと言っても良い。
その狩りで得た魔晶石や武器防具、素材などのドロップアイテムは商店に売るも良し、自分で使うも良し。自由こそが冒険者の基本だ。
ただ市民や、時には貴族などから寄せられた依頼や危険なモンスターの討伐依頼に関してはこの冒険者ギルドに赴かなければ受ける事は出来ない。その依頼を受ける事が義務付けられているものもある。それによって得られるものは幾ばくかの金銭と、そして名声だ。
この名声によって金銭的な補助や、レアな装備の購入権利、許可が無ければ入る事の出来ない珍しいダンジョンの使用権利などを得る事が出来るのだ。
例え幾ら強かろうが、冒険者としての貢献度が低ければ立場としては低いままだ。逆に言えば弱くても世の為、人の為、または冒険者の為に働いている者は優遇される事もある。
モンスターを狩って強くなる事は『冒険者としての生活』、強くなってから依頼をこなすのが『冒険者としての仕事』という事だ。冒険者ギルドは冒険者と世間を繋ぐ窓口の役割、と言っても良いのかもしれない。
そんな冒険者ギルドに訪れたのには理由があった。
「あ、ヘイズさん、お久し振りなのです!」
冒険者ギルドの受付の一つに座っていた銀髪の女ギルド職員『アメリア』が、ヘイズの姿を見かけて声を掛ける。シックな色合いの制服を身に纏った彼女はヘイズとの付き合いも長い。
「おう、アメリア。元気そうじゃねぇか」
「最近ヘイズさんが来てくれないから寂しかったですよ?」
「ああ? どういう意味だそりゃ」
「別に、何でも無いのです」
アメリアは潤いのある澄んだ青い瞳をヘイズに向ける。
「『自由の翼』を脱退した話、お聞きしたのです。ヘイズさん、大変だったと思うのです」
「耳が早ぇなぁ、大方ルシウスの野郎が言いふらしたんだろうけどよ」
「ルシウスさんもお馬鹿さんだと思うのです、こんなに優秀なヘイズさんを手放すなんて」
頬を膨らませてぶすっと不機嫌な態度のアメリア。彼女はヘイズがどういうスタイルの冒険者で、それ故に事情を知らない冒険者達に見下されたり、疎まれているのは知っていた。
能力値だけが、恩恵だけが、冒険者の実力を決める決定的なものでは無いのに、と様々な冒険者を見てきたアメリアは思っていた。
「済んだ事は仕方ねぇよ。遅かれ早かれ、切っ掛けは違えどいつかはこうなるだろうなとは思ってたぜ」
「……そうなのですか」
「そんな暗い顔してんなよ、おい。自由に一人気楽に生きるってのもいいもんだぜ? ひよっこや問題児の面倒を見なくてもいいしな、清々してるぜ」
アンジェリカさんの事は良いんですか、と喉元まで出かかった言葉をアメリアは飲み込んだ。ヘイズとアンジェリカの関係はよく知っている、ヘイズが強がっているのはアメリアにはすぐに分かった。しかしもう一歩踏み込むには、ほんの少し勇気が足りなかった。
付き合いの長さは、付き合いの深さとは比例しないのだ。
「それで? 古巣から追い出されたヘイズさんは、冒険者ギルドに遊びに来たのですか?」
「気晴らしにな、臨時でもねぇかなって」
臨時とは、冒険者がギルドに依頼するパーティ募集の事だ。単純な人手を求めて、または役割として必要な職を求めて募集を掛け、一時的なパーティを組み、狩りを行う。
基本的に冒険者パーティというものは同じギルドに所属している者同士や気心の知れた友人知人で組む事が多い。ただギルドに身を置かない、他の者と上手く交流を取れない冒険者も少なくは無い。
狩りをする上で、背中を預けられるかどうかは一番重要視される事だ。見知らぬ人間とパーティを組んだ所為で、ダンジョンの奥深くで背中を刺されて、なんて目も当てられない。
だからこそ、その仲介に冒険者ギルドを使うのだ。冒険者ギルドならば冒険者の素性はある程度把握しており、また何か問題がある人物をチェックする事も出来る。後ろめたい事があるものは冒険者ギルドを使わないし、使えない。
「なんだ、アメリアに会いに来てくれたのかと思ったのです。がっかりなのです」
「ばーか、俺みたいなおっさんに言う台詞じゃねぇだろ。で、今日の臨時はどうだ?」
冗談じゃないのに、と小声で呟いたアメリアが手元の紙をぱらぱらとめくる。
「今募集してる方は……そうですね、あそこの一角に座っているパーティの方とーー」
冒険者ギルド内には幾つかの椅子や机が置かれており、臨時を希望する冒険者達はそこに集う。
募集する者はどういう冒険者が欲しいか、何処に狩りに行くのか、をギルド職員に伝え、目当ての冒険者が来るまで待つ。
利用する者はギルド職員に話を聞いた上で、直接募集主と会話をし、内容に間違えが無いか確認をしたり、狩りでの打ち合わせをして大丈夫だと判断したらパーティを組む。
「なるほどな、あんがとよ」
募集主と募集内容を一通り教えてくれたアメリアには礼を言う。今の所、ヘイズが入れそうな臨時は無かった。アメリアの顔は浮かない。
支援役を求めているパーティは既に聖騎士の盾壁役がおり、盾壁役を求めているパーティは既に高位聖職者の支援がいた。その白銀の鎧の輝きが、純白の法衣が、今のヘイズには眩しかった。
「お役に立てなくて申し訳無いのです」
「アメリアの所為じゃねぇよ。こんな日もあるわな」
臨時を見に来ても、自分の望む通りに狩りに行けるとは限らない。参加する側に選ぶ権利があるように、募集する側にも同じく選ぶ権利がある。募集内容に削ぐわない者、実力の伴わない者と好き好んで組む冒険者は居ない。
例え嘘をついて取り入って組んだとしても、狩りの場でその嘘は容易く見抜かれる。そうしたらその場で臨時パーティはお終いだ。
臨時ではある程度の実力が求められる。仲良しこよしでは無い、もっとドライな関係だ。それ故に殺伐とする事もあるが、その緊張感を求めて腕試しをする冒険者も多い。
反対に、ギルドや友人知人とのパーティでは例え実力に乏しくても、それを踏まえて狩りに行き、学び、鍛えて成長を見守るのだ。そうしていつか肩を並べて狩りに行けるようになる為に。
どちらも良し悪しはある。好き好きかも知れない。ヘイズはどちらの狩りも嫌いでは無かった。
「なぁ、アメリア。あの一番外れの席に座ってる子、さっき何も言ってなかったが、臨時希望じゃねぇのか?」
ヘイズは集う冒険者の中で、一人椅子に座っている少女を見つけた。
桃色の髪、纏ったローブから見るに魔導師の装いだ。身に付けている装備の端々に真新しさを感じる。
新人の冒険者が、一人で臨時の募集を掛けることは決して珍しくはない。
「……募集主ではあるのです」
アメリアが少女をちらりと見る。その口振りから、アメリアが意図的にヘイズに紹介しなかったのが分かった。
「なんか問題でもあんのか?」
魔導師は冒険者としては引く手数多の職だ。打たれ弱いものの、魔法による奇跡は一緒にパーティを組む者としてはとても頼りになる。熟練の魔導師ともなれば一人で目の前のモンスター全てを薙ぎ払える程、強力な魔法を駆使する事も出来る。
アンジェリカもその魔導師だ、正確には大魔導師だが。ヘイズにとって馴染みがある職とも言える。
「そうなのです。彼女は問題児なのです」