003.『ギルド脱退』3
「ヘイズさんはこのギルドの為に働いてくれたっす。私やキーネが入団した時から、色々と世話を焼いてくれたっす」
「そんなヘイズさんを、恩恵や能力値だけで脱退させるだなんて、失礼ですがルシウスさんにしては少々短慮なのでは?」
ロロアもキーネも、ルシウスの言葉を聞いてなお食い下がる。
恩恵はある日突然授かる能力だ。そしてそれは誰しもが手に入る物では無い。
生まれながらに達人のように剣を扱える恩恵を持った者もいれば、ある日突然、意のままに炎を操る恩恵を授かる者もいる。
それらが全て、使える恩恵ばかりでは無いが、それでも持たざる者より重宝される事も多い。しかしその事を抜きにしても二人にとってヘイズの存在は大きかった。
『自由の翼』ギルドに入団した時、二人は恩恵を授かってはいなかった。そんな事など全く気にもせず、狩りへと誘ったり、古株のメンバーとの橋渡しをしてくれたのはヘイズだ。ヘイズのお陰で充実したギルド生活を送る事が出来たのだ。
そんな自分達が恩恵に目覚めた時、心から喜んでくれたヘイズの笑顔を忘れる事は出来なかった。
「ふぅ、随分と懐かれているようで、一体どんな手練手管を用いたのか聞いてみたくなりますね。ですが、これはもう決定事項なのですよ」
勝ち誇ったようにルシウスが笑う。
「何せ、アンジェリカ様も周知の事実なのですから」
「……なんだって?」
この部屋に来てから始めてヘイズが口を開いた。
「アンジェが、そう言ったのか?」
「アンジェリカ様だ、何度も言わせるな。……そうです、私がヘイズの脱退を提案させて頂いた時、アンジェリカ様はこう仰せになられた。
『そうした方が、良いのかもしれないわ』と」
まるで目の前にアンジェリカが居て、その言葉を頂戴でもするかのように、恍惚とした表情のルシウス。
「そんな、まさか」
「残念に思うかもしれないが、これは事実なのです。ギルドマスターであるアンジェリカ様がお認めになられたのだ、それに従うのがギルドメンバーなのでは?」
「だって、アンジェさんはヘイズさんの幼馴染で、昔からずっと一緒にやってきたって聞いてたっすよ! それなのに」
「だからこそ、変な情に流されて此処まで来てしまったのかもしれませんね、ええ。アンジェリカ様の優しさは美徳ですが、時に欠点にもなってしまうという事です」
ロロアの呼び名に不愉快そうに顔をしかめるも先程のような怒鳴る事はなく、冷静に言葉を紡ぐルシウス。
「しかし、そうやってヘイズの事を庇われると困りますね。これから新しく『双竜の牙』の同盟として一丸となっていかなければならないのに。そこまでヘイズに肩入れするようならば、ロロア、キーネ、貴方達も一緒に脱退しますか?」
いきなりのルシウスの言葉に、動きを止めてしまう二人。
ヘイズには恩があり、これからも一緒に居たいと思う気持ちは嘘では無い。それでもこの他のメンバー達との繋がりまで絶たれてしまうと考えると、言葉に詰まってしまった。
「おいおい、若者を苛めるんじゃねぇよ。俺が抜ければ済むって話だろーが」
そんな二人を守るかのように、一歩前に出るヘイズはへらへらと笑いながら、煙草を咥えた。
「将来有望な若手は大事にしなきゃいけねぇだろ? なぁ、サブマスター」
「貴様、この部屋は禁煙だぞ……!」
「どうせ俺はもう辞めちまうんだから関係ねぇわな」
火石を先端に当てて火を灯すヘイズは、不敵に笑っていた。
「アンジェがそう言った、か。それなら従わねぇ訳にはいかねぇな。元々俺がアンジェの為に作ったギルドだ、そのアンジェが俺を必要としないならそれで構わねぇよ。あんたもそれでいいんだろ?」
わざとらしく紫煙をルシウスに向けて吹き掛ける。青筋を立てながら、苦々しげにヘイズを睨むルシウス。
「……ちっ、役立たずが偉そうに……でもまぁ、今の貴方にはこんな嫌がらせしか出来ないのですから仕方ありませんね」
「それで話は終わりかぁ? それなら俺達は退席させてもらうぜ。狩りの後でな、疲れてるんだわ」
「ふん、ギルドメンバーには私から伝えておきましょう。とっととこの溜まり場から出て行って頂きたいですね、もう貴方はこのギルドのメンバーですらないのですから」
「言われなくてもそうさせてもらうわな、精々アンジェのご機嫌取り、頑張ってくれや」
言いたい事だけ言うと、ヘイズは煙草を咥えながら悠然と部屋を出て行った。その後を追いかけるようにロロアとキーネも退出した。
「全く、アンジェリカ様はあんな役立たずの何処を気に入っていたのやら。まあいい、これでアンジェリカ様にたかる羽虫が居なくなったのです。これからはこのルシウスが、アンジェリカ様を支えるのですから」
誰も居なくなった部屋でルシウスは暗く笑った。暫くヘイズ達が出ていた扉を見つめていたが、徐に通信端末装置を取り出すとギルドメンバー宛にメッセージを送った。
『自由の翼』元サブマスター、ヘイズは今日限りで脱退、今後『双竜の牙』と同盟を結ぶ、と。
「これでいい」
通信端末装置を机に放り出すと、ルシウスはこれから『双竜の牙』とどのように連携を組んで行くか、思案していた。
その顔は実に晴れやかだった。