002.『ギルド脱退』2
今まで一緒に狩りをしていたロロアとキーネは面食らったように呆けていたが、我に返ると噛み付くような勢いでルシウスへと抗議する。
「ちょ、ちょっと待つっすよ! ルシウスさん、何言ってるのか分かってるっすか!」
「無論、そのつもりですが、ロロア?」
有無を言わさない強い口調でルシウスは答える。端正な顔立ちだが何処となく冷たい雰囲気を醸し出すその口元は、薄らと歪んでいた。
「ルシウスさん、ヘイズさんに受けた恩を忘れたんですか?」
「恩とは?」
「このギルドはヘイズさんが作ったギルドで、ヘイズさんが声を掛けて色んな人を集めたと聞きました。貴方もそうだったんじゃないんですか?」
「そうっすよ! しかもヘイズさんはサブマスターの座まで譲ったっすよ!」
「ああ、それに関しては確かに有難い事だと思ってますよ。しかし、それとこれとは話が別です」
ルシウスはふん、と鼻を鳴らすと悠々と椅子に座った。
「私はね、もっと高みを目指したいんですよ。強豪ギルドと肩を並べて競い合えるような、高みにね」
「それと、ヘイズさんの脱退がどう関係してるって言うっすか!」
「『双竜の牙』から同盟の要請が来ているのです」
ルシウスの告げた名前に、ロロアとキーネの顔が驚愕に満ちる。
「『双竜の牙』と言えば、この街では知らない者はいない大手ギルドじゃないですか」
「そうです。『白銀の大盾』『烈火の尖剣』と並ぶ、三大ギルドの一つですよ」
「ど、どうしてそんなギルドが、ウチらのギルドと同盟を結ぼうとするっすか?」
「『双竜の牙』は、他の二つと比べてまだ新しい。エースアタッカーとして名高いギルドマスターとサブマスターの姉妹を中心に据えてはいるが、まだ戦力としては完成しているとは言えないでしょう」
ルシウスは、突如恍惚とした表情で天井を見つめる。
「我らがギルドマスター、アンジェリカ様の力が必要なのだと私は思っているのです。立ちはだかる者、全てを灰塵に帰すあの圧倒的な魔法。その力を持って、ギルドとしての力を強めたいのだと」
「アンジェさんが欲しいって事っすか?」
「アンジェリカ様だ! 気安く敬称で呼ぶんじゃない!」
大声で怒鳴り出すルシウスの変貌っぷりに、ヘイズは溜息を吐く。
ルシウスは嫌味な男だが、腕は立つ。ギルドの運営力にしろ狩りの腕前にしろ、サブマスターを名乗る程にはどちらも兼ね備えている。普段は冷静沈着で、凡ゆる事を俯瞰して見る事の出来る視野の広さもある。
そんな彼がギルドマスター、アンジェリカの事になるとまるで信者のように盲目になってしまう。
そこまで信望している彼が悪いのか、それともそこまで惚れ込ませてしまう実力を持ったアンジェリカが悪いのか、ヘイズは一瞬考えたがすぐに思考を止めた。考えても詮無い事だ。
「失礼、我を忘れてしまいました。……とにかく、アンジェリカ様が更に飛躍する為にも、この同盟を受け入れる事にしたのです」
「それがヘイズさんの脱退と、どういう関係が?」
「『双竜の牙』と同盟するに当たって『自由の翼』は利用価値のあるギルドだと思われなければいけない。アンジェリカ様以外のメンバーも相応の実力を兼ね備えたものである、と知らしめたいのですよ」
ルシウスは、ヘイズを見下すかのように笑った。
「恩恵無しの、役立たずの回避支援などが居ては格が下がるでは無いですか」
「……」
ヘイズは何も言えなかった。ただ無性に煙草が一本吸いたかった。
恩恵とは、一種の才能だった。全ての人間に与えられる物では無く、ある日突然その能力に目覚める。まるで選ばれたかのように。
魔導師が操る魔法とは違う、聖職者が唱える法術とも違う。その人間だけが持つ、固有の能力。それを持っていれば冒険者として大成する、言い換えればそれが無ければ歯牙にも掛からない。
「ロロア、君は盗みの技に加えて複数の短剣を同時に操る<薄刃の舞>の恩恵を持っている。キーネ、君はまだまだ鍛えるべき所はあるものの遥か遠くを見渡し、急所を狙った時の火力を高める<鳥の王の瞳>の恩恵を持っている。どちらも有用で得難い恩恵です」
ルシウスは椅子の背もたれに身を預け、つまらないものを見るような視線をヘイズへと送る。
「しかしヘイズ、貴方はその恩恵を持たない。選ばれなかった者なのですよ。そればかりか支援に不必要な筋力や敏捷性に能力値を振り分けたせいで純粋な支援職として非常に見劣りするのですよ」
やれやれ、とまるで聞き分けの無い子供を諭すように首を振るルシウス。
「盾壁役は盾壁役に任せればいいのです。火力は火力に。そして支援は、支援として優れていなければ価値は無いのです」
「……」
「使える恩恵があれば話は別でしたが、ね。そんな中途半端な人間がアンジェリカ様のギルドに、しかも元サブマスターの位置にいた、だなんて知られたら笑い者です。それだけは避けなければならないのです」
にっこりと笑みを深めるルシウス。しかしその瞳は全くと言って良い程笑ってはいなかった。
「そういう訳でヘイズ、貴方はこのギルドから脱退して頂きたいのです」