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001.『ギルド脱退』1

「「「お疲れー」」」


 商人ギルドの正面扉から出てきた三人は、適当なベンチに腰掛けるとまずは互いの労を労った。モンスターとの狩りを終えたばかりの三人だが、その顔は明るい。


 使い込まれた硬革鎧(ハードレザー)を着込み、短剣(ダガー)を幾つか腰に装備した活発そうな少女『ロロア』が大きく背伸びを一つ。


「んーっ! 良い値段の魔晶石が出て良かったっすねー!」

「そうですね、思わぬ臨時収入ゲットって感じですね」


 背中に掛けていた弓を大事そうに膝の上に抱えた、真面目そうな少年『キーネ』が相槌を打つ。


「収集品だけじゃなくてレアも狙えるのは良い所だよな、ほれ、お前らの取り分だぜ」


 黒い修道服を着た男『ヘイズ』が先程商人ギルドで換金した金貨を小袋に移し替え、無造作に手渡した。主神に仕える敬虔な聖職者(プリースト)の装いなのに、その目付きは大分悪い。ベンチに深く座り、背もたれに膝を乗せた姿はまるで何処かのゴロツキのようだ。両隣に座ったロロア、キーネよりも一回り程年上に見えた。


 受け取った二人が怪訝そうな顔を浮かべる。


「あれ? なんかウチらの分、多くないっすか?」

「ヘイズさん、ちゃんと分けました?」

「ロロア、キーネ、お前ら最近装備新調したばかりだろ? 懐寒い時じゃねぇか、良いから持ってけ」


 さっさと少ない自分の取り分を仕舞うと、ついでに胸の内ポケットから葉っぱで巻かれな小さな筒状の物と赤い石を取り出す。火の魔力を込められた石だ。


 一本いいか、と前置きしてから慣れた手付きで口元に運ぶ。


「今の俺は欲しいものもねぇしな、この代金分稼げれば言う事ねぇわ」


 咥えた煙草を見せつけるように言うと、先端に赤い石を押し当てて魔力を込める。赤い石が発光をし始めると熱が生まれ、何度か吸い口から空気を吸い上げると先端に火が灯る。


「ふぃ、一仕事を終えた後の一服に勝るものは無ぇな……ま、そんな訳だから、持ってけお前ら」

「へへ、そういう事なら有難く貰うっす! 新しいブーツと硬革鎧を買ったから素寒貧だったっすよ!」

「ヘイズさん、有難う御座います。俺も弓を新調したばかりで金策しようと思ってた時だったんで……誘って貰えて助かりました」

「良いって事よ。同じギルドメンバーなんだからな、助け合っていかねぇと」

「それ毎回言ってるっすけど、ウチ、ヘイズさんに助けて貰ってばかりな気がするっす」

「俺もまだギルドに入って日が浅い時から面倒見て貰って……頭が上がらないですよ」

「そんなの気にすんなって。……そうだな、もし恩を返したいってんなら、お前らの周りに困っている奴がいた時、代わりに助けてやんな」


 ふー、と深く息を吐く。紫煙がまだ明るい青空へと昇って消えていく。昔を思い出したのか、ヘイズの口元は微かに笑っていた。


「昔、俺が駆け出しだった時に助けてくれた人にそう言われたんだよ。そうやって人の優しさってのは受け継がれていくもんだって。次は、お前らの番だぜ」

「うへへ、なんか格好良いっすねー!」

「優しさが受け継がれていく、ですか……素敵ですね」

「だろぉ? だがまぁ、難しく考える事じゃねぇ、適当にやりな」


 きらきらと尊敬の眼差しを向けてくる二人を適当にあしらいつつ、ヘイズは紫煙を燻らす。


「それにしても、ヘイズさんとの狩りはなんかよく分からないっすけど楽しいっすね!」

「ああ、そのよく分からないけど楽しいって気持ち、分かる気がします。効率的ではあるのに型にハマってないというか、自由にやらせて貰ってるというか」


 先程の狩場での立ち回りを思い出し、ロロアとキーネの二人は口々に話し出す。


「モンスターのタゲを取りながら盾壁役(タンク)してると思ったら、そのままタゲを移して敵を探しに行ったり、目まぐるしいっす!」

「でも能力値上昇魔法(バフ)切らす事なく、ちゃんときっちり必要な支援回してるのが流石ですよね。手が空いてる時に鈍器(メイス)を持って殴ったりとか、他の支援で見た事無いですよ」

「ウチは前に豚鬼(オーク)にドロップキックかましてるの見た事あるっすよ! なんつーか、自由っすよね! ウチとしては面白いんで全然いいっす!」

「それでも破綻しない所がヘイズさんの凄い所ですよね、俺もヘイズさんとの狩り、楽しいですよ」

「……褒めてもこれ以上、金は出ねぇぞ」

「あれ? 照れてるっすか?」

「ばーか、言ってろ」


 褒め称える二人に悪態をつくヘイズ。若者のこういう真っ直ぐな視線を受けるのは珍しい事では無いが、どうにも気恥ずかしい。


「パーティなんてな、それぞれがそれぞれの役割を一生懸命こなしてたら、そうそう破綻なんてしねぇんだよ。だからお前らもちゃんとやるべき事をやってんだよ」

「へへ、そっすかね?」

「ロロアは俺が流したモンスターを抱えて、キーネが撃ち易い位置にきっちり調整してたじゃねぇか。昔だったら自分で倒そうと躍起になってただろ? 視野が広くなったよなぁ」

「ヘイズさんに口酸っぱく言われたっすからね! 仲間の動きもちゃんと見ろって」

「キーネ、お前は今回火力担当だったが、腕を上げたなぁ。火力もそうだけどよ、被弾しないように立ち位置、気を付けてるのが分かったぜ。後は横沸きした時とか、すべき優先順位を自分の中に持っとけぱ咄嗟の時に迷わねぇぜ」

「はは、ヘイズさんの言う通りですよ。もっと精進しないとですね」

「ばーか、真面目に受け取り過ぎんな。結果として上手く狩れたんだからそれで良いんだよ。次も期待してるぜぇ」


 無造作にキーネの頭をぐしゃぐしゃにする。照れ臭そうに笑うキーネに、ヘイズはまるで大型犬を撫でているような気分になる。


「たく、末恐ろしい奴らだぜ、俺の教える事が無くなっちまう」


 言葉とは裏腹に、ヘイズは嬉しそうだった。


 二人は自身の成長を褒められて、素直に喜んだ。同じギルドに所属してまだ一年余りの付き合いだが、こうして狩りに誘ってくれた上に色々と助言をしてくれるヘイズを二人とも得難い先輩だと思っていた。


「へへ、そしたらギルド引退でもするっすか?」

「そだなぁ、日がな一日、酒を呷って煙草吹かしてのんびりするのも悪かねぇな」

「あはは、聖職者としては堕落の極みですけどね」

「神様の教えにもあるじゃねぇか。『飲めよ、吹かせよ、嗜好に満ちよ』ってな」

「なんか、違う気がするっす……」


 脱力するロロア。反対側でおかしそうに微笑むキーネ。


「でもアンジェリカさんが居るから、ヘイズさんは当分引退は難しそうですね」

「そうっすよ! 我らが『自由の翼』ギルドのマスターであり、凄腕の魔導師アンジェリカさんを残してのうのうと隠居なんて出来ないっすよ!」


 ヘイズはその名前を出されて、昔から付き合いのある小柄な白髪の少女の姿を思い浮かべていた。


 『自由の翼』ギルドマスター、アンジェリカ。


 類稀なる魔法の才能と魔力量を誇り、彼女が本気を出したらダンジョンごと吹き飛ばしてしまうのでは無いか、と言われるほどの逸材である。普段は口数も少なく無愛想だが、それは単にコミュ障である事はこのギルドに入ったメンバーなら誰もが知っている。


 彼女に憧れてギルドに入ると、その戦闘と日常のギャップに目が眩むのは通過儀礼のようなものだ。


「元々『自由の翼』ギルドは俺がアンジェの為に作ったギルドだからなぁ。アンジェがもっと色んな事が出来るように、色んな人を集めてぇなって。気付けば大きくなったもんだぜ」

「幼馴染みでしたっけ?」

「ああ、同じ村のな。アンジェの方が一回り程下なんだが、歳が近い奴は俺しか居なくてなぁ。面倒見てたんだわ」

「へへ、最近じゃ、現サブマスのルシウスさんに連れられて他のギルドメンバーと色んな所に行ってるらしいじゃないっすか? 気にならないっすか?」


 ルシウスは金髪碧眼の青年で、ヘイズと同じ聖職者だ。元々サブマスターを務めていたのはヘイズだったが、ルシウス本人の素質、そしてこのギルドを盛り上げたいという強い意志を感じてルシウスにその座を譲り渡したのだった。


 それから一年が経つ。ヘイズよりも上昇志向の強いルシウスは、それぞれの狩り方や装備、スキルやステータスなどを細かく調整して大手に並ぼうと躍起になっていた。


 そんな彼が、ギルドマスターでありながら『自由の翼』のエースでもあるアンジェリカに心血を注ぐのは当然の事だった。


 にやにやと含みを持った笑いを浮かべながら覗き込んでくるロロアの頭に手刀を叩き込む。


「痛いっす!」

「今のアンジェが活躍出来るような場所は、俺みてぇな回避支援にはちと荷が重いんだよ。その分、ルシウスが頑張ってくれてるならそれでいいんだよ。適材適所って奴だ」

「えー? なんか恋人、いや娘? ……を取られたみたいなドロドロとした展開は無いっすか?」

「ロロアは俺に何を求めてんだよ、ああ?」

「ちょ、調子に乗ったっす! だから頭ぐりぐりは止め、痛い痛いっす!」


 持ち前の俊敏さでロロアを抱き抱えると拳骨二つでロロアの頭を痛め付けるヘイズ。ぎゃーパワハラっす、と喚いてはいるものの互いに戯れ合ってるだけなのでキーネは止めようとしない。


 ふと、キーネは不意に腰に備え付けた四角い黒箱を手に持つ。どの冒険者でも、冒険者ギルドに登録した際に最初に手渡される通信端末装置(デバイス)だ。


 自分の能力値(ステータス)の確認や既存のダンジョンのマップ表示などこれ一つで様々な事が出来るのだが、その中に『遠く離れた相手との文字のやり取りが出来る』という機能がある。


 友人として登録し合っている者同士なら狩りの打ち合わせなどもそれで済ませられるし、ギルドからの連絡事項をギルドメンバー全員に一斉送信する事も出来る。


「あれ、そのルシウスさんから連絡来てますよ。『ヘイズを見たものはいるか』ですって」

「あー、ウチも同じのきてるっす」

「どれどれ……うわ、狩り中にきてやがる。『連絡に気付き次第、至急会議室に来るように』だと」

「なんっすかね?」

「さぁな、まー、行けば分かるだろ」


 ヘイズは吸い殻を赤石に近付けて、残らず灰にして風に流すとベンチから立ち上がり、そのまま大きく背伸び。身長としてはキーネよりも低いが、身体は細身でありながら鍛えられている。


「お前らも戻るか?」

「そうですね、狩りも終わりましたし、俺達も溜まり場に行きましょう」

「お供するっす!」


 背中越しにはしゃぐロロアと相槌を打つキーネの声を聞きながら、ヘイズは溜まり場へと向かった。



 ◆◇◆◇



「『自由の翼』ギルド元サブマスター、ヘイズ。貴方には今日付けでこのギルドから脱退して頂きたいのです」


 金髪碧眼の男『ルシウス』の一言で、飾り気のない会議室内の空気が一気に凍り付く。


 それは狩りからヘイズ達が戻って、僅か十分後の出来事であった。

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