3-1
理事長室に移動した後、理事長は人払いをし最低限の人間が残る。それは奇しくも編入試験の合格後に訪れた人物と一緒。これが何を意味しているのか分からない詞御ではない。だが、それをおくびにも出さず、詞御は改めてセフィアを理事長に紹介した。
白銀の粒子が詞御の横に集中し型を成す。そして、傍らには、小さき女の童女がちょこんと立つ。そして、理事長に向かって綺麗に一礼する。
「皇女様以外にはお初にお目にかかります。詞御の倶纏で、名はセフィアと申します」
「は、はじめまして」
理事長の妙にかしこまった挨拶に、詞御は、内心首を傾げる。それを感じ取ったのか、理事長が言葉を発する。
「本当に倶纏なのですか? 人間と同じ感じを受けるのですが? でも、本当に可愛らしいお姿ですね」
〔なるほど、〝人間体〟が初めてでしたか。でも、これまで会った人間の殆どには怪訝な表情と言い方だけだったので、褒められるのは嬉しいですね〕
「観戦室では内心はらはらして観ていましたが、依夜が、なぜ冷静で居られたのかようやく合点がいきました。会ってたのですね、セフィアさんと」
「知っているのは、セフィアさんの存在だけですよ理事長。それにわたしも冷静で居られたわけではないです。特に〝あれ〟を見てしまっては。今でも興奮冷めやらないです」
「まあ、おいそれと出せないけどな、奥の手でもあるし」
詞御はおどけてそう依夜たちに話す。
「それでも、詞御さん達は倶纏使いとしては、最高位に居ると云っても過言ではありません。向かうところ敵なしですね」
「確かに、古今東西の歴史の中でも目撃例が極僅かと言っていいほど。助けられた命も多いはず」
だが、依夜と女王の称賛を受けているはずの詞御の表情は先ほどとは打って変わって優れなかった。寧ろ顔色は悪く表情も硬い。
それに気づいた依夜は心配そうな顔をして詞御の顔を覗き込む。今の詞御の表情から只ならぬ物を感じた依夜は、その悲痛な表情を見てどう言葉をかけていいのか分からなかった。それは女王も同じだった。
倶纏使いとして最高峰にいる詞御。文字通り向かう処敵なしなはずなのに……。
女王と依夜、二人の視線に気づいた詞御は、誤魔化す事はせず、過去の痛みを押し殺しながら胸中を語る。
「人はそれぞれ、助けられる命の数は変わってくる。確かに出来ることが多ければ力なき多くの人間を救うことが出来るのは否定しない。でも、限界はある。では、当人のキャパシティを超えて溢れてしまって助けられなかった命の総量がどちらが多いかは、お二人ならわかるはずです。確かに、お二方の仰る通り、自分のこの力で助けられた命が多かったのは事実です。否定はしません。
確かに一年前、この国の反対側で起きた世界大戦を鎮圧出来たのは認めます。ですが、すぐに出来たわけではない。戦争を収束させる迄の間、余りにも多くの血が流れ、沢山の命が失われ犠牲になった。それは、自分が見殺しにしたことに変わりはない。
もっと”上”の力を望んだよ、無理だと分かっていても。当時の自分にもっと力が有れば、一人でも多くの弱きものの命を守れたのは純然たる事実なのだから」
静まり返る理事長室。それでも一国の最高責任者たる女王は、言葉をかける。
「貴方の『上位・甲型級』の力は全ての倶纏使いが追い求める理想像。実際、戦火を収めてくれたその実績は称賛はされど、責められるべきはどこにもない。もし、貴方がそれ以上の力を望むなら、それこそ吟遊詩人等の唄で語られる存在でしかない。この世界の黎明期において、存在していたという【神威】や【神殺】――神の威光を借りる。若しくは、神の威光を借りるものを殺す――の力を有するもの。実在するかも怪しく、少なくとも遥か太古の古文書にしか載っていない眉唾物な存在。私が知る限りでは、現存する倶纏使いを超越した存在で階位の名前は知りません。貴方はそれを望むのですか?」
女王の言葉に、詞御は何も言い返せなかった。ぐうの音も出ない正論だったから。
何も言い返せない詞御を見て、女王は優しげな声を詞御にかける。
「これまで戦ってきた中で培ってきた信念もあるでしょう。ですが、貴方はまだ十代。戦闘以外でも学ぶべきことは沢山あるはず。一度、全てを放棄して青春を謳歌してみるのも貴方には必要なのかもしれませんね」
詞御は、言葉を返すことが出来なかった。そんなこと考えてもいなかったから。そんな詞御の心境を察しながらもあえて触れず、更に言葉を投げ掛ける。
「それでも、貴方がいま以上の力を欲するならば、微力ながら手助けをしましょう。国庫に保管され眠っている全ての古文書の閲覧を許可します。全てデータベース化は済んでいますので、貴方の気の済むまで利用してください。アクセスキーを渡しておきます」
詞御は女王の温かな心遣いと配慮に心が温かくなるのを感じていた。其処には先ほどまでの沈痛な表情はなく、幾分、詞御の表情は「仕方ない」と云う顔つきに変わっていた。
その変化を見た女王は脱線しかけていた話を元に戻すべく軌道修正する。
重ぐるしい空気を換える為に。
「まあ色々とありましたが、これで高天さんは正式に我が養成機関の序列二位。無事に依夜のパートナーと成った訳です。これでこの度の〝闘いの儀〟への憂いはなくなりました。万全の態勢で挑めます!(しかも、彼の倶纏は希少な上位・甲型。ならば、【あれ】にも勝ってくれるはず……!!)」
最後の言葉は寸での所で女王の口に飲み込まれた。今はまだ言うべきではない、と。
〔そうだな……自分の個人的な感情は後回しだ。万全を期す為に、依頼をきっちりこなすことに注力を傾けるべきだな〕
〔そうですね。女王の仰る通りかと。しかし、切り替えが早い。流石と云うべきか、なんというべきか……〕
半ば呆れつつ、セフィアの言葉に詞御は賛同する。この切り替えの早さが女王たる資質なのかな、と詞御は何気に思った。又、女王のお心遣いには新たな発見もあった。そのことについてはあとで反芻しようと思っている。だが、詞御には喫緊している懸念事項が残っているのを思い出した。それを確認しようと口を開けた瞬間、理事長が先に言葉を紡ぐ。
「ご心配せずとも、貴方がゼナを救ってくれた映像は外部に漏れてはいません。試合終了後にゼナに観せたのは、事実確認と彼に罪を認知してもらうため。故に、直に観戦していた全生徒はナーパが『堕纏』した時点で既に避難させていますし、また生配信で観ていた生徒には、貴方は中位・甲型の使い手としてしか認識されていません。……いや、これだけでも十二分に凄いのですが、流石に“コレ”は流すわけにはいきません」
そう言うと、理事長室の中央に小型の空間ディスプレイが展開され、あの混乱を収めた詞御の右手と融合した大刀が映し出される。
それを観た詞御は、困った顔をし、自身の頬を軽く掻く。
その詞御の様子から心情を察した理事長が言葉を発する。
「心配しないでください。……と言っても信じていただけないかもしれませんが、この映像はライブラリに残しません。私も依夜も、そして最後まで観ていた護衛と審判員、後は対戦相手であったゼナを含めて、既に緘口令を敷いてます。これは理事長命令ではなく、“女王”命令で施行させました。違反すれば罪になります。これが外部に漏れたら、この国だけの問題では済まなくなります。全世界に激震が奔ってしまうのは火を見るよりも明らか。混乱を招いては元も子もありません。ナーパの暴走を収めてくれた貴方に言うのは心苦しいですが、【規格外の超越者】は救世主でもありますが、同時に畏怖の対象になっているのも事実。それが明るみになるのは貴方の望むことではないでしょうから」
理事長の言葉は、まさに詞御が危惧していたこと。それ故に、理事長の気遣いと素早い対処はとても有難かった。万が一にも知られてしまえば、今後の学園生活をまともに送れなくなるだろう。それはひいては詞御のライセンス凍結解除が危うくなる危惧を孕んでいたからだ。
「ただ、流石にこの決着の映像だけは流させてください。でないと、どうやってあの事態を沈静化したのか分からない全生徒が納得しないでしょうから」
それは、『堕纏』したナーパが銀閃の煌めきに両断されているシーンだった。しかし、其処には大刀を振り下ろした詞御の姿はない。
「全生徒がセフィアさんが別意識のある倶纏だという事、またその能力は計り知れない物だと云う事は既に周知の事実になっています。セフィアさんがした事だと言ってもだれも疑わないでしょう。……駄目ですか?」
伺う理事長の瞳は不安の意味合いを多分に含んでいた。尤も、それ以外の感情――畏怖と恐怖――が僅かながらもあるのを詞御とセフィアは見逃さなかった。だが、そんな感情があっても詞御を気遣ってくれているのは分かる。




