子爵令嬢の視線をますます感じる
偽りの情報だとベルンハルトとディートリヒが伝えているが、ベルンハルトは評判を落としているし、ガロン侯爵家は騎士関係に関わりが薄い。
所詮は遅れて現場に着いた学生という扱いで、このままでは領主様の失態を人的被害無しにおさめた部隊長の手柄になるらしい。
無理があり過ぎる気がするけれど情報操作と権力を使えば可能とか、うんざりするわ。
「現場に来ている騎士団員は真実を話す気はないのか?」
「部隊長の子飼いを中心に選ばれているようで、そうでない人には圧力がかかっているようです。弱みを握られていたり、今後について脅されたり。殿下と僕の根回しだけでは不安そうにしている騎士団員がいました。魔法騎士団が今日の休憩を利用して更に切り崩しにかかってくれるようですが、領主様にも今後の援助やギルド員に対する報復をちらつかせているようですね」
ため息しか出ない話だった。第一王子であるベルンハルトと王妃陛下の親戚であるディートリヒでも不安になる相手が背後にいるってことか。
「今の状況ではどちらが真実かよりも、権力争いで勝つか負けるかか」
「そうです。残念ながら、王城に領主様の味方になってくれる人がいない状況です。領主様の失態となればギルド員への報酬も辺境伯としての負担になりますし、あれだけモンスターがうろうろしていては土地も荒れているでしょう。そんな無駄金を使う余裕など無いはずです。ただ、領主様は恩を仇で返したくはないと、ギルド員に対する報復を恐れて口をつぐんでいるようです」
「お人好し過ぎるな・・・」
「そうですね。今後のことも考えると、ここで負けると厄介なことになりそうです。イザーク様にはゲルン卿、デポラ嬢にはウテシュ卿、ダーリング様にはフォード卿に再度連絡を取って頂いて、現場で発言権の強い人も含めて、王城で会議に参加している人物への根回しに協力をお願いしたいのです」
「ひっくり返すか」
「ええ。嘘は良くありませんし、ここまでしてあの部隊長を出世させたい理由もまだわかりません。何かもっと別の計画のために彼を利用したいのではないかと考えられるのですよね。ガロン侯爵家を嵌めたいにしては、彼は本家からは遠すぎます。けれど、王妃陛下には遠くない」
「そうだな。ただ金のためだけというには、俺たちが関わった時点で危険が多すぎる。さっさと切り捨てた方が得だろう。何かあるな」
「ええ。ガロン侯爵家だけでは、騎士関係は弱い。協力をお願いします」
三人がそれぞれに通話を始めた。ノルン侯爵家も騎士関係には弱いので、役に立つことはなさそうだ。父に頼み事をしたくないので丁度良かった。
お兄様はそろそろお昼寝の時間だし、ここにいてもできることはないので退室しようとしたら、ディートリヒに待ったをかけられた。
「念のためですが、ギルド員は騎士団と合流せずに帰れるよう手配をしています。ギルド員にエーリヒさんと組めば遠距離転移魔法が創れる人がいると聞いています。その方に詳細は伝えずに、転移魔法の準備をお願いしてもらえますか」
「わかった」
お兄様が眠そうに返事をした。それって私の事だし、伝える必要も無いもんね。退室したらディートリヒもついてきた。エーリヒには後で通話しよう。
「領主様ともお話がしたいのですが」
お兄様は任せると言ってお昼寝に行ってしまった。
クリスは残念ながら見回りの時間だったので、使用人をみつけて取り次ぎをお願いして、許可が出るまで簡単な施設案内を私がすることになった。
「失礼します」
執務室にはクリスのご両親と、彼女がいた。ディートリヒが来ることは伝えていなかったので、領主様がとても驚いている。
ディートリヒは表向き、エーリヒと一緒にガロン侯爵領への帰路に就いていることになっているので、名前を出さないように言われていた。謎の青年という設定で、とかわけのわからないことを言っていた。着ている服を見たら、上流貴族だとすぐにわかる。
転移魔法の許可は取ったけれど、普通は騎士が来ると思うよね。まさかの上流貴族だよね。私もそう思ってた。
何か凄いクリスの彼女から視線を感じる。穴が空きそうです。ディートリヒのことも凄い見ている。そんなに見るのは失礼ですよ、と教えてあげたい。穴が空く前に、認識阻害してしまいたいレベル。
ディートリヒはにこにこしているだけで、名前を名乗ろうとしない。クリスの彼女に席を外してくれという無言の圧力をかけているが、クリスの彼女は紹介して欲しそうにしている。
ハートが強いな。小姑や姑と戦えるタイプか?
「・・・ビアンカ、外してくれるか」
領主様が口を開いた。クリスの彼女はビアンカと言うらしい。紹介して貰えなくて一瞬顔に不服と出ていたが、すぐに取り繕った。
それきっと、ディートリヒにも見られていますよ。見逃すタイプじゃない。
私も一緒に退室しようとしたら、ディートリヒに止められた。何で。さっきの話をするのなら、私はいらなくないか?
ビアンカが私を睨んで先に退室していった。何か凄い怖い。ディートリヒがこちらをじっと見ていた。小姑だから、ビアンカの後頭部しか見えなくても私が睨まれたのに気が付いたのだろうか。そんなまさか。いや、でも小姑なら。
「大丈夫?」
小声で話しかけてきた。
「えっ?」
やっぱり後頭部だけでも何かわかったのか。怖すぎるぞ。何もなかった振りをしよう。悪いのは私だし。小姑の情報収集能力も怖い。
「何で?私いらなくない?」
「いや、いらないんだけど、大丈夫?」
「ん?」
「さっきの子・・・」
「あぁ、大丈夫。後で他の場所も案内するから、話が終わったら呼んで」
「そう?」
領主夫妻に退室の挨拶をして扉を開いたら、目の前にビアンカが怖い顔で立っていた。面倒な予感がして、思わず閉めてしまった。
しまったぁぁぁぁぁ!!ここでの生活が気楽すぎて、自分に素直になりすぎた!人としてそれは駄目でしょう!
貴族令嬢モードの緊張感で乗り切ろう。よし、それしかない。気合いを入れるために両手の拳をぐっと握った。
改めて扉を開けようとすると、クリス母に話しかけられた。
「エルちゃん、風魔法と重力魔法が得意なのでしょう?良かったら、こちらから出ない?」
にっこり笑顔でクリス母が指し示したのは、窓だった。えっ、ここ二階ですけど・・・。確かに出られるけど、いいんですか・・・?令嬢ならありえないけれど、平民ならありなの?
「お気遣い、ありがとうございます?」
位置的に、クリス母には扉の前に仁王立ちしていたビアンカが見えたはず。本当に出て良いのかそろそろと様子を窺いつつ、窓に近寄るが問題なさそうだ。
ちょっと高い位置にある窓枠に、よいしょと足をかけたら不気味な笑い声が響いてきた。
「ふふ、ふふふふふふふ」
地を這うような笑い。ディートリヒの笑い上戸が発動しそうになっている。領主様相手にそれは駄目だろうと思って、さっさと窓から飛び降りた。後のことは知らない。耐えろ。
のんびり散策していたら、ちょっと笑い気味なディートリヒから迎えに来てと通話があった。
念のため認識阻害してから執務室まで行くと、ビアンカは既にいなかった。良かった。
「ま、さか、窓から出て行くとは思わなかったよ。凄い、後ろ姿、が、間抜けだったし・・・」
「窓枠の位置が高かったんだもん」
「問題は、そこじゃ、ないと、思うよ・・・。人として・・・」
「やっぱり?令嬢としてじゃなく、人としても駄目だった?」
「し、しかも、着地に、失敗・・・、べちゃ、って。夫人が凄く、心配・・・ぷっ」
二人の前ではちゃんと我慢していたらしく、盛大に笑い上戸を発動した。そっと音を遮断する魔法をかけておいた。折角我慢していたのに、まだ執務室に近すぎる。聞こえちゃうでしょ。
着地に失敗しているところを見られていたとは、恥ずかしいな。
ようやく笑いがおさまったので他の場所を案内していると、ディートリヒがキョロキョロしだした。
「どうしたの?」
「凄く見られているけど、今度は何をしたの?」
また私がやらかしたように聞いてきたな!今回は確かに私がやらかしたけど。
「クリスさんの彼女。うっかりクリスさんと仲良くし過ぎちゃって」
「ふーん。でも、それだけじゃなさそう。一人にしないでね」
「えっ?何それ、どういうこと?」
「襲われそう」
「ますますどういうこと?」
「デポラ嬢に聞いてみてよ。確証が欲しい」
ディートリヒを案内し終わった後、見張りから帰ってきたクリスに預けようとしたらディートリヒに嫌がられた。お兄様はまだお昼寝中だし、仕方がないのでジョンに預けた。
「ねぇ、デポラ。さっきディートリヒ様を案内していたら、クリスさんの彼女に襲われそうだから、一人にしないでって言ってきたの。どういうことか聞いたら、デポラに聞くように言われたんだけど」
「・・・・・・そのままだと思うわ。ねぇ、イザーク様?」
「そうだな。ディートリヒをどこに置いてきたんだ?」
「ジョンの所」
「襲われてそうね」




