ディートリヒがやって来た
「心配して駆け寄ったんじゃなかったのか、何がイケメンだ!」
お兄様にこってり怒られた。ごめんなさい。反省しています。真っ先に心配をするべきでした。
イザーク様はちゃんと無傷だった。良かった。既にデポラとイザーク様は普通に話し込んでいる。さりげなくダーリンもデポラの隣を陣取っている。私もそっちに参加したいな。
「まぁまぁ、シスコンはそれくらいにして。エルちゃん、俺も今のやりたいな。くわしく教えてよ」
イザーク様の言葉に、集まってきていた他の人も同意を示した。やり方を詳しく説明すると、それだけでほとんどが脱落した。Sランクでも難し過ぎると言われた。そうなのか。
とにかく何故追い風とか向かい風のイメージで、筋力が補助できるのかがわからないらしい。
私にも上手に説明できなかったので、何人かに体感してもらったら風魔法とは違うと言われた。
そうなのか。私としては感覚で風魔法に分類してしまっていた。魔法は理論も大切だけど、最終的には感覚派です。すみません。
それぞれが自分ができる範囲で試すために、自主訓練組が増えた。私たちにはダーリンが加わって、自分自身でできるように本格的に訓練をし出した。
デポラに試した方法を自分でも試してみたが、私の場合は魔法に自分が追いつけなかったので地道に頑張るしかない。私はデポラ監修の元、体幹トレーニングに励みつつ剣技を磨いた。
剣の対戦相手はクリスにしてもらっている。指導してもらうのに、ちょうどいい実力差と言われた。色々な人に悪いところを指摘されながらできる訓練っていいな。
「ちょ、本当にエルはどこ目指してるんスか」
自分でもいい感じに切り込めたと思ったら、そう言われた。動きも良くなってきたと、自分でもわかる。デポラを呪った成果もあるかも。
「…暗殺?になるのかな、これ」
「いや、ダメでしょ」
結局完全に使いこなせそうなのは、デポラだけだった。どうやら私がふんわりイメージでしていた筋力の補助は、複合魔法で再現したらしい。私のイメージと体感だけで再現するとはさすが。
再現できたデポラに皆がどうやったのか聞きまくっていたが、全員が断念した。
微調整が非常に難しく、失敗すると逆に筋肉を痛めるくらい複雑なんだって。深く考えていなかったけれど、デポラに怪我をさせずに済んで良かった。
それにデポラのために考えた魔法だから、男性陣には自前の筋肉で頑張って欲しい。
「結局エルが、人外みたいな魔法の使い方をしていたってことでスね」
人外って何だ。その言い方だと、デポラも人外になりますけど。
「そもそもデポラ嬢の反応速度が異常の域だから、凡人はこの程度までかな」
イザーク様が凡人だったら、私はどうなるのだ。
お兄様は防護魔法の維持で疲れが溜まっていたため、話には参加できても実際の訓練には参加できず、完全にしょぼくれていた。
「クリスさん、お兄ちゃんがしょぼくれ過ぎてて面倒くさい」
「ちょ、だからって僕を巻き込まないで下さい!生け贄にはなりませんよ!」
「兄ちゃんの溺愛ぶりは凄いからなぁ」
「ジョーさん!」
「いや、俺ジョン」
「あ、すみません・・・。皆さん異国の名前だから覚えにくくて・・・」
「まぁ、皆似たような偽名だからな」
「偽名だったんですか!?」
「当たり前だろ。ここには本名の奴なんて、ほとんどいないよ。俺たちの世代は伝説のSSランカージョシュアかエムに憧れて、真似しているんだよ」
「そうだったんでスか・・・。覚えにくいでス」
「ま、頑張れや。俺、ジョー、ジョージ、ジョージアは皆髪色が似たり寄ったりで、髭面だしなぁ」
「よく一緒にいるしね」
「そうだな。憧れが一緒だと気も合うんだよ。俺もサム、トム、イム、アムには苦労したよ」
「私はちょっとずつ知り合ったからね。一気に十四人は難易度が高いんじゃない?」
「間違えられることには慣れているし、クリスは俺たちにもすっかり馴染んで仲良しだ。呼び名くらいどうってことないさ」
「僕が気にしまス!助けてくれた人の名前もちゃんと覚えられないなんて」
「真面目だな」
「真面目でお人好しで、気が利くのがクリスなの」
「騙されそうだな!おい。がはははは」
「後、料理も上手なんだよ!」
「嫁にいいな!がはははは」
クリスまでしょぼくれてしまった。褒めたのに。ジョンのせい?ジョンのせいにしとこ。
訓練ばかりするようになってから一週間、後数日で魔法騎士団が現地に到着するそうだ。毎日楽しく過ごしているが、クリスの彼女から凄い視線を感じるようになった。
デポラも気が付いていたようで、余計な嫉妬をさせないように、クリスと二人にならないように気を付けた。元々いつも周囲に他の人がいたけれど、更に気を付けなければ。
「あの子、どういうつもりなのかしらね?」
「ちょっとクリスさんと仲良くし過ぎたかな」
「そこじゃないわ。普通の嫉妬って感じじゃないもの。あの子に今回のお礼は言われた?」
「うん?話したことないよ。見かけることはあるけどね。平民が貴族に話しかけるのもおかしいでしょう?」
「あの子ね、私やダーリン、イザーク様の所には部屋までお茶付きでお礼に来たのよ」
「お礼を言いに来たんでしょ?だったら良くない?」
「エルやギルドの人にはお礼を言っていないのよ」
「うーん?ギルド員が苦手?それとも、平民嫌いってこと?子爵令嬢だったっけ?」
「どちらかというと、権力が好きって感じね。クリスさんにはもったいないわ」
「えっ、デポラ、まさか!」
「違う!注目するとこそっち違う!」
デポラにいかにダーリンが素敵であるかを力説された。ちょっとクリスのこと気に入っている?くらいの軽い返しのつもりだったのに、もうお腹いっぱいです。私が悪かったです。もう言いません。
ようやく魔法騎士団が到着したとエーリヒから連絡があった。領館の状況が落ち着いているので今日は休憩して、明日ダンジョンへ行くことに決まったそうだ。
こちらに一人送りたいと言われたので、領主様に許可をもらって一応領館の敷地外になる、見回りをする壁の上でお出迎えをした。ちょっと転移魔法のお手伝いもしたけれど、それはわからないようにした。
魔法騎士団の人とうまく話せないかも知れないし、イザーク様についてきてもらった。そしたらディートリヒがやって来た。何で。
「何で来た」
思わず身構えて言うと、うっすらディートリヒが笑った。何か怖い。
「イザーク様達と内密に話したいことができてね」
「何かあったのか?」
「えぇ。残念ながら。デポラ嬢やダーリング様、ヴェルナー様にも話をしたいのですが」
部屋を一室借りることにした。内密って所に嫌な予感しかしない。後、私とお兄様のことは確定だったんですね。
全員分のお茶を用意して防音魔法をかけて落ち着くと、ディートリヒが話し始めた。
「ガロン侯爵家の分家筋が、能力もないのに部隊長に選ばれるのは不自然すぎるので探っていましたが、妙なことになっていまして。今回の件を強引に部隊長の手柄にするつもりのようです」
「どうやって?」
イザーク様が聞いた。
「元々部隊長の現場での評価は最悪なようなのですが、ある時からとんとん拍子に出世を果たしています。彼は権力欲が強い人間で、何かしらの賄賂で出世したと考えられます。それだと実績があまりにもないので、今回の部隊長になったようです。北の辺境伯では、それほどのモンスターはいないだろうという予測と、王都から離れていて情報操作がしやすいことが理由と考えられます」
「騎士団員は現場主義で運営面を文官に任せているとは言え、さすがに能力の無い人間を実際に部隊長にすることはありえないと思います。それに魔法騎士団が現場に来た時点で、手柄というのは無理だと思うのですが」
ダーリンが反論した。
「知り合いの文官に書類を確認してもらったのですが、書類上の評価は驚くほど優秀でしたよ。騎士団の運営トップは王弟殿下です。今回は王弟殿下の署名で部隊長になっていました。書類に騙されたのか、故意かはわかりませんけどね」
その言い方だと故意だと疑っているな。
「現場に来た魔法騎士団長と話をしたのですが、会議では今回領主様の連絡が遅すぎて、手に負えない状態だったと報告されているのです。努力はしたが自分たちの力が至らないばかりに、領主様の失態が露見するのは申し訳ないからダンジョンギルドへ要請したと。現場からの抗議も、どこかで領主様に対する抗議にすり替えられていました」
「あぁん?」
「エル、その言葉遣いは平民でも駄目だろ」
「人として、顔も駄目だ」
だってだって、自分たちのせいでここが危なくなったと言うのに、何だそれ。許せん。




