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侯爵令嬢は別館を選ぶ

 さっさと領地に帰ったこともあり、その後は何事もなく過ごした。これから魔法学院の入学に向けて、敷地内にある寮へ引っ越すことになる。魔法学院と専門学院は王家の直轄領にあるが、王都からは離れているのでほとんどの学生が寮生活をする。

 既に専門学院の寮に入っているお兄様に会いやすくなるので、素直に嬉しい。寮の部屋は先着順で選べるので、入寮受付日の朝に到着するよう領地を出た。


 魔法学院と専門学院の敷地は、周囲を壁と防護魔法で囲まれていて、出入りは門番がいる場所からしかできなくなっている。馬車は一旦外で待機して、門番に魔法で不審物や危険な物が入っていないかを確認される。

 空間収納については聞かれなかったので、何も言わないでやり過ごした。噂になったりしては困る。

 確認に時間がかかるので、その間に敷地案内図を受け取り、入寮手続きのために女子寮を目指す。まだ他の馬車は見当たらないので、一番乗りできたようだ。


 一人でも良かったのだが、領地から連れてきたノーラが付き添ってくれた。マーサは馬車に居残り。二人の肩書きは専属使用人になっているが、姉妹のような関係を築いている。

 二人のお姉ちゃんは、私がちゃんと入寮手続きができるのか不安なようだ。失礼な。きっとたぶん、できるぞ。


 女子寮は、ちょっとした宮殿のようだった。一階は広々としたエントランスで、磨き上げられた床が天井から下がるシャンデリアの光を反射している。

 二階へと続く幅広の豪勢な中央階段の存在感が凄い。入り口から階段まで敷き詰められた赤い絨毯も、ふかふかだ。どんだけ贅沢な寮なんだと、心の中でつっこまずにはいられなかった。


「おはようございます。私は女子寮専属使用人のフランツと申します。以後、お見知りおき下さい」

 受付をしてくれているのは、三十代前半くらいの男性だ。令嬢達が興味を示さないような、絶妙な見た目をしている。いい意味で地味だ。優しい目元に好感が持てる。

「おはようございます。ノルン侯爵家、エルヴィーラ・ハーヴィスと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」


「…まずはお部屋ですね。二階は本来王族、公爵、侯爵家の方が優先となりますが、今年は入学者が多いために伯爵家も二階の部屋へ入寮可能となっています。ですので、エルヴィーラ様はこちらのお部屋にされるのがよろしいかと思います」


 見取り図を広げながら見せられた部屋に驚いた。中央階段をあがってすぐの横並び三部屋が特に広い。そして、真ん中を除く二部屋が、既にルイーゼとイザベラにおさえられていた。

 一番乗りじゃなかったのか。フランツは三部屋の空いている真ん中を指し示した。いやいや、この二人の間の部屋なんて絶対に嫌だ。三年間、何の嫌がらせだ。


 もう一度見取り図とエントランスを見比べてみる。二階の部屋は全て出入り口がエントランスから見えるようになっている。こそこそ出入りするには一階中央階段後ろの部屋か、入り口すぐの部屋か。一番目立たない部屋はどこだ。


「あの、フランツさんはこちらにお勤めになって何年くらいでしょうか」

「え、十年ほどでしょうか」

「そうですか。ご相談なのですが、ご経験上あまり他の方と会わずにすむ部屋はどこになるでしょうか」

「…え?失礼しました。二階正面の部屋はお気に召しませんでしたでしょうか」


 驚いているが、表情を持ち直したのも早い。十年も女子寮の専属使用人でいられる男性なのだから、守秘義務なども完璧だろう。好感が持てる顔つきだし、この際がっつり相談にのってもらおう。


「ご存知だと思いますが、今年は殿下の婚約者候補の方が入寮されます。私はできるだけ皆様と関わらずに、学院生活を送りたいのです」

 察しがいいのか少し考えている。私が暗に婚約者になることを希望していないこと、侯爵家として誰の派閥にも加わるつもりがないことに気が付いてくれるだろうか。

 二階はきっと全て婚約者候補で埋まるだろう。王子を部屋に招くこともできるのに、一階はない。王子を招くには狭すぎる。二階から離れたいんです!


「失礼なご提案になるかも知れませんが…。事情がございまして、以前急遽増築した別館がございます。今年は部屋が全て埋まりますので、どなたかにそこにも入寮して頂く予定ではあるのですが、使用人部屋を改築して廊下にしたため、我々使用人とこちらのエントランスへ出る廊下が同じになってしまうのです。ただ、外側にも扉があるのでこのエントランスを通らずに直接お部屋へ出入りすることも可能です。一度ご覧になりますか」

 私は頷いた。素晴らしそうな提案だ。フランツは別の使用人を呼んで受付を任せて、自分自身で案内してくれた。


 まず、中央階段の後ろ側にある使用人専用扉から中に入ると、真っ直ぐに伸びた広い廊下と、使用人部屋への扉があった。真っ直ぐに伸びた廊下の先には立派な扉があり、そこを開けると今度は渡り廊下になっていた。

 渡り廊下を曲がっていくと、一際立派な扉があり、フランツがこちらが入り口です。と教えてくれた。エントランスまで遠いな!!


「日差しの関係なのですが、本館の三部屋よりいい条件になるよう建てられているのです。そのため、渡り廊下が長くなっております」

 なるほど。本館からあぶれた人への配慮ということか。この辺は冬はかなり雪が降るらしいし、日差しは重要だよね。


 部屋はそれなりの広さがある二階建て。二階に寝室と居間、クローゼットに厨房と食事室があり、一階に応接間と控え室、簡易厨房と浴室、使用人用の部屋も二部屋ある。これで充分だ。

 ノーラに目線で確認すると、問題ないと頷いてくれた。


「浴室が一階になっていますし、使用人部屋が二つしか無いのでご不便かと思うのですが、足りない分の使用人部屋は本館にご用意できます」

「ここでいいわ。使用人は二人だけですし、本館に用意して頂く必要もございません」

「本当に大丈夫ですか?」

 心配そうにフランツが聞いてきた。応接室にある螺旋階段が素敵。何より、本館を通らずに出入りできる扉がいい。


「もちろんよ。気に入ったわ。エントランスへ繋がる廊下も、必要であれば使ってもいいのですよね?」

「はい。我々の誰かと会うことになるかも知れませんが…」

「そんなの気にならないわ。そちらも気にしなくていいと伝えておいて頂けるかしら。お仕事の邪魔をしたくはありませんから、端によけることも必要ないと伝えて下さい」

 フランツは嬉しそうににっこり微笑んだ。たぶん、一番気にしていたのはそこだろう。


 一度本館に戻って入寮手続きを終えると、ノーラは寮の説明を聞き、マーサは本館につけた馬車を別館へ誘導しに行った。私は共用部分の談話室だけ確認して、お礼を言って外扉から直接部屋へ向かった。

 別館はL字型をしていて、本館から外扉は死角に入っている。素晴らしい。部屋は隅々まで綺麗にされていたので、窓を開けて新鮮な空気を入れた。二階からの見晴らしもいいな。


 ノーラも部屋に来たので一緒に外へ出ると、馬車に積んであった荷物が既に外扉から室内に積まれていっていた。入寮時に長い馬車列を引き連れることが上流貴族のステイタスらしいのだが、無駄なことはしたくないので必要な物しか持って来なかった。

 マーサが荷物が全て揃っているか確認した後、領地からの長旅につきあってくれた皆にお礼を言って別れた。もちろん私も率先して荷ほどきをやります!ノーラが渋い顔をしているが、無視だ。


 螺旋階段の見た目はとても素敵だったが、トランクを運び上げるのにあんなに苦労するとは思わなかった。あまり見かけない理由がわかるというものだ。すぐに一階と二階を結ぶ転移魔法を展開したら、ノーラに呆れられた。

「こんなことに上級魔法を使うなんて、ありえませんね」

「だって、絶対この方が効率いいじゃない」

「それはそうですけど…」

 言いながらノーラも利用している。ほら、やっぱり。便利なのだから出し惜しみなんてしないぞ!


 私のドレスや宝飾品、生活用品などはノーラとマーサに任せて、細々とした自分の荷物を片付けていると、通話機が鳴った。この曲はデポラからだ。

「おはよう、デポラ」

「おはよう、エル。今入寮手続きで受付にいるんだけど、エルの部屋どこよ。もう着いているんでしょう?」


「ふふふふ~。私は別館を確保しました!面倒な人に会わなくてすむ!」

「別館?何それ…。ああ、これか。なるほど…。わかったわ。フランツさんありがとう。友人のよしみでエルからも出入りしやすい部屋にしておくわ。使用人部屋の近くは人気が無いでしょうし、目立たなくてちょうどいいわ」


「デポラ、大好き!」

「はいはい」

 そっけなく言って通話機が切れた。デポラはいつも冷ためだ。話し方と違って、凄く優しいのだけどな。そういうのをクールビューティとかツンデレと言うらしいが、良くわからない。

 デポラは艶々の黒髪黒瞳の美人さんだが、多くの騎士や魔法騎士を排出している名門ウテシュ伯爵家の令嬢だからか、顔がキリっとしている。だからかな?


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