侯爵令嬢はセレモニーに参加する
今年ももうすぐセレモニーが始まる。今回は父に参加するように言われてしまった。お母様と予定を合わせて、お兄様と一緒にタウンハウスへ戻ることにした。
やる気なく準備をしていると、デポラから衝撃の情報が飛び込んできた。あのスーリヤが婚約者候補から辞退すると、はっきりベルンハルトに宣言したと言うのだ。
「それ、本当なの?」
「本当よ。さっき談話室で。私も見ていたから」
「えーーー」
「スーリヤさんが殿下に一年間それぞれと交流を持ってみて、どうなのかと質問したのよ。色々聞いても殿下が録な返事をしなかったから、スーリヤさんの我慢が限界だったみたい」
「おー。なるほど」
「在学中に親交を深めると言いながら、いつも不機嫌そうにしていて、話しかけても興味なし、馬鹿にしているのかってって、はっきり本人に言ったのよ!」
「やるぅ!格好いいな!!話合いそう!」
「ねっ!私も見直したわ!!それでそのまま、辞退させて頂きますって出て行ったの!」
「それで、殿下はどうしたの?」
「驚いて固まってただけ」
「うわ、しょーもなー。ディートリヒ様はいなかったの?」
「今年に入ってからは殿下だけよ」
「小姑卒業したんかな」
「だけどエル、まずいわよ。有力と言われていた婚約者候補が実質エルだけになっちゃった」
「げっ、本当だ。でもこれで全員が横並び状態だし、ルイーゼ派閥が気合いを入れるんじゃない?」
「単純にそうなればいいけれどね」
「それを願うわ。スーリヤさんも本当に辞退できるのかわからないしね」
「それでも、エルと同じ状態になるだけでしょ」
「そうだけど…」
翌朝、衝撃の出来事を説明しながらお兄様とタウンハウスへ戻った。お兄様は成績を維持していたし、私は冬休みのことを大げさに父に伝えておいた。
ルイーゼは単なる自爆だったけれど、その間にベルンハルトを何度も部屋に招いて、お兄様ともてなしたと言っておいた。本当はクリスとだったし、小姑もいたけれど。
その報告に満足した父に、鞭で打たれることはなかった。父はまだスーリヤのことを知らないようだ。お母様とも相談して、とりあえず黙っておくことにした。知らないふり。
初日、お兄様はイザーク様と二人でどこかに行ったので、お母様と二人で演劇を見に行ったら、劇場でスーリヤに会った。
「こんにちは、ノルン侯爵夫人、エルヴィーラ様」
「こんにちは、スーリヤさん」
隣は誰だろう?談話室の件で私の中ではスーリヤの好感度急上昇中なのだが、あまり話をしたことがないのでドキドキする。見たことのない人を連れているので余計に。スラっとした年上っぽいイケメンだ。
その人がさりげなくお母様との間に入って二人で話を始めた。それを確認してスーリヤは小声で私に話しかけてきた。凄い気を使われている。
「エルヴィーラ様、私は正式に婚約者候補から辞退します」
「本気ですか…」
「えぇ、我慢の限界でしたね」
そんなに我慢してたんか…。
「エルヴィーラ様も望まないなら早めに動いた方がいいと思いますよ」
「母は私の味方ですが、父が許さないのです」
お母様の名誉挽回です。
「あぁ…。そうなのですね…」
そう言って、同情の眼差しを向けられた。その後少し四人で会話をして、スーリヤは優雅に男性と立ち去った。着ているドレスもいつもと違って上品なものだった。とても似合っている。
お母様とボックス席でその話をした。
「…スーリヤさん、素敵な女性だったのね」
「うん」
「今年は社交界デビューになるし、殿下を見切ったのねぇ。ますますエルちゃんが目立ってくるわね」
泣きそうです、お母様。
父のなかでは私がベルンハルトの婚約者になるのは絶対で、お兄様とイザベラを婚約させたいというものだった。お兄様も知らない間に絵姿を送っていたもんね!
但し、イザベラ自身の評判は落ちていないが、婿をとる動きに変わりつつあると噂されているので、イザベラに関しては待つしかない。予備として、ルイーゼの話まで出てきた。以前断られているが、冬休みの件で公爵家そのものがひどく評判を落としているので、恩を売れるかもしれないと馬鹿なことを言い出したのだ。
ルイーゼはリスクが高過ぎると説得して、今回のシーズンは情報収集に努めることになった。危ない。ルイーゼが義姉なんて無いわ…。
翌日、またお母様と二人で手品を見に行っていたら、ディートリヒとハルトくんに会った。
「こんにちは、ノルン侯爵夫人、エルヴィーラ嬢」
「エル姉様!と…、お姉様??」
一瞬でお母様がメロメロになった。四十近い女性にお姉様と言っちゃうところとか、やっぱりディートリヒの血を感じるわ。ディートリヒがさっき侯爵夫人って言っていたのにね。だいぶ背も伸びたな。可愛い天使は、将来ディートリヒになっちゃうのかな。
「こんにちは、ハルトくん。私の母よ」
本気で驚いている。お母様、良かったね。ハルトくんは天然だった。ハルトくんは冬休みの間学院にいたことで勉強が遅れてしまい、それを取り戻すために、毎日みっちり勉強していて私に会いに来られなかったと嘆いていた。天使…。
明日、お母様は予定が詰まっていたけれど、私は一人で露店巡りをしようと思っていたので、カフェで一緒にお昼を食べる約束をした。
「私の天使…」お母様それ違う。私の天使だから。
カフェはまた個室が予約されていた。個室にまた…、ベルンハルトがいる…。何故だ。
「ごめんね。ベルンがまたついて来ちゃったんだ」
ディートリヒよ、頼むから気軽に言わないでくれ。私にとっては最重要案件だ。セレモニー中だぞ。王子こそ予定で一杯なんじゃないのか。そして今日はとても暗い。
今日はハルトくんの隣が空いていて、正面はディートリヒだったので前回よりはましか。
「スーリヤ嬢に言われたことで悩んでいるみたいで」
勝手に悩め。
今回はハルトくんと楽しくスイーツまで食べた。美味しかった。ベルンハルトは完全に空気だった。だったら来るなよ。ディートリヒたちに次の予定もあるので、カフェを出ようとした時、空気が喋った。
「昨日…、イザベラとスーリヤに会ったんだ」
そうですか。二人とも迷惑だったでしょうね。
「俺は、何をしたんだろう…」
何言ってんだこいつ。
「自分で理解できないと、意味がないのではないでしょうか」
言ってやったわ!さぁ、楽しい露店巡りの続きだ!!怖いから言い逃げした。
お兄様やイザーク様とも一緒に回ったりして、楽しくセレモニー期間は終わった。ちゃんと父に言われたこともやったよ。
スーリヤとスーリヤと一緒にいた婚約者候補が正式に辞退したことは、セレモニー後にそっと伝えられた。王妃陛下も今回は止めなかった。どこまで伝えたのかはわからないけれど、ベルンハルトが悪いんだもんね。
授業でスーリヤたちは私たちと同じように後ろの席に座るようになった。彼女たちは、ルイーゼの派閥入りを良しと思わず、かといってイザベラと繋がる人脈もない人たちが集まって、身を守るために派閥を作っていたようだ。
スーリヤが皆を守っていたのだ。姉御肌だったのだな。スーリヤの服装も落ち着いた雰囲気に変わっていた。対ベルンハルト用だったみたい。
…最近毎日ベルンハルトの機嫌が悪い。一定のマナーを守らせる力があった、イザベラとスーリヤが派閥ごといなくなってしまったことが大きいのだろうと思う。
ルイーゼ派閥の令嬢には突出して力が強い人がおらず、まとめ役を作らずに同じ条件で個人勝負をすることに決めたらしい。その結果、誰が何をしようと咎めなくなった。全ては自己責任なのだそうだ。
ベルンハルトの食事会に予約をしながら、堂々とディートリヒを呼んでくれという令嬢も出てきたようだ。何て言うか、一気に纏まっていた秩序が乱れた感じ。スーリヤもここ数ヶ月、頑張っていたのだな。
確かに統率は無くなったけれど、悩んでいるとか言っておいて、ベルンハルトの態度は何も変わらない。イザベラやスーリヤが居なくなったのは自分の責任なのに。




