侯爵令嬢はスイーツに夢中で人の話を聞いていない
翌朝、早速父に呼び出されたので鞭で打たれるかと思ったのだが、何故かディートリヒからお誘いが来ていて、それの説明を求めるものだった。
タイミング的に、お茶会の後に手紙を出したのだと思う。私宛の手紙を先に勝手に読んでいるのは、いつものことだ。
今王都で人気のカフェに行きませんかとの誘いで、送り迎えも護衛も全てディートリヒのガロン侯爵家で用意するとのことだった。
余計なことは書かれていなくて良かった。
この手紙を利用して、ディートリヒ側から攻めるのがベルンハルトに近付く方法だと力説して、鞭打ちの難を逃れた。
タイミングが良かった。ラッキー。でも何で?利用したからには、断る選択肢はない。
約束の日、本当にディートリヒが迎えに来た。誘われたし、約束したので当然なのだけれど、こんな日が来るとは思っていなかったので、意外な気がする。
町歩き向きの、上質だけれどシンプルなワンピースにケープで出て行ったが、同じようにシンプルなズボンとシャツにケープのディートリヒが異常にキラキラしている。
さすが微笑みの貴公子。平凡令嬢はキラキラなんて標準装備していないので、もう少し着飾った方が良かったのかと悩むほどだった
「こんにちは。本日はお誘い頂きありがとうございます」
私の側には父の使用人がついて来ている。父の命令で、何とか強引について来ようとしているのだ。
「こんにちは。その服似合ってるね。行こうか」
貼りついた笑顔では、もっと着飾って来いよ!との嫌味にも聞こえるが、ディートリヒは完全に父の使用人を無視して馬車に私を乗せてくれた。嫌味でも何でもいい。取り付く島もないとはこのことかと思った。
私に何か言えとおそらく睨んでいるはずだが、当然無視した。カフェにまでついて来れる訳ではないはずだが、無理矢理カフェに同伴しようとしたり、馬車でディートリヒの使用人にあれこれ話をされても困る。
御者が前のめり気味の父の使用人に、当たり前の様に邪魔ですよ~とさりげなくどけて、扉を閉めた。一瞬見えた顔は、何と言うかとんでもない顔をしていた。
目的のカフェへは、十分ほどで着くらしい。どんな会話をしたらいいのかわからなかったが、話しかけて来なかったのでこちらからも話しかけないことにした。
正直話題なんて、捻り出しても天気の話くらいしかない。
椅子に深く腰掛け、ディートリヒはリラックスした感じで外を眺めている。どうして誘ってきたのか全く分からないが、なんとなく張り合って私も優雅さを心がけて外を眺めることにした。
人気のカフェはとても繁盛していた。内装も可愛らしく、ほとんどのテーブルが埋まっている。ディートリヒは店員と言葉を交わし、慣れた様子で個室へエスコートしてくれた。
イケメンと騒がれるのはこういう女性が好みそうな場所をきちんと把握していて、スマートにエスコートするからなのかと変に納得した。
それとも散々経験して、経験値が高いが故のイケメンなのだろうか。個室には特別感があるし、女性としたら嬉しいだろう。単に周囲に平凡女と一緒の所を見られたくないだけかもしれないが。
「急に誘って悪かったね」
「いえ、おかげで助かりました」
「そう…?」
私はメニューに釘付けになった。王都へ出てくるのはかなり久し振りだ。どれも美味しそうで迷う。
定番も幅広くあるが、季節のパフェ、季節のケーキなどの限定ものも多い。王道の定番でいくべきか、限定にいくべきか。うーん。
「最近できたばかりだけれど、ここはチーズケーキが有名だよ」
うーん。チーズケーキもいいけど、季節の…。いや、看板メニューも捨てがたい。
「季節限定のチーズケーキもあるよ」
ディートリヒは自分のメニューを開いて見せてくれた。ああ、これはいいな。
看板メニューのチーズケーキにたっぷり季節のフルーツが添えられていて、更に限定ソースがかかっていた。定番と限定の両方を楽しめる。
「それにします」
「飲み物はどうするの?」
「ロイヤルミルクティーにしようかと」
当然のように私の分もディートリヒが注文してくれた。さりげないな。ディートリヒは珈琲と定番のチーズケーキを頼んでいた。お茶会の時も珈琲だったし、珈琲派か。
「ベルンの婚約者は、在学中に決めることになったよ」
「そうですか…」
決まらなかったのかー。予想はしていたけれど、かなり残念だ。明らかに落胆した声が出たからか、ディートリヒが普通の笑顔になった。初めて普通の笑顔を見た気がする。
「そうだね。残念ながら辞退した人を除き、残りの候補者全員そのままだよ」
そんな!!今のは悪い笑顔だったのか。いや、罰を受けなくていいし、いいのか?
でも在学中も気配を消さないといけないのか。候補者同士の争いにも巻き込まれたくない。面倒だな。私だけでも候補から外してくれたら良かったのに。
キラキラ王子に目もくれず、スイーツ制覇する令嬢とか普通ないだろう。何で私まで保留にした。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だと思うよ」
そうなの?
「嬉しそうだね」
そりゃあね。小姑が大丈夫と言うなら、表向きはそのままでも裏では外されているだろう。ノルン侯爵家への配慮ってやつだな。学院では大人しくしているだけですみそうだ。
そのことについて詳しく聞けば、はぐらかされた。ちっ。
「他の婚約者候補の方をどう思われましたか?」
「あれ、興味あるの?」
「動向には興味があります」
「ルイーゼ嬢は幼すぎるかな。実際まだ十一歳だし、仕方がないのかも知れないけれど。イザベラ嬢は年齢よりもしっかりして見えたよ。スーリヤ嬢は、可もなく不可もなくだったかな。他の候補者は三人の取り巻きみたいになってしまっていた人が多かったし、あまり目立ってはいなかったかな」
概ね私と同じ見解か。単純に考えればイザベラかスーリヤと婚約してしまっても良かったはずだ。イザベラは双子の弟も優秀だと聞くし、スーリヤは今一番勢いがある。何か問題でもあったのだろうか。
ベルンハルトはいつも嫌そうにしているから、失礼ながらさっさと決めることを優先すると思っていた。
「まぁ、これは僕の考えであって、ベルンの考えとは違うと思うけどね」
何を言っている。一番ベルンハルトに影響力を持っているのは小姑だろう。今まで令嬢を避けているかのような行動を取っていたベルンハルトが、ちょっと話をしたくらいで女性の本質を見抜けるものか。小姑の意見を参考にするに決まっている。
注文の品が出てきた。
しっとり濃厚で甘さ控えめなチーズケーキは、私の好みど真ん中だった。しっとりしているのにふわふわだ。さすが看板メニュー。限定ソースも美味しい。
「甘いもの、好きなんだね」
「そうですね」
「美味しそうに食べるね」
「そうですね」
「お菓子はよく食べるの?」
「そうですね」
「…どんなお菓子をよく食べるの?」
「そうですね」
「……」
その後は当たり障りのない会話をして、当たり障りがなさ過ぎて何を話したのか覚えていないのだが、質問をされてそれに答えていたような気はする。食べ終えると特に話したいこともないので、自然と帰る流れになった。
カントリーハウスにいる皆に、お土産としてチーズケーキを買って帰りたい。皆も気に入るはずだ。マーサが再現に成功すれば、いつでも食べられるようになる。
そわそわでもしていたのか、ディートリヒに考えていることがバレた。読心術?そんな魔法聞いたことがない。怖い。でも、無事にお土産が購入できた。
いつの間にかお土産の分まで支払いが済んでいた。何故?どうやって?財布出したの見てないんですけど。
「支払いますよ。お金は持ってきていますし」
「僕が誘ったんだからいらないよ」
えー。イケメンスキル高過ぎてどうしていいかわからん。何か口に手を当てて笑いだした。ますますわからん。
「じゃあ、支払いの代わりに誰へのお土産か教えてよ」
余計に意味がわからん。何でそんなことを知りたいの?
「ほら、誰の為?」
促しながらますます笑っている。肩震えてますよ。何で?
「ノーラとマーサです」
聞いても知らないと思うので、敢えて二人だけ名前を挙げた。
「あれ、お友達用だったの?」
ん?どういう意味?まさか自分用だと思われた?
「いえ、私の専属使用人です」
「…さっき前のめりだった?」
「まさか!」
あんなのと二人を一緒にしないでくれ。ノーラとマーサは私の大切な家族だ。
結局支払いは一切させてもらえずに、店を出て家まで送ってもらった。
「今日はご馳走様でした」
「じゃあ、これからよろしくね」
えっ、これで最後じゃなかったの?呆然としている私を残して、馬車は去って行った。
チーズケーキはこっそり空間収納に入れて保存した。あまり使える人がいない上級魔法だが、とても便利で何かにつけて使っている。
父には秘密にしていて、周囲の信頼している人にしか使えることを教えていない。上級魔法については全てそうしている。婚約者に相応しいと、アピール材料にされては困るからだ。
私は時間の流れがない空間収納を作れるので、私が死ぬまで食品も保存が可能だ。領地へ戻ってから、お母様、ノーラ、マーサなど領地にいる皆で一緒に食べた。
とても気に入ってくれて、後日しっかりマーサがレシピを再現した。ほぼ完璧。さすがです、マーサ。