侯爵令嬢は天使を保護する
翌朝、静かに食後のお茶を楽しんでいると、『魔王』が鳴り響いた。ノーラとマーサ、イザーク様以外が、それぞれに反応した。
お兄様は何事かと警戒しているし、クリストフルたちは『魔王』に設定される相手に驚いているようだ。
「はい」
「…エルヴィーラ嬢…」
魔王の声がとても疲れている。昨日も徹夜だったのだろうか。
「申し訳ないんだが、ハルトをそちらで保護してくれないだろうか…」
「ハルトくんを?」
「こちらの環境は、ハルトに、良くない…。あまりにも…」
あぁ、ルイーゼたち、まだまだ元気にやらかしているのだな。普通に保護と言ってしまっている時点で、かなり大変なことになっていると想像できる。
「私一人で決める訳にはいかないから、ちょっと他の人にも聞いてみるね」
「どうしたの?」
お兄様が食い気味に聞いて来た。
「ディートリヒ様の弟が男子寮にいるけれど、あちらの環境的にこちらで保護して欲しいって頼まれてる」
「弟、いくつだっけ?」イザーク様は普通に聞いて来た。
「十歳です」
全員いいよって言ってくれた。十歳の子どもに同情した結果である。
「いいですよ」
「そう…。ありがとう……。ハルトを後で連れて行くから…悪いけど、頼んだよ…。助かるよ…本当に。ありがとう…」
話の内容まではわからないけれど、時々金切り声が通話機から聞こえる。現在進行形…。
お昼過ぎにハルトくんが軽い吹雪状態にも関わらず、ディートリヒと護衛に連れられてやって来た。
ディートリヒも護衛も顔が疲れすぎているし、ハルトくんも元気がない。自分に積もった雪を払う気力もないようで、それだけで男子寮の壮絶さが伝わってくる。
ディートリヒに関しては、いつもの肌艶が嘘の様にかさついているし、顔色も悪い。伏し目がちで気付きにくいが、目もかなり充血しているようだ。僅か数日でここまでダメージを受けるとは。
お疲れ様です…。
「お茶でも飲んでいきますか?」
可哀想すぎてつい声をかけてしまった。ディートリヒの目が明らかに泳いだ。心惹かれたんだろうな。護衛は期待に目を輝かせている。
「…いや、ベルンが…、さすがに可哀想だから、すぐに、戻るよ…」
「お兄様、しっかりして!」
何だ、この兄弟の別れ。凄いことになってるんだな。さようなら、魔王。ハルトくんは任せなさい。ディートリヒは疲れていてもハルトくんにお世話になるのだから、迷惑をかけずにきちんと言うことを聞くように言うのは忘れなかった。
護衛がハルトくんの荷物を空間収納から取り出すと、二人は背中から哀愁を漂わせながらも帰って行った。
ハルトくんはマーサが出してくれたお茶とクッキーで表情が明るくなって来た。
「ルイーゼ様は凄いの。使用人が叫び続けていても、平気でお昼寝ができるんだよ。でも、使用人の人の方がもっと凄いの。一日中叫び続けても平気みたい」
凄い体力だな。
「それでね、殿下に怒られると全員でしくしく泣くの。昨日はね、最終的に薪を置いていた部屋に閉じこもってしまって、僕たち寒くって大変だったの」
あぁ、言ってたな。
「今朝はね、僕はお兄様や殿下と一緒にいたからどうしてか知らないんだけれど、他の人と大喧嘩になっちゃったの。叫んだり、怒鳴ったり、そのうち物を投げ出したりしてね」
ベルンハルトの部屋の物なんて投げたら、被害総額はいくらになるんだ。
「一生懸命、殿下とお兄様が止めようとしたけれど、すぐには無理で。僕は喧嘩に参加していない人と一緒にお兄様の部屋へ避難したの。しばらくしたらお兄様が呼びに来て、エル姉様のところに行かないかって言ってくれたの!僕、嬉しくて」
えへへと笑うハルトくんは可愛いが、話の内容が凶悪だ。ルイーゼたちよ、協調って知ってますか。どうやら壊れ物ではなく、クッションとかを投げていたらしい。その辺は冷静なんだな。
意外にも少し気分が落ち着いたハルトくんに一番懐かれたのはクリストフルとフラウだった。
「僕、同い年の弟がいるんス。こんなお上品じゃないスけど」
ちょっと悔しい。明らかに天使がキラキラしている。遊んでもらえて嬉しそうだ。フラウも気を引くのが上手い。
すっかりいつもの可愛いハルトくんに戻った。ノーラとマーサも悔しそうだ。わかる、わかるよ!
私たちは編み物の続きをして、お兄様とイザーク様は難しい本を読んで二人で話し出した。フランツは何度もかかってくるフレドリクからの通話に対応しながらも、全体的には穏やかに時間が過ぎていった。
通話の度にフランツがつい口走ってしまう、ルイーゼと使用人の話が重い。色々とよく思い付くなと逆に感心する。
夕食は私、ノーラ、マーサで用意した。
「美味しい!」
ハルトくんがにこにこしている。
「あっちの料理はどんなだった?」
イザーク様が意地悪な顔で聞いている。
「えっと…、僕たちも使用人も料理をしたことがなくて。でも、フレドリクさんや御者の人たちにお願いして、教えてもらうことにしたそうです!僕も教えてもらおうと思ったんですけど、危ないからダメだって言われました」
イザーク様が微笑んだ。イザーク様の中で、今の答えは正解だったのだろう。イザーク様は大らかだけれど、人を選ぶ。気に入らなかった人とは基本話さない。良かった。
ハルトくんはお子ちゃま枠で私の寝室で女性陣と寝ることになった。
昨日はあまり眠れなかったらしく、既に夢の中だ。私たちはまだ居間でお茶をしている。
「男子寮は大変そうス」
「逃げられて良かったよ」
「ルイーゼは甘やかされ過ぎているし、使用人の気位がやたら高いんだよな」
「イザーク様も以前から交流があったの?」
記憶にないな。
「昔な。ルイーゼが俺を格好いいと言っていたらしくてな。グルスト卿に頼まれて二人で会わされたんだ。当時からあんな感じでな。自分では何も言わないけれど、使用人を止めることもしない。だからブスは嫌いだって言っといた。それから話をしたことはないよ」
「えぇぇぇぇぇーーーー」
さすがと言うか、何というか。
「それは…さすがに。大丈夫だったのか?」
そりゃお兄様も心配するわ。クリストフルは絶句しているし。
「怒られたよ。いくら何でも女性にブスって言うのはダメだろうって。性格ブスでもそれはダメって」
さすがゲルン侯爵家。怒る内容がちょっとずれている気もするが、四侯爵家の中でも最大の権力を持つだけはある。
公爵家に睨まれてもびくともしない、安全安心の基盤を持っている。それにしてもルイーゼ、幼い頃から色々なイケメンにちょっかいを出していたのだな。
お母様から通話もあった。雪崩の影響でこちらに来られなくて残念がっていたが、父も積雪のせいで、しばらくは領地には戻って来ないらしい。それなら良かった。
陛下と王妃陛下連名で手紙が届き、領地に既に集まっている貴族たちにイザベラとスヴェンの噂を広めるように頼まれてしまったらしい。
スヴェンがストーカー化したことはぼやかしつつ、暴走したスヴェンをイザベラを中心に止めたことにして欲しいと書かれていたそうだ。
私も頼んでいたので、お母様は既に噂を広めてくれている。陛下たちも動いてくれたのなら更に安心。後でデポラにも伝えておこう。
お母様は父が来る前に領地から脱出して、何処かで静かに過ごす予定にしているらしい。
夏休みから研究している転移魔法を上手に応用出来れば、直ぐにお母様を呼べることに気が付いた。イザーク様に相談して、ヒントを貰いながら新しい転移魔法について考えた。
発想はいいと思う。イザーク様から通話機を利用すると言うヒントを貰えたのも良かった。後はどういう形で展開すればそれが実現できるか。
出来るだけ早く完成させて、お母様もこちらに呼んであげたいが、今の状況でお母様が急に増えると不審がられる。
完成してもしばらくは使えないことに気が付いて、がっかりした。だけど、そのうち使いたくなることもあると考えて、完成に向けて頑張った。




